溺愛ENMA様

友崎沙咲

文字の大きさ
1 / 13
一番勝負

私の事情と決心

しおりを挟む
「おいそこの女!お前、俺の閻魔帳盗みやがったな!今すぐ返せっ!」

き、来たっ。
私、中西ルナは、怒りを顕にしながら空中で胡座をかき、刺すような瞳でこちらを見据える男性を見上げて、ゴクリと喉を鳴らした。
コイツは閻魔だ。びっくりすることに。

でも、でもね。
絶対に負けないわよっ!
大切なイトコを地獄になんか連れていかれてたまるもんですか!
いいえ、死なすもんですか!

私はグッと瞳に力を込めると、強い怒りを含んだ閻魔の顔を睨み据えた。

この三日前。

※※※※※※※

「なあ、ルナ。ホントに行くのかよ」

夢の中で夢魔(むま)が私に語りかけた。
夢魔っていうのは人の夢を操る一種の悪魔。
全然悪魔っぽくないけど。

そんな夢魔である彼の名前は仁(じん)。

「行くわよっ!だから手助けしてよね」
「……まいったなぁ……けどまったくもって、お前は風変わりな人間だよな」

仁は私をシゲシゲと見つめると、盛大な溜め息をついて立ち上がった。

「それ、もっと早く教えて欲しかったよ」
「それ?」

仁は、赤髪をバサバサとかき上げると端正な顔を私に向けて眉を寄せた。

「そ!普通の人間には夢魔が見えないって事実」




『俺は夢魔で、名前は仁(じん)ってんだ。よろしくな』





私は、ある日夢の中でこう言って笑った仁との出逢いを思い返して苦笑した。
幼い頃から仁と友達の私は、自分が人には見えない存在を見ている事にまるで気付いていなかった。

だから、小学生の頃の友達がこぞって『コックリさん』をしたり、パパの赴任先のアメリカの小学校に転校した時、女の子達が『ウィジャボード』をして霊を呼び出しているのを見た時も、少しだけ不思議だったんだよね。
なんでわざわざ、書いた文字で会話しなくちゃならないんだろうって。だから、

「どうして普通に話さないの?」

案の定、そう質問した私を友達は異様なものでも見るような顔で見ていて、それをきっかけに私は自分が普通じゃない事に気付いた。

普通の人間には、夢魔なんて見えない。
神社にしゃがみ込んで泣く小さな着物の女の子も見えない。
だけどね、人に見えないものが見える私でもいつもいつもそういうものが見えてる訳じゃない。
 
テレビ番組で深夜に心霊スポットへ潜入しているタレントさんがいるけど、ああいう番組を見ていても私には何も感じないし見えない。

でもまあ、とにかく私が普通の人には見えないものが見えるのは確かなのだ。
だから私はそれ以来、たとえ霊的なものや超自然的な存在が見えても他人がいる時はスルーしている。
無視よ無視。
だって自分が変だと思われるのはどうしても嫌なんだもの。

そんなこんなで七、八年が経ち、18歳になった今年、大事件が起きてしまった。
イトコの朱里が交通事故を起こしてしまったのだ。

朱里は私より二歳年上の二十歳で、その日は友達と野球観戦に出掛けていた。
その帰り道、朱里は自損事故を起こしてしまい、よそのお宅のブロック塀にノンブレーキで激突したらしかった。
第一発見者であるそのお宅の方が仰るには、朱里は座席ごと車外に飛び出していて意識がなかったらしい。

深夜零時。
救急車で運ばれた朱里を追うように親戚中が病院に駆け付けたけれど、朱里は何日も何日も目覚めなかった。

朱里に目立った外傷がなかったから、私達はどうして彼女が目覚めないのか不思議でならなかった。
けれど主治医の先生が仰るには、全身はもとより頭を強く打っているために脳が腫れていて意識不明になっているらしかった。

朱里の両親は、予断を許さない容態が続く娘のために夜は待合室の隅っこの床に薄いタオルを敷いて寝泊まりし、最大限彼女に寄り添っていたから私も毎日時間の許す限り、病院へと足を運んだ。
そんな状態が長く続いたある日、朱里の容態に変化が訪れたの。
着替えを取りに帰った朱里の両親の代わりに私が彼女の看病をしていた時、それは起きた。

「どうして……?」

え?

