抱き寄せて、キスをして

友崎沙咲

文字の大きさ
2 / 7
vol.2

突然の解散

しおりを挟む
◇◇◇◇
「あー、腹いっぱい」

「じゃあ、帰る?」

「アンナは?満腹?」

「ん」

私が返事をすると、新太はさっと伝票を持って立ち上がった。

「先に会計済ませとく。ゆっくり靴履いてていいよ」

「あれ?!今日は私が払う日だよ」

すると新太はジーンズのポケットを探りながら、私を見ずに言った。

「今日は特別。俺が出したい」

「なんで?」

「エロい事言っていいの?」

「やっぱキモ」

新太は私の頭をポンポンして、先に歩いて行ってしまった。

◇◇◇◇

週明け。

「お前、サンプル確認ちゃんとやったのかよ!」

激しく両手をデスクに叩き付けて、三崎課長は私を睨み付けた。

私はどう答えるべきか考えてあぐねて、何も言えずに黙り込んだ。

どうしよう。

企画部の決定したデザインとまるで違うバッグが、目の前にあった。

これはデザイン決定の最終段階で見送りになったバッグだ。

確かに私が確認し、クライアントにプレゼンした時はこのバッグじゃなく、ちゃんと最終決定したデザインだった。

クライアントとの細かな打ち合わせも無事終了した。

生地屋にも種類指定をして、付属品業者とも打ち合わせをして……。

「業者が、『サンプルと届いた生地が一致してない。至急連絡してほしい』との事だ。おまけに、パターンの一部が抜け落ちてるらしい。
先方は休日返上で作業に入ってくれてたんだぞ!?
何やってんだよ、お前はっ!!」

サンプルは先に、私が直接手渡した。

パターンはその日の内に、私が寺田加奈にメール送信するように指示を出した。

加奈ちゃんは今日、頭痛が酷くて欠勤している。

なんで?なんで、不採用のヤツが渡ってたの?!

なんで?!

「何とか言え!!!」

「すみませんでしたっ!」

私は、勢いよく頭を下げた。

「バカか!俺に謝って済む問題じゃねーんだよっ!!」

「はい!申し訳ございません!!」

「お前、どうするんだ!?念のため生地屋にも確認しとけ!もし間違ってたら取り返しつかねーぞ!」

ゾッとした。

「すみません、すぐ連絡取ります!!」

全身の血が無くなってしまったように私の体は冷たくて、寒気がした。

急がなきゃ、急がなきゃ!

私は奥歯を噛み締め、ガタガタと手が震えるのを必死で抑えながら、電話に手を伸ばした。

◇◇◇◇

翌日。

「アンナ先輩、本当にすみません!私が先輩に確認せずに不採用になったサンプルを郵送してしまったんです!先輩が、打ち合わせで渡し忘れたんだと思って……」

「もういいよ。大丈夫だよ。生地も合ってたし、パターンも送り直したから」

加奈ちゃんは、給湯室でボロボロと泣きながら私に頭を下げた。

私は大きく笑った。

「もう泣かないで!ほら、仕事始まるよ!三崎課長には内緒だからね!」

「そんな事出来ません!私の失敗なのに、先輩のミスだと思われちゃいます」

「いいの、いいの!絶対内緒だから!さ、涙拭いて!」

私は先に給湯室を出た。

◇◇◇◇

三日後の昼休み。

『話があるんだ』

『なにー?』

『会ってから言うわ。鳥姫に8時集合』

『了解』

私はLINEで新太と短いやり取りを済ますと、昼休みを切り上げて仕事に取りかかった。

実は今日は忙しい。

けど、新太との待ち合わせに遅れないようにしたい。

「昼ぐらいしっかり休めよ」

三崎課長がチラッと視線を上げて私を見た。

「今日はあまり長く残業出来ないんです」

「デートか」

は?

なに、こんな質問してくるような人だったっけ?

それとも皆が昼休憩で出払ってるから、軽い気持ちで訊いてみたとか?

私が三崎課長を見つめていると、彼は手元に視線を落として呟くように言った。

「悪い」

……悪いって、訊いてごめんって意味?

