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第一章 覚醒編

59.大切なものに気付いた日

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思いがけないプレゼントのお陰で久々に一階の食堂を利用することを余儀なくされたレイは、ひとり淋しく昼食を摂りながら、後日来るというジークヴァルトからの贈り物をどのようにして回避するかを考えていた。


(どうするかなぁ……。リディアーナ様にせっかくフラグ建ててもらったのに申し訳ないけど、僕じゃ回収できないフラグみたいな気がするしなぁ……。)


ジークヴァルトの気紛れを危うく本気にしてしまうところだった自分を律すためにも、これ以上のプレゼントははっきりと断る必要があるのはわかっているのだが、いかんせん相手が悪すぎる。


「はぁ……。」


レイは用意された昼食を前にして、ため息しかでてこない。


ただでさえ疲労感満載なところに、空腹時に強烈な薔薇の匂いを嗅いだせいか胃の辺りがムカムカするような気さえする。
その上、厄介事の気配となれば食欲が出るわけもない。

レイは行儀が悪いことは十分承知の上で、食事途中でカトラリーを置いてしまった。


すると。


「あの……、レイ様。 差し出がましい真似をするようで申し訳ございませんが、食欲がないようでしたら食べやすいものに替えてもらえるよう料理長にお話してまいりましょうか。」


給仕のメイドがおずおずとそう提案してくれたのだが、これまで用件以外の用事で話し掛けてこられたことなどなかっただけに、レイは非常に驚いてしまい咄嗟に反応することが出来ない。


「えっと、……ありがとう。大丈夫…。……えーっと、……」


気遣いの言葉をかけてくれたことに対してとりあえず礼を言ってから、彼女の名前を呼ぼうとして、レイは自分が彼女の名前どころか、普段自分についてくれているメイドの名前をひとりも知らないことに気付いてしまった。

今まで散々世話になってきたにも関わらず、ここまで他人に無関心だった自分を猛烈に反省する。


すると、彼女はたいしたことではないといったようにサラリと名前を教えてくれた。


「ナタリーでございます。」

「……ありがとう。ナタリー。 ちょっと考え事してただけだから大丈夫。ちゃんと食べるよ。」


ただでさえレイの誕生会のせいで忙しい思いをしているだろう料理長が折角用意してくれた昼食を無駄にしないようにもう一度カトラリーを持ち直す。


「では、果実水をご用意いたしますね。」


ナタリーは少しだけホッとした様子を見せると、予め準備してあった冷たい果実水をグラスに注いで出してくれた。


果実水というのは普通の水に、果汁を少し絞ったもので、夏暑い時に飲んだり、油っぽい料理の後の口直しに飲まれたりするものなのだ。

レイはこの果実水が好きで、食欲がない時などにはいつもメイドに用意してくれるよう頼んでいた。

レイの好みをしっかりと把握し、レイの様子を気遣ってくれる存在がありがたい。


テーブルに並べられている昼食をあらためて見てみれば、朝起きられなかったレイに対する体調面の配慮からか、冷製スープやマリネ風サラダ、一口サイズのサンドイッチといった食べやすいものばかりが並んでいた。

レイは感謝の気持ちで、それらを口に運ぶ。


二年前、誰とも係わり合いになりたくない一心でこの別邸に移り住んだものの、結局ところ親の庇護下を脱しきれていなかったのだということに最近気付かされた。

そういう事に一度気付いてしまえば自分がどれだけ世間知らずで甘い考えの人間であったか痛感させられる。

少なくとも今まで自分のことは自分でしているつもりになっていたが、食事ひとつとってみてもこうして皆に面倒をかけ、気を遣わせていたことをあらためて実感した。


『他人の善意に気付ける人間になれ。当たり前だと思うな。それを忘れてるとそのうち後悔することになるぞ。』


ふと前世で父親の秘書をしていた男に言われた言葉を思い出す。


あらゆる場合に備えて、準備を万全に整えておくのが使用人として当たり前の事なのだろうが、それが当たり前のことではないことを今の今まで忘れていた。


(自分のことで精一杯だった頃ならともかく、こんな大事なことに今の今なで気付けていなかったなんて、記憶が戻ってからの僕はよっぽど浮かれてたんだな……。)


無関心というのは一番相手を傷付けることだと聞いたことがある。

これまでのレイはあまりにも無関心すぎた。

再び食べる事を中断して考え事に夢中になっているレイを見て、ナタリーが心配そうな視線を向けてくる。


(ずっとこうやって心配かけてきたんだな……。)


