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それから私達は殿下を迎えに行き、『私が手を回して働いているというのに、2人はいちゃついて……』と、じと目で睨まれて気不味い中、殿下の卒業へ向けての片付けを手伝って時間を過ごしていました。……いちゃついた訳ではありませんが、何処かで見ていたのでしょうか?  油断も隙も無いです。

そうして、お昼休みの時間になり、お嬢様を始め、ご友人方をお迎えをしてレストランへ向かったのは良いのですが……


殿下の奇行に、皆様目を見開いています。


何をするにも、『私の可愛いアリアナは何を食べたい?  』とか、『これなんか、可愛いアリアナにぴったりじゃないかな?  』とか、『私が食べさせたい。嫌?どうして?  』などと、アリアナ様を引っ捕まえて、隣……椅子を極限までぴったりとくっ付いてせっせと世話を焼いています。

お嬢様は、……殿下に対してあのドライだったお嬢様は、終始離れる様に言って椅子を移動しようとするのですが、どっから出ているのか物凄い力で椅子を抑えられ動けず、真っ赤になって涙目です。
淑女らしくしたものと違い、人前でもちょっと感情を出す様になられました。真っ赤なお嬢様は可愛い。……ではなく、お困りの様子なのですが、私やガイが何を言っても、『護衛対象を放置していちゃつくバカップル……いいや、馬鹿夫婦には言われたくない。』と言われてしまい、皆様の驚愕の目が此方に向かって来てしまい、その対応に追われ……大変なランチになってしまいました……。


けれども、何故かガイと殿下はしれっとしたものなのです。恥ずかしいとか無いのでしょうか?!


「あんなにあっちへふらふら、こっちへふらふらしていた殿下が、一体どういう風の吹き回しですの?  明日槍でも降りませんこと?  」

「エレーネ嬢?  私はふらふらしていたのではなく、躱していただけだよ?  噂ばかりが一人歩きして困ったものだ。アリアナばかり愛でていると、良からぬ虫まで寄って来そうだから適度な距離を保っていただけで、決して愛していなかった訳でも、突然愛し始めた訳でも無い。もうすぐ卒業だから、もうこの愛する気持ちを我慢するのを辞めたんだよ」

殿下がにこにこしてそう言うと、エレーネ様はぽかんとされています。ジークハルト様と婚約し、行く行くは公爵夫人になるエレーネ様の珍しい表情です。マルニム様とジルエッタ様は真っ赤になってますね。可愛らしい。

「ちょっとスチュワート様、いい加減になさって?  恥ずかしいですからっ」

真っ赤になって窘めるお嬢様もまた良いものです。殿下にはこれっぽっちも響いてらっしゃらないけれど。

「どうして?  ここは通路から見えないのだから、恥ずかしがる必要は無いだろう?  」

「お友達の前だから恥ずかしいのです!  」

「何を言っているの、アリアナ。皆この先の付き合いも長くなるのだから、今から慣れておかないとね?  」

「…………」

「……え、城勤務すると毎回これを見せられるのか?!  」

「……私、就職先魔法研究塔で良かった」

「愛されるって大変なのですね。少し羨ましいですけれど」

「セティル?!  こんな感じが良いのか?!  」

「……私もちょっと羨ましいですわ。」

「わ、私も……」

「ええ?!  ……僕頑張るよ、ジルエッタ」

順番に、エレーネ様、ジークハルト様、オズワルド様、セティル様、ガウェイン様、キャンベル様、ジルエッタ様、最後にマル坊……マルニム様です。やはりこう見ていますと、マルニム様が1番潔くて素敵ですね。けれど、殿下の真似はされずとも良いかと思われます。

皆様呆れたのか、無の境地に行かれたのか、各々食事を進め始めました。さすが、場の空気を掴むのが早い。優秀な方々です。


ある程度食べ進めてから、エレーネ様が殿下に視線を向けました。

「なら何故、ミレニス嬢には構いに行きましたの?  他はそれこそ適当にあしらってらしたのに」

エレーネ様は殿下相手でも結構はっきり仰います。お嬢様派ですので、殿下にはさっくりしたものなのです。私と同じですね、今度同盟でも結ぼうかと思います。

「……ああ、彼女はほら、色々と目立つだろう?一度話してみようと思ったら、逃げたんだよ」

「逃げた?  」

「私の顔を見て、この世の終わりの様な顔をしてね。それからどうにか捕まえてみたくなって。だから、顔を見たら声を掛ける事にしていたんだ。一応、返事をしたり頭を下げたりするんだけど、逃げ足の速い事速い事」

ミレニス嬢……お可哀想に。あの鉄壁の笑顔のまま追いかけられるとか、どんな拷問ですか?  しかも、それのせいで噂になってますよね?!  殿下、態とですか?  嫌がらせですか??  てっきり私も和やかにお話しているのだと勘違いしましたよ?!

