ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

文字の大きさ
34 / 35

閑話、魔導師の独白。その一

しおりを挟む
あの方を見た時、何て綺麗な瞳だろうと驚いた。

金の瞳が、どんな宝石よりも輝いていて、まるで吸い込まれる様な感覚に陥った。そして、夜を閉じ込めたかの様な艶やかな黒髪、知性を感じる眉、すっと通った鼻筋。全てが計算されたかの様に美しい。王族ともなれば見目が良い者を囲うのは世の常。それがこんなにも美しい生き物を生み出すなんて。

王族が廃嫡されて流れて来たと、噂は砦内で瞬く間に広がっていた。

金の瞳は王族の証。
昔、そう生まれる様に妖精と取り引きしたとも、今は失われた魔法を使ったとも言われているけれど、定かではないけれど、実しやかに言われる言い伝え。

誰もがお近付きになりたいと思っていたのに、彼の横にはあの冴えない薬師が居る。
何処で知り合ったのか、彼が砦に入る時には既にぴったりと付いて回っていたと聞くから腹立たしい。眼鏡で、いつも居るんだか居ないんだかはっきりしない存在感の薄い女。

それが従者だか何だか知らないけれど、部屋を特別に与えられ、毎日お側に居るだなんて、納得出来ない。薬師なんて補助も補助の立ち位置だし、戦闘では何の役にも立たないし、寧ろお荷物だし。あんなのがあの方の世話をするなら、私の方が遥かに役に立つというもの。


あの方の目に留まり、考えを改めて頂かねば。

そう思っていたら、薬師達の薬草採取の日がやって来た。はっきり言えば、そんなもの騎士達だけで同行すれば済むでしょうと常々思っていたけれど、あの方が一緒に散策されると聞いて、私は名乗りを上げた。これでも実力はある方だし、誰にも譲る気は無い。そう思って挑んでみれば、治癒術師のジェナが居る。こいつは元貴族だからって高飛車でいけ好かない。

でも今日は相手が元貴族だろうと負ける訳には行かないのだ。

「治癒術師のジェナと申します。治癒の女神、アルステナの信徒です。どうぞ良しなに」

「魔導師のメイネです。炎系が得意です、宜しくお願い致します。うふふ」

早速色目を使うジェナに、挨拶の先を越されてしまったけれど、私は出来るだけ穏やかに自己紹介した。けれど、彼の反応は返って来ない。

「ご挨拶遅れました、今日の隊を指揮するルイーズ・メニスです。安全に終えられる様、私の指示には従って下さい」

「はい。宜しくお願い致します」

ああ、声まで何て綺麗なのだろう。優しく響いて心地よい。もっと、お話ししたい。
けれど、彼はちらりとも此方を見ないで、森を興味深げに見ている。どうしたら、私を見てくれるの?

『…………』

あら?  何か今日は森が騒がしいわね?

「今日は貴方方運が良くてよ? この様な散策で私がお供するのですから。普段でしたら考えられない待遇だわ。フェリクス様に感謝しなければ」

いきなり後ろのジェナが自慢気に話し出した。彼を名前呼びなんて、親しくなったつもりなのかしら?

「あらぁ? 普段から『許されてもいない内から、勝手に人の名前を呼ぶのは失礼だ』とか何とか仰ってる方が、嫌だわ。礼儀を何処へ置いて来たのかしら」

ふん、と鼻で笑ってやれば、ジェナは面白いくらいに顔を歪めた。ほらほら、もっとその顔を晒しなさいよ。

「なあ、リサ。どうせならいつか『暗き森』に行ってみたくはないか? 」

「…………」

突然有り得ない事を言い出して、私は慌てて彼を見た。けれど、彼はあの地味女を見つめていて、気付いてもくれない。そんなにその女が良いのかしら?  どうして?!

