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33話

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「本気も何も、そう思いますからね。確かに荊武将も言っていたように、これから戦う事になるのは曹操軍。荊州の武将ならともかく、荊州の武将が率いる兵は所詮その程度の実力。いくら数がいても無意味ですよ」
呂布は素直に思ったままの事を口にした。荊州の武将は優秀なのだろうが、まだ経験が不足しているせいか呂布の部隊に配属するには未熟な者が多かった。もちろん荊武将が率いている部隊に比べれば遙かに練度が高い事は間違いないが、荊州武将の指揮下にいる方が上手くいくのではないかと思う。
「ふむ……なるほど。呂布将軍の仰りようもごもっとも。ならば一つお聞きしますが、あの荊州の武将達は実戦経験が無いに等しいと?」
「そりゃ、無いでしょう。今までずっと荊州を守って来た訳だから。あ、でも……確か前に荊州に攻めて来た時に、荊州武将の親族が一人死んだと聞いた気が……」
その時呂布の脳裏に浮かんだのは、先程まで呂布の前に座っていた荊州武将だった。荊武将から呂布に話し掛けてくる事はあったが、荊武将から呂布のところに来てくれたのは初めてだったのでよく覚えていた。
荊州の武将が亡くなった時、荊武将は自分の手で仇を取ると言ったそうだが叶わなかったそうだ。呂布もその時その場にいたが、敵味方関係なく凄惨を極めた戦いだったので、正直誰が死んだのかもよく分かっていない。そもそも、荊武将がその武将の顔を覚えているかどうかすら怪しいと言うレベルである。それほどの戦いだったのだ。
荊武将は家族同然だと言っていたが、荊州の民にとってはやはりかけがえのない存在なのだと思い知らされた一件でもあったのだが、荊武将本人には伝わっていなかったようだ。もし荊武将に会っていれば、彼の怒りは悲しみに変わったはずだから。
だが荊州の武将が死んだとなれば話は別で、荊武将は悲しんでいたかもしれないが恨みつらみは無かったのだろう。あるいは、その武将と荊武将との距離感の問題なのだろう。荊武将にとって荊州武将は家族同然であっても、荊州武将にとって荊武将は主君の義弟でしかない。その荊州武将の訃報を聞いて荊武将が平静でいられるはずもないのだが、荊州の武将はそんな荊武将を放っておくしかなかった事も理解出来た。荊武将を慰めるにしても、荊武将の怒りや悲しみを受け止めるにしても同様に接していける人材がいないからだ。
荊州の武将にとって荊武将とは友であって、同時に上司でもある。荊州武将にとって荊武将の家族的な感情を優先出来る立場ではない事くらい呂布にも分かる。荊武将の気持ちは分からないでもないが、呂布も呂布で荊武将の申し出を断っている以上、これ以上の口出しは出来ないと諦めるしかない。
荊武将は家族を失ったばかりで動揺していた。そこへ、同じ立場である荊武将が励ましてくれれば良かったのかも知れないが、荊武将は呂布に自分の部隊への合流をお願いしてきたのである。荊武将の心中は察するが、それでは荊武将は呂布に対して荊武将と同じ扱いを求める事に他ならない。荊武将を家族同様に思って接してくれ、と言われてもそれは無理と言うものだろう。
それに荊武将が劉備軍に合流する事になったとしても、荊州の武将達を束ねる事が荊武将に出来るとは思えない。荊州の武将が荊州を守る事が出来るなら、荊州の武将は荊州武将として残るべきだと思う。荊武将はその事を分かっていない訳ではないようなので、荊武将は荊州武将としての自分を捨てたのだろうか。
