異世界転移した現役No.1ホストは人生設計を変えたくない。

みなみ ゆうき

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本編

54.茶番

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「お迎えに参りました。コウキ様」


セドリックの部屋を出るなり掛けられた声に、俺は一瞬固まった。

え?何でこの人が?

俺を迎えに来たという相手の顔を見た途端。ただでさえ重い身体がより一層重くなった気がして、思わずこの場にへたりこみそうになってしまった。


疲弊しきった俺の目の前に現れたのはジェローム・バートランド。
さっき宝物庫に呼んで魔力譲渡をしてもらったばかりの宰相様であり、選択肢にはあったけど敢えて選ばなかった人物だ。


う~ん。これ、結構マズいよな? 色んな意味で。

俺はこの後に訪れるであろう厄介な展開を考え、心の中でひっそりため息を吐いた。


俺が宰相様を選択肢から外したのには当然のことながら訳がある。

宰相様相手だと魔力の補給を効率良く出来るからすぐ回復できるっていうメリットはあるが、それと同時に俺が有利に事を運ぶために集めている手持ちのカードを減らされるかもしれないというデメリットがあるのだ。

自分のやりたいように動きたい俺と、勇者という立場の俺の首に鎖を着けたくて堪らない宰相様。

今はまだ勇者として国王様や宰相様の要望に最低限応える見返りとして魔力アップに協力してもらうっていうギブアンドテイクの関係でおさまっているが、さっきの宝物庫への呼び出しを見てもわかるように、宰相様は少しでも油断をすると高い駄賃を要求してくるのだ。

今回勇者のアイテムを手に入れたことで、今後は魔力の譲渡をしてもらわなくてもどうにかなりそうだからそれほど心配しなくてもいいんだろうけど、やっぱり用心するに越したことはない。


宰相様はその役職に見合ってるといったらなんだけど、なかなか一筋縄ではいかない性格をしている。
だから俺としては出来るだけ関わりあいになりたくないと思ってるんだけど……。

今回の事だって俺的にはここまでお世話になる予定は更々なかった。この人の善意は後が怖いから。

そもそも俺が迎えを頼んだの、この人じゃないし。


俺は苦笑いしながら静かにセドリックの部屋の扉を閉めた。


実は、さっき俺が通信の魔道具で迎えに来てくれって頼んだのは、国王様だったりする。

もちろん国のトップにこんな事お願いするのはどうかな~とも思ったよ?

でも一応記憶操作の魔法を掛けて俺との記憶を封じてみたものの成功してる保証はないし、万が一失敗していた時に国王様が一枚噛んでくれるなら穏便に事が済む確率が高いじゃん。

国王様が出張ってきてくれるなら、余程のことがない限りセドリック個人の事情よりも国王様の意思決定を優先してもらえるし、最悪命令っていう形をとってもらえば、表面上は何事もなかったように取り繕える。

べつに俺の評判なんて今更どうなったって構わないが、セドリックは巷では未だに理想の王子様であり、北の砦への遠征の総責任者という立場。しかも結婚を控えた婚約者もいる身だ。
実態はともかく対外的に見える瑕疵は少ないほうがいい。

──と思った結果だったんだけど。


でも俺はどうやら肝心なこと忘れていたらしい。

王様ってのは自分で動かず周りを使う立場の人だっていうこと。
この国の王様があまりに気さくっていうか、ぶっちゃけ宰相様やセドリックに比べて格段に話し易いから忘れてた。

そんな王様だから自ら動けば目立つのは勿論、宰相様に内緒って訳にもいかないだろうし、むしろ俺に恩を売っとく絶好のチャンスだと判断した宰相様が嬉々としてその役割を担うに決まってる。

それがまさに今の状態ってことだよな……。


こうなったらこれ以上宰相様に払う対価が増えないよう、宝物庫に置いてきたツバサのノートだけ受け取って、さっさと帰ろう。
転移は出来なくてもアイザックに連絡してうちの馬車で迎えに来てもらえばいいし。