以前のレイならそんな彼女の表情も見逃していたかもしれない。


レイはカトラリーを置き、姿勢を正す。

そして、ナタリーをじっと見つめた。


「ナタリー。いつもありがとう。」


突然そんな事を言い出したレイに、ナタリーが驚いたような表情をして固まっている。

レイは気にせず言葉を続けた。


「僕が別邸に来たことで、ナタリーだけじゃなく皆に迷惑かけたよね。」

「とんでもございません! レイ様にお仕えできて光栄です!」


慌てた様子で答えてくれたナタリーに、レイは不覚にも熱いものがこみ上げそうになる。

しかし、男が人前でそう簡単に泣くわけにはいかないという思いで、グッと堪えた。


「僕がこうして何不自由なく毎日過ごせるのも皆のお陰だってことにようやく気付いたんだ。
──気付くのが遅くなってごめん。」


レイは気恥ずかしさと、泣きそうになってしまいそうになっている自分を誤魔化すため、少しだけ俯き加減になる。

そして一度目を瞑り、軽く深呼吸すると、今度はしっかりと顔をあげ、真っ直ぐにナタリーを見つめた。


「泣かせて、ゴメン……。」


ナタリーの瞳にうっすらと光るものを見つけたレイが思わず謝ると。


「レイ様。これは嬉し涙でございます。」


涙を拭いながら綺麗な笑顔を見せてくれたナタリーにホッとする。



その時。


「邪魔するぞ。」


二人の間にあった湿っぽい空気を吹き呼ばすかのように、テオドールが颯爽と食堂に入って来たのだ。


「テオ!戻ってきてくれたの!?」


嬉しくなったレイは思わずテオドールに駆け寄った。


「お前の誕生会には出るって約束しただろうが。俺が約束破るわけねぇだろ。」

「でもテオってば全然帰ってきて来てくれないし。」


少しだけ拗ねたようにそう言うと、テオドールは嬉しそうに口の端を上げる。


「こう見えても、俺もなかなか忙しいんだよ。これでもお前と一緒にいる時間を作るために頑張ってるんだぜ。 まあ、そんなことより。」


そこで言葉を切ると、テオドールはレイとナタリーに交互に視線を向けた。


「久々に戻ってみれば、いっちょまえに女泣かしてるってのは一体どういうワケだ?」

「内緒。これは僕とナタリーの秘密だから。
──ね?」


からかうような口調のテオドールに、レイは苦笑いしつつも、わざと含みを持たせる言い方をしながらナタリーに軽くウィンクする。

いつものレイらしくない言動に、引かれるか笑われるのかとばかり思っていたのだが……。

意外なことにナタリーは口許を抑えて真っ赤になり、テオドールは何故か呆れたような表情でレイを見ていた。


(え……?何この反応?)


レイが二人の反応に戸惑っていると。


「天然かよ……。」


テオドールがボソリと呟く。


「どういうこと?」


言われた意味がわからず尋ねてみるが返事はない。



「悪いが俺の分も頼めるか?」


テオドールはレイの問い掛けを無視してナタリーに自分の昼食の準備を頼むと、我に返ったナタリーは即座に有能なメイドの顔に戻り席を外す。

完全に二人きりになったところで、テオドールが険しい表情で口を開いた。


「昨夜王太子が突然来たらしいな。」


その話をするためにテオドールがナタリーに食事を頼んだのだということに気が付いたレイは、歯切れ悪く肯定した。


「あ……、うん。」

「それに関しちゃ、きっちり落とし前つけといたから安心していいぞ。」

「……迷惑かけてごめんなさい。」

「迷惑なのは王太子のしたことだ。夜中に未成年のところにのこのこ訪ねてくるなんざ、非常識にも程があるからな。保護者に厳重に抗議しといた。」


保護者と聞いて、成人しているとはいえジークヴァルトがまだ学生の身分だったことを思い出したレイは、苦笑いする。

しかし、すぐにジークヴァルトの保護者が誰かということを思い出し青くなった。


「保護者って……、国王陛下!?」

「ああ、そうだ。 この件に関しちゃ兄貴も王に直接抗議したらしいから、二度と勝手に来ることはないと思うぞ。」


話を聞くだけでも、随分大袈裟なことになっていることがわかり、レイは絶句する。


(なんかこれに関しては、僕にも責任あるよね……。)


軽い気持ちでジークヴァルトとのBLライフを楽しもうとしていた当初の自分を猛烈に反省していると。


「──レイ。誕生日おめでとう。俺からのプレゼントだ。受け取れ。」


テオドールは唐突な話題転換と共に、腰に穿いていた二振りの剣のうち小振りなほうを鞘ごと抜くと、レイに向かって差し出した。

レイはその剣を、恐る恐る両手で受け取る。


「軽い……。」


その大きさから想像していたものよりもずっと軽い剣に驚きながらも、鞘から刀身を抜いてみる。

小さな身体のレイでも楽に扱えそうなその剣は、初めて触れた筈なのにしっくりと手に馴染む感覚で。
レイは思わずその剣を色んな角度からじっくりと眺めてしまった。


「レイのために造らせたミスリル製の剣だ。」


ミスリルはクロフォード侯爵領で採れる特殊な鉱石で、主に武器や防具の材料として使われる。

その価値は鉱石自体の稀少性もあってとても高価で、一般人がおいそれと手に入れられるものではない。

しかし、その軽さと耐久性に優れた点から、いくら高値であっても手に入れたい人間が後を絶たない逸品だ。

まだまだ腕前が未熟なレイには、分不相応な感じがして気が引ける。


「普通の剣はレイにはまだ重くて扱いづらいが、ミスリルだったらいけるだろ。 やっぱ男は剣じゃなきゃカッコつかないからな。」


その一言に勇気付けられたレイが、笑顔で頷くと。

テオドールがレイの頭を優しく撫でてくれた。


「ありがとう!大事に使うよ。」

「大事にしすぎないで、ちゃんと使えよ。使いこなせてるかたまに見に来るからな。」

「もちろん!」


二人は顔を見合わせて笑いあう。


レイはテオドールのくれた剣をしっかりと握り締めると、色々なことに気付くことができたこの時を忘れないよう、この剣の存在と共に深く心に刻み込んだのだった。
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