典型的な政略結婚をした俺のその後。

みなみ ゆうき

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番外SS

兄たちの思い 4 【エルネスト視点】

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 その日は兄であるアルベールと馬で遠乗りに行く予定になっていた。
 しかしファウスティーナ様の出産が間近に迫っている事を確信していた俺は、思い切って兄上を誘ってファウスティーナ様のところに一緒に行こうと考えた。
 事情を知らないであろう兄上も、この日は何か感じるところがあったのか、珍しく俺の提案に乗ってくれ、俺たちは二人だけでファウスティーナ様が暮らす屋敷を訪れたのだ。

 しかしファウスティーナ様とお腹の中の子供に会えるかもしれない期待に胸を膨らませながら行った先で目にしたのは、絶対に良くない事が起きたのだとわかる屋敷の惨状で。
 それ光景を目にした途端、頭が真っ白になった俺は、後先考えずにすぐに走り出していた。
 点々と続く血痕を頼りにたどり着いた先にあったのは、納屋のような建物。
 ファウスティーナ様の身に何かがあったのかもしれないと思うと心配ばかりが先に立ち、何も考えずにその場所に飛び込んだのだが──。

 ──そこで目にしたのは白い布に包まれた小さな生命。産み落とされたばかりで置き去りにされたその衰弱しきった赤ん坊がファウスティーナ様のお腹の中に宿っていた生命なのだと確信した瞬間、俺の頭は真っ白になった。
 すぐに追いついてきた兄上に赤ん坊を託し、俺はファウスティーナ様の行方を探した。
 血痕は湖のほうへも続いており、ファウスティーナ様がそちらにむかって行ったことがわかった。
 不安と恐怖に飲み込まれそうになりながらも、俺は祈るような気持ちで必死に足を動かした。

 しかしすぐに、ずっと待ち望んでいたはずの日が、俺の想像とは全く違うものとなったことを知る。
 ファウスティーナ様のもとへたどり着いた俺は、ただじっと湖面を見つめたまま立ち尽くすことしかできなかった。

 その後、赤ん坊は無事に王宮に保護され、『ジェラリア』と名付けられた。
 でも俺が会いたかったもう一人であるファウスティーナ様は、二度と俺に笑い掛けてくれることがないどころか、その姿すら見ることさえ叶わないところへと旅立ってしまった。
 本来ならばファウスティーナ様は誰もが見惚れるような美しい花嫁として国民に祝福されながら王宮を出るはずで。
 ──あの日は新しい命の誕生をみんなで喜ぶ日だったはずなのに。

 ハロルドがちゃんとファウスティーナ様を迎えにさえ来ていれば……
 永遠に叶うことのない幸せを思い、強く拳を握り締める。
 そもそもアイツがリンドバルに来なければ、と考えたところで、それは生まれてきた赤ん坊の存在を否定することだと気付き、すぐに考えを改めた。
 そして俺は生まれながらに色んな物を背負ってしまったジェラリアを一生護り抜くと心に誓い、その日からジェラリアの存在は『俺というものを形作る全ての原動力』になっていった。

 しかし、そんな経緯で生まれてきたジェラリアの扱いは、子供の俺から見ても決して良いとは言えないものだった。
 俺は何度もその状況を改善しようと足掻いてみたが、全て父である国王の名の下に一蹴され、俺が出来ることなど高が知れているのだということを嫌というほどに思い知らされたのだ。

 元々奔放で我慢のきかない性格だった俺は腹芸などというものと縁のないまま、愚かにもただ真正面から自分が正しいと思ったことを主張し続けた。
 その度に周囲は俺に対し、王族としての振る舞いや責任や存在意義というものをしつこいくらいに説いていた。
 何も状況が変わらないまま年齢が二桁に達し、あれこれ言われることにもうんざりしていた俺は。

「王族は国と国民の幸せのために頑張らないといけない存在だっていっつも言われてるから、そういうもんなんだってなんとなく思ってたけど、本当に大事なものすら守れないような立場のために頑張る意味なんてあるのかな?」

 兄上に対し、あくまでも無邪気さを装いながら、そんな疑問をぶつけてみた。
 兄上は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに表情をあらため、まるで王族の見本のように微笑んだ。
 しかしその目は完全に冷えきっていて、口元に貼り付けられた笑みとの組み合わせが作り物めいているのが酷く印象的で。
兄上の存在自体がまるで精巧に作られた人形のように感じられた。
 俺はその表情を見て、兄上もまた俺と同じような葛藤を胸に秘め、儘ならない現実に憤りを感じながらも、自分の置かれた立場に対する責任というものを義務的に果たしていただけだったのだと気付いたのだ。

 それからの俺は、兄上と同じ真似は出来なくても、もっと賢いやり方で自分の望みを叶える方法がないかということを真剣に考えた。
 いざという時にジェラリアを護れるように。
 そして万が一にもハロルドが俺の前に現れた時に、自分のしたことの結果を目の前に突き付け、今は亡きファウスティーナ様の墓前とジェラリアの前に引き摺り出して詫びさせるために。

