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本編
70.大人ライフ!1 Side 東條響夜 その1
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ある事情から圭吾との賭けに負け、三年間という約束で母校の教師となっている俺は、試験前日のこの日、全時間自習ということもあり、俺専用に与えられた部屋で本来の俺の立場に関する業務に勤しんでいた。
俺の本業は教師じゃない。
国内有数の大財閥である東條財閥の直系長男として生まれた俺は、教師と東條の後継者以外にもいくつもの肩書きを持っている。
東條財閥が経営する会社の取締役。
自分が経営する会社の会社役員。そして投資家。
基本俺の家は世襲が当たり前という考え方はしておらず、東條に生まれた人間という立場を守りたかったら、全力でその地位に相応しい人間に上り詰めろという方針のため、それまでの俺はどの役割においても自分の出自に見合うだけの成果をあげてきた。
──つもりだったのだが……。
俺の人生はイージーモードとまではいかなくても、そこそこ順調に色んなことをこなしてこれたのだ。
それが圭吾が絡むと途端に難易度が跳ね上がる。
圭吾と出会ってから約十年。
俺の人生においてアイツが絡むと大抵ろくなことにならないと相場が決まっている。
学生時代然り。教師になった諸々の経緯然り。
──そしてその最たるものが光希との関係だったりする。
圭吾に言わせりゃ、『他人ひとのせいにすんなよ』ってことになるんだろうが……。
光希にしても、いくら成り行きで一回寝ただけの男だといっても、顔ぐらい覚えてくれているのかと思いきや、そんな様子は微塵も見られない。
まあ、転校してきた当初。あのおかしな変装のせいで俺もアイツだとわかっていなかったのだから、ある意味お互い様なんだけどな。
どっちにしろ、これまでの光希の俺に対する反応を見る限り、お世辞にも好かれてるとは言い難い状態に変わりはない。
──そう考えるだけで胸の奥がズンと重くなっていく。
出会ってからもうすぐ三ヶ月。
光希との関係はただの教師と生徒。
とっくに縺れて切れてしまった運命の糸を結び直す手段を必死に模索している俺は……。
……圭吾の言うとおりカッコ悪い男なのかもしれない。
◇◆◇◆
俺が光希と出会ったのは、四月の終わり。
学生時代に圭吾と共同出資して立ち上げた会社の五周年記念のパーティーに向かう途中。自宅マンションから会場となっている東條の系列ホテルまで自分の車で移動していた時だった。
信号待ちをしていた俺の目の前を酷く目立つ容姿の男が横切ったのだ。
──日本人?外国人か?
金茶の髪にどこか外国人の血が混ざっているいるように見える顔だちは、ハッキリ言って俺の好みのド真ん中で。
雑多に人が行き交う交差点で、何故かソイツだけが違った色彩を放っていたように見えたのだ。
──ここでちゃんと出会っておかないと後悔する。
そんな気がした俺は何かに急かされるように適当な駐車場に車を入れると、さっきまで彼がいた交差点へ走って戻った。
さすがに時間が経っているため、同じ場所にいないことは覚悟したものの、彼は横断歩道を渡りきった先で三人の男達に囲まれるようにして立ち止まっていた。
酔っぱらいにでも絡まれてるのかと思いきや。近付くにつれ、それが杞憂であることがわかり、そしてソイツらが彼に声を掛けた目的が俺と同じであることを知った途端、面白くない気持ちになった俺は、自分でも信じられないほど積極的にその場に介入していった。
いきなり背後に立った俺を驚いたように振り返った彼の瞳は澄んだようなブルーグレイで。
その瞳が俺の姿を映したことがただ単純に嬉しかった。
『遅くなってごめん。待ち合わせ場所にいなかったから、怒って帰ったのかと思って探したよ』
日本人のような気もしつつ念のため英語で話し掛けると、すぐに相手がそれに反応してくれた。
『……ホントに遅いよ』
拗ねたような表情が幼さを感じさせる。
もしかしたら俺が思ってるよりもずっと若いのかもしれない。
いくらなんでも高校生ってことはないだろう。高校生だったらヤバいな、と思いつつも。
『じゃあお詫びに何でも好きなものご馳走するよ』
男たちに対する牽制の意味も兼ねて肩を引き寄せこめかみに軽く口づけると、面白いくらい固まった彼の腰を抱いてさっさとその場から退散した。
さて、これからどうするか。
密かにどう彼との関係を始めるか俺にしては珍しく慎重に算段をつけていると、俺をジッと見上げてくる彼の熱い視線に気付き、早くも理性が揺らぎ始める。
「そんな顔するなよ。このまま連れて帰りたくなるだろ」
「……そんな表情ってどんなだよ」
冗談めかして本音を溢すと、すかさず日本語で答えが返ってきた。
照れたように俺から目を逸らし、不貞腐れる彼が可愛い。
どうやらそんな事を考えているのは俺だけではないようで、あちこちから男女問わず、ある種の熱を孕んだ視線が送られてくる。
特に男の視線の多さに俺は苛立った。
さりげなくそれを本人に伝えると、本人は驚くほどに無自覚、無防備で。
男同士の恋愛なんて微塵も考えていないらしい彼に、俺は本人の自覚を促しているうちについ挑発的な態度を取ってしまった。
彼はそれを不快に思ったのか、俺からフイッと目を逸らす。
そんな表情すらも可愛く感じて、ジッと彼を見つめながら次のアクションを待っていると。
「……一応礼を言っておくよ。ありがとう。助かった」
どうやら照れているらしく、そっぽを向いたまま早口でそう告げられた。
この素直じゃない感じもなかなかいい。
「お礼は身体で払ってくれてもいいんだぜ」
冗談めかしてそう言うと。
「……アンタが俺を勃たせられんの?
