セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

71.大人ライフ!1 Side 東條響夜 その2

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一目惚れした相手に逃げられたあの夜から約一ヶ月。

俺はずっと悩み続けていた。

未だに彼にとっての俺はたった一回関係を持っただけの相手でしかなく、俺は彼の名前すらわからない状況だ。


──身元を特定して会いに行くことは容易い。


でもあの日。自分の意思で部屋から出ていった彼が、果たして俺との再会を喜んでくれるのだろうか、という不安が、そういった手段を使うことを躊躇わせる。

こんな弱気な自分は初めてで、儘ならない自分の心にイライラしつつも、何も行動を起こせないままいたずらに時だけが過ぎていった。






「あー、クソッ!俺昨日九時までに報告書寄越せって言ったよな!? まさかとは思うがあっちの九時だと思ってんじゃねぇだろうな!」


俺はこの日。

学園内にある個人に与えられた部屋で仕事をしながら、一向に来ない連絡に苛立ちを募らせていた。

連絡を待っている相手がいるのはフランス。
時差は八時間。向こうは午前一時を過ぎた頃だ。

念のため、相手とやり取りした履歴を確認したが、依頼した時のメールに不備はない。

夜中だろうが何だろうが直接電話して文句言ってやる。

そう思い、スマホに登録されている連絡先を開こうとした途端。
俺も圭吾から頼まれていた厄介事をすっかり忘れていたことを思い出す。


「しまった……」


今日は圭吾の従兄弟がこの学園に転入してくる日だったのだ。


五月も終わりに近付いたこの半端な時期に転校してくるなんて、訳あり以外ないだろうと思っていたら、案の定。

圭吾の話じゃ、どうも女関係のトラブルが原因で学校に行けなくなり、人生やり直すつもりでここに転入してくることに決めたらしい。

自分を知ってる人間がいる環境から逃げれば、自分がしてきたこと全部チャラになると思ってる甘ったれたガキのお守りなんて真っ平御免だが、理事長である圭吾が決めたことに、いち教員の俺が文句を言うわけにもいかないので黙って従うしかない。


「あー、どうするかなぁ……」


朝正門に迎えに行ってから、職員室で手続き関係の確認をした後、朝のホームルームで紹介するという段取りになっていたのだが、今日報告が届く筈の案件に気を取られていたせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。


俺は連絡するはずだった相手を一旦変更し、季節外れの転校生の迎えを生徒会副会長の朝比奈に頼むと、その後すぐに深夜のフランスへ確認の連絡をしたのだった。






それから約三十分後。

頼んだはずの朝比奈ではなく、何故か教務主任の谷江先生に連れられてやってきた中里光希は、一言で言えば冴えない見た目の生徒だった。

圭吾の従兄弟で、女関係のトラブルがあったと聞いていたからどんな華やかな容姿の人間がくるのかと思いきや、予想外の地味さに正直驚かされた。

大方、この学園の大半の生徒と同じように、自分の見た目を最大限に良く見せていた、所謂『雰囲気イケメン』というやつだったのだろう。

メッキが剥がれればこんなもんか。

そう納得した俺は、うざったい前髪と眼鏡の奥に隠された素顔には微塵も興味が持てず、ついおざなりな対応をしてしまった。


中里はというと。

一応しおらしい態度を取ってはいるが、受け答えの端々に生意気そうな感じが滲み出ている。


コイツ全く反省してないんじゃねぇの?

……全く厄介な事ばっか押し付けやがって。


俺は圭吾の采配に内心文句を言いながらも。


「前の学校で何があったか知らねぇけど、ここで圭吾に迷惑かけるような真似したらただじゃおかねぇぞ」


すぐに問題を起こされても困るので一応釘を刺した後、そのまま次の授業に間に合うように中里を連れて教室へと向かったのだった。




その日の夜。


『光希のヤツ、早速有名人になったって?』

「お前の従兄弟どうなってんだよ。自由過ぎるだろ」


笑いながら連絡を寄越した圭吾に俺はうんざりしたように言葉を返した。


今日こっちにいなかった筈の圭吾がこの話を知ってることは、情報源は橘に違いない。

圭吾と風紀副委員長をしている橘夏樹は、諸々の事情もあってプライベートで連絡を取り合う仲だ。
そのせいか圭吾は学園内にいないことも多いくせに、俺より学園内の事情に詳しかったりする。


