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番外SS
コミックス2巻発売記念SS『兄たちの密談』前編
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ドルマキア王国の王太子であるクラウス・ネイサン・ドルマキアは、同盟締結の申し入れのため、隣国のマレニセン帝国を訪れていた。
諸々の事情から、協議が終わってからもしばらくマレニセンに留まる必要性があったクラウスは、マレニセン皇帝ブルクハルトのはからいで、彼が所有する屋敷に滞在することになったのだが……
──クラウスはこの場所で、リンドバルの兄たちが抱く、重すぎる弟愛を存分に思い知ることになる。
◇◆◇◆
ここはマレニセン帝国の帝都から少し離れた場所にある屋敷。
普段から人の出入りが厳しく管理されており、許可のない者はその周辺にすら近づくことができない。
自然豊かな場所に建つ落ち着いた雰囲気の建物は、周囲の環境も素晴らしいため、多忙な日常から離れ、のんびり過ごすにはうってつけのように思えた。
(休暇でここに招かれたのなら、素直に素晴らしい環境だと思えるのだけれどね……)
クラウスは窓から見える景色を横目に見ながら、ローテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る二人に聞こえないよう、そっと息を吐き出した。
同盟締結に関する協議は概ね終了し、長く敵対関係にあったドルマキアとマレニセンは近々和平への道を共に歩き始めることになった。
しかし、ドルマキア国王の過ぎた野望と身勝手な自己顕示欲を満たすための行動の数々が引き起こした弊害の影響は深刻で、国内外を含め問題はまだ山積みだ。
今回クラウスがここを訪れることになったのは当然休暇のためなどではなく、『公式な記録には残す必要のない談話』──つまり表沙汰にはできない約束事を秘密裏に話し合うためだった。
「先ほどそちらからお話のあったアーヴィング辺境伯絡みの対応の件ですが、ジェラリア王子にもぜひご協力いただきたいと考えています」
クラウスの発言に、旧リンドバル王国の第一王子、アルベール・フェルナンド・リンドバルは、口元だけに薄い笑みを浮かべたまま、僅かに目を細めた。
ただそれだけで、彼が相当不愉快さを感じていることが伝わってくる。
「その件に関して『ジェラリアを利用することは認めないし許さない』と言ってあったはずだ。もしそれを無視して実行するのなら、我々への宣戦布告と受け取るが?」
「まさか。そんなつもりはありません」
クラウスの返しに、アルベールは形だけの笑みを完全に消し去り、今度はあからさまに鋭い視線をむけた。
隣りに座っているエルネスト・ケネス・リンドバルは、殺気に近いほどの怒りの感情をあらわにしている。
ある意味、予想の範疇ともいえる反応に、クラウスは怯む様子もなく二人を見据えた。
(ここで言葉選びを間違えたら、確実に消されるな……)
そうなったらなったで仕方ないと楽観的に思えるのは、クラウス自身が既にある種の覚悟を決めているせいかもしれない。
マレニセンに赴く前、二度とドルマキアには戻らないつもりで、あらゆる準備を整えてきた。
同盟締結によりドルマキアが新たな一歩を踏み出した後の未来図に自分の存在を組み入れていなかったクラウスにとっては、今ここで自身の身に何かがあっても、元々予定していた終わりが少し早まっただけでしかない。
温かみのある色合いで整えられた室内にそぐわない、冷ややかで緊張感に満ちた空気が漂う。
それぞれの護衛や秘書官などは同席しておらず、他者の目が一切ないこともあって、リンドバルの元王子たちはクラウスに対する悪感情を隠そうともしていなかった。
元々この元王子たちは、故国を滅亡させ、弟のジェラリアを奪ったドルマキアに対し苛烈ともいえるほどの憎悪を抱いている。
書類上だけとはいえ、現在進行形でジェラリアと婚姻関係にあるクラウスの存在など不愉快でしかないのだ。
不遇という言葉で済ませてはならないほど過酷な状況にあったジェラリア王子。
