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37.あれが噂の悪役令嬢
しおりを挟む割れんばかりの拍手の音が不自然に途切れ、一瞬の沈黙の後、ざわめきへと変わっていった。
王太子殿下を迎えるにしてはあまりにも不躾な反応の原因は、間違いなく私だろう。
目論見通りといえば目論見通りなんだけど、やっぱり心地の良いものじゃない。
一段高い処に設けられた王族席にいる国王陛下が近くにいた人に目配せする。
すると、その人は何事もなかったかのように拍手をし始め、その音でハッと我に返った人々が慌てて拍手を再開したのだけれど、その目は完全に私にロックオン。
この場にいるほぼ全ての人が『誰だよ、お前』って思っていることが手に取るようにわかる。
そんな中を平然とした態度で進まなきゃならないというこの苦行。
これに耐えても、その次にもまだまだイベントが盛りだくさんに控えている。
これが修行だったら、今日一日で相当徳が積めると思うんだけど……。
ついそんな事を考えてしまう私。
だって、突き刺さる視線が痛いのなんのって!
この会場にいる女性陣の視線は軒並み好意的とは言い難いものばかりだからさー。
その中でも一際鋭いっていうより、あれ? これ殺気じゃね? って感じの視線を向けてくる女の子がひとり。
蜂蜜色の金髪をチョココロネのようなボリューミーな縦ロールに巻き、更にこれでもか! って感じに存在感を主張するどデカいリボンでハーフアップにするというアピール力抜群な髪型。
エメラルドのような緑色の瞳を縁取るまつ毛は、バサバサと音をたてそうな付けまつ毛で覆われ、元々キツめな印象を受ける吊り上がり気味の目が更に強調されるような濃いアイメイクが施されている。
真っ赤な口紅は、良心的に解釈するなら、ちょっと背伸びして大人っぽいものを選んだのかな? とも思わなくもないが、その上に塗られているグロスがテラテラと鈍い輝きを放っており、生き血を啜ってきたばかりのヴァンパイアを想像させる。
着ているドレスがこれまたスゴくて、ワンショルダーのドレスの肩口は幾重にも重なった大きなフリル。大輪のダリアを彷彿とさせるようなデザインの大きく膨らんだスカート。
しかもリボンもドレスも王太子殿下の瞳と同じ紫紺っていう、ひと目で誰狙いかわかる仕様になっている。
見た事あるわー。そのビジュアル。
私の記憶より若干幼い感じがするのは、まだ彼女が十四歳の少女だからだろうけど。
十四歳でも悪役令嬢は悪役令嬢だってことだよね。
色んな意味で感心していると、エスコートしてくれている王太子殿下の手が、さり気なく私の手を握った。集中しろってことらしい。
女性嫌いなのに、必要以上に触らせてしまってすみません。
そんな思いを込めて王太子殿下に微笑みかける。
その瞬間。悪役令嬢から向けられていた痛いほどの殺気が、一気に増幅した気がした。
おぉう。すっごい反応。こういう風にどこだろうと素直に自分の感情を爆発させるあたり、悪役令嬢って感じがするよね。
主人公と同じくらい感情表現が自由なのが悪役令嬢の特権だから。
ゲームの中じゃどうだったか定かじゃないけど、今私がいるポジションは本来だったら自分のものだと思ってそう。
そういえばさ。乙女ゲームって大抵の場合、悪役令嬢は嫉妬にかられて過激な行動に出た結果、自滅したり断罪されたりするわよね。時には家まで巻き添えになったり。
彼女の行動の結果がシルベスタ侯爵を追い落とすところまで届くかはわからないけど、打てそうな布石は全部打っといて損はないかも。
それにはヒロイン並みに悪役令嬢にロックオンされて、断罪まで持っていけるだけのネタを提供してもらわないと。
正直、自分からイジメられたり、被害にあったりしに行かなきゃならないのは気が進まないけど、こればかりは期間限定体験型アトラクションだと思って割り切るしかない。
実害を伴うアトラクションなんて、本当は冗談じゃないんだけどね。
密かにそんな事を考えているうちに、私達はいつの間にか国王陛下の前に到着していた。
触れていた手を離し、国王陛下にむかってその場で最上級の礼をとる。
その瞬間。会場内のざわめきが面白いくらいにピタリと止んだ。
「おもてをあげよ」
威厳にみちた声が響き渡る。
カーテシーの体勢をとっていた私は、ゆっくりと上体を起こしてから目を伏せる。
いくら顔を上げていいと言われても、王族の顔を真っ直ぐに見つめるのはNGだから。
でも頭を上げた時に、一瞬だったけど陛下とバッチリ目があった。
無表情を装ってはいたものの、その目が完全に笑っていて、内心じゃ面白がってるのが丸わかりの様子に、疲労が蓄積された気がした。
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