「私は、彼女が廊下を走っていたので注意したのが始まりだ。たまに目の前で転ぶから、仕方なく医務室まで送り届けたりもした」

「まあ、それならそうと仰って下されば良かったですのに」

「一々自分の行なった親切を報告するなど、自惚れ屋のする事だろう?  」

ジークハルト様の噂は絶対それですわね。でも、説明不足が過ぎるから、エレーネ様と喧嘩になるのですよ?

「私は、彼女が転んで教材をぶちまけていたから、拾って渡してあげたりしましたね。それから、熱心に魔法勉強もしていたから、図書室のお勧めの参考書を一緒に借りに行ってやったりもしたし……彼女、方向音痴らしい」

「オズも言ってくれれば良かったのに」

「ええ?  大した事ないと思っていたから……悪かったよ、キャンベル」

成る程、教材を渡していたのを、贈り物をしていたと勘違いされたわけですね。こうなると、噂というものは当てになりませんね。

「私は、ジークハルトやオズワルドがそれらに関わっていた時に偶然居合わせただけだ。だから、セティルが心配する事は何も無いと……」

「そう言ってくれなきゃ分からないでしょう?  いつもそうなんだから!  」

ガウェイン様たじたじですね。けれど、彼は…説明不足を通り越して、無口過ぎます。

「僕もガウェインと同じ感じですね。彼女、優秀な特待生だから、気に掛ける様にとは祖父に言われてはいたのですけど」

「マルニム様……」

うん、マルニム様はそんな感じですものね。私の中ではマルニム様の男振りが上がっていて、応援したくなります。頑張れ!  マル坊!!

「でも、殿下の件はよく分からないですけれど、こう聞いてみると彼女って……」

エレーネ様が、眉をしかめて溜め息を溢されます。それと同時に男性陣は各々顔を見合わせました。


「「「「只の不運な上でのドジだな」」だね」」


ちょっと、男性方酷い言い草です!!  女性陣が困惑しているじゃないですか。

「あら、でしたらあの時。アリアナ様が黒百合の会を設立した切っ掛けになった日は、何故皆様お揃いでしたの」

確かに、あれで噂は本当だと思ったのですよ?!

「ああ、あの日はやっと捕まえたんだよ、私が。何故逃げるのか聞きたくって。そうしたらあれよあれよと偶々皆集まってしまったんだ。本当に疚しい事も無かったから、アリアナにはそのまま伝えたのだけど、まさかそんな方向へ行動されるとは思いもしなかったよ。ほんのちょっと焼き餅を焼いてくれればそれで良かったのに……ねえ?  アリアナ?  」

「スチュワート様?  お話を聞く限りミレニスさんが可愛そうですわ。余計な噂まで流れてしまって……後で改めて謝罪に行きませんと」

確かに、殿下に追われ、噂され、剰え高位の貴族子息に囲まれて……それはガチガチに緊張して動けなくなるって話です。

「だってもうすぐ卒業だったから、私も焦ったんだよ。アリアナが何か行動してくれないかなと。どれだって良いから、何か引っかかってくれないかと」

殿下……焦っておいでだったのですね……アリアナ様の死の淵が近く、探り当てたくて。焼き餅焼かせたいなんて勘違いしてすみませんでしたわ、ちょっとだけですけど。

「殿下でも、焼き餅を焼いて欲しい……なんて思われるのですね。オズなんて焼き餅焼きで困っておりますのよ。ちょっとぐらいが嬉しいですのに……」

そう言って、キャンベル様がちらりとオズワルド様を見ます。オズワルド様?  目が泳いでおりますけれど?  そんなに焼き餅焼いてばかりおりますの?  程々になさいませね?