圭吾の言うとおり、中里光希という人物は、転校初日にも関わらず、たった一日にして全校生徒の注目の的となったのだ。

……かなり悪い意味で。


トラブルメーカーはどこに行っても何かしら問題を起こすように出来ているらしい。


『生徒会役員がゲームのターゲットに選ぶってことは、やっぱり変装したくらいじゃ、光希のモテオーラは隠せなかったってことかな』

「変装って、あの格好が? 身バレしないよう変装するんならもうちょっとマシな格好させろよ」


圭吾の笑えない冗談に辟易していると。


『ああ、あの格好? やっぱりやり過ぎだった? でも素のままじゃ目立ってしょうがないし、中途半端に弄るくらいじゃ効果ないからなぁ』


聞き捨てならない言葉に俺は一気に食い付いた。


「は?素が目立つってどういうことだよ?」

『あれ? 俺、話してなかったっけ?』


圭吾がこうやって勿体ぶったような口調で話す時は、大抵の場合、先に言っとけよと言いたくなるような内容だと相場が決まっている。

俺は『またか』と思いつつ、イライラしながら先を促す。


「だから何を」

『俺の母方のじいさんがイギリス人だってのは知ってるよな?』

「ああ、それが何だよ」

『そのじいさんの血を引く孫の中で、一番濃くその血が出たのが光希なんだ』

「……は?」


ということは、圭吾の言うところの『変装』をしていなければ……?

そう考えた途端。

そんな筈はないとは思いつつも、俺の鼓動は勝手に早く大きくなっていく。


『光希って、ホントは茶色味がかった金髪だし、瞳の色なんてまんまじいさんと同じブルーグレイだし、素顔は紅鸞で親衛隊が出来てもおかしくないくらいのレベルだからさ』


その言葉を聞いて、絶対に間違えてはいけない選択を既に間違ってしまった可能性に気が付いた俺は、圭吾との通話が終わるとすぐに、いつも使っている調査会社に連絡をとり、あれほど躊躇っていた『彼』の身元調査を依頼した。


──調査の結果は言わずもがな。

一目惚れした相手が自分のクラスに転入してきた中里光希だとわかった俺が、それまで以上に落ち込んだのは言うまでもない。




それからというもの。

俺と光希の関係が『名前も知らない他人』から『担任教師と生徒』という関係になっても、状況は何も変わらなかった。

むしろ光希が『彼』だとわかったところで簡単に想いを告げる訳にもいかず、中途半端に距離が近くなった分、俺の光希に対する渇望は増していくばかりだ。

十歳も年下の同性で、しかも教え子。

それだけでもハードルが高いのに、向こうは俺と関係を持ったことを覚えていないばかりか、どうやら転校初日の俺の対応の不味さが原因でどっちかというと嫌われてるっぽい。

自業自得とはいえ、正直落ち込む。

最初に光希の事情を説明してくれなかった圭吾に少しだけ恨みがましい気持ちが沸いてくるが、文句を言ったところで俺の普段の行いが悪いからだと一蹴されるのは目に見えている。

確かにそのとおりだから反論出来ないのが悔しいところだ。


俺がそんな状況で足踏みしている間にも、光希はゲームのターゲットとして生徒会役員達から熱烈なアプローチを受けていた。

俺としては当然面白くなかったが、生徒間の揉め事に教師である俺が介入していく訳にもいかず、ただ状況を見守ることしか出来ないことが酷くもどかしかった。


その後。

普段はあっさり決着がつくゲームが膠着状態になっていることに焦れた役員達がその打開策として、光希を生徒会役員補佐にしたいと言い出した時も、光希が絶対に受けるわけないと思いつつも立場上勝手に断る訳にもいかず、一応本人に話をすることにした。

ところが、予想通り光希が断ったことに安堵したのも束の間。
タイミング悪く朝比奈が訪ねて来たせいで、最初は絶対にお断りだとまで言っていた光希が生徒会役員補佐の話を条件付きで引き受けることになったのだ。