……微妙。

私は何だかおかしくなって、笑いながら口を開いた。

「悪くないですよ。同期と飲むんです。私、彼氏はいないんで」

私がそう言うと、三崎課長はこっちを見ずに答えた。

「そうか。可哀想に」

可哀想にって!

絶対思ってないだろ!

まあ、いいけど。

私は暫く三崎課長の整った顔を見つめていたんだけど、それ以上話さず、黙々と仕事を続けた。

◇◇◇◇◇

何とか仕事を終えてそのまま鳥姫に直行すると、新太は入り口から見える狭い座敷に座っていた。

「ごめんっ、待った?!」

座敷に上がり込んでカバンを置いた私を見て、新太は首を振った。

「俺も今来たとこだよ」

「で、話って?」

「アンナはせっかちだな。まあ、飲んでからでいいじゃん」

私は軽く頷いてから店員さんにビールを注文した。

「どう?仕事は」

新太は海外事業部。

英語が堪能で、海外の提携会社とのパイプ役を担っている。

「んー、まあまあかな」

「新太は英語がペラペラだし、そのうちアメリカに転勤なったりして」

私がそう言うと、新太はハハハと笑った。

「やだなー、そうなると」

「新太は和食大好きだもんね。刺身や納豆、うどんが手軽に食べれない国はキツいか」

「そー。英語、忘れたって言うわ」

「バカな断り方だなー」

「もっと有効なやつ、アンナが考えといて」

私達は他愛も無い会話をしながら焼き鳥を食べ、ビールを飲んだ。

店を出て線路沿いの通りを並んで歩き、ひとつ目の信号を南に入ったところで、新太が急に立ち止まった。

私はバッグのデザインの話をしていたけれど、新太のいつもと違う様子に口をつぐんだ。

「アンナ」

「ん?」

外灯がやけに明るくて、均整のとれた新太の体を柔らかく包んでいる。

「どうした?そういや、まだ話、きいてないけど」

私がそう言って新太を見上げると、彼は俯いてジーンズのポケットに手を入れた。

もう秋を知らせる風が、新太の黒髪をさらりと揺らす。

「新太、どうしたのよ?変だよ?心配になるじゃん」

私がそう言って新太の真正面に立つと、新太は少しだけ顔を上げた。

「アンナ」

「ん?」

「俺、恋人が出来たんだ」

「へっ?!」

な、何て言った?!今!!

「も、もっかい、言って」

新太は、真っ直ぐに私を見て、繰り返した。

「俺、恋人が出来たんだよ」

コイビトガデキタンダヨ

恋人。

恋人って……誰かの作品のタイトルじゃなくて?

「こ、恋人?」

「そう、恋人」

新太の眼鏡越しの瞳は、澄んでいて綺麗だった。

「そ、そうなんだ」

私は何か返事を返さなきゃと思い、咄嗟にそう言った。

「うん」

お互いに見つめ合い、黙り込んだ。

けれど二人の間に強い風が吹き、私はその冷たさに我に返った。

「よかったね!」

「うん」

「じゃあ……私達、解散だね。
とてもじゃないけど、このまま会い続けられないもんね」

「まあ……そうだよな」

「よかったね!ほんと、よかった。
……じゃあ……ばいばい、新太」

「うん。じゃあな、アンナ」

私達はお互いの家の分岐点で別れた。

そう。

この別れは、私達の『解散』を意味していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

婚約破棄したので、元の自分に戻ります

しあ
恋愛
この国の王子の誕生日パーティで、私の婚約者であるショーン=ブリガルドは見知らぬ女の子をパートナーにしていた。 そして、ショーンはこう言った。 「可愛げのないお前が悪いんだから!お前みたいな地味で不細工なやつと結婚なんて悪夢だ!今すぐ婚約を破棄してくれ!」 王子の誕生日パーティで何してるんだ…。と呆れるけど、こんな大勢の前で婚約破棄を要求してくれてありがとうございます。 今すぐ婚約破棄して本来の自分の姿に戻ります!

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処理中です...