──俺、不感症だけど」
逆に俺を挑発するように少し背伸びをして俺の瞳を至近距離で見つめ返してきたのだ。
その瞬間、俺は決めた。
絶対コイツを逃がさない、と。
それから彼を車に乗せ、元々向かう予定だったホテルの俺がいつも使っている部屋に直行した。
離れている時間を惜しむように一緒にシャワーを浴びた後、性急に唇を貪り彼をじっくり味わっていく。
表情、仕草、唇から漏れる吐息。
そのひとつひとつが俺を煽る。
こんな余裕のない自分は初めてだ。
キスの感じで、彼が行為に慣れていることはわかったが、本人の申告どおりなら男は俺が初めてだろう。
このままじゃ確実に抱き潰してしまいそうだと感じた俺は、彼を抱いてベッドに運ぶと、一旦冷静になるために素早くバスローブを纏い、自分を戒めた。
それからはひたすら俺という人間の証をその身体に刻み込むつもりで、丁寧に愛撫を施し、彼と繋がった。
従順な態度は見せないくせに、快感は素直に受け入れる彼と蕩けるような感覚のセックスを味わい、名残惜しい気持ちを引き摺りながら結合を解いた。
「も、動きたくない……」
ベッドに突っ伏しそう呟いている彼は相当疲れているようで、俺はそんな彼を見て思わずクスリと笑うと、こんな状態にした原因の一端は自分にあるのだと思うと声をかけることも憚られ、そのまま彼を残してバスルームに向かったのだった。
バスルームの扉を開ける寸前、俺が今日ここへ来た本来の目的を思い出し、一気に現実に引き戻された気がしてうんざりする。
──このまま欠席したらどうなるんだろうか。
そう考えながら先程シャワーを浴びる際に脱いだ上着に入れっぱなしになっていたスマホを取り出し画面を確認すると、案の定、圭吾から物凄い件数のメッセージと着信が来ていた。
パーティーの開始時刻はとっくに過ぎている。
最初の挨拶は圭吾がそつなくこなしてくれたのだろうが、さすがに少しくらいは顔を出さないとマズいことになる気がする。
俺は急いでシャワーを浴び、予めホテルに連絡して部屋のクローゼットに準備させておいたスーツに着替えると、彼が熟睡しているベッドに近寄り、艶やかな金茶の髪をそっと撫でた。
綺麗な顔も、ちょっと生意気な態度を取るくせに甘え上手なところも、俺好み。
その上、セックスの相性も良いとくれば、これきりで終わりにする気には毛頭なれない。
とりあえずパーティーから戻って彼が目覚めたら話をして、まだ聞いていなかった彼の名前を聞こう。
誰よりも近くでその名前を呼ぶ権利を与えて欲しいとお願いしたら彼はどんな反応をするのだろうか。
そう考えるだけで自然と口元が緩んでいく。
金はもう充分あるし、早いとこリタイアして可愛い恋人と優雅なセカンドライフを送るのも悪くないな……。
俺にしてはかなり浮かれたことを考えながら暫し彼の寝顔を堪して幸せ気分を充填してから、楽しくもなんともないパーティーに参加するため部屋を後にした。
会場に到着するなり俺の姿を見つけた圭吾がにこやかな笑みを湛えて近付いてくる。
「黒崎さんから響夜が誰かを部屋に連れ込んでるみたいだって連絡きたんだけど。一体どういうつもりなのかな?」
開口一番に圭吾に説教を食らい、さっきまで感じていた幸せな気分が一気に霧散した。
黒崎というのはこのホテルの支配人をしている男で、東條の分家筋の人間だ。
東條の人間のくせに俺の味方じゃなく圭吾の味方ばかりするイケ好かない男だが、仕事の面においては文句なしに優秀な男であることに変わりはない。
俺は余計な真似をしてくれた黒崎に内心舌打ちすると、圭吾にアレコレ詮索されないうちに次の行動に移る。
「……最終的に顔出したんだからいいだろ。挨拶回りしてくる」
「ちょっと待てよ。 顔だけ出してりゃいいで済まない事くらいわかってるよな?こんな機会でもない限り社員との交流も図れないんだから、この後の打ち上げは絶対参加で。異論は認めないからな。