──俺は誰にも負けないくらい強くなろうと心に決めた。


◇◆◇◆


「ラリア、起きてるか? 入るぞー」

 ここは兄上がドルマキア王都に用意したジェラリアの屋敷。
 そのジェラリアの寝室のドアをノックした後、一声かけてから入室すると、奥にあるベッドではこの部屋の主が穏やかな寝息を立てていた。
 新しい仕事が忙しいとは聞いていたが、他人の気配に敏感なジェラリアが部屋に誰かが入ってきたことにも気付かず爆睡してるなんて珍しい。
 『安心して眠っている演技』ではなく、本当の寝顔を見れたことを嬉しく思う反面、その要因となっているであろう現状を考えると、ちょっと同情してしまう。
 ブルクハルト陛下は完全なる能力主義で、本人がハイスペックなのは言うまでもないが、個人に求めるレベルに関しても容赦ないからな。
 ジェラリア自身がそれをわかっていて決めた道だけに、こればかりは俺や兄上が助けてやるわけにもいかないのがもどかしい。
 まあ、俺は兄上と違って頭脳労働はそれほど得意じゃないから、陰でコソコソと鬱陶しい真似をする連中をジェラリアに寄せ付けないよう露払いするくらいしかできないけど。

 俺らが何もしてやれない代わりにジェラリアの補佐についたのは、あのクラウスが側近にと望んでいた有能な人材で、別の人間としてユリウスの秘書官をしていた男。
 何やらクラウスには当たりが強いらしいが、ジェラリアに対してはそういった態度は一切ないどころか、その有能ぶりを遺憾なく発揮して、慣れない仕事を必死にこなすジェラリアを大いに助けてくれているようだ。
 ジェラリアの側に常にいるってのは気に食わないが、気に食わない度合いから言ったら、もっとぶっちぎりで上のヤツがいるからな……

 そこまで考えたところでふと嫌な考えが頭を過ぎった。
 
 ジェラリアのこの状態は、仕事が忙しいからだと思ってたけど、まさか仕事以外のことで疲れた結果とかってわけじゃないよな……?
 この世で一番憎んでいる男と同じ色を持つイケ好かない相手の顔を思い出し、苦い気持ちが込み上げる。

「……気に食わねぇな」

 思わずボソリと呟くと、不穏な気配を察したのか、ジェラリアが薄っすらと目を開けた。
 新緑を思わせる鮮やかな瞳が、ぼんやりと俺を見つめる。
 寝起きの時にしか見れない、無防備かつ無垢な表情。最近あまりお目にかかれなくなったジェラリアのあどけない様子と普段とはまた違った柔和な雰囲気に、モヤモヤした気持ちが少しだけ吹き飛んだ。

 ──俺の弟、マジ尊い。

 ベッドサイドに膝をつき、寝ぼけ眼のジェラリアの髪を撫でると、ジェラリアが驚いたように俺を見上げる。

「……エル、兄上?」
「誕生日おめでとう、ジェラリア」
「…………え? あ、うん、…………ありがとう、ございます」

 寝起きだからか、いまいち状況を把握できていないながらも、ぎこちない笑顔で言葉を返してくれるジェラリアが愛おしい。
 ジェラリアが自分の誕生日に無頓着どころか、むしろ忌避している感があることはわかっている。
 リンドバルにいた時のジェラリアの誕生日はファウスティーナ様が永遠に喪われた日であり、ジェラリアの存在はまるで罪の証のように言われていたのだから。
 だけど俺や兄上にとってのこの日は、ジェラリアに会えた大切な記念日であり、心も身体も限界を迎えていたであろうファウスティーナ様が、それこそ全てをかけてジェラリアをこの世に送り出してくれた特別な日だ。
 だから、たとえジェラリア自身が望んでいなくても、何度でも伝えたい。

「またこの日を一緒に祝うことができて本当に嬉しいよ。──生まれてきてくれてありがとう」

 今日直接会いに来ることができなかった兄上の分まで思いを込めて言葉を贈ると、ジェラリアは少し照れたような、はにかんだ笑みを見せた。

「……俺もまた兄上にそう言ってもらえて嬉しいです」

 以前には決して見ることのできなかった反応に、月日の流れとジェラリア自身の変化を感じ、嬉しい反面、少しだけ寂しい気持ちが顔を出す。

 この変化をもたらしたのがジェラリア自身の経験によるものなのか、それともアイツの影響なのか。
 ……後者だとしたら面白くないにも程がある。

 口先だけの愛を語り、中途半端な覚悟しかなかった頃から見れば随分マシな男になったとは思う。
 でもジェラリアを託す相手としてはまだまだ足りない。

 他の誰よりも愛する人との幸せを願っているのに、その相手の男の何もかもが気に食わない。
 ジェラリアのことを抜きにすれば、ユリウスは腹黒いクラウスよりよっぽどいい男だとは思う。
 だけど、認めたくないっていう気持ちが俺の中から完全に消え去ることはないだろう。

 ──花嫁の父親ってこういう心境なのかもな……

 そう自覚した途端、自分が一気に年をとった気になる。

 俺は複雑な心境を抱えたまま、まだ眠そうにしているジェラリアの髪を撫で続けた。

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