セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

56.風紀ライフ!1 Side 橘 夏樹 その2

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紅鸞学園から車で約一時間。

俺と東條先生は圭吾さんがいる、とあるマンションの一室を訪れていた。


「二人ともご苦労様。響夜はそのまま光希を奥の部屋に寝かせて。夏樹はこっちで報告お願い」


部屋に入るなりリビングを指差して俺にそう言ってきた圭吾さんは、口元は笑みを湛えたような形をしているものの、目は全く笑っていなかった。

電話で報告した時も静かに怒ってる感じだったけど、やっぱり気のせいじゃなかったみたい……。

ところが、東條先生はそんな圭吾さんの様子を気にすることなく、まだ眠ったままの光希クンを抱いて無言のままさっさと奥の部屋へと行ってしまった。

俺は仕方なく圭吾さんに言われるがままリビングのソファーに座り、圭吾さんが飲み物を用意をしてくれてる間、大人しく待っていることにした。


しかし、圭吾さんを待っている間どうにも気持ちが落ち着かず、既に見知っているはずの部屋をキョロキョロと見回して気を紛らわす。


相変わらず独り暮らしにはもったいないほどの広さだよね……。


俺も個人的に何度か訪れた事のあるこの部屋は、普段都内いることも多い圭吾さんが、紅鸞学園の理事長の仕事でこっちにいる時に滞在している部屋だった。

ここは独り暮らしとしては充分過ぎるほど広い部屋で、部屋数も多い。

庶民の俺からしてみれば独り暮らしの上に定住してる訳でもない部屋にお金をかけるのは無駄だとしか思えないのだが、なんとこの部屋だけでなくマンションの建物自体が圭吾さんの持ち物だっていうから驚きだ。

圭吾さんが理事長に就任することが決まった時に、このほぼ新築に近いマンションを一棟買いしたと聞いている。


金持ちの考える事って理解出来ない……。

以前所用でこの部屋を訪れた時、圭吾さんにそう言ってみたことがあったのだが、至極あっさりと『最上階だけは俺の住居スペースだけど、その下の階は賃貸物件として他人に貸しているから無駄じゃない』と言われてしまい、気にするだけ無駄だと覚った。


ちなみに東條先生も同じようなことをしているのだが、こちらはもっとセレブ感がグレードアップしていて、なんとわざわざ実家の傘下企業である建設会社に新築マンションを建てさせ、当然ようにその最上階に住んでいる。

二人とも自分で稼いだお金でそうしてるんだから、いいんだろうけどさ。俺には到底理解できない感覚だよね……。


「どうした?何か珍しいものでもあった?」


部屋を見回しながらジト目になっている俺のところに圭吾さんが飲み物を持って戻ってきた。

アイスティーの入ったグラスが俺の前のテーブルの上に置かれる。数は二つ。


「いや。べつに。相変わらず無駄に広いなーって思って見てただけ。……東條先生はいいの?」

「アイツはいいんだ。どうせ呼んでも来ないよ」


ニコリともせずにそう言い放って俺の正面に座った圭吾さんからは、怒りなのか苛立ちなのかわからない感情がひしひしと感じられた。


「圭吾さんもしかして何か怒ってる?」

「……怒ってる。っていうよりイラッとしてる」


圭吾さんは一見穏やかそうに見えるが、実際は飄々として捉えどころがなく、優しいようで結構ドライな性格をしている。

しかし、普段は綺麗に猫を被っているため、こんな風に感情がそのまま表情に表れるのは珍しい。


「もしかして東條先生と何かあった?」


ここへ来てからの圭吾さんの態度を見る限り、たぶん原因は東條先生で当たりだと思うんだけど。

ところが、圭吾さんは俺の問い掛けには答えてくれず、不機嫌そうな表情のまま、目下もっかの問題について質問してきた。


「光希達の件についての事のあらましはさっきの電話で大体わかったけど、風紀として当事者達の処分はどうすることに決めたんだ?」


話を逸らされた気がしないでもないが、俺は大人しく聞かれたことだけに答えることにする。

こういう時の圭吾さんは下手につつくと後が面倒なんだよなー。

他人からS属性だと言われることが多い俺だが、圭吾さんも結構なSだし、しかも口で勝てる気がしないので、いつものようにずけずけと物をいう気にはなれない。

何気に圭吾さんは俺が唯一気を遣ってる相手なんだよね。

いつもの調子で絡んでいくと、後で自分に返ってくるダメージが大きいってのも既に実証済みだし。


「とりあえず、今回の原因である佐伯とその佐伯を殴った朝比奈は謹慎処分ってことにしようかと」

「処分はその二人だけ?」


確認するようにそう聞かれて、俺は肯定の意味で頷いた。


「そうだけど、どうかした?」

「実はさっき谷江先生から連絡きて、壬生君が弓道部を辞めたいって言ってきたって話聞いてさ。てっきり壬生君も処分対象になってるのかと思ってたよ」

「……ああ、そういうコト。壬生先輩は真面目だから単に責任感じてるだけで、部活を辞めなきゃならないようなことはしてないよ。
──でも何で谷江先生から圭吾さんに連絡が?」


