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一番勝負
死後の世界
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※※※※※
「ルナ、見えるか?」
真っ暗だった視界が、仁の声をきっかけに色付く。
「……うん、見える。この道が死後の世界へ続く道?」
夢の中で私は仁に話しかけた。
なぜか仁の姿は見えなかったけど、彼のよく通る低い声はハッキリと聞こえる。
「そうだ。この道を真っ直ぐ歩け。三途の川まで道を繋げてやる。朱里をみつけたらすぐ俺に声をかけろ。 出来るだけ目立つんじゃないぜ? 」
「……分かった。じゃあ後でね、仁」
「気を付けろよ」
私は何処にいるか分からない仁に頷くと、ただ一つの道を駆け出した。
※※※※※※
仁が作ってくれた薄暗くて幅の狭い道をひた走っていると、次第に遥か前方が別の色に変わっていった。
反射的にもうその先が目的地だと理解し、私は一旦足を止めると息を整えようと深呼吸を繰り返した。
最後の一歩を踏み出し地に降り立つと、同時に道が消えて私は辺りを見回した。
風はユルユルとしていてぬるい。
青くない空には、紫色の月なのか太陽なのか分からない丸い天体が浮かんでいる。
それから私は目の前の大きな川を見て、思わず眼を見張った。
……絶対これだ。
絶対これが『三途の川』だ。
左手側の遥か向こうに見える橋には、何人かの人々が見える。
橋だけじゃなく川の中を泳いで渡る人もいる。
『皆は上手く出来て、あっちに行けてるのに、私はどうしても上手く出来ないの』
私は朱里の言葉を思い出しながら、彼女の姿を探した。朱里は……どこだろう。
川は幅が広すぎて向こう岸はまるで見えない。
後ろを振り返ると少し向こうに山が見えた。
眼を凝らすと、山の方からも人がこちらに歩いてくる。
私は次第に焦りを感じた。
ダメだ、とてもじゃないけど朱里を探せない。どうしよう、どうしよう!
その時、
「なんだ、お前」
げっ!!
後方からよく響く低いがして、私はビクン!と身体を震わせた。
「なんだ、お前のその身なりは」
完っ全に私に対する言葉だわ。
だって見かける人は皆、白い着物……いわゆる死に装束なのに対して私はカットソー&ショーパンなんだもの。
……振り返るべきか、そのまま逃げるべきか。
「おい、お前!俺様の声が聞こえねぇのか!?」
お、俺様!!
今時、自分を俺様なんていう人いる?!ジャイアンかお前は!
けどジャイアンはひたすら小学生だし音痴だし音痴は関係ないけどとにかく声が違う。
きゃー、ピンチだわ、マジでどうしよう。
このまま走って逃げて、逃れられる自信はまるでない。
かの有名な『口裂け女』が百メートル三秒で走るって聞いたことあるし、この声の主が人間じゃない場合口避け女より俊足の可能性だってあるわけで。
ダメだわ、名案が思い浮かばない。その時、
「おい、コラ!」
きゅあっ!!
一向に振り返らない私に業を煮やして、声の主が声を荒げた。
「はっ、はいっ!!」
しまったと思った時には既に遅く、私は声の主を振り返ってしまっていた。
え。
……なにこの男前。
場所柄てっきり赤鬼とか青鬼とか、そーゆー類いの生き物かと思っていた。
けれど私の眼の前に立っていたのは凛々しい眉毛の下の切れ長の眼が印象的な、物凄いイケメンだったのだ。なに、素敵。
私は目の前の長身イケメンをマジマジと見つめた。
ツンツンの短髮の黒髪に黒い瞳。通った鼻筋に意思の強そうな口元。……か、カッコいい……!
加えて広い肩幅に締まった体型。しばらく見惚れていた私だけど、
「お前、死人じゃねえな」
ぎくっ!