「ま、まあ、あそこは危ない場所でしてよ」

「あら、でしたら私がお力添え致しますわ」

取り繕う様に声を掛けても無反応。

『…………』

また何か……?  何か聞こえる。

「閣下、閣下」

もう一人の薬師の地味眼鏡がひそひそ声でフェリクス様に話しかけている。気軽に話しかけないでよ。

「面白い話が……」

「ネネ、言ったら二度と行かないからね」

「ネネ。私達の死活問題になりかねない。辞めなさい」

「面白い話なら聞かせて欲しい。リサの事だろうか? 」

「まぁ、リサの事でもあり、私達の事でもあります」

何を話しているのかしら?  気軽に下らない話を……

「リサは私にとってとても大切な人だからね。小さな事でも知っておきたいんだ」

「わー、そうなんですねぇ。リサは大切にされてますねぇ、良かった良かった」

許せない。何でこんな奴が大切にされてるの?!  ……まあ、どうせお世辞でしょうけど。

「まあ、大切な従者という事でしょう。閣下は下の者にもお優しくありますのね」

「懐の大きさを見せられましたわ。とても素敵です、うふふ」

それから彼と地味女はこそこそと内緒話をしている。どうしてそんなに親し気なの?  暗い気持ちがもやもやと渦巻いて来る。あれ、私普段からこんなに感情をコントロール出来なかったかしら?

そうこうしていると、あの地味女は彼の従者だと言うのに、側を離れて一人歩き出した。

「待ちなさいよ、さっきのあれどーゆー意味よ? 」

「嫌だわ、身の程も弁えない恥知らずって、見ていて滑稽なのね」

振り向きもしない地味女。ああ、腹立たしい。
けれど、私達を無視して地味女は奥へと行ってしまう。そんな事よりあの方の元へ戻ろうと踵を返せば、ジェナと目が合った。

「貴方、何なのさっきから」

「こっちの台詞ね?  邪魔なのよ、偉そうに」

『……くすくす…』

ああ、さっきから煩いわね!  思わず虫を追い払う様に手を振る。

「……何なの?  手なんか振り回して」

「煩いのよ、邪魔しないで! 」

私は耳を抑えて元居た場所へ戻った。けれど、彼の姿は見えない。
暫くしてあの地味と共に戻って来られた。きっと探しに行かれたのだろう、何てお優しいのだろう。やっぱり、あんな身勝手な女より、私の方が!




帰りも彼と言葉を交わせない。一体どうしたら良いの??

「……ああ、思い出した。リシュニアって、マーブルクのリシュニア辺境伯令嬢の事だわ。病に伏せっているって噂だったけれど。……あ、違ったわね。婚約破談されて心労で倒れた……だったかしら」

「え……お嬢様だとは思っていたけど、リサ、辺境伯様の娘なの? 」

「ネネ、流石にそこは知っておこうよ。第八騎士団とマーブルク家は切っても切れない間柄だよ? 」

……辺境伯の娘?  この地味女が?!  何だか隊長が慌てていたとは思ったけれど。

「大方、もう誰も相手にしてくれなくて、新しくお相手を探しにコネで砦に入って来たのでしょうけど、まさか閣下に擦り寄るなんて身の程知らずも良いところね」

だから彼の従者になったと言う事??  親の力を使うなんて卑怯だわ!!

「先程から聞いていれば言いたい放題。誰が倒れただ。誰が男漁りに来ただ。治癒術師の癖に無駄に肌を出している貴女に言われたくない」

「ぶっ」

思わず吹出してしまう。何よ、令嬢なんて程遠い言葉使いじゃない。それにジェナの奴、いい気味よ。

「リシュニア嬢は私が希望して無理に助手にしたのだ。彼女の魔力は質が良いので、研究にとても役立ちそうだからな。ついでに言えば、汝等うぬらの格好、魔物が闊歩するこの地に相応しくない。何を考えている。死にたいのか。まあ、死のうが何だろうが好きすれば良いが」

え?  どうしてそんな事を言うの??  可愛い格好をしてはいけないの?  だって、見て欲しいもの。それはいけない事??

「私が選んだ人選に文句があるのなら私に言え。気分が悪い」

なんて素敵な笑顔で酷い事を言うのだろう。


『ねぇ?  聴こえているよね?  無視しないでよ??  』


ああ、煩い。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

処理中です...