普段学園内にいないことも多い理事長よりも、もっと適任者がいると思うんだけど。


「響夜に聞こうと思ったら捕まらなかったから、俺に連絡してきたらしい。……谷江先生未だに俺らの事セットで考えてる節があるから」


圭吾さんには俺が抱いた疑問が伝わったらしく、冗談ぽい口調でそう説明しながら肩を竦めている。


弓道部の顧問である谷江先生は東條先生が生徒会長で圭吾さんが副会長を務めていた時の生徒会顧問で、二人のクラスの担任だったと聞いている。

当時からなにかと一緒にいることが多かったらしい二人は未だに結構仲が良いので、谷江先生がセットで考えるのもわからなくはない。


東條先生と圭吾さんがいた生徒会なんて、色んな意味でさぞかし周りは大変だっただろう。

二人とも顔は良いけど、結構な性格してるし、なにより人遣いが超荒い。二人と一緒に仕事をする生徒会役員も、周りを取り締まる風紀委員も尋常じゃない忙しさだったんじゃないだろうか……。

俺は谷江先生と当時の風紀委員に少しだけ同情しながら、先程電話ではマイルドにしか説明していなかった事の次第と、その後にあった光希クンと竜造寺のアレコレについて出来るだけ詳細に説明し始めた。


で、話を聞き終わった圭吾さんはというと。

怒ってるかと思いきや、何故か不敵な笑みを浮かべている。


「ふーん。そういう事。それで響夜はあの態度だったってこと。自分の所業を棚に上げてこの俺に八つ当たりした訳ねー。

……いい度胸してんじゃねぇか」


あれ?もしかして話が最初に戻った?東條先生が八つ当たり?いつ?

疑問は次々浮かんでくるが、とてもそんな事を聞けるような雰囲気じゃない。

……というかむしろ今は聞きたくない。


「ねぇ、夏樹はさっき俺が不機嫌だった理由聞いてきたよね?知りたい?」


もの凄ーく厄介事の気配がするんだけど、やっぱり聞かなきゃダメかな?

返事の変わりに苦笑いすると、爽やかに微笑み返されてしまった。

なんかその笑顔、もの凄ーく黒い気がするんだけど。


俺は仕方なく覚悟を決めて圭吾さんの話を聞くことにした。

ま、最初に聞いたの俺だしね……。


「響夜って光希のこと好きらしくてさ。今回、竜造寺君が光希の処置をしたことが相当気に入らなかったのか、さっきここに来る前にお門違いも甚だしい文句の電話を俺にかけてきやがったんだ。腹立つだろ?」


やっぱり、そういうこと……。

さっき旧図書館で感じたことは気のせいじゃなかったらしい。

あれ?でも竜造寺と光希クンがああいう事になったって東條先生が知ったのは、旧図書館の前に車で迎えに来たタイミングだった気がするんだけど、一体いつの間に連絡したんだろう?


俺が少々的外れな疑問を抱いている間にも、圭吾さんの説明は続く。


「アイツ、前に光希をナンパしてホテルまで行っときながら逃げられたことがあったとか言い出してさ。まあ、相手が男だったってのはビックリだったけど、当時の光希の性格を考えればあり得ない話じゃないから最初は気にも留めてなかったんだけど」


光希クン。一体どんな生活してたんだ……。

思いの外緩かった光希クンの下半身事情に、俺は思わず遠い目になってしまった。


「それだけならまだしも、何故か光希に逃げられたのは俺のせいだとか言いがかりつけ始めた挙げ句、転校してきたのがその光希だってすぐに気付けなかったのは、事前にちゃんと光希の事情を話さなかった俺が悪いとか言ってきやがってさ。ムカつくよな。完全に八つ当たりだっての!」


余程お怒りらしく、圭吾さんの口調がいつもより荒い。

普段穏やかな喋り方をする圭吾さんも、完全プライベートの場では結構口が悪かったりするので、そのせいもあるのかもしれない。


俺はといえば。



東條先生の意外すぎる一面と赤裸々な光希クンとの関係を聞かされ、軽い目眩を覚えていた。

そんな極々プライベートな情報、出来れば知りたくなかったよ。

正直知ってるだけで厄介なことに巻き込まれそうで嫌なんだよね……。
まあ、ここに来た時点でもう片足突っ込んでるようなもんだけどさ。

げんなりする俺を他所に、圭吾さんは言いたい事は言ったとばかりに涼しい顔でアイスティーを飲み始めた。

切り替え早ッ!

その様子を見た俺も、妙に喉が渇いている気がして、手付かずだったアイスティーに口を付けた。


その時。


「生徒に余計な事言ってんじゃねぇよ」


リビングの入り口のほうから不意に声を掛けられ、俺は視線だけをそちらに向ける。

そこには最早不機嫌さを隠そうともしない東條先生が立っていた。

圭吾さんはそんな東條先生を見て、憮然とした表情になる。


「……生徒に手を出したヤツに言われたくない」

「手を出した時はまだ生徒じゃなかったから、問題ねぇよ。

──橘、行くぞ」


東條先生はこれ以上話すことはないとばかりそう言い返すと、振り返ることなくさっさと玄関に向かって歩き出してしまった。


どう考えても問題大有りでしょ……。

生徒会連中だけじゃなく、東條先生まで光希クンのこと好きとかってあり得ないよね……。魔性……。魔性なのか……?


これからまだ絶対にひと波乱もふた波乱もありそうな気がする。

出来ることならこれ以上風紀に手間かけさせないでもらいたいんだけど……。


俺はこれ見よがしに大きなため息を吐くと、圭吾さんに恨めしげな視線を送ってみたのだった。
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