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桐生さんとの通話後。
あれこれ考えていたら、ほとんど眠れないまま朝を迎えていた。
桐生さんのイレギュラー過ぎる行動は、俺を大いに悩ませ戸惑わせるには充分過ぎるもので。
深夜に及ぶ残業であれほど疲れていたはずなのに、いとも簡単に眠気を退けただけでなく、俺の心に決して小さくはない波風をたててくれた。
これまでの俺の心も穏やかとは言い難いものだったけど、ここ最近のものはあきらかに種類が違う。
割り切りや諦めなんていう言葉で守っていた気持ちの殻に皹が入るというだけでなく、その中に閉じ込めていたとてつもない激情までもが飛び出してしまいそうで。
俺はそんな弱くて無様なくせに呆れるほど融通の効かない自分の内面と対峙することから逃れるための方策を必死に考えた。
そして達したひとつの結論。
──俺はもう桐生さんとは関わらない。
そう決めた。
◇◆◇◆
七階でエレベーターをおり、あくびを噛み殺しながら俺が所属する営業企画部があるフロアを目指していると。
「おはよー。秋山。営業企画、昨日深夜まで残業だったんだって?」
不意に後ろから声をかけられ、俺は慌てて表情を取り繕いながら振り返った。
早足で追い付いてきたのは、同じ階にある営業部に所属している同期の高野優菜。
いつでもこっちが圧倒されるほどパワフルで、常にいい男との出会いを求めてる、自他共に認める肉食女子だ。
ちなみに俺のような繊細そうなタイプには全く食指が動かないと出会った早々に宣言されていることもあり、俺の事情をほぼ知り尽くしている関口ほどではないものの、同期の中では比較的よく話をする仲でもある。
「おはよう。帰りはとっくに日付が変わった後だった。それでもまだ終わんなくて今日は営業に応援頼むって言ってたよ」
うんざりしたような表情と共に他人事じゃないと告げてやると、隣に並んで歩き出した高野は嫌そうに眉を寄せた。
「うわ。最悪。ただでさえ年度末でバタバタしてるってのに。マジで恨むわ、野口」
どうやら野口さんがやらかしたっていうのはすっかり知れ渡っているらしい。
その事にはあえて言及せず苦笑で返しておく。
すると今度は何故か高野から窺うような視線が送られた。
(え? 何?)
内心首を傾げていると。
「あのさ……。昨日のこと、ホントにゴメンね。あの後関口と気まずくなったりしなかった?」
昨日のお昼休みの事を再度謝罪され、正直そんな事はすっかり頭の隅に追いやっていた俺は、咄嗟に反応を返せなかった。
途端に高野の表情が不安そうなものに変わる。
「もしかしてケンカしたとか?」
泣きそうな表情に俺は慌てて否定した。
「いや、全然大丈夫。むしろ忘れてたから」
「ホントに?」
「ホントに。気にしなくていいよ」
どこか納得がいかない感じの高野に笑顔を向けると、高野は小さく「よかった……」と呟き、ホッとしたような表情を見せた。
営業部の入口の前で関口と別れ、営業企画部へと向かいながら、昨日関口からきたメッセージを思い出す。
『深見さんのこと。お互いが後悔しないようにちゃんと話したほうがいいと思う』
そんな言葉と共に送られてきた携帯電話の番号とメッセージアプリのID。
桐生さんとのことばかり考えてて、すっかり忘れていたけど、あれも早めにどうにかしないといけない問題だったことを思い出し、憂鬱な気持ちにさせられた。
今更深見とどうこうなりたいとは思わないけど、これ以上関口を巻き込むのはさすがに気が引ける。
朝まで考えて結論を出した桐生さんとの関係は、俺の気持ちの中で一応の決着がついた。
だからこそ。
(……他の問題を抱えたくない)
俺はひとつため息を吐くと、席につく前に給湯室に寄り、スマホの画面と向き合った。