──約束の三年がまだ終わってないってこと忘れんなよ」
「……わかってるよ」
大学時代。俺は圭吾とある賭けをして負け、その結果、大学卒業からの三年間は圭吾の言うことを聞くという約束になっている。
母校の教師なんていう俺の柄じゃない職業になっているのもそのせいだし、ただの出資者でしかなかった俺がこの会社の代表取締役になっているのも、圭吾の提案という名の絶対命令のせいだ。
表面上は笑顔であるものの、確実に圭吾からの怒りのオーラを感じた俺は、早く部屋に戻るという当初の計画を諦め、仕方なく自社の社員達との交流を図る決意をしたのだった。
そして。
日付も変わった頃。
漸く面倒事から解放され、部屋に戻った俺は愕然とした。
俺がこの部屋を出る時、彼が熟睡していたベッドは彼がいた証である僅かな温もりを残してはいたものの、彼の姿はこの部屋のどこにも見当たらなかったのだ。
慌ててフロントに確認すると『五分程前にお帰りになられました』との答えが。
五分前……。
たったの五分。それだけの時間のすれ違いで彼との接点を全て失ってしまったことに呆然とする。
この時感じた喪失感は今まで感じたことのないほどのもので、自分でも信じられないくらいのショックを受けていた。
──今から思えばあれが一目惚れというものだったのだろう。
運命というものが本当にあって、もう一度彼と出会えたなら絶対に間違えたりしない。
そう固く心に誓っていた筈が……。
後日。
俺はまたしても選択を間違えてしまうことになるのだ。
俺の本業は教師じゃない。
国内有数の大財閥である東條財閥の直系長男として生まれた俺は、教師と東條の後継者以外にもいくつもの肩書きを持っている。
東條財閥が経営する会社の取締役。
自分が経営する会社の会社役員。そして投資家。
基本俺の家は世襲が当たり前という考え方はしておらず、東條に生まれた人間という立場を守りたかったら、全力でその地位に相応しい人間に上り詰めろという方針のため、それまでの俺はどの役割においても自分の出自に見合うだけの成果をあげてきた。
──つもりだったのだが……。
俺の人生はイージーモードとまではいかなくても、そこそこ順調に色んなことをこなしてこれたのだ。
それが圭吾が絡むと途端に難易度が跳ね上がる。
圭吾と出会ってから約十年。
俺の人生においてアイツが絡むと大抵ろくなことにならないと相場が決まっている。
学生時代然り。教師になった諸々の経緯然り。
──そしてその最たるものが光希との関係だったりする。
圭吾に言わせりゃ、『他人ひとのせいにすんなよ』ってことになるんだろうが……。
光希にしても、いくら成り行きで一回寝ただけの男だといっても、顔ぐらい覚えてくれているのかと思いきや、そんな様子は微塵も見られない。
まあ、転校してきた当初。あのおかしな変装のせいで俺もアイツだとわかっていなかったのだから、ある意味お互い様なんだけどな。
どっちにしろ、これまでの光希の俺に対する反応を見る限り、お世辞にも好かれてるとは言い難い状態に変わりはない。
──そう考えるだけで胸の奥がズンと重くなっていく。
出会ってからもうすぐ三ヶ月。
光希との関係はただの教師と生徒。
とっくに縺れて切れてしまった運命の糸を結び直す手段を必死に模索している俺は……。
……圭吾の言うとおりカッコ悪い男なのかもしれない。
◇◆◇◆
俺が光希と出会ったのは、四月の終わり。
学生時代に圭吾と共同出資して立ち上げた会社の五周年記念のパーティーに向かう途中。自宅マンションから会場となっている東條の系列ホテルまで自分の車で移動していた時だった。
信号待ちをしていた俺の目の前を酷く目立つ容姿の男が横切ったのだ。
──日本人?外国人か?