彼のその一言でハッと我に返り、私はブンブンと首を横に振った。
「し、死んでます!」
だって、生きてます!なんて言ったらややこしくなると思って。ここは死後の世界だし、多分。
けれど彼は私の言葉なんて聞こえていないかのように首をバキバキとならしながらこちらを見下ろした。
「……何しに来た」
もしかして彼は分かるのかも。死人と生きている人の違いが。なら嘘をついても無駄な訳で……。
「女、答えろ」
少しだけつり上がった眼が私を見据えている。
ああ、もう言うしかない。
「あの、実は……人を探してて」
「…………」
そこまで言ったけど彼は無言だったから、私は続けた。
「彼女、岩瀬朱里って名前なんですけど、知りませんか?」
「……知ってるかもな」
……え?かも?!かもって、なに?!
眉を寄せる私を前に、彼はニヤリと笑った。
「俺についてきたら、お前の捜し人の居所が分かるかもよ」
言いながら彼は長い刀を左手に持ち替え、空いた右手で自分の顎の辺りを撫でながら私を舐めるように眺めた。
……やだ、なにその目付き。
値踏みするように私を見つめる眼差しが、少し怪しい。しかも顔は元より、脚とか胸とかジーッと見てるし。
付いていって、いやらしい事とかされたら困る。
「………いいです。自分で捜します」
「あっそ。じゃあな」
目の前のイケメンは、私の答えにあっさり頷き、踵を返した。
……いくら男前でも誰だか分からない相手に付いていくのは怖いもの。
自分の力で朱里を探すしかない。
私はしばらくの間、均整のとれた彼の後ろ姿を眺めていたけれど、やがて意を決して踵を返した。
※※※※※
ようやく川に架かる橋に辿り着いた私は、ギョッとして立ち止まった。
……橋の手前に鬼がいる。まさに節分の日付近に、スーパーで売ってるお面みたいな鬼だった。
その鬼が橋に近づく一人一人に指をさして指示を出していて、私はもう、イヤな予感しかしなかった。
ダメ。絶対にダメだわ。この狂暴そうな鬼が、おとなしく私に橋を渡らせてくれるとは思えない。
私はそのままスーッと後ずさり、来た道を引き返そうと身体の向きを変えた。その時、
「六文船に乗るかい?」
え?
よくよく見ると、私の位置から右手側……木の陰になっている川面に小舟があり、そこに小柄なお爺さんがしゃがみ込んでいた。
「お爺ちゃん、その船に乗せてくれる?!」
鬼よりお爺さんのがマシ!私はお爺さんに歩み寄ると、そう言って彼の顔を覗き込んだ。
「いいよ。六文出しな。いやちーと待ちな。あんたは……どうやら訳ありだな。なら、三十文出しな」
なっ、なんですって?!
最初六文って言ったくせに金額上げるって何?!
今完全に足下見たわねっ!?
思わずその思いが顔に出そうになったけど、私は必死でこらえた。
「六文じゃだめ?」
「ダメじゃ」
くそっ!てゆーか、文ってなに?!そんなお金の単位、分からんわっ!
内心舌打ちしながらポケットを探ると硬いコインの感覚を指に覚えて、私は咄嗟にそれをつまみ出した。
やったっ!
って思ったのも束の間、私はそのコインを見てがっかりした。だってお金じゃくて、ゲーセンのコインだったんだもの。
あれだ、この間、梓ちゃんと行った時のヤツだ。
「珍しい銭じゃの」
がっかりしながら再びコインをポケットにしまおうとした私に、お爺さんが食いついてきた。
「そりゃ、お前の国の銭かい?」
……ちょっと違うけど……でもまあいいや。
「まあ、ある意味そう。特殊なヤツなの」
良心が痛むけど、あながち嘘じゃない。
「じゃあ、それで手を打ってやろう」
「まじ!?」
「まじって?」
マジの意味がわかってないお爺ちゃんを若干面倒臭く思い、私はアッサリそれをスルーすると交渉へと持ち込んだ。
「このお金あげるから、舟に乗せてくれない?ううん、私が漕ぐし」
実はね、私、船を漕いだことがあるんだよね。
田舎のお祖父ちゃんの家へ泊まりに行った時。
イベントで、確か『船頭さんにチャレンジ!』とかいう企画だった思う。
「お前、櫓(ろ)を使えるのかい」
六文船と書かれた小さな旗が力なく揺れるのを見たあと、お爺ちゃんは私を見上げた。
「つ、使える使える!私が船を漕ぐとお爺ちゃん、楽でしょ?!」
「ああ、楽だ。それに珍しい銭も手に入る」
その時後方がガヤガヤと騒がしくなり、振り向いた私は心臓を掴み上げられたようにギクリとした。
なにあれ?!人でもなく、鬼って訳でもなさそう。ただ、凄く良くない感じ。
青黒い肌が怖いし、正直、関わりたくないビジュアルだし!!
