うろ覚え乙女ゲームの世界に転生しました!モブですらないと思ってたのに……。

みなみ ゆうき

文字の大きさ
35 / 40

35.おとぎ話みたい(遠い目)

しおりを挟む

こういう状況になってつくづく思う。

──主人公って色んな意味ですごいって。

こんな常人離れした人の横に何が何でも立とうとするその根性。普通だったら身分でも容姿でも気後れする要素満載で近付こうとも思わないもの。

まあ、そういう設定じゃなきゃ話が進まないんだけど、ここが本当にあのゲームの世界なら彼女は実在するかもしれなくて、実際にゲームどおりの行動をする可能性があるってことだもんね。

……絶対に関わり合いになりたくない。むしろ目撃すらしたくない。

だってその様子を見ちゃったら、本人は気にしなくても、絶対にこっちのほうがいたたまれない気持ちになりそうだし。

ストーリーは選択肢以外スキップしてたから詳細はわからないし、もしかしたら周りに何か言われて彼女自身も自分の言動について気にする場面もあったかもしれないけど、少なくとも選択肢には『私なんて……』的なネガティブ発言は無かった気がする。
何故か彼女のやることなす事全てが前向き。バッドエンドのルートにいく選択肢でさえ無駄に自信と行動力があって、自分のやる事に絶対の正義があると信じて疑わないものだった覚えがある。
そんなヒロインちゃんのことも、ヒロインちゃんにあっさり攻略されちゃうキャラ達にも、当時の私は微塵も好感が持てなかった。

単に喪女の僻みがそうさせるのかなとも思ってたけど、実際にこの世界で社会の仕組みっていうものを色々知っちゃうと、面の皮が厚くて図々しいとすら思える彼女と、それを良しとする世間知らずの男達がいかに常識外れな行動をしていたのかが良くわかり、私の感覚は間違っていなかったんだな、としみじみ感じさせられた。

前世のゲームを思い出し、複雑な気持ちになっていると。

「……では行こうか」

王太子殿下から遠慮がちに手が差し出される。

その姿に。

そういえば、殿下ルートのラストの殿下の卒業パーティーで、堂々と殿下の瞳の色のドレスを着て殿下にエスコートされて嬉しそうにしてるヒロインと、蕩けそうな笑顔でヒロインを見つめる王太子殿下のスチルにちょっとイラッとしたんだよなぁ。

なーんて、またしても余計な事を思い出し、一瞬眉根が寄りかけた。

いかん、いかん。

慌てて脳内からスチルを消し去り、ぎこちない笑顔を張り付け。

「──はい。よろしくお願い致します」

なるべく触れる部分が少なくて済むように、浮かせ気味にして手を乗せた。

私の手が僅かに触れただけで、殿下が一瞬身体を硬くしたのが伝わってきたけれど気にしない。
殿下に嫌がられている事は百も承知だからね。今更よ。

私だって本当はこんな真似はしたくない。
ひっそりと平和に暮らすっていうのが目標なのに、表舞台に立つ羽目になるだけじゃなく、思いっきり悪目立ちまでする予定なんだから。

今日の私は見た目は儚く、中身は図太く。私もヒロインちゃんを見習って(?)嫌われ役に徹するので、殿下にも目的を達成するためだと割り切って我慢してもらうしかない。


会場となっている大広間から微かに聞こえてくる出席者達の声をBGMに、殿下と私は無言で会場に続く長い回廊を進んでいく。

すっかり日が落ちた中庭に月の淡い光が降り注ぎ、昼間は鮮やかな色彩を放っている花々も、今は紗がかかったような落ち着いた色合いに変わっている。

前世の私は、昼間の賑やかさより夜の静けさのほうが好きだった。
ぼんやりと月や星を眺めていると無心になれて、気持ちがリフレッシュ出来るから。

メリンダとしての以前の暮らしでは、夜という時間はとにかく疲れ切った身体を唯一休ませる事が出来るという時間でしかなかった。
もちろんこうして月を眺める余裕なんてあるわけもなく、月や星の輝きなんて灯り代わりになるもの、くらいの認識だったのだ。

あの当時はそれが当たり前で、そんな生活が一生続くんだと思ってた。

それが今じゃこんな高級なドレスを着て、王宮の中を王太子殿下と一緒に歩いてるんだから、人生ってどうなるかホントに予想がつかないよね。

もっと早い段階で前世の記憶が戻っていたとしても、こんな展開は予想もしていなかったと思う。

『綺麗なドレスを着て、お城の舞踏会で王子様と踊る』

字面だけならおとぎ話みたいだな、なんて考えながら思わずクスリと笑うと、隣の王太子殿下がそれに気付いて歩みを緩めた。

「どうかしたのか?」

思いっきり怪訝そうな顔。

そりゃそうだよね。
これから向かうのはある意味戦場だというのに、こんなとこで思い出し笑いをしている私はさぞ緊張感のない人間に思えるだろうから。

「申し訳ございません。月を眺めておりましたら、昔の事を色々と思い出してしまいまして」

「……そうか。差し支えなければどんなことを思い出したのか聞いてもいいか?」


まさかそんな風に言われるとは露ほどにも思っていなかった私は、一瞬答えに詰まってしまった。

「──前世の世界もこの世界も月は同じ形だな、とか、このような場所で月を見ることになるなんて夢にも思わなかったな、などといった些細なことですわ」

「それにしては随分と柔らかい表情をしていた」

え? そうだった?
ちょっとメルヘンなこと考えてただけなんだけど。

説明するのは恥ずかしいので、これ以上ツッコんで聞いてこないで欲しい。

そんな思いを込めながら、口元に笑みを浮かべて空を見上げる。

「──月が綺麗ですね」

別に深い意味があったわけでも何でもない。
単に話を続けたくないからなんとか話題の転換を図ろうと思ったものの、咄嗟に気の利いたことも言えず、見たままを口にすることしか出来なかっただけなんだけど。

でも言った後で、前世では愛の告白として知られていた台詞だったって事を思い出し、ちょっとマズったなと後悔する。

まあ、ここは別世界だし関係ないか。

なんて思っていたら。

「…………ッ、………そうだな」

たっぷりの間を置いて、王太子殿下が同意の言葉を返してくれた。

愛の告白だと思われて警戒されずに済んだことにホッと胸を撫で下ろしつつも、そういえばその返しの言葉を知らないなぁ、なんて呑気な事を思いながら、私はもう一度月を見上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

処理中です...