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36.いざ出陣!
しおりを挟むそれからというもの。大して話も膨らまず、会話らしい会話もないまま、大広間へと続く扉の前に到着した。
ここに来るまでの間もここに立っている今も、当然二人きりってわけじゃなく、数人の護衛や侍女長であるマチルダさんも一緒だったんだけど、彼らは背景や空気と一緒で存在を主張することもなければ、私達の会話にも参加してこないので、どっちかが喋らなければ静かなままだった。
──会話がないのは別にいいのよ。
下手に気を遣って話を捻り出さなきゃならないくらいなら、お互いに黙ったままでいたほうが気が楽だし。
でも、ただでさえこれからの事を考えると緊張で胃がひっくり返りそうなのに、隣にいる殿下が何故かここにきて、どことなく気がそぞろっていうか、落ち着かない雰囲気を醸し出しているっていうのは、正直不安要素でしかないのよね……。
殿下もやっぱり緊張とかするのかな?
チラリと頭半分ほど上の位置にある殿下の顔を見上げると、ちょうど私の方に視線を向けていたらしい殿下は、驚いたように軽く目を瞠った後、気不味そうに目を逸らしてしまった。
やっぱり私の予想どおりだったってこと?
ここは年上らしく何か言葉をかけたほうがいいのかな、とは思ったものの、相手は『格好つけたいお年頃』だったという事を思い出し、ここは気付かなかった振りをすることに決めた。
この年頃の男の子って難しいのよね……。
大人ほどの余裕はなく、かといって子供扱いされるとプライドが傷付く。
もの凄くデリケートな生き物だということは、この数ヶ月で散々学習したつもりだ。
……主に王太子殿下相手にね。
王太子殿下のパートナーになると決まった以上、みっともない真似は出来ないし、敵の度肝を抜くためにも出来ることは全部やろうと思っていた私は、今日のためにそれこそ血の滲むような努力を重ねてきた。
特にパーティーに出席する上で必須項目であるダンスは、基礎がほとんど出来ていなかったおかげで、実際酷い靴擦れで靴が血まみれになったこともあった。
そんな私を見るに見かねたのか、なんと、王太子殿下本人が時間を見つけてはダンスの練習に付き合ってくれたりしたのだ。
『僕のパートナーになる以上、みっともない真似をされては困る。でも一朝一夕で身に付くものでもないから、最悪僕と踊る時に形になっていればそれでいい。だから極力練習には付き合ってやる。言っておくが、コレはあくまでも異世界の話を聞かせてもらうついでだから、お前は余計な事を気にする必要はない』
なんて口では言ってたけど、たぶんあまりにも私が出来なさ過ぎたから、気を遣ってくれたんだろうってことは明白だった。
だからこそ尚更自分の至らなさが原因で、殿下の貴重な時間をいただくわけにはいかないと思ってたんだけど。
『ホントはメリンダさんのことが心配なのに素直じゃないからなぁ。まあ、格好つけたい年頃だと思って、深く考えずに受け止めてあげてよ』
殿下の護衛として一緒にダンスのレッスンに付き合ってくれたライオネル様にそうこっそり耳打ちされ、それ以降、度々似たような発言があったことから、もの凄く畏れ多いなと思いながらも、ライオネル様のアドバイスに従うことにした。
殿下と同じ歳のはずなのに、まるで年長者のような発言をしたライオネル様はというと、今日は国王陛下の護衛についている騎士団長に代わって、シュトラウス侯爵子息としてお母様と一緒にこのパーティーに参加しているらしい。
『絶対にメリンダさんにダンスを申し込みに行くから待っててね』
ってウィンク付きで言われたからたぶん後で会えるんだろうな。
華やかな容姿に女子ウケする言動。生まれも育ちも文句なしの高位貴族。その上近い将来、王太子殿下の側近となることが確実視されている若手の有望株とくれば、会場にはライオネル様とお近付きになりたい女の子達が鈴生りだろう。
そんな状況でライオネル様にダンスを申し込まれる私。王太子殿下の成人を祝うパーティーでパートナーを務めるってだけでも充分過ぎるほど目立ってるのに、これでもかってほど過剰演出するわけね……。
うっ……、その光景を想像するだけで、だいぶ胃に来るモノがある。
やっぱり一般市民じゃ、このプレッシャーを受け流すには相当の精神力を要すると思うんだー。
……こんな状況を当たり前のように受け入れていたヒロインって、やっぱり相当な強心臓の持ち主じゃなかろうか。
学園の卒業パーティーと国が主催する王太子殿下の成人を祝うパーティーじゃ規模が違い過ぎるとしても、悪い意味で注目集めまくりのパーティーで、意中の攻略対象者にエスコートされて楽しくダンスを踊るなんて芸当、なかなか出来るもんじゃないと思うんだけど。
ヒロインには『不屈の精神』とか『折れない心』とかっていう精神系強化スキルが標準装備されてるとか?
普通の人だったら、高位貴族の令嬢達を全員敵に回してまで、攻略対象者達にしつこく絡んでいこうとは思わないからね……。
やっぱり私はヒロイン体質じゃないんだな、とつくづく実感したところでふと気付く。
そういえばさ、このゲームの悪役令嬢ポジションのキャラって誰だっけ?
設定や大まかなストーリー、そして攻略対象者のことは思い出したのに、今の今まで悪役令嬢のことは忘れてた。
あれ? 王太子殿下ルートの悪役令嬢ってさ……。
「お時間でございます」
脳裏に華やかな容姿が浮かんできそうになったところで、扉の前にいた侍従に声を掛けられ、そのイメージがたちまち霧散する。
ついさっきまでザワザワとしていた会場が水を打ったように静まり返り、本日の主役である王太子殿下の入場が告げられる。
扉が開いた瞬間。会場にいる人達の視線が一斉にこちらに集まった。
やば……。足が震えて前に進めない。
歩き出さなきゃって思うのに、身体は全然言うことをきいてくれずに、焦りだけが募っていく。
想像以上の自分の小心者ぶりに張り付けた笑顔が剥がれ落ちそうになっていると、隣にいる王太子殿下が、重ねていた手をそっと握ってくれた。
「自信を持て。お前なら出来る」
その一言でまるで金縛りが解けたように、フッと身体が軽くなった。
私はこの数ヶ月散々練習してきた『嫣然とした笑み』を再度装着し直すと、王太子殿下と一度しっかりとアイコンタクトをとってから、息を合わせて歩き出した。
いざ出陣です!
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