「ありゃあ、外道衆じゃ。こっちに来る」
嘘でしょ、勘弁して!
「行くわよ、お爺ちゃん!」
「待ってくれ……うひゃあ!あれーっ!」
待てないわよっ!おとなしく乗ってて!
私はお爺ちゃんにコインを握らせ、彼の着物をひっ掴むと船にドスッと突き落とし、自分もそこに飛び乗って縄を外すと、必死で櫓を漕ぎ始めた。
「なんだ、あの娘は。生き人じゃねえのか?」
「おい、船頭のジジイ!待て」
外道衆達のだみ声を後に、死に物狂いで私は船を漕ぐと、一目散に向こう岸へと向かった。
※※※※※※
私が船に突き落としたのが気に入らなかったのか、外道衆から逃れる為に必死だった私に恐れをなしたのかは知らないけど、お爺ちゃんはまるで身動ぎしなかった。
「お爺ちゃん」
「…………」
「お爺ちゃんてば」
「…………」
もうー、面倒くさいなー。
私は何とかお爺ちゃんに答えてもらいたくて、思ってもいないことを口にしてみた。
「ねえ、お爺ちゃん、死んじゃったの?!死んじゃったんならこのまま船に乗せとく意味ないから川に突き落とすけど!」
我ながらヒドイ言いぐさだなとは思ったけど、他に思い浮かばなかったの。
すると途端にお爺ちゃんはパチッと眼を開けて、私を見た。
「わしゃあ、もうダメじゃあ……」
「なんで?!」
「これは、死人を乗せる六文船じゃあ。なのにワシは生き人を乗せてしまったんじゃあ」
急にメソメソ泣き始めたお爺ちゃんを何とかなだめようと、私は少し笑った。
「大丈夫だよ、外道衆しか見てないし」
するとお爺ちゃんはブンブンと、頭がぶっ飛んでいってしまう程首を左右に振った。
「いーや、ワシも十王審査にかけられてしまうんじゃ……うううーっ」
「大丈夫だって、ここで働いてるんだから、そんな死者と同じ扱いでは」
「いや、泰広王(しんこうおう)や初江王(しょごうおう)どころか、閻魔大王にだって叱られるかも知れん。ううっ、うっ、うっ」
「……お、お爺ちゃん……」
「うえっ、うおっ、ふぎーっ……」
泣くなっ!こんにゃろー!なんて勿論言えないわけで……ああ、もうっ!……こうなったら、早く漕ぐしかない。
早く漕いでサヨーナラするしかないわ。
私は自分が泣きたい思いで歯を食い縛ると、今までにないスピードで船を漕いで対岸を目指した。
※※※※※
どれくらい時間がたったのかは定かでないけど、ようやく対岸が見えてきたところで、私はお爺さんにお礼を言うとニッコリと笑った。
「お前、すげぇ根性じゃな。この三途の川はな、数千キロもあるんじゃぞ」
私はお爺ちゃんのあまりの嘘の大きさにカラカラと笑った。
「まっさかあ!」
「元気でな」
「じゃあね、お爺ちゃん!」
岸に上がって私が手を振ると、船もろともお爺ちゃんは、スウッと消えていった。
正直驚いたけど、ここは『あの世』だ。信じられないような出来事だって当たり前。
私は気を取り直すとホッと息をついた。
「ルナ、見えるか?」
真っ暗だった視界が、仁の声をきっかけに色付く。
「……うん、見える。この道が死後の世界へ続く道?」
夢の中で私は仁に話しかけた。
なぜか仁の姿は見えなかったけど、彼のよく通る低い声はハッキリと聞こえる。