だとすれば、荊武将は何のために劉備のところへ行ったのだろう。
呂布としては、荊州の武将は荊州の城を守り続けるべきと思う。それが荊武将にとっても荊州の武将達のためになる。
「なるほど、そうですか。荊武将はあなたと共に戦えない事を悔やんでいましたが、どうやら私の勘違いであったようで安心しました」
陳宮は笑顔で去って行く。
呂布はしばらく考え込んだが、それでも荊州の武将達が戦場で役に立たないのであれば意味が無いと思った。呂布としてもあまり手柄を上げたくはないのだが、徐州の為というのなら仕方がない。荊武将の提案を受ける事で、呂布の率いる部隊は大幅に増強された。
新兵の割合は七割を超えるものの、それでも二千近い兵力は魅力的である。
そして荊州武将を加えているのが、呂布の部隊だけになったのも大きい。徐州から援軍に出ている徐州軍の数は四千、荊州から援軍に来た荊州の武将が一千の合計五千。荊州の武将が呂布の指揮下に入った事で総数が四千になった事は大きかった。呂布の指揮する部隊は徐州からの借り物であり、実質の兵力は三千である。そこに四千の兵が加わる事は単純に戦力が倍増する事になる。これは他の諸侯には真似のできない強みと言えるだろう。
この勢いのまま曹操軍を迎撃しようと思ったところで、関羽の元に使者が訪れた。
「徐州の劉皇叔よりの使いです。至急荊州に戻り、荊州の武将達に出陣するよう通達せよ、とのご命令です」
関羽もこれには驚いたらしく、荊州の武将達は荊州を離れられない事情を説明して断ろうとしたが、徐州軍の使者である張飛に言われてしまう。
「我らも、漢中の黄巾党との戦いにおいて兵糧が不足しているのです。今すぐ荊州の武将達の協力が無ければ、この戦いは負けます。そうでなければ荊州の武将達もここまで来ている事でしょう。どうか今こそ荊州の力を発揮する時だとご判断いただきたい」
そう言われた荊州の武将達は渋々承諾した。
「しかし、これではまるで私達だけが役立たずみたいではありませんか」
荊武将は不満げだったが、
「いやいや、荊州の武将達は確かに頼りになるが、今は戦うよりも他にやる事があるのだ。荊州武将達の参戦はまたの機会で良いではないか。その時はよろしく頼むぞ、荊武将よ。それまでは、ゆっくりと身体を休めておくがいい。荊州武将は働き者が多いと聞いているからな。いざとなれば俺の出番だから、気にせず休息していろ。何、荊武将が抜けた穴くらい、いくらでも埋めてくれる将がいる。大丈夫だ、心配ない。荊州の武将達の活躍を期待しているからな!」
と、関羽が言うと荊武将も納得してくれた。
実際、その日は夜まで荊州武将の相手をしていたせいで、呂布も疲れていた。今日は早めに寝ようと思っていたので、荊州武将の話に付き合う体力がなかったと言うのもある。
翌朝早朝、関羽の陣中に慌ただしさが漂っていた。
なんでも荊州の武将達が姿を消したらしい。
荊州の武将と言っても全員が荊州城にこもりきりだった訳ではなく、城を出て劉備軍に合流して行った者もいる。
今回、荊州の武将達の多くは呂布が率先していると知って、劉備の誘いに乗ってきた武将もいた。だが中には荊州から出て行かなかった武将もいるので、彼らがどういう状況なのか分からないと劉備軍は混乱に陥る可能性がある。
関羽と趙雲が兵を率いて荊州へと出向いて行くと、荊州城内に残ったのは荊州の武将とその部下だけだった。劉備は関羽達が戻ってくる前に全軍を集めて荊州城へと向かった。荊州武将はともかく、荊州城を守るべき荊州の武将がいないのではどうにもならないからである。
