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13.前世の推し(妹の)
しおりを挟む「お願いより命令のほうがいいっていうなら、そうするけど?
──さっさと言われたとおりにするがいい」
王太子殿下はなかなか動こうとしない私に焦れたのか、他人に命令することに慣れていると思われる口調で、ベッドに座るよう促した。
他の選択肢なんてない私は、仕方なく王太子殿下の手をとって立ちあがる。
しかし。
「はい。確保」
「え!?」
痛いほどにしっかりと手を握られたと思ったら、強引に腕を引き上げられたのだ。
まだ成長途中の王太子殿下は、身長こそ私より少し高い程度だが、その力はやっぱり男の人なんだと実感させられるほどに強い。
そのまま腕を捻りあげられ、痛みのあまり咄嗟にその手を振りほどきたい衝動に駆られたものの、相手は王子様。さすがにマズいと思い、寸でのところで踏みとどまった。
「へぇ~、抵抗しないんだ? だったらこのまま腕へし折っちゃうかもしれないけど、いい?」
「ぅう…ッ…」
恐ろしいことをサラッと言ってくる王太子殿下に、いいわけないでしょ、って言ってやりたいが、相手が相手だけに、必死に歯を喰い縛って痛みに耐えることしか出来なかった。
許されるなら向こう脛を思い切り蹴飛ばしてやりたい。でもそれをしたら本当の意味で人生が終わる。
なんでこんな目にあわなきゃならないのかと、悔しさのせいなのか痛みのせいなのかわからない涙が滲んだその時。
「そろそろやめてやれよ、エドヴァルド。まあ、本気で骨の一本でも折っときたいなら止めないけどさぁ」
ベッドルームの扉が開き、誰かが姿を現した。王太子殿下はその人物を一瞥すると、ひどくつまらなそうな顔で私の腕を解放する。
痛みがなくなったことで、安堵のあまり膝から崩れ落ちる私。
部屋に入って来たばかりの人物はというと、ゆっくりと私のほうへ歩み寄ってきた。
半ば放心状態で顔を上げると、ムーディーさを演出するために明るさを抑えられた灯りの下でもわかる鮮やかな赤い髪が目に入り、思わず反射的に床に座り込んだままの体勢で後退ってしまった。
しかし、すぐに部屋に置かれている大きなベッドに背中が当たり、逃げ場がなくなる。
赤髪の彼はそんな私の前に跪くと、私の頬に手をあてながらニッコリと微笑んだ。
「こんなに怯えちゃって可哀想に。大丈夫? 酷いことするよねぇ、この王子サマってば」
ちっとも可哀想だなんて思っていないようなごく軽い口調。
この声を聞いた途端。前世の妹が大好きだった声優さんの声だと気付くのと同時に、彼の特別ボイスを聞くために、全く興味の持てなかったゲームをやらされた思い出が蘇った。
赤い髪に赤い瞳。男らしさと甘さが絶妙なバランスで共存してる顔立ち。今はゲーム開始の三年前だからまだ完成形じゃないけれど、将来はどんなお色気ムンムンなセクシーイケメンになるのかと、こんな状況じゃなかったら無邪気に想像できたんだろうけど……。
でも今はそれどころじゃない。目の前の人物とこんな風に出会ってしまったことに期待なんて感じてる余裕は微塵もない。
目の前にいるのはもちろん攻略対象者。
騎士団長の息子で将来が期待される若者。騎士の家系で周りからも騎士になることを期待されてるのに、ある出来事がきっかけで心に傷を負い、先端恐怖症になってしまったせいで剣を持つことが出来ないっていう設定だったような。
物心ついた時から父親に憧れてた少年は、本当はなんとかトラウマを克服して騎士になりたいと思ってるのに、周囲の期待に応えられないかもしれない自分が情けなくて恥ずかしくて、チャラい言動をとることで騎士に相応しくないと思われようとしてるっていう。
この人物のことを思い出したはいいけれど、今この場を切り抜けるのに必要な情報は何もないってことだけはよくわかった。
「俺はライオネル・シュトラウス。可愛い女の子とキレイなお姉さんが大好きなんだ。だからあなたのことも好きになれそう。あなたも俺を好きになってくれたら嬉しいな」
全然思い出せなかった名前をチャラさ全開で名乗ってくれたライオネル。
さすが人気声優さんがCVをやっているだけのことはあり、耳元で囁かれたその声は素晴らしくイケボ。
一瞬にして全身に鳥肌が立った。
これは前世で妹がよく言っていた『耳が幸せ』っていう意味でのものじゃない。
目の前の彼は確かに笑顔のはずなのに、目の奥が少しも笑ってないことに気付いてしまったから。
ゲームの中の彼は、先端恐怖症という騎士としては致命傷ともいえるトラウマ持ちでありながら、いざという時は大事な人を守るために剣以外の手段を使い、邪魔な人間を排除するのも厭わないという一面もあった。
そして今。
すっかり肌けてしまった私の胸元に当てられているのは、主人公を守る手段としてライオネルが使用することができた課金アイテム。
無くてもゲームを進めることは出来るけど、手間と時間をかけたくなかった私は、最短ルートで攻略出来ると攻略サイトで紹介されていたそのアイテムを迷うことなく購入していた。
まさか実物を目にする日がくるとは思わず。
ライオネルの手に握られているのは鈍い光を放つ銀色の拳銃。
私は彼の赤い瞳を見つめながら、勝手に震え出した身体をキツく抱きしめることしか出来なかった。
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