「そうだ。この道を真っ直ぐ歩け。三途の川まで道を繋げてやる。朱里をみつけたらすぐ俺に声をかけろ。 出来るだけ目立つんじゃないぜ? 」
「……分かった。じゃあ後でね、仁」
「気を付けろよ」
私は何処にいるか分からない仁に頷くと、ただ一つの道を駆け出した。
※※※※※※
仁が作ってくれた薄暗くて幅の狭い道をひた走っていると、次第に遥か前方が別の色に変わっていった。
反射的にもうその先が目的地だと理解し、私は一旦足を止めると息を整えようと深呼吸を繰り返した。
最後の一歩を踏み出し地に降り立つと、同時に道が消えて私は辺りを見回した。
風はユルユルとしていてぬるい。
青くない空には、紫色の月なのか太陽なのか分からない丸い天体が浮かんでいる。
それから私は目の前の大きな川を見て、思わず眼を見張った。
……絶対これだ。
絶対これが『三途の川』だ。
左手側の遥か向こうに見える橋には、何人かの人々が見える。
橋だけじゃなく川の中を泳いで渡る人もいる。
『皆は上手く出来て、あっちに行けてるのに、私はどうしても上手く出来ないの』
私は朱里の言葉を思い出しながら、彼女の姿を探した。朱里は……どこだろう。
川は幅が広すぎて向こう岸はまるで見えない。
後ろを振り返ると少し向こうに山が見えた。
眼を凝らすと、山の方からも人がこちらに歩いてくる。
私は次第に焦りを感じた。
ダメだ、とてもじゃないけど朱里を探せない。どうしよう、どうしよう!
その時、
「なんだ、お前」
げっ!!
後方からよく響く低いがして、私はビクン!と身体を震わせた。
「なんだ、お前のその身なりは」
完っ全に私に対する言葉だわ。
だって見かける人は皆、白い着物……いわゆる死に装束なのに対して私はカットソー&ショーパンなんだもの。
……振り返るべきか、そのまま逃げるべきか。
「おい、お前!俺様の声が聞こえねぇのか!?」
お、俺様!!
今時、自分を俺様なんていう人いる?!ジャイアンかお前は!
けどジャイアンはひたすら小学生だし音痴だし音痴は関係ないけどとにかく声が違う。
きゃー、ピンチだわ、マジでどうしよう。
このまま走って逃げて、逃れられる自信はまるでない。
かの有名な『口裂け女』が百メートル三秒で走るって聞いたことあるし、この声の主が人間じゃない場合口避け女より俊足の可能性だってあるわけで。
ダメだわ、名案が思い浮かばない。その時、
「おい、コラ!」
きゅあっ!!
一向に振り返らない私に業を煮やして、声の主が声を荒げた。
「はっ、はいっ!!」
しまったと思った時には既に遅く、私は声の主を振り返ってしまっていた。
え。
……なにこの男前。
場所柄てっきり赤鬼とか青鬼とか、そーゆー類いの生き物かと思っていた。
けれど私の眼の前に立っていたのは凛々しい眉毛の下の切れ長の眼が印象的な、物凄いイケメンだったのだ。なに、素敵。
私は目の前の長身イケメンをマジマジと見つめた。
ツンツンの短髮の黒髪に黒い瞳。通った鼻筋に意思の強そうな口元。……か、カッコいい……!
加えて広い肩幅に締まった体型。しばらく見惚れていた私だけど、
「お前、死人じゃねえな」
ぎくっ!