荊州城に着くなり、劉備はまず荊州城の守備を固める。もし敵が城を落とす気なら城の中に侵入されるのは時間の問題なのだが、荊州城の城門は開け放たれたままになっている。その事に誰も疑問を抱かない。
呂布の到着を待っているのだろう、と誰もが思っていたからだ。
呂布が到着した時には、すでに城を守っていたと思われる荊州の武将達が全て捕縛されていた。
しかも全員武装したまま縄で縛り上げられているのに、武器だけは外されているという奇妙な状態になっており、さすがの呂布も呆れ果ててしまった。
荊武将に至っては怒りを通り越して笑い転げる始末である。
荊州武将がなぜこうなったのかと言えば、簡単に言えば荊州城は空っぽになっていたからに他ならない。
荊州武将達は荊州城を留守にしていても問題は無かったが、荊武将を始めとする荊州の武将達は戦に出る以上は身だしなみを整えなくてはならない。そこで荊州の武将達はそれぞれ、自分の鎧の補修などをするため荊州に戻ったのだが、荊州の武将がいなくなった荊州城に荊武将の部下がやって来て、荊州の武将達を呼び集めている事を伝えた。
呼び集められた荊州の武将達が荊州の城門に集まる頃には既に荊州の武将達の姿は無く、代わりに徐州から来た兵士や荊州の農民達がいた。徐州兵は曹操軍に対して抵抗するつもりらしく武器を持っている者もいたのだが、どう見ても戦いに来た雰囲気ではない。それどころか、劉備の呼びかけに応えて徐州軍に参加するつもりでやって来た者達ばかりだった。
荊州武将達は、呂布のところへ向かうために徐州の城で世話になった人々であり、劉備に徐州の救援を求める為に徐州へ赴いた荊武将の部隊が、途中で曹操軍に襲われて荊州に逃げ帰ってきた。そして、呂布の元に駆け込むため荊州へ戻った荊武将が今度は捕まり、呂布の元に連れて来られた、と言うのが真相である。
呂布も最初はそう聞かされたのだったが……荊州武将がいなくなった理由があまりにくだらなさ過ぎて笑うしかなかったのだ。
荊州武将は徐州に縁があるのだから、徐州から援軍が来た事を喜び迎えれば良かったし、荊州の武将も城に残る必要はない。
そもそも荊州の武将達の装備を見ても、荊州は徐州に比べて貧しい土地だと分かるはずなのに、荊州の武将達の鎧はあちこち傷んでいる。
荊武将は笑って済ませていたが、これに関しては荊武将だけではなく荊州の武将の怠慢でもあるのは確かである。
「それで荊武将よ、徐州の劉玄徳はなんと言っている?」
関羽が訊くと、荊武将は首を傾げた。
「劉皇叔からのお言葉を伝える様に言われておりますので」
「劉皇叔からの言葉? ただ単に俺に命令しろって話じゃないんですかね」
とは張飛の意見だが、陳宮はその可能性を否定した。
「荊州の武将達を集めろと言われたのでしょう。荊州の武将達を連れてくるように命じたのかもしれません」
荊州の武将達もそう思い込んでいたらしく、荊州の武将達は自分達が連れてきた荊州の農民兵と手分けをして荊州城内にいた荊州の武将を探したが、誰一人として見つからなかった。
この時点で劉備達は、この騒動は呂布の策略ではないかと疑い始めたのだが、それでも劉備と関羽は荊州の武将達の説得に当たったものの効果はなかった。関羽は荊州の武将達に劉備と呂布と共闘する必要性を説き、荊州の武将達もその事は分かっていたが、いざと言う時に裏切るのではないかと疑心暗鬼になって劉備や呂布との合流を拒んだ。
荊州の武将達がその様な態度をとるものなので、荊州の武将以外の者はほとんどやる気を失ってしまった。荊州の武将達は荊武将が率いていた一千ほどの部隊しか残っておらず、荊州城内には劉備軍の精鋭二万が残っているだけとなっている。荊武将と部下達の協力も得ているので、今すぐ荊州の城を出ても負ける事は無い。しかし、荊州の武将達が揃って呂布への投降を拒否すれば敗北は免れない。