「まあ、それぐらい可愛いものだろう?  私としては噂通りに婚約者を放って他の女性にうつつを抜かす馬鹿が居なくて良かったよ。そうしたら私との付き合いは終わりだったね」

その言葉で男性方の表情が硬くなりましたよ。殿下、こっそりふるいにかけてました?!  怖い。

「スチュワート様、ご友人に対して酷いですわ。皆様、冗談が過ぎて引いておりますわよ」

「良いじゃないか、誰もそんなものはいなかったのだから。アリアナの『黒百合の会』のお陰かな?  私達ももっと仲良くして行こう」

「あらあら、御馳走様でございますわ」

エレーネ様の呆れた言葉を締めに、ランチ会は和やかに終わったのでした。

その空気のお陰か、はたまたジョセフィーネ様が顔を出さなかったからか、お嬢様を不躾な目で見る者は殆ど居なくなって、私は一安心でございます。

もし噂が蔓延しておりましたら、焼きに行かなければなりませんもの。そうすればガイが悲しんでしまいます。



ーーーーーー



次の日、お嬢様と私は渋る殿下を追いやり、個室にて会食をしておりました。お相手は、殿下が迷惑をかけ続け、私が命を助けて頂いた、ミレニス嬢でございます。

「あ、あの、本日はお招き頂き、あ、ありがとうございます!!  」

がちがちに緊張されているミレニス嬢がぺこりと頭を下げました。あの後直ぐにお伺いを立てて、ミレニス嬢との時間を作ろうと思いましたら、お嬢様も御同席されると言うので、今日のディナーは個室で取る事にしました。

「そんなに緊張なさらないで?  私的な会ですし、お互いに制服でしょう?  砕けて行きましょう。私、改めてミレニスさんにはお礼を申し上げたくて。……やっぱり迷惑だったかしら?  」

「いいえ!滅相も無い!……です!  」

そう言ってぶんぶんと首を横に振るミレニス嬢は顔が真っ赤です。緊張する彼女を椅子に座らせ、お嬢様も着席された後、私も席に腰掛けました。

「この前の砂竜サンドワーム討伐では、恐ろしかったでしょうに、私の我が儘を聞いて下さってありがとうございました。お陰でラナを助ける事が出来ました」

「私もお礼申し上げます。貴女様がホムラを説得しなければ、私はあのまま命尽きていた事でしょう。ホムラは私の命令に従順です。それを覆す手腕、御見逸れ致しました。ありがとうございました」

ずっと、『いやいや』とか『ええ~』とか口にしていたミレニス嬢でしたが、お嬢様と私がお礼を述べ終えると、涙目になっていました。

「ごめんなさい、何か気に触る事でも…?  」

「いえ、違います。……私、本当に魔法が不得手で……その分座学だけは頑張ろうとやって来ました。けど、気を付けろって言われていたのに、学園では浮いてしまって、王太子様には何故か目を付けられるし、噂が蔓延していて友達も出来ないしで、……正直挫折しそうだったのです。けれど、こんな拙い私の魔法でも、誰かの役に立てたのかと思うと、その、う、嬉しくて……」

「…………」

「…………」

可愛い…では無く、殿下何やらかして下さってますの?!  こんな可憐な少女を追い詰めて!  いくら未来視で出た妻候補だから確認しておきたいと近付いたとしても、酷い!  酷過ぎです!  後で説教ですわ!  勿論、お嬢様が!

私が殿下に対して怒りを溜めている間に、お嬢様がご自身のハンカチをミレニス嬢へ差し出しました。

「殿下がごめんなさいね。さぞ迷惑を掛けたでしょう。きちんと謝罪させますわ」

「いえいえ、恐れ多くて倒れてしまうので、大丈夫です!!  多分、最初逃げた私も悪かったと思いますから……あ、こんな高そうなハンカチ使えません!!  」

そう言えば、殿下もそんな事を言っておりましたわね。この世の終わりみたいな顔……とか。

「いいえ、ハンカチは代えがありますから、良かったら使って?  それで、ミレニスさんは何故殿下から逃げ回ってらしたの?  」

ミレニス嬢は少し躊躇ってから、お嬢様のハンカチを受け取りました。そして目元を拭うと、きゅっと唇を噛んだ後、決意を固めた眼差しを私達に向けて来ます。

「……あの、馬鹿な事を言っていると思われるかとは思うんですけれど……」

「大丈夫、ここのお話は外へは漏らさないわ」

お嬢様がしっかりと頷くと、ミレニスさんも頷きました。


「私、将来精神的に病んだ殿下と関わる恐れがあるから、極力避けなさいって言われていたんです。とても苦難の道だから、と」



お嬢様と私は顔を見合わせました。それは、お嬢様の仰っていた未来視でのお話ではないのですか?!



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