彼のその一言でハッと我に返り、私はブンブンと首を横に振った。
「し、死んでます!」
だって、生きてます!なんて言ったらややこしくなると思って。ここは死後の世界だし、多分。
けれど彼は私の言葉なんて聞こえていないかのように首をバキバキとならしながらこちらを見下ろした。
「……何しに来た」
もしかして彼は分かるのかも。死人と生きている人の違いが。なら嘘をついても無駄な訳で……。
「女、答えろ」
少しだけつり上がった眼が私を見据えている。
ああ、もう言うしかない。
「あの、実は……人を探してて」
「…………」
そこまで言ったけど彼は無言だったから、私は続けた。
「彼女、岩瀬朱里って名前なんですけど、知りませんか?」
「……知ってるかもな」
……え?かも?!かもって、なに?!
眉を寄せる私を前に、彼はニヤリと笑った。
「俺についてきたら、お前の捜し人の居所が分かるかもよ」
言いながら彼は長い刀を左手に持ち替え、空いた右手で自分の顎の辺りを撫でながら私を舐めるように眺めた。
……やだ、なにその目付き。
値踏みするように私を見つめる眼差しが、少し怪しい。しかも顔は元より、脚とか胸とかジーッと見てるし。
付いていって、いやらしい事とかされたら困る。
「………いいです。自分で捜します」
「あっそ。じゃあな」
目の前のイケメンは、私の答えにあっさり頷き、踵を返した。
……いくら男前でも誰だか分からない相手に付いていくのは怖いもの。
自分の力で朱里を探すしかない。
私はしばらくの間、均整のとれた彼の後ろ姿を眺めていたけれど、やがて意を決して踵を返した。
※※※※※
ようやく川に架かる橋に辿り着いた私は、ギョッとして立ち止まった。
……橋の手前に鬼がいる。まさに節分の日付近に、スーパーで売ってるお面みたいな鬼だった。
その鬼が橋に近づく一人一人に指をさして指示を出していて、私はもう、イヤな予感しかしなかった。
ダメ。絶対にダメだわ。この狂暴そうな鬼が、おとなしく私に橋を渡らせてくれるとは思えない。
私はそのままスーッと後ずさり、来た道を引き返そうと身体の向きを変えた。その時、
「六文船に乗るかい?」
え?
よくよく見ると、私の位置から右手側……木の陰になっている川面に小舟があり、そこに小柄なお爺さんがしゃがみ込んでいた。
「お爺ちゃん、その船に乗せてくれる?!」
鬼よりお爺さんのがマシ!私はお爺さんに歩み寄ると、そう言って彼の顔を覗き込んだ。
「いいよ。六文出しな。いやちーと待ちな。あんたは……どうやら訳ありだな。なら、三十文出しな」
なっ、なんですって?!
最初六文って言ったくせに金額上げるって何?!
今完全に足下見たわねっ!?
思わずその思いが顔に出そうになったけど、私は必死でこらえた。
「六文じゃだめ?」
「ダメじゃ」
くそっ!てゆーか、文ってなに?!そんなお金の単位、分からんわっ!
内心舌打ちしながらポケットを探ると硬いコインの感覚を指に覚えて、私は咄嗟にそれをつまみ出した。
やったっ!
って思ったのも束の間、私はそのコインを見てがっかりした。だってお金じゃくて、ゲーセンのコインだったんだもの。
あれだ、この間、梓ちゃんと行った時のヤツだ。
「珍しい銭じゃの」
がっかりしながら再びコインをポケットにしまおうとした私に、お爺さんが食いついてきた。
「そりゃ、お前の国の銭かい?」
……ちょっと違うけど……でもまあいいや。
「まあ、ある意味そう。特殊なヤツなの」
良心が痛むけど、あながち嘘じゃない。
「じゃあ、それで手を打ってやろう」
「まじ!?」
「まじって?」
マジの意味がわかってないお爺ちゃんを若干面倒臭く思い、私はアッサリそれをスルーすると交渉へと持ち込んだ。
「このお金あげるから、舟に乗せてくれない?ううん、私が漕ぐし」
実はね、私、船を漕いだことがあるんだよね。
田舎のお祖父ちゃんの家へ泊まりに行った時。
イベントで、確か『船頭さんにチャレンジ!』とかいう企画だった思う。
「お前、櫓(ろ)を使えるのかい」
六文船と書かれた小さな旗が力なく揺れるのを見たあと、お爺ちゃんは私を見上げた。
「つ、使える使える!私が船を漕ぐとお爺ちゃん、楽でしょ?!」
「ああ、楽だ。それに珍しい銭も手に入る」
その時後方がガヤガヤと騒がしくなり、振り向いた私は心臓を掴み上げられたようにギクリとした。
なにあれ?!人でもなく、鬼って訳でもなさそう。ただ、凄く良くない感じ。
青黒い肌が怖いし、正直、関わりたくないビジュアルだし!!