金茶の髪にどこか外国人の血が混ざっているいるように見える顔だちは、ハッキリ言って俺の好みのド真ん中で。
雑多に人が行き交う交差点で、何故かソイツだけが違った色彩を放っていたように見えたのだ。
──ここでちゃんと出会っておかないと後悔する。
そんな気がした俺は何かに急かされるように適当な駐車場に車を入れると、さっきまで彼がいた交差点へ走って戻った。
さすがに時間が経っているため、同じ場所にいないことは覚悟したものの、彼は横断歩道を渡りきった先で三人の男達に囲まれるようにして立ち止まっていた。
酔っぱらいにでも絡まれてるのかと思いきや。近付くにつれ、それが杞憂であることがわかり、そしてソイツらが彼に声を掛けた目的が俺と同じであることを知った途端、面白くない気持ちになった俺は、自分でも信じられないほど積極的にその場に介入していった。
いきなり背後に立った俺を驚いたように振り返った彼の瞳は澄んだようなブルーグレイで。
その瞳が俺の姿を映したことがただ単純に嬉しかった。
『遅くなってごめん。待ち合わせ場所にいなかったから、怒って帰ったのかと思って探したよ』
日本人のような気もしつつ念のため英語で話し掛けると、すぐに相手がそれに反応してくれた。
『……ホントに遅いよ』
拗ねたような表情が幼さを感じさせる。
もしかしたら俺が思ってるよりもずっと若いのかもしれない。
いくらなんでも高校生ってことはないだろう。高校生だったらヤバいな、と思いつつも。
『じゃあお詫びに何でも好きなものご馳走するよ』
男たちに対する牽制の意味も兼ねて肩を引き寄せこめかみに軽く口づけると、面白いくらい固まった彼の腰を抱いてさっさとその場から退散した。
さて、これからどうするか。
密かにどう彼との関係を始めるか俺にしては珍しく慎重に算段をつけていると、俺をジッと見上げてくる彼の熱い視線に気付き、早くも理性が揺らぎ始める。
「そんな顔するなよ。このまま連れて帰りたくなるだろ」
「……そんな表情ってどんなだよ」
冗談めかして本音を溢すと、すかさず日本語で答えが返ってきた。
照れたように俺から目を逸らし、不貞腐れる彼が可愛い。
どうやらそんな事を考えているのは俺だけではないようで、あちこちから男女問わず、ある種の熱を孕んだ視線が送られてくる。
特に男の視線の多さに俺は苛立った。
さりげなくそれを本人に伝えると、本人は驚くほどに無自覚、無防備で。
男同士の恋愛なんて微塵も考えていないらしい彼に、俺は本人の自覚を促しているうちについ挑発的な態度を取ってしまった。
彼はそれを不快に思ったのか、俺からフイッと目を逸らす。
そんな表情すらも可愛く感じて、ジッと彼を見つめながら次のアクションを待っていると。
「……一応礼を言っておくよ。ありがとう。助かった」
どうやら照れているらしく、そっぽを向いたまま早口でそう告げられた。
この素直じゃない感じもなかなかいい。
「お礼は身体で払ってくれてもいいんだぜ」
冗談めかしてそう言うと。
「……アンタが俺を勃たせられんの?