直接的ではなくとも、その凄惨な運命の一端を担うことになったクラウスもまた、ジェラリアに対する申し訳なさと消えることのない罪悪感を持ち続けるのと同時に、自分の存在を嫌悪している。
憤るリンドバルの元王子たちを前に、クラウスはそんな感情を一切表に出すことなく話を続けた。
「ジェラリア王子の協力が必要だとは言いましたが、ジェラリア王子本人にその役割を担ってもらおうとは思っておりません」
クラウスの意図を理解したアルベールが、何かを思案するように軽く目を閉じ黙り込んだ。
まだどういうことか理解していないエルネストは、二人を交互に見ながら怪訝そうな顔をしている。
「ジェラリアのことをよく知らない人間が相手だ。本物だと思わせることができればそれでいい」
「なるほど、ジェラリアの代わりを用意するのか!」
アルベールの説明でエルネストはようやく合点がいったようで、険しかった表情が一瞬にして和らいだ。
クラウスは首肯した後、今回の話し合いの本題ともいえることを口にする。
「ジェラリア王子の代わりとなる者は私のほうで用意します。なのでお二方には身近な人間にしかわからないことで協力いただければ、と」
アーヴィング辺境伯の件をどう片付けようかと考えた時、真っ先に思いついたのがジェラリア王子の存在を利用するというものだった。
領地を接する旧リンドバルに混乱をもたらし、それを理由に軍事力の増強をはかりたいアーヴィング辺境伯にとって、ジェラリア王子は利用価値が高い手札となるだろう。
さすがに本人を差し出すわけにはいかないため、表向きは文官として帯同した諜報部の人間に、この任務を任せようと考えたのだが……
──肝心のジェラリア王子の人物像がよくわからない。
クラウスがマレニセンに赴く直前、ジェラリア王子に関する情報が必要になるだろうと思い、急遽諜報部に調査を命じていた。
その時に得た情報があるものの、ありのままのジェラリア王子の生活態度を参考にするには、あまりにも自由度が高すぎる。
「我々が知っているのは、ジェラリア王子が優れた容姿をお持ちだということくらいで、そのひととなりは知りません。兄弟であるお二方から見たジェラリア王子はどんな方でしたか? なるべく詳しく教えてくださると助かります」
クラウスの問いかけに、弟を溺愛する兄たちの目つきが変わった。
諸々の事情から、協議が終わってからもしばらくマレニセンに留まる必要性があったクラウスは、マレニセン皇帝ブルクハルトのはからいで、彼が所有する屋敷に滞在することになったのだが……
──クラウスはこの場所で、リンドバルの兄たちが抱く、重すぎる弟愛を存分に思い知ることになる。
◇◆◇◆
ここはマレニセン帝国の帝都から少し離れた場所にある屋敷。
普段から人の出入りが厳しく管理されており、許可のない者はその周辺にすら近づくことができない。
自然豊かな場所に建つ落ち着いた雰囲気の建物は、周囲の環境も素晴らしいため、多忙な日常から離れ、のんびり過ごすにはうってつけのように思えた。
(休暇でここに招かれたのなら、素直に素晴らしい環境だと思えるのだけれどね……)
クラウスは窓から見える景色を横目に見ながら、ローテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る二人に聞こえないよう、そっと息を吐き出した。
同盟締結に関する協議は概ね終了し、長く敵対関係にあったドルマキアとマレニセンは近々和平への道を共に歩き始めることになった。
しかし、ドルマキア国王の過ぎた野望と身勝手な自己顕示欲を満たすための行動の数々が引き起こした弊害の影響は深刻で、国内外を含め問題はまだ山積みだ。
今回クラウスがここを訪れることになったのは当然休暇のためなどではなく、『公式な記録には残す必要のない談話』──つまり表沙汰にはできない約束事を秘密裏に話し合うためだった。
「先ほどそちらからお話のあったアーヴィング辺境伯絡みの対応の件ですが、ジェラリア王子にもぜひご協力いただきたいと考えています」
クラウスの発言に、旧リンドバル王国の第一王子、アルベール・フェルナンド・リンドバルは、口元だけに薄い笑みを浮かべたまま、僅かに目を細めた。
ただそれだけで、彼が相当不愉快さを感じていることが伝わってくる。