「ありゃあ、外道衆じゃ。こっちに来る」
嘘でしょ、勘弁して!
「行くわよ、お爺ちゃん!」
「待ってくれ……うひゃあ!あれーっ!」
待てないわよっ!おとなしく乗ってて!
私はお爺ちゃんにコインを握らせ、彼の着物をひっ掴むと船にドスッと突き落とし、自分もそこに飛び乗って縄を外すと、必死で櫓を漕ぎ始めた。
「なんだ、あの娘は。生き人じゃねえのか?」
「おい、船頭のジジイ!待て」
外道衆達のだみ声を後に、死に物狂いで私は船を漕ぐと、一目散に向こう岸へと向かった。
※※※※※※
私が船に突き落としたのが気に入らなかったのか、外道衆から逃れる為に必死だった私に恐れをなしたのかは知らないけど、お爺ちゃんはまるで身動ぎしなかった。
「お爺ちゃん」
「…………」
「お爺ちゃんてば」
「…………」
もうー、面倒くさいなー。
私は何とかお爺ちゃんに答えてもらいたくて、思ってもいないことを口にしてみた。
「ねえ、お爺ちゃん、死んじゃったの?!死んじゃったんならこのまま船に乗せとく意味ないから川に突き落とすけど!」
我ながらヒドイ言いぐさだなとは思ったけど、他に思い浮かばなかったの。
すると途端にお爺ちゃんはパチッと眼を開けて、私を見た。
「わしゃあ、もうダメじゃあ……」
「なんで?!」
「これは、死人を乗せる六文船じゃあ。なのにワシは生き人を乗せてしまったんじゃあ」
急にメソメソ泣き始めたお爺ちゃんを何とかなだめようと、私は少し笑った。
「大丈夫だよ、外道衆しか見てないし」
するとお爺ちゃんはブンブンと、頭がぶっ飛んでいってしまう程首を左右に振った。
「いーや、ワシも十王審査にかけられてしまうんじゃ……うううーっ」
「大丈夫だって、ここで働いてるんだから、そんな死者と同じ扱いでは」
「いや、泰広王(しんこうおう)や初江王(しょごうおう)どころか、閻魔大王にだって叱られるかも知れん。ううっ、うっ、うっ」
「……お、お爺ちゃん……」
「うえっ、うおっ、ふぎーっ……」
泣くなっ!こんにゃろー!なんて勿論言えないわけで……ああ、もうっ!……こうなったら、早く漕ぐしかない。
早く漕いでサヨーナラするしかないわ。
私は自分が泣きたい思いで歯を食い縛ると、今までにないスピードで船を漕いで対岸を目指した。
※※※※※
どれくらい時間がたったのかは定かでないけど、ようやく対岸が見えてきたところで、私はお爺さんにお礼を言うとニッコリと笑った。
「お前、すげぇ根性じゃな。この三途の川はな、数千キロもあるんじゃぞ」
私はお爺ちゃんのあまりの嘘の大きさにカラカラと笑った。
「まっさかあ!」
「元気でな」
「じゃあね、お爺ちゃん!」
岸に上がって私が手を振ると、船もろともお爺ちゃんは、スウッと消えていった。
正直驚いたけど、ここは『あの世』だ。信じられないような出来事だって当たり前。
私は気を取り直すとホッと息をついた。
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