自分の迂闊さに気付いた途端、ただでさえ魔力不足でダルい身体がより一層重くなった気がした。


宰相様はというと。

してやったりとばかりに口元を歪ませた後、即座にそれを消し去り、代わりに見惚れそうになるほど麗しい笑みを湛え、俺のほうへと恭しく手を伸ばしてくれた。


「大丈夫ですか?お顔の色が優れないようですが」


うわー。こんな顔も出来るんだー。
実態を知っているだけに滅茶苦茶胡散臭ぇし、白々しいとしか思えない。

でも普段とは違う表情の宰相様は、周りにいた人達には効果絶大だったようで。
侍従達なんかは頬を染めながら俺達の動向を見守っている。

確かにこうしてると宰相様も御多分に洩れず相当なイケメンだってことがよくわかる。しかも青臭さがすっかり抜けきった大人の男。

俺と会う時は明らかに面倒そうな顔か、なんか企んでそうな顔ばかりしてたからあんまり意識したことなかったけど。

これはこれでマズい気が……。


巷では理想の王子様と評されているセドリックが、ただならぬ様子で男娼あがりの勇者を自室に引き込んだってだけでも問題なのに、そんなところに多忙を極め、無駄な時間を何より嫌うと評判の人物が迎えにやってきて、普段とは打って変わって別人のようなレアな表情を浮かべてるのだ。

宝物庫もセドリックの部屋も王族の居住区にあるし、ここに勤める侍従には職務上の守秘義務があるから噂になることはないと思うけど、色んな憶測を呼んでそうで怖い。

俺もこの宰相様の笑顔が怖いよ。

まだ短い付き合いだけど、俺の知る限りこの人に限ってスマイルゼロ円ってことはあり得ないからなー。

思いの外高くつきそうな迎えの駄賃に苦笑いしながらも、魔力不足による怠さで上手く動かない身体で宰相様に歩み寄り、差し出された手を取った。


「ありがとうございます。宰相様」


すると。


「そんな他人行儀な呼び方はしないで下さい。私と貴方の仲でしょう?」


俺の手をしっかりと握った宰相様は更に笑みを深め、何故か聞き捨てならないことを言い出したのだ。


は?俺と宰相様がどんな仲だって?
──っていうかどういうつもりかさっぱりわからないんだけど!?


何を対価に要求されるかってことばかりに頭がいっていて、こういう展開を予想出来ていなかった俺は、宰相様がどういう意図でそんな発言をしているのかすぐに察する事が出来ずに不覚にも宰相様の顔をガン見してしまった。

宰相様は混乱気味の俺に構うことなく今度は握っていた俺の手を強く引くと、突然のことに呆気なくバランスを崩した俺の身体を抱き留め、すかさずお姫様抱っこに持ち込んだのだ。

あまりの早業に俺は抵抗する暇すらなく宰相様と身体を密着させる羽目になってしまった。

そして宰相様は俺の耳許に唇を寄せると。


「陛下を使おうなんていい度胸してますね。詳しい話はこれからたっぷりと聞くことにいたしましょうか。せっかく貴方のために特別に部屋を用意させていただいたことですし」


一連の甘やかな行動からは想像もつかない凄みのある低い声でそう囁いた後、何事もなかったかのように歩き出した。

王宮に部屋なんて嫌な予感しかしないため全力で拒否したいのはやまやまだが、ここまでくると俺に出来るのは『余計な事を言わずに黙って話を合わせる』一択。

下手に何かして後で色々言われんのも面倒だし、何より魔力不足による体調不良で正直立ってるだけでしんどいのでむしろ助かったと思ってこの茶番に付き合うしかない。

侍従達にうっとりとした表情で見つめられてるのが地味にこたえるけど、俺はそれを視界に入れないという無駄な抵抗をすることでやり過ごした。
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