これ以上厄介な事にならないよう、穏便に断ってやろうと思ってた俺の配慮は全く無駄になった。

そういうこっちの気遣いもお構い無しに厄介事に突き進んで行こうとするところは圭吾にそっくりだ。
さすが血縁者としか言い様がない。


「オマエやっぱり圭吾と血が繋がってたんだな……」


苦い気持ちで思わずそう呟くと。


「は?だから従兄弟だっていってるでしょう?」


光希は圭吾を引き合いに出されることが不愉快だと言わんばかりに苛立った反応を返してきた。


そんな光希を見て。

それが嫉妬から来る感情だったらいいのに……。

ついそんな事を考えてしまった自分が滑稽過ぎて笑えた。


とことん噛み合わない俺と光希。


あの夜。

この学園にいる誰よりも近い場所にいた俺は、今やその名前を口にすることすら叶わないほど遠い位置にいる。

朝比奈が当然のように光希の名前を呼んでいたことが、正直羨ましかった。


部屋を出ていこうとする光希の背中を抱き締めたい衝動に駆られたその時。


「光希」


まるで抑えきれなくなってきている俺の感情を表すかのように、勝手に呟きが溢れ落ちる。

驚いたような表情で振り返った光希に、俺は自分の失敗を覚ると、即座の自分の気持ちを押し隠すようにして、わざと皮肉めいた言葉を口にした。


「──って呼ばせてるんだな。朝比奈に」


最高にカッコ悪い真似をしている最悪な自分には最早自嘲するしかない。


挙げ句。


「……呼ばせてません。あっちが勝手に呼んでるだけです」


そんな些細な一言に安堵する自分が嫌になる。



俺はこの日。

いつもの自信に満ち溢れた東條響夜とは程遠い、ただの情けない男に成り下がった事を自覚した。




◇◆◇◆




先程から少しも進まない仕事を中断し、校内にいる時にしか着けていない眼鏡を外すと、すっかり冷めてしまったコーヒーを淹れ直すために席を立つ。

その時。誰かが廊下を走っているような足音が聞こえ、俺はカップを机に置くと眉を顰めながらドアを開けた。


どうやら自習を自由時間だと勘違いしてるヤツがいるらしい。


面倒臭いと思いつつも廊下に出て確認すると。

俺のクラスの委員長である二階堂が血相を変えてこちらに向かって来るのが見えた。


「何してるんだ、二階堂」

「先生!!スイマセン。理由は説明するんでとりあえず一緒に来て下さい」


ただ事じゃない様子に声を掛けると、二階堂はちょうど良かったとばかりに俺の手をガッチリ掴んで来た道を引き返そうとする。


「ちょっと落ち着け。どこに行くって?」


訳もわからず連れていかれては敵わない。

とりあえず説明を求めた俺に、二階堂は信じられない言葉を口にした。


「社会科準備室で行われてる小鳥遊の制裁現場に光希が乗り込んで行ったんです!!」

「チッ! あのバカ!」


聞かされた内容に俺は盛大に舌打ちすると、すぐに二階堂と一緒に社会科準備室がある専門棟に向かって走り出す。


──どうしてアイツは次から次へと問題ばっか起こしやがるのか。


万が一の事態に備え、俺は走りながらスーツの上着からスマホを取り出すと、風紀副委員長の橘夏樹に連絡を入れた。


「今すぐ風紀集めて専門棟の社会科準備室に来い!竜造寺の親衛隊の揉め事に光希が首を突っ込んでるらしい。大至急!!」


それだけ早口で告げると相手の返事も待たずに通話を終了し、それからはひたすら全力で走った。


ところが。

あと少しで社会科準備室に行くための階段に差し掛かるというところで、誰かの悲痛な叫び声が聞こえ、慌てて階段を上った俺達は、目に飛び込んできた光景に思わず足が止まる。


「中里ッ!しっかりしてよッ!ちょっとウソでしょ!?」


社会科準備室に続く階段の踊場には、必死の形相で呼び掛ける小鳥遊と──。



──頭から血を流しながら倒れてる光希がいたのだ。
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