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35.おとぎ話みたい(遠い目)
しおりを挟むこういう状況になってつくづく思う。
──主人公って色んな意味ですごいって。
こんな常人離れした人の横に何が何でも立とうとするその根性。普通だったら身分でも容姿でも気後れする要素満載で近付こうとも思わないもの。
まあ、そういう設定じゃなきゃ話が進まないんだけど、ここが本当にあのゲームの世界なら彼女は実在するかもしれなくて、実際にゲームどおりの行動をする可能性があるってことだもんね。
……絶対に関わり合いになりたくない。むしろ目撃すらしたくない。
だってその様子を見ちゃったら、本人は気にしなくても、絶対にこっちのほうがいたたまれない気持ちになりそうだし