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94話
昨日見せたあの一閃も、魔獣への慈悲も、ギルドに帰ればまた「いつもの日常」の中に溶けていく。
誰が何を言いふらすわけでもなく、あるいは信じられない光景に誰もが口を閉ざしたのか。どちらにせよ、リルドにとってはそれが一番都合がよかった。
翌朝、リルドは軽く肩を回しながら、清々しい空気の満ちたギルドの掲示板の前に立った。
「……おや、これにしようかな。ちょうど体が鈍らない程度に動けそうだ」
リルドが手に取ったのは、街の裏手を流れる『水路のゴミ取り』と、山の中腹にある『古い祠の雪かき』の依頼札だ。昨夜から少しだけ雪が降ったせいで、山の方は少し白くなっている。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん! ああ、雪かきですね。少し冷え込んできましたから、暖かい格好で行ってくださいね。あそこの祠、最近は村の人もあまり行かなくなっちゃったみたいで、助かります」
「うん、お散歩ついでに、祠の神様にも挨拶してくるよ」
まずは街の裏手の水路へと向かった。
リルドは「聴覚向上」を使い、水の流れる音のわずかな濁りを聞き分ける。
「(……あそこだね。枝が引っかかってる)」
魔力を使うまでもなく、リルドは手際よく水路の詰まりを取り除いていく。さらさらと透き通った水が流れ出すと、水面に映る自分の顔が以前より少しだけ穏やかに見えた。
次に向かったのは、山の中腹にある古い祠だった。
昨晩の雪が薄っすらと積もり、祠は静寂に包まれている。リルドは「身体強化」をほんの僅かに使い、足跡を深く残さないような軽やかな足取りで石段を登った。
「さて、綺麗にしようか」
持ってきた竹箒で、積もった雪を優しく払っていく。
作業を進めていると、背後から「キュッ」という小さな鳴き声がした。振り返ると、そこには雪のように真っ白な一匹のキツネが、リルドの作業をじっと見つめていた。
「やあ、こんにちは。君もここをお掃除してほしかったのかい?」
リルドが微笑むと、キツネは嬉しそうに尻尾を振った。
リルドは「視野拡大」で祠の奥を確認し、壊れかけていた屋根の端をそっと手で整えてあげた。がむしゃらに生きていた頃に覚えた職人スキルも、こんな風に役立てるのが今のリルド流だ。
夕刻、リルドは心地よい疲れを感じながらギルドへと戻った。
「ただいま、受付さん。水路も祠も、すっかり綺麗になったよ。祠には可愛いキツネさんもいたよ」
「おかえりなさい! キツネですか? 珍しいですね、あそこの祠の使いだっていう古い伝説もありますけど……。リルドさんが行くと、なんだか物語の中の出来事みたいに聞こえちゃいますね」
受付嬢が楽しそうに笑いながら、報酬の銅貨を手渡してくれた。
「あはは、ただのお散歩仲間だよ。さあ、僕(僕)も今夜は、雪景色を思い出しながら、温かいお鍋でも作って温まろうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、誰にも知られない小さな徳を積みながら、静かに、そして穏やかに更けていく。
誰が何を言いふらすわけでもなく、あるいは信じられない光景に誰もが口を閉ざしたのか。どちらにせよ、リルドにとってはそれが一番都合がよかった。
翌朝、リルドは軽く肩を回しながら、清々しい空気の満ちたギルドの掲示板の前に立った。
「……おや、これにしようかな。ちょうど体が鈍らない程度に動けそうだ」
リルドが手に取ったのは、街の裏手を流れる『水路のゴミ取り』と、山の中腹にある『古い祠の雪かき』の依頼札だ。昨夜から少しだけ雪が降ったせいで、山の方は少し白くなっている。
「おはよう、受付さん。今日はこの二つをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん! ああ、雪かきですね。少し冷え込んできましたから、暖かい格好で行ってくださいね。あそこの祠、最近は村の人もあまり行かなくなっちゃったみたいで、助かります」
「うん、お散歩ついでに、祠の神様にも挨拶してくるよ」
まずは街の裏手の水路へと向かった。
リルドは「聴覚向上」を使い、水の流れる音のわずかな濁りを聞き分ける。
「(……あそこだね。枝が引っかかってる)」
魔力を使うまでもなく、リルドは手際よく水路の詰まりを取り除いていく。さらさらと透き通った水が流れ出すと、水面に映る自分の顔が以前より少しだけ穏やかに見えた。
次に向かったのは、山の中腹にある古い祠だった。
昨晩の雪が薄っすらと積もり、祠は静寂に包まれている。リルドは「身体強化」をほんの僅かに使い、足跡を深く残さないような軽やかな足取りで石段を登った。
「さて、綺麗にしようか」
持ってきた竹箒で、積もった雪を優しく払っていく。
作業を進めていると、背後から「キュッ」という小さな鳴き声がした。振り返ると、そこには雪のように真っ白な一匹のキツネが、リルドの作業をじっと見つめていた。
「やあ、こんにちは。君もここをお掃除してほしかったのかい?」
リルドが微笑むと、キツネは嬉しそうに尻尾を振った。
リルドは「視野拡大」で祠の奥を確認し、壊れかけていた屋根の端をそっと手で整えてあげた。がむしゃらに生きていた頃に覚えた職人スキルも、こんな風に役立てるのが今のリルド流だ。
夕刻、リルドは心地よい疲れを感じながらギルドへと戻った。
「ただいま、受付さん。水路も祠も、すっかり綺麗になったよ。祠には可愛いキツネさんもいたよ」
「おかえりなさい! キツネですか? 珍しいですね、あそこの祠の使いだっていう古い伝説もありますけど……。リルドさんが行くと、なんだか物語の中の出来事みたいに聞こえちゃいますね」
受付嬢が楽しそうに笑いながら、報酬の銅貨を手渡してくれた。
「あはは、ただのお散歩仲間だよ。さあ、僕(僕)も今夜は、雪景色を思い出しながら、温かいお鍋でも作って温まろうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、誰にも知られない小さな徳を積みながら、静かに、そして穏やかに更けていく。
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