あれこれ考えていたら、ほとんど眠れないまま朝を迎えていた。
桐生さんのイレギュラー過ぎる行動は、俺を大いに悩ませ戸惑わせるには充分過ぎるもので。
深夜に及ぶ残業であれほど疲れていたはずなのに、いとも簡単に眠気を退けただけでなく、俺の心に決して小さくはない波風をたててくれた。
これまでの俺の心も穏やかとは言い難いものだったけど、ここ最近のものはあきらかに種類が違う。
割り切りや諦めなんていう言葉で守っていた気持ちの殻に皹が入るというだけでなく、その中に閉じ込めていたとてつもない激情までもが飛び出してしまいそうで。
俺はそんな弱くて無様なくせに呆れるほど融通の効かない自分の内面と対峙することから逃れるための方策を必死に考えた。
そして達したひとつの結論。
──俺はもう桐生さんとは関わらない。
そう決めた。
◇◆◇◆
七階でエレベーターをおり、あくびを噛み殺しながら俺が所属する営業企画部があるフロアを目指していると。
「おはよー。秋山。営業企画、昨日深夜まで残業だったんだって?」
不意に後ろから声をかけられ、俺は慌てて表情を取り繕いながら振り返った。
早足で追い付いてきたのは、同じ階にある営業部に所属している同期の高野優菜。
いつでもこっちが圧倒されるほどパワフルで、常にいい男との出会いを求めてる、自他共に認める肉食女子だ。
ちなみに俺のような繊細そうなタイプには全く食指が動かないと出会った早々に宣言されていることもあり、俺の事情をほぼ知り尽くしている関口ほどではないものの、同期の中では比較的よく話をする仲でもある。
「おはよう。帰りはとっくに日付が変わった後だった。それでもまだ終わんなくて今日は営業に応援頼むって言ってたよ」
うんざりしたような表情と共に他人事じゃないと告げてやると、隣に並んで歩き出した高野は嫌そうに眉を寄せた。
「うわ。最悪。ただでさえ年度末でバタバタしてるってのに。マジで恨むわ、野口」
どうやら野口さんがやらかしたっていうのはすっかり知れ渡っているらしい。
その事にはあえて言及せず苦笑で返しておく。
すると今度は何故か高野から窺うような視線が送られた。
(え? 何?)
内心首を傾げていると。
「あのさ……。昨日のこと、ホントにゴメンね。あの後関口と気まずくなったりしなかった?」
昨日のお昼休みの事を再度謝罪され、正直そんな事はすっかり頭の隅に追いやっていた俺は、咄嗟に反応を返せなかった。
途端に高野の表情が不安そうなものに変わる。
「もしかしてケンカしたとか?」
泣きそうな表情に俺は慌てて否定した。
「いや、全然大丈夫。むしろ忘れてたから」
「ホントに?」
「ホントに。気にしなくていいよ」
どこか納得がいかない感じの高野に笑顔を向けると、高野は小さく「よかった……」と呟き、ホッとしたような表情を見せた。
営業部の入口の前で関口と別れ、営業企画部へと向かいながら、昨日関口からきたメッセージを思い出す。
『深見さんのこと。お互いが後悔しないようにちゃんと話したほうがいいと思う』
そんな言葉と共に送られてきた携帯電話の番号とメッセージアプリのID。
桐生さんとのことばかり考えてて、すっかり忘れていたけど、あれも早めにどうにかしないといけない問題だったことを思い出し、憂鬱な気持ちにさせられた。
今更深見とどうこうなりたいとは思わないけど、これ以上関口を巻き込むのはさすがに気が引ける。
朝まで考えて結論を出した桐生さんとの関係は、俺の気持ちの中で一応の決着がついた。
だからこそ。
(……他の問題を抱えたくない)
俺はひとつため息を吐くと、席につく前に給湯室に寄り、スマホの画面と向き合った。
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