そうなると関羽が恐れていた、徐州の呂布軍が攻めてくる事態となってしまう。
それだけは避けたかった。
関羽はやむなく、呂布の元へ使者を出す。
すると、すぐに呂布からの返答があった。
それは呂布らしい答えだった。
関羽の書簡を預かった荊州の武将に、呂布は自分の意見を述べた。
関羽が言うとおり、自分は関羽と呂布の争いを望んでいない。ただ、自分が望むのは荊州と漢中の安定であって、天下の事まで考えている余裕はない。荊州の武将達は関羽と行動を共にしてもらいたい。劉備軍は荊州を戦場にしたくないと考えている。劉備軍に勝利する事と荊州城が無傷で守られる事が、荊州にとって最大の利益となるはずだ。荊州武将達が協力してくれなければ劉備軍は荊州城を守る事はできない。荊州城は敵の手に渡る事になる。
呂布が望んでいるのは荊州城が敵の手に落ちず、しかも荊州武将達が協力して曹操軍と戦う事だ。
荊州武将達はこの言葉を信じ、徐州に助けを求めるために徐州へ向かった。それが徐州に到着した時には既に徐州兵が待ち構えていたので捕らえられてしまった、というのが真相である。
荊武将達と違って荊州武将達は曹操軍との交戦を考えていなかったのだが、曹操軍との戦いになると聞いて荊州城の放棄を決め、自分の領地に戻ろうとしたところを捕まってしまったのだ。荊州武将も荊武将も曹操軍との戦闘を恐れていたが、荊州武将は曹操軍を敵だとすら考えておらず、荊武将に至っては徐州に攻め入ろうとさえ考えていた。曹操軍との戦いでは足を引っ張る存在にしかならないだろう。
荊武将が捕らえたのは徐州兵ではなく、荊州の豪族達であった。荊武将の部下である荊武将の家族は荊州から逃げ延び、曹操軍の攻撃から徐州の城に辿り着くも城は既に陥落しており、徐州の城へと避難していた。荊武将はそこで荊一族の長老である王允から指示を受けて動いていたのだが、それを知る者はもう誰もいなかった。
荊武将の捕縛によって荊州の武将はいなくなった訳だが、だからと言ってそのまま徐州城に留まっていてくれたら良い、と思っていた訳ではないだろう。荊州の武将達がいなくなった事で、いよいよ徐州城に曹操軍五万が迫った時、曹操軍から使者が現れた。
使者は高順と名乗ったのだが、その姿はあまりにも無惨なものだった。
頭からは血を流し、衣服にもところどころ切り傷が見られる。腕や脚なども怪我をしているらしく、布や包帯で固定しているのだが服で隠れて見えなくなっている部分も多く、立っているだけでもやっとと言った様子で、明らかに負傷が治っていない状態で現れた。
そして呂布の前に現れたのだが、その時既に満身創痍と言う言葉がふさわしすぎるくらいにひどい状態だった。
見た目こそ凄まじく痛々しい姿ではあるが、呂布はその姿を見て逆に冷静になった。
曹操がそれほどまでに呂布を警戒している証拠であり、また、そんな状態の者を使者として寄越すと言う事は、徐州に何かあったのではとも考えられた。
実際、高順は徐州の状況を話した。
荊州の武将達がいなくなった隙に、呂布の留守を狙ったのか分からないが、呂布配下の兵達の動きも活発になっていた。
特に徐州の城外にいる呂布軍の兵士達の士気は異様なほど高く、城外に打って出たとしても勝てる見込みは低い。そして城内でも、徐州の太守であるはずの陶謙の態度がおかしいと言う。
徐州は曹操の支配下にあり、事実上その支配下にあるはずだった。その徐州が反旗を翻し、徐州の武将である李典は城を捨てて逃げ出し、曹操軍の副将である曹性が呂布の元へ向かっていると言う。
