ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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18、寂しい笑顔

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おかしな空気になってしまったので、仕方なくフェリクス様から本を返して貰おうと思ったけれど、『寝る前に暇潰しにに読んでみるから良い』と拒否されてしまった。意外に興味あるじゃないですか……。

それからも色々と本の背表紙を真剣な面持ちで見て行く彼に、私も後ろから付いて行く。結局周辺の地図を手にすると、扉から一番奥で二人で並んで地図を広げる。

「地図を詳しく見る前に、ほらこれだ」

フェリクス様は片手で起用に鞄の蓋を開けると、銀の腕輪を地図で隠れる様に差し出した。

やや太めの腕輪に魔石らしい赤い石が付いていた。私は受け取って早速付けてみると、眼鏡と腕輪が同時に熱くなって来た。

「あつ、熱いです!  」

慌てて眼鏡を取ると、フェリクス様は今気付いた、という様に少し眉を上げた。

「すまない。同じ効果の物は反発しあって同時に二つは付けられないんだった。怪我は無いか?  見せてみろ」

「危なかったですけど、大丈夫です」

そう言っても、フェリクス様は私のこめかみ辺りを注視していた。

「怪我をしなくて良かった。ああ、瞳の色は濃い海の色なのだな。『認識阻害』でそれすら頭に入らないとは気付かなかった」

思わず間近で目を見つめられて、顔が引き攣る。

「で、でも『変化』ではないですよね?  」

少し体を引くと、『ああ……』と、フェリクス様が体を元の位置に戻したので、ほっと息をする。金の瞳は何だか見透かされる様で心臓に悪い。

「何だろうな、頭にいつも『曖昧な笑顔を浮かべている』というのは記憶に残るが、顔の造形云々には意識が行かないんだな。造りが変わっている訳でもないのに。俺も付ける側だから、される側だとこんな感じなのか。面白い」

どうやら研究魂に火が付いてしまったらしい。ぶつぶつと何やら呟くと、暫し思考の海に沈んでしまい。私は浮上して来るのを待った。

「……と、すまない。ついつい考えてしまった。後その腕輪は」


パン!  と、軽い音がして私の周りの空気が揺れた。慌てて辺りを見回すけれど、何もない。


「えっ?!  何??  」

「……呪詛返しも付いているから安心して付けていると良い。寧ろ寝ている時も四六時中ずっと付けていろ」

「……今呪われました?  私」

「……そうだな。気配が無い辺り、中々上手かったのではないか?  」

「上手い……」

腕輪が間に合わなかったらどうなっていたか。

「さて、これは中央の間者の仕業か?  」

相変わらず呑気なフェリクス様である。私今呪われたんですが?!  掛かってないけど!

「こう言ってはなんですが、フェリクス様本人を狙わないのですね?  」

「俺は呪詛返しの魔道具など作るに容易いからな。攻めるなら周りからだろう」

「……あの、従者辞めて良いですか?  」

「ならば王に俺を踏みつけた件を報告しても良いが?  元が付くがそれなりに効力はあーー」

「すみません、言葉の綾です!  」

私が慌てて頭を下げると、フェリクス様はあのいつもの笑みを浮かべた。

「本気で逃げ出したい時は、逃げて良い」

「え……」

その言葉を聞いた瞬間、何故か泣きたくなった。

だって、いつものあの不穏で不敵な笑みなのに。ここ数日で見慣れている筈なのに。なんだか……とても寂しかった。



その後、毒消しと麻痺予防の指輪を追加で頂き、滞在する気は失せてしまった為、私達は資料室を後にした。






部屋へと戻り、部屋着へ着替えてそのままベッドに仰向けに倒れる。腕輪と指輪は左手に付ける事にした。調薬で邪魔になるから指輪は付けたくないけれど、身の安全の為には仕方ないので、中指に付けた。金の指輪は緑の石が付いている。

自分が狙われるなんて、本当に厄介な人に捕まってしまったとつくづく思う。けれど、ここで彼を一人にさせる気は、何故だか起きなかった。

それは何だか……あの表情と言葉がやけに……自分の胸をちくりと刺したからなのかも知れない。






次の日。魔導鍛錬場にフェリクス様と訪れると、先に来ていた薬師仲間のマキナが、私達を見つけて手を振っている。

「眼鏡!!  リサ眼鏡どうした?!  良いよ、イケてるよ!  」

「ありがとう。今日はエドは?  」

「相変わらず遅刻。あっ、あそこ歩いているから間に合うか?  微妙~」

相変わらず元気なマキナの肩を叩いて、私は横のフェリクス様を紹介する事にした。

「マキナ、こちら魔道具師兼魔導師のフェリクス・ルーセント様」

「は、初めまして!  マキナです!  えと、お噂はかねがね……」

「噂?  何だろうか?  」

「『むさい騎士団に艶やかな夜風を届ける貴公子が来た』です」

「「…………」」

夜風は黒髪の事だろうか。この決まり文句は一体誰が考えてるのだろう。

「……直接聞くには耐え難い噂だな」

私もまだ『歩く爆心地』の方がしっくり来る。一人でうんうん頷いていると、ぬっと正面に影が射した。

「うぃーす。あれ、夜風の貴公子様じゃん」

遅れて薬師仲間のエドがやって来たのだ。

「エド……失礼だから。フェリクス・ルーセント様だよ」

「えーと、何かすみません。エドワーズです。宜しくお願いします」

エドは眠そうに赤髪を掻きつつ腰を折った。それでも実家は子爵家なのかと思う程態度が悪い。

「これで薬師は全員です。毎日交代で薬作りや研究をしています」

「……フェリクスだ。宜しく頼む」

フェリクス様は噂の件で心に負傷を負ったのか、心ここにあらずで挨拶していた。


その後魔導師達は演習場中央に集合している。魔導師は百名程が紺のローブを纏っているので、集まると黒い池の様に見える。

「えー、メイネは目にできものが出来て不参加だ。皆も体調には充分気をつけて。何かあれば直ぐに申請する事!  ここには治癒術師も薬師も居るから、心配せず本領発揮して欲しい!  」

「あ」

「うん」  

魔導師長の言葉に、私とフェリクス様は顔を見合わせて頷いた。

絶対そのメイネって女狐が、私を呪ったに違いない。違いないのだが、証拠も無いし何より今は演習中。終わってから突撃するしかない。どうか奴が逃げません様に!!

「今日は三対三対戦方式でやって行くか。ルーセント殿は二、三戦見た後参加して頂く」

フェリクス様が頷くと、早速皆模擬戦の準備に取り掛かり、早々に対戦が始まった。

けれど、私はそれどころではない。

「フェリクス様。殺しは駄目ですからね。手加減ですよ、手加減。生かすんです。相手の為に」

「……人を殺し屋か何かみたいな言い方は辞めろ。……ただ、迷ってはいる」

「何がです」

「何の魔法で行こうかと」

「そう言えば伺ってなかったですね。因みに、何属性持ちなんですか?  」

「全部だ」

「……全部? 」
  


私達の会話の最中も、演習場は魔法のぶつかり合いで騒がしく、私の言葉は直ぐに掻き消えた。


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