「その件に関して『ジェラリアを利用することは認めないし許さない』と言ってあったはずだ。もしそれを無視して実行するのなら、我々への宣戦布告と受け取るが?」
「まさか。そんなつもりはありません」
クラウスの返しに、アルベールは形だけの笑みを完全に消し去り、今度はあからさまに鋭い視線をむけた。
隣りに座っているエルネスト・ケネス・リンドバルは、殺気に近いほどの怒りの感情をあらわにしている。
ある意味、予想の範疇ともいえる反応に、クラウスは怯む様子もなく二人を見据えた。
(ここで言葉選びを間違えたら、確実に消されるな……)
そうなったらなったで仕方ないと楽観的に思えるのは、クラウス自身が既にある種の覚悟を決めているせいかもしれない。
マレニセンに赴く前、二度とドルマキアには戻らないつもりで、あらゆる準備を整えてきた。
同盟締結によりドルマキアが新たな一歩を踏み出した後の未来図に自分の存在を組み入れていなかったクラウスにとっては、今ここで自身の身に何かがあっても、元々予定していた終わりが少し早まっただけでしかない。
温かみのある色合いで整えられた室内にそぐわない、冷ややかで緊張感に満ちた空気が漂う。
それぞれの護衛や秘書官などは同席しておらず、他者の目が一切ないこともあって、リンドバルの元王子たちはクラウスに対する悪感情を隠そうともしていなかった。
元々この元王子たちは、故国を滅亡させ、弟のジェラリアを奪ったドルマキアに対し苛烈ともいえるほどの憎悪を抱いている。
書類上だけとはいえ、現在進行形でジェラリアと婚姻関係にあるクラウスの存在など不愉快でしかないのだ。
不遇という言葉で済ませてはならないほど過酷な状況にあったジェラリア王子。
直接的ではなくとも、その凄惨な運命の一端を担うことになったクラウスもまた、ジェラリアに対する申し訳なさと消えることのない罪悪感を持ち続けるのと同時に、自分の存在を嫌悪している。
憤るリンドバルの元王子たちを前に、クラウスはそんな感情を一切表に出すことなく話を続けた。
「ジェラリア王子の協力が必要だとは言いましたが、ジェラリア王子本人にその役割を担ってもらおうとは思っておりません」
クラウスの意図を理解したアルベールが、何かを思案するように軽く目を閉じ黙り込んだ。
まだどういうことか理解していないエルネストは、二人を交互に見ながら怪訝そうな顔をしている。
「ジェラリアのことをよく知らない人間が相手だ。本物だと思わせることができればそれでいい」
「なるほど、ジェラリアの代わりを用意するのか!」
アルベールの説明でエルネストはようやく合点がいったようで、険しかった表情が一瞬にして和らいだ。
クラウスは首肯した後、今回の話し合いの本題ともいえることを口にする。
「ジェラリア王子の代わりとなる者は私のほうで用意します。なのでお二方には身近な人間にしかわからないことで協力いただければ、と」
アーヴィング辺境伯の件をどう片付けようかと考えた時、真っ先に思いついたのがジェラリア王子の存在を利用するというものだった。
領地を接する旧リンドバルに混乱をもたらし、それを理由に軍事力の増強をはかりたいアーヴィング辺境伯にとって、ジェラリア王子は利用価値が高い手札となるだろう。
さすがに本人を差し出すわけにはいかないため、表向きは文官として帯同した諜報部の人間に、この任務を任せようと考えたのだが……
──肝心のジェラリア王子の人物像がよくわからない。
クラウスがマレニセンに赴く直前、ジェラリア王子に関する情報が必要になるだろうと思い、急遽諜報部に調査を命じていた。
その時に得た情報があるものの、ありのままのジェラリア王子の生活態度を参考にするには、あまりにも自由度が高すぎる。
「我々が知っているのは、ジェラリア王子が優れた容姿をお持ちだということくらいで、そのひととなりは知りません。兄弟であるお二方から見たジェラリア王子はどんな方でしたか? なるべく詳しく教えてくださると助かります」
クラウスの問いかけに、弟を溺愛する兄たちの目つきが変わった。
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