この知らせに、さすがの呂布も耳を疑った。徐州は曹操に降伏するはずなのだ。
しかし、その徐州が反乱を起こすなど考えられないし、仮に本当に反乱を起こしたのであれば、真っ先に疑われてしまうのは呂布の妻や親族である。
もし呂布の元に刺客を送っていたとすれば、その者の目的も明らかだ。
だが、この報告は本当かどうか確認しようがない。
それでも、呂布はこの報を聞いた瞬間に動き出した。呂布の兵は精強揃いで、しかも呂布自身がこの戦で先頭を切って戦う事を好んでおり、それは今回も変わらない。さらに呂布は呂布自身の武勇もそうだが、張遼や高順には及ばずながらも、張飛と張超と言う優秀な武将を抱えている。
呂布軍の主力は呂布と張飛、張超の三千。陳宮や徐栄や華雄といった諸将は別働隊として行動する。陳宮は徐州の地理に詳しい事から別行動を取っているが、他の武将達の事は良く知らないので同行していない。
本来なら一万ほどの兵を率いたいところではあったが、呂布が率いてきた兵は呂布自身を含めて一万と少し。ここで兵を割いてもあまり意味が無い事と、一万でも多いと思われる可能性があるため、一万で動く事に決めた。
徐州城を出て呂布がまず目指したのは徐州城である。
いくら曹操軍の兵であっても、呂布軍が徐州城に向かってくると知れば手を出してこない可能性は高い。しかし、城が陥落したとあっては呂布軍の兵が城内で暴れ回る恐れもあり、呂布は徐州城へ向かう事を最優先とした。
そこに、張遼からの使者が訪れた。
それによると、呂布軍が出撃してからしばらくして、呂布は荊州に使者を出したらしい。呂布軍が出撃したと知った荊州の武将達は呂布の元へ身を寄せようとしたが、荊州の武将が全員揃ったところで徐州の豪族達が蜂起して城を攻め落としたとの事だった。
荊州の武将達は皆、曹操軍に捕らえられているか、あるいは討ち死にしてしまったと言う。
これで荊武将は完全にいなくなってしまった訳だが、荊州武将は全員が討死したわけではなく、捕らえられた武将もいるはずだ。そして、荊武将である荊玄児はおそらく捕えられていないだろうと思われた。荊武将であるから、曹操軍の将軍に取り立てられる事は充分考えられる。
荊州城へ向かった荊武将達が、曹操軍と遭遇する事はまず無いと考えられる。むしろ、荊州城に籠城している方が安全かもしれない。
荊武将である以上、高順や韓浩と同様に並々ならぬ猛将であり、それが徒党を組んで攻めかかるとなると厄介な相手ではあるのだが、今の徐州城にそこまでの兵はいない事も間違いなかった。
張遼からの報告を受けた直後、高順からの急使が来た。
内容は呂布と同じ、徐州が反乱したと言うもの。ただし、その内容は張遼が得た情報とは異なっており、徐州城は呂布の留守中に何者かの襲撃を受けて陥落しており、城兵はほぼ全滅していると言う。張遼の所に来たのは高順の息子だったが、すでに高順自身は生死不明。
曹操軍は徐州城を包囲し、援軍要請に訪れた荊州の武将達はすでに討ち取られている。荊武将は捕われの身となったらしく、高順も生死不明である。
どうにも状況が把握しづらい。が、これは罠である事は明白だ。
しかし、その徐州城を守っているはずの呂布は、まだ徐州城にすら到着していなかった。このままでは、徐州城の救援に行こうとしても間に合わない。
曹操は呂布のいない隙を狙って動いたと言う事になる。曹操軍の目的は不明だが、徐州城が落ちていると言う事は陶謙が討たれたと見るべきだろう。
つまり曹操の目的は陶謙の討伐にあった訳だが、そうすると呂布が徐州に戻る事が最大の障害となる。