「どうして、私は上手く出来ないの?」

長く意識の戻らなかった朱里が呟くようにそう言ったの。
花瓶に花を活けていた私は、全身がビクリとした。
それから、

「朱里?!」

慌てて朱里に近寄り彼女の顔を覗き込むと、私は何度か彼女の名前を呼んだ。

「朱里、朱里」

朱里は眼を閉じたままだったけれど、再び話し出した。

「皆は……皆は上手く出来て、あっちに行けてるのに、私はどうしても上手く出来ないの。どうして……?」

全身にジットリと嫌な汗が浮かび上がって、ツーッとそれが背中を伝った。

「朱里っ!!」

それはうわ言のようで、彼女は決して眼を開けなかったし私の問い掛けが聞こえているとも思えなかった。

「どうして?どうして私は向こうに行けないの?」

やだ、これってもしかして……!
私は咄嗟に叫んだ。

「朱里、ダメよ!絶対に『向こう』へ行っちゃダメだからね!」

だってよく聞くじゃない。
死の淵をさ迷う時に、『向こう側』が見えるって。
川の向こうに綺麗なお花畑が見えていて、そっちに行ったら死んじゃうって。

もしかして朱里は、今まさに三途の川を渡ろうとしているのではないか。
だったら、だったら今止めなきゃ、朱里は『向こう側』へ渡ってしまって死んじゃうんじゃ……!?
嫌だ、嫌だ!
私はいつかの朱里との会話を思い返した。

『あのねルナ。私ね、一生懸命勉強して弁護士になるの』
『弁護士?!』
『そう!弁護士になってね、困ってる人を助けたいの』
『凄いね、朱里!私、朱里を応援するよ』

私には将来の夢なんてないから、朱里がやたら眩しかったのを今もはっきり覚えている。
そんな朱里が人を助けたいって、それが自分の夢だと固い意思をもって話す朱里が死ぬなんて、そんなのダメに決まってるじゃん!!
早く……早く家に帰らなきゃ!
仁と話すときは自分の部屋だけだと決めている。
普通の人には見えない存在と会話するのを、他人に見られる訳にはいかないのだ。

私はすぐさまナースコールを押すと、看護師さんに朱里が事故後初めて言葉を発した事を告げ、丁度戻ってきた朱里の両親と交替して病室を出た。
電車に飛び乗って急いで家に帰ると、私は自室までかけあがり、大きく息をして口を開いた。

「仁!仁!」

※※※※※※

一部始終を話し終え、協力を要請した私を見た後、仁は参ったと言ったようにブルブルと頭を振った。

「ねえ、夢魔(むま)の仁なら出来るでしょ?!私、どうしても朱里を死なせたくないの。
私を死後の世界へ連れていって!朱里の魂を連れ戻してくるから!」

私の言葉に仁が眉を寄せた。

「だけどルナ……それには代償が要るんだぜ?」

私はしっかりと頷いた。分かってる。  
……夢魔というのは、人の夢の中に現れる一種の悪魔だ。
普通、夢魔は夢の中で人間の希望を叶える。
例えば、なかなか逢えない遠く離れた恋人に夢で会わせてあげたり、余命幾ばくもない人に夢の中で最後の旅行をさせてあげたりという感じだ。
けれど、それはただじゃない。

夢魔の好物は人の生気だ。
夢魔達は人に希望通りの夢を見せる代わりに、その人間から生気を吸い取り食べるのだ。

「……いいよ。仁になら、少しくらい生気を吸われたっていい。それに朱里の為だもの」

仁は夢魔の中でも最高位で、普通の夢魔には出来ないような事が出来るらしい。
友達になった最初の頃、確かそう聞いた。


『ルナ、俺は凄いんだぜ。眠ってる時にどんな場所でも送ってやれる。夢の中だけじゃないんだ。なんてったって俺は夢魔の中でも最高位の夢魔だからな』


その時はまるで意味がわからなかったし興味なくて適当に聞いていたけど、今なら分かる。
私が今望んでることを、仁なら出来るって事でしょ?

「俺のエネルギー消費が多ければ多いほど、お前の生気が要るんだぜ?!」
「分かってる。いいから私を死後の世界へ連れていって」

仁は唇を真一文字に引き結んで私を見下ろした。
彼の赤い髪が同色の瞳に影を落として、その赤が益々深みを増す。

「お願い、仁」
「……分かった」

仁はいつになく真剣な眼差しで私を見下ろすと、再び口を開いた。

「『夢の入り口』と『死後の世界』を繋いでやる。ただ、それは長い時間じゃない。死後の世界へ着くと直ぐに目的を果たせ。出ないと現世への道が途絶えてしまうからな」
「……分かった」
「常に頭の中を意識してろよ。俺の声が聞こえるように」
「うん」

仁は心配そうに眉を寄せると更に続けた。

「絶対に無茶はダメだぞ。いくら俺でも、あの世の奴らには、口出しできないからな」
「あの世の奴らって?」
「鬼や、閻魔。特に閻魔には逆らうんじゃないぜ?」

閻魔って、閻魔大王よね。

「……分かった」

仁は腰に手をやって私の部屋をグルリと見回すと、大きく息を吐き出した。
西陽がカーテンの隙間から私と仁を照していて、仁はそのオレンジの光を瞳に写しながら掠れた声を出した。

「ベッドに横になれ。すぐ連れていってやる」
「仁。ありがとう」

私は仁にハグをすると、ベッドに横になって眼を閉じた。
ドキドキする胸をおさえて、朱里の笑顔を思い出しながら。

待ってて、朱里。絶対に助け出すから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...