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37話

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「ちぇ、そうよね……そうじゃないと困るんだけど……でも、それならどうして逃げたのかな?」
「ん~ま、あれだな。俺達に気を遣ってくれたんだと思うぞ。だから、とりあえず外に出よう。ここでいつまでも油を売ってるわけにはいかないだろ?」
「それもそうですね……」
そう言うとシルビアも納得したのか二人は出口に向かって歩き出した。すると、しばらく進んだ所でアリスが口を開く。
「な、なんか……急に静かになりましたね……なんだか怖いです……」
その声は少し震えていた。そんな彼女を見てシルビアが微笑む。
「大丈夫ですよ。私がアリスちゃんのことを守ってあげますから。だって私の大事な仲間なんですよ」
シルビアは笑顔で言うとアリスの手を握った。その手はとても温かく感じる。
そんな彼女の手に触れていたら安心感を覚えて恐怖心も消えていった。
(本当に良い子みたいね。これならこの子が死ぬ未来を救えるかも)
シルビアは内心ホッとしていた。
だが、そんな二人の会話を聞いていた一人の男が舌打ちをした。男は不機嫌そうな表情を浮かべるとアリス達の後を追う。そして、その後姿を見ながら不気味な笑みを浮かべていた。
「さぁ、楽しい殺し合いを始めましょう……」
それからニヤッと笑みをこぼす。
「絶対に許さないわ……アリス様の運命は私が変えてみせるんだから!!」
すると、彼女は怒りの形相で叫ぶ。その目は真っ赤に染まっていた。
「あーもう、マジでイライラする!! あのクソガキども!ぶっ殺してやる!!」
そんなことを言いながらシルビア達は地下通路を走っていた。
後ろからは複数の魔獣が迫ってきている。それは犬のような姿をしているが全身を白い体毛で覆われていて目が血走っている魔物だった。しかも、体が大きいせいなのか走るスピードはかなり速かった。しかも、かなりの数がいるためこのままでは追いつかれてしまいそうだ。そこで先頭を走るシルビアはチラッと背後を見る。すると、すぐ後ろにまでその犬の群れは迫ってきていた。その様子を見つめてからシルビアが口を開いた。
「このままじゃまずいわ! どうにかしないと……」
その顔は明らかに焦っている。
「だったら、俺に任せとけ!」
そんなシルビアにそう言って少年はナイフを抜いた。そして、迫りくる犬に向かって投げつけた。すると、その刃は見事に命中した。だが、その攻撃は致命傷には至らなかったようで犬の群れはさらに加速しながら追いかけてくる。
「ちょっ!? 全然効いてないじゃん!! どういうことだよ?」
少年は驚いた表情で呟くと慌てて走り始めた。その様子にシルビアは思わず顔をしかめる。
(あぁ……どうしよう。私のせいで大変なことに……それにこのままじゃ皆が死んじゃうよ。せっかく助けてもらったのにこんなのあんまりだ)
そう思ってシルビアは涙目になっていた。
◆ その頃、アリスとシルビアの二人は懸命に走っていた。
「は、は、は……は……も、もう少しだ」
息を切らせながらも少年はそう言うと再び振り返った。そして、その表情がさらに険しくなる。彼の視線の先にはまだあの巨大な化け物が映っていたのだ。その距離は縮まってはいないが着実に近付いてきている。
「やばいぞ……追ってくる速度がどんどん速くなっている。このままだと追いつかれるのは時間の問題だろうな……はぁ、仕方ない……ここは俺が囮になるから二人は逃げてくれ!」
その言葉を聞いてシルビアの顔が青ざめた。だが、すぐに反論するように声を上げる。
「そんな! ダメですよ! あなたを置いていくなんて!」
「俺なら心配いらないぜ! ほら、俺って強いからさ! それに俺がいなくなる方が二人とも安全に外へ出られるだろ?だからさ! いい加減俺に守られる側じゃなくて守る側に立たせて欲しいんだよ……だから頼む……俺にお前を守らせてくれ」
そう言って少年は頭を下げた。そんな彼を見てシルビアは悲しそうな表情をする。しかし、シルビアはすぐに表情を戻すと微笑んだ。
「わかりました。その言葉を信じます。だけど絶対に無理だけはしないでくださいね。死んだりしたら許しませんから……」
「へぇ……言うようになったじゃないか……それじゃ、そういうことだから頼んだぜ」
そう言うと少年は立ち止まった。
すると、そんな彼の前に大量の魔獣が立ちふさがる。
その光景を見てシルビアとアリスは慌てて足を止めた。そして立ち止まるとシルビアはその状況を理解できないといった様子で戸惑ってしまう。
だが、アリスは違ったようだ。彼女もこの状況を理解すると悔しそうに歯ぎしりしていた。
そして、アリスの目には薄らとだが涙を浮かべていた。それは恐怖心もあったが、それ以上に自分を助けてくれた彼を見捨ててしまった罪悪感があったからだ。そんなアリスの肩にシルビアが手を置いた。
「ごめんなさいアリスちゃん……」
「なんで謝るんですか?」
シルビアの言葉にアリスは不思議そうな表情を浮かべる。
「だって私がちゃんとアルフレッドさんを呼んでいれば……」
「でもそれは私がアルさんの忠告を無視したから……だから私の責任なんですよ……」
その目に涙を浮かべたままアリスがそう言うとシルビアは何も言えなくなってしまった。確かにその通りかもしれないと思ったからだ。
(アリスちゃんの気持ちはわかる。でも、やっぱり私は彼女達を見捨てられない……だって私にはもう大切な人がいないんだもん……だからこそここで死ぬわけにはいかない!だって、まだやり残したことがあるから!だから、私はアリスちゃんを守る!何があっても!)
そんなことを思っているうちにも状況は悪化していく。
「おい、大丈夫か?」
その声が聞こえると同時に化け物達の体が切り裂かれた。そして、そのまま次々と切り刻まれていく。そして、辺り一面に鮮血が舞った。だが、それと同時に無数の小さな羽音が聞こえてきた。すると、突然、空中に魔法陣のようなものが現れた。
そして、そこから大量の小型の鳥の魔物が現れて少年へと襲い掛かった。
少年は剣を構えて応戦しようとするが間に合わない。
だが、その瞬間、シルビアが咄嵯の判断で動いた。彼女は自分の武器である槍を取り出して、少年の前に立つと魔物に向かって振り下ろした。
その攻撃で全ての魔物を倒すことはできなかったがシルビアは諦めずに少年の手を掴むと、すぐに走り始めた。そして、何とか逃げ延びたが背後を振り返ると、そこには巨大な影が迫ってきていた。そして、それが目の前まで迫ると二人の体を押しつぶすように落下した。だが、ギリギリのところでシルビア達は間一髪避けることに成功した。
だが、その直後のことだった。
「きゃあ!!」
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