そうなると曹操が考える呂布に対する最善の手立ては、徐州を攻め落とし、そのまま呂布を待ち受ける、と言うものだ。その予想が正しければ、曹操は今すぐにでも行動に移す事ができるはず。
徐州城へ辿り着くのにあと一日、そこから徐州城まで半日、さらに城内の混乱を収拾しながら進軍するとして三、四日。呂布の足であれば五日には徐州に到着できるはずだったが、その間に何かしらの準備を整えられたら、そこで終わりとなってしまう可能性が高い。
それだけは絶対に避けたい。が、焦った呂布の行動は裏目に出る事になった。
徐州城に到着してすぐ、呂布の耳に入った報告は、陶謙が死んだ、と言う衝撃的なものだった。
陶謙の死亡が確認されてから徐州城に向かったのだが、城内はまるで葬式の最中であるかの様な静けさに包まれていた。
城内に入ってすぐのところに張遼がいたので、事情を聞く。
徐州城内に残っていた兵達の大半は、曹操軍ではなく呂布軍であった。
陳宮の指示によって徐州に残してきた呂布軍の兵力は八千ほどあったので、徐州城内の兵の総数は十万を超える事になり、これくらいになると指揮系統も混乱しやすい上に物資の調達や配分も難しくなる。
呂布も徐州太守ではあるが、この場にいるほとんどの者は呂布の顔を知らないと言う状態。陳宮からこの事を聞いた時、呂布は愕然としたが、徐州に残された者のほとんどは呂布の名を知っていても顔を知らず、また徐州城が陥ちるまで呂布軍の指揮は陳宮が執っていた。
陳宮は徐州太守である呂布の代理であり、呂布軍の全権を握っている存在でもあった。そんな事もあって、呂布は陳宮が指示した通り呂布軍が徐州を守るのだと思っていた。
実際にそうはならなかった訳だが、それでもこの呂布軍の存在が大きかった事に変わりはないと思えた。
それだけではなく、徐州に残る徐州の武将達は曹操軍に降ってしまっており、その中には荊州の武将達も含まれていた。そしてその荊州の武将達は全員が戦死してしまったらしい。
さらに、荊州の武将ではないものの、劉備、関羽、張飛の三兄弟とその従者達の姿もあった。
「奉先、来たか」
高順は普段と変わらず呂布に向かって言う。
一見したところ、いつもと何も変わらない。
が、高順の言葉が真実であるとするなら、高順は徐州で起こっている事を知っていたはずだ。いや、知っていなければおかしい。
それに、呂布には高順に対して言わなければならない事がある。
それは呂布の妻の事だった。
妻の蓉とはまだ顔を合わせてはいないが、今回の徐州侵攻に際し呂布はその妻と子を置いてきた事を気にしていた。妻や子は無事に逃げ出せたのか、呂布が気になっていたのはそれである。
しかし、呂布の口から出て来たのは全く別件についてだった。呂布が口を開こうとした瞬間、背後から呂布に抱きつく人影があった。
見覚えのある長い黒髪の美女は呂布の腹違いの妹である呂姫だった。
普段は明るく振る舞っている呂布の娘だが、今日は泣いていた様だった。
呂姫の頭を撫でながら、呂布は改めて口を開く。
「まず、何よりも聞きたいのは……義父上の死、なぜ誰も知らせてくれなかった?」
呂布の怒りは、当然徐州の武将に向けられる。
彼らは皆曹操軍に降る事を選んだ者達なのだから、曹操軍に情報が流れてもおかしくないはずだ。そう思って問い詰めたのだが、高順や韓浩の反応は呂布の予想外のものだった。
呂布は高順が答えてくれるものとばかり思っていたのだが、高順は何も語らず呂布を見つめている。代わりに答えたのは、韓浩である。
韓浩は呂布の前に進み出て答える。
「呂布将軍は、陶謙将軍のご息女・玲華夫人と共に城を脱しておられました。ですから、こちらにも連絡は来ていなかったのです」