──俺、不感症だけど」
逆に俺を挑発するように少し背伸びをして俺の瞳を至近距離で見つめ返してきたのだ。
その瞬間、俺は決めた。
絶対コイツを逃がさない、と。
それから彼を車に乗せ、元々向かう予定だったホテルの俺がいつも使っている部屋に直行した。
離れている時間を惜しむように一緒にシャワーを浴びた後、性急に唇を貪り彼をじっくり味わっていく。
表情、仕草、唇から漏れる吐息。
そのひとつひとつが俺を煽る。
こんな余裕のない自分は初めてだ。
キスの感じで、彼が行為に慣れていることはわかったが、本人の申告どおりなら男は俺が初めてだろう。
このままじゃ確実に抱き潰してしまいそうだと感じた俺は、彼を抱いてベッドに運ぶと、一旦冷静になるために素早くバスローブを纏い、自分を戒めた。
それからはひたすら俺という人間の証をその身体に刻み込むつもりで、丁寧に愛撫を施し、彼と繋がった。
従順な態度は見せないくせに、快感は素直に受け入れる彼と蕩けるような感覚のセックスを味わい、名残惜しい気持ちを引き摺りながら結合を解いた。
「も、動きたくない……」
ベッドに突っ伏しそう呟いている彼は相当疲れているようで、俺はそんな彼を見て思わずクスリと笑うと、こんな状態にした原因の一端は自分にあるのだと思うと声をかけることも憚られ、そのまま彼を残してバスルームに向かったのだった。
バスルームの扉を開ける寸前、俺が今日ここへ来た本来の目的を思い出し、一気に現実に引き戻された気がしてうんざりする。
──このまま欠席したらどうなるんだろうか。
そう考えながら先程シャワーを浴びる際に脱いだ上着に入れっぱなしになっていたスマホを取り出し画面を確認すると、案の定、圭吾から物凄い件数のメッセージと着信が来ていた。
パーティーの開始時刻はとっくに過ぎている。
最初の挨拶は圭吾がそつなくこなしてくれたのだろうが、さすがに少しくらいは顔を出さないとマズいことになる気がする。
俺は急いでシャワーを浴び、予めホテルに連絡して部屋のクローゼットに準備させておいたスーツに着替えると、彼が熟睡しているベッドに近寄り、艶やかな金茶の髪をそっと撫でた。
綺麗な顔も、ちょっと生意気な態度を取るくせに甘え上手なところも、俺好み。
その上、セックスの相性も良いとくれば、これきりで終わりにする気には毛頭なれない。
とりあえずパーティーから戻って彼が目覚めたら話をして、まだ聞いていなかった彼の名前を聞こう。
誰よりも近くでその名前を呼ぶ権利を与えて欲しいとお願いしたら彼はどんな反応をするのだろうか。
そう考えるだけで自然と口元が緩んでいく。
金はもう充分あるし、早いとこリタイアして可愛い恋人と優雅なセカンドライフを送るのも悪くないな……。
俺にしてはかなり浮かれたことを考えながら暫し彼の寝顔を堪して幸せ気分を充填してから、楽しくもなんともないパーティーに参加するため部屋を後にした。
会場に到着するなり俺の姿を見つけた圭吾がにこやかな笑みを湛えて近付いてくる。
「黒崎さんから響夜が誰かを部屋に連れ込んでるみたいだって連絡きたんだけど。一体どういうつもりなのかな?」
開口一番に圭吾に説教を食らい、さっきまで感じていた幸せな気分が一気に霧散した。
黒崎というのはこのホテルの支配人をしている男で、東條の分家筋の人間だ。
東條の人間のくせに俺の味方じゃなく圭吾の味方ばかりするイケ好かない男だが、仕事の面においては文句なしに優秀な男であることに変わりはない。
俺は余計な真似をしてくれた黒崎に内心舌打ちすると、圭吾にアレコレ詮索されないうちに次の行動に移る。
「……最終的に顔出したんだからいいだろ。挨拶回りしてくる」
「ちょっと待てよ。 顔だけ出してりゃいいで済まない事くらいわかってるよな?こんな機会でもない限り社員との交流も図れないんだから、この後の打ち上げは絶対参加で。異論は認めないからな。
──約束の三年がまだ終わってないってこと忘れんなよ」
「……わかってるよ」
大学時代。俺は圭吾とある賭けをして負け、その結果、大学卒業からの三年間は圭吾の言うことを聞くという約束になっている。
母校の教師なんていう俺の柄じゃない職業になっているのもそのせいだし、ただの出資者でしかなかった俺がこの会社の代表取締役になっているのも、圭吾の提案という名の絶対命令のせいだ。
表面上は笑顔であるものの、確実に圭吾からの怒りのオーラを感じた俺は、早く部屋に戻るという当初の計画を諦め、仕方なく自社の社員達との交流を図る決意をしたのだった。
そして。
日付も変わった頃。
漸く面倒事から解放され、部屋に戻った俺は愕然とした。
俺がこの部屋を出る時、彼が熟睡していたベッドは彼がいた証である僅かな温もりを残してはいたものの、彼の姿はこの部屋のどこにも見当たらなかったのだ。
慌ててフロントに確認すると『五分程前にお帰りになられました』との答えが。
五分前……。
たったの五分。それだけの時間のすれ違いで彼との接点を全て失ってしまったことに呆然とする。
この時感じた喪失感は今まで感じたことのないほどのもので、自分でも信じられないくらいのショックを受けていた。
──今から思えばあれが一目惚れというものだったのだろう。
運命というものが本当にあって、もう一度彼と出会えたなら絶対に間違えたりしない。
そう固く心に誓っていた筈が……。
後日。
俺はまたしても選択を間違えてしまうことになるのだ。
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