ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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13、隣の部屋からこんにちは

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慌てて大釜に蓋をして、廊下に出ると隣の扉を乱暴に叩く。

「フェリクス様!  大丈夫ですか?!  」

返事が無い代わりに、かちゃりと音がして、扉が開いた。

「……リサ」

「大丈夫ですか?!  大きな音がしてっ、お怪我は??  」

フェリクス様は、『あー……』と言いながら、ばつの悪そうな表情をすると、ちらりと部屋を振り向く。

「……大丈夫だ、多分」

「だ、大丈夫って、壁にひびが入りましたよ?!  」

「そうか、それはすまぬ」

音の割に彼はどこも汚れていない。怪我も無いのだろう。何故なら反応が軽過ぎる。もしや魔道具研究はこれが日常茶飯事なのだろうか?  薬作りでは魔力を注ぐ量を間違えたりすると薬が弾けて跳ねたり、霧散したりするけれど、失敗の規模が違い過ぎる。魔道具師、何と恐ろしい職業だろう。

私が密かに恐れおののいていると、もう既に治癒術師やちょっと待機部屋が離れているのに魔導師達までもが野次馬に来ていて、廊下はひそひそと噂する者達で騒がしくなって来た。

そんな中、遠くから足音が近付いて来る。何と人垣から団長が顔を出した。もう連絡が行くには早過ぎではないだろうか。団長室はここから真反対なのに。この砦、情報伝達速度が早過ぎである。

「これは何事か、説明して頂きたい」

人垣を抜けた団長の言葉に、私も頷いた。私達は野次馬の視線から逃げる様にフェリクス様の作業部屋へお邪魔した。

中は急遽あつらえたとは思えない程に物がひしめき、私の身長程の金庫まで置いてあった。きっとフェリクス様の空間収納箱アイテムボックスから出した物なのだろうけど、規模がおかしい。

爆発が起こったとは思えない程、中は何とも無い。作業台の上に、一際大きな石とその横にペンダントが置いてあり、その周りに工具が散乱している程度だ。

「お怪我は無いのですか、フェリクス殿」  

急かした様子にフェリクス様は観念した様に溜め息を吐いた。

「騒がしくして申し訳無い。珍しい妖精石があったので、手を加えたところ魔力の相性が悪かったらしいのです。反発して暴発してしまった」

「暴発……大丈夫なのですか?  」

「一応石の周りには結界を張っておいたのですが、力負けして。いや、お恥ずかしい限りだ」

「何とも無いのでしたら良いのですが……」

団長は一安心したのか、表情を緩めた。そこで私は大事な事を思い出した。

「そう言えば、壁のひびはどうします?  」

「壁にひびが入ったのか?!  」

団長はまたフェリクス様を注視している。被害に比べ、怪我が無いのが信じられないのだろう。私も同じ思いだ。

「……ジェラルド殿……その事ですが、薬師の作業場とこの部屋を繋げてはどうかと思うのです。勿論、薬作りに影響が無い様に結界も張るし、対処もします。その、私は恥ずかしながらジェラルド殿とミレリオ殿、そしてリサしか今の所心を許せる者が居ない。しかし、こう……リサに何度も廊下を行き来させるのが忍び無いのです。色々な目がありますから」
 
「色々な目……」
 
私は廊下の野次馬を思い出した。あの人数は就業中とは思えない程の人だかりだった。

「しかし……薬師長殿にも聞かない事には……」

「我が儘を言わない筈が、申し訳ない。リサ、薬師長を呼んで来て欲しい」

私は直ぐに薬師長を呼びに行き……様々な視線に刺されながら、またフェリクス様の作業部屋へ戻った。私から薬師長に一通り説明をする。

「はい。構いませんよ」
 
「宜しいのですか、メルザーネ殿。その、作業に影響は……」

あっさり承諾する薬師長に団長も拍子抜けだ。が、私は薬師長らしいと思う。『何でもやってみる』のが、薬師長の口癖なのだ。薬作りと部屋の模様替えは種類が違うけれど。

「持ち出し用の薬はストックが充分有ります。もう今日から作業に掛かって貰っても構わないですよ。その分、今日の担当の者達は薬草詰みに行かせますので、見回り以外の方々に護衛をお願いしても?  魔道具師様も砦の周りを見て回りたいでしょう」

「フェリクス・ルーセントです。挨拶が遅れて申し訳ありません。是非、フェリクスと呼んで下さい」

「こんな老いぼれに恐れ多い。私はメルザーネ・トルソと申します。どうぞお好きにお呼び下さい」

「トルソ……そうですか。ではメルザーネ殿とお呼びします。お世話になります」

『此方こそ』と返事を返す薬師長に、フェリクス様も笑顔で返していた。部屋を繋げるのは私的には楽になるとは思うけれど、その分仕事が増えそうで少し心配でもある。

「では、作業の者を呼んで参ります」

団長が部屋を去ろうとすると、フェリクス様が手で制した。

「では、扉を付ける者達を。通路は私が作りましょう。その方が早い」

「フェリクス様、おやめくださいませ」

「リサよ、相も変わらずだな。大丈夫だ、心配要らぬ」

「心配しかございません」

「では失敗したら他の者に任せる」

「…………」

仕方ないので、私達はフェリクス様に言われるまま、薬師作業部屋へ移動した。

フェリクス様はひびの入った壁から薬釜がある方まで魔道具で結界を張ると、その中へ私達を待機させた。そのまま、ひびの入った壁に手を当てると……びしびしと音が鳴り、四角く魔力が壁を走って行く。が、音が終っても何も起こらないので、不発かと私だけが安堵していると、フェリクス様はぐっと壁に凭れかかった。

すると、向こう側に切り出した壁がゆっくりと倒れ、隣の作業部屋が顔を出した。

「どうだリサ。これなら文句あるまい」

粉塵舞う中、フェリクス様は嬉しそうに此方を見て来る。

「えーとですね……はい。お見事でございます」

褒めろと周りの圧が凄かったので、一応褒めておいた。確かに今日の魔法は安全だったのは間違い無い。下手をすれば壁一枚駄目になるかと思っていたので、私としてはとても嬉しい。
しかし、石で出来た壁をいとも容易く切り離した力を目にしたネネやナオリは目を丸くしていた。

「……ねぇ、リサ。あの方が居れば護衛要らなくない?  要るの?  」


ネネの疑問に私も同じ思いだったけれど、そのまま黙って首を傾げるしかなかった。



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