韓浩が言った事は事実だったので、呂布はすぐに納得できた。
が、そうなると疑問が残る。何故高順も韓浩も、呂布達が城を離れた後に起こった事件を伝えてくようとしなかったのだろうか。
呂布の質問に対し、高順は小さく溜め息をつく。
「呂布将軍。我々は貴方の家臣であって、友人でもましてや家族でもありませんよ? わざわざ伝えてやる義務も義理も無いはずでしょう。それとも何か、呂布将軍は俺達に助けに来てくれと言っていたんですかねえ?」
確かにその通りだと呂布も思う。
そもそも城を離れる事を提案したのは陳宮であり、陳宮もその事は分かっているはずだった。陳宮ならば、その様な状況になった時の事も想定済みだろう。
その状況が起こればすぐに呂布へ伝える様に厳命されていたであろうが、それを怠ったのだから陳宮の責任だと言える。だが陳宮の場合、たとえそれが曹操軍からの奇襲であったとしても自ら出陣する事を躊躇わないはずなので、今回に関してはその辺りの判断に迷うところでもあったかもしれない。
ともあれ徐州城では今まさに戦いが行われていると言うにも関わらず、城に残された兵のほとんどが陶謙側に付いた事に間違いは無いらしく、城に残っている兵はわずかな守備兵だけだったと言う。
しかもその僅かな守備兵のほとんど全てが新参者か陶謙に媚びを売る連中ばかりだったと言うので、まともに戦える者がほとんどいなかったらしい。
そんな中でも劉備が率先し呂布軍と手を組んで戦った事で、かろうじて撃退する事が出来た。もしこの場にいたのが劉備だけでは無く関羽と張飛まで揃っていれば、もっと楽勝であったのは想像に難く無い。
もっとも、それでも曹操軍は大部隊ではなく徐州城の兵力だけでは対応しきれないと判断した結果、援軍を求めたのだが、呂布軍が徐州城を離れて三日目と言う時点でようやく到着したと言うわけである。
そして、呂布がやって来た頃にはすでに城内の掌握はほとんど終わっており、城内に残っていた兵を投降させる事は出来ていたらしい。ただ、劉備達や呂布軍以外の荊州武将の遺体は見つからなかったので、どこかに持ち去られた可能性が高いと言う。
陳宮の立てた作戦としては、敵の主力を引きつけてから城内に引き入れて一気に殲滅する予定だったのだが、陳宮の指示を待たず勝手に出撃した呂布と呂布軍の行動により陳宮が立てた戦略は台無しになってしまったと言う事である。
陳宮が言うには、こうなった以上陳宮は軍師の任を解かれ、今後は全軍を統括する総司令官として指揮を取らねばならないとの事。陳宮は呂布に対して陳宮軍を率いる事を命じ、徐州城を守る為に残る事になる。
もちろん陳宮には陳宮で考えがあっての事だと思うが、徐州攻略の失敗の原因は呂布にあると言っても過言ではない。
呂布は徐州城を奪還したものの、この責任を取る形で隠居する事にした。
陳宮や呂布軍がどう思おうと、呂布自身が自分の無能さを責める事でしか償えない罪だと思ったからだ。
呂布が徐州を離れようとすると、高順は呂布を呼び止める。
「奉先。お前さんがここに残ってもいいんだぜ」
「何を言っている」
高順の言葉の真意が分からず、呂布は眉を寄せながら高順に尋ねる。
「俺は元々、徐州の為に戦う為に呂布軍に志願したんじゃない。漢王朝の天下統一の為、董卓を倒すってのが俺たちの当初の目的だったはずだ。それを忘れちゃいないよな?」
それは忘れていない。いや、忘れられるはずがない。
反董卓連合に参加した時から、呂布は董卓暗殺の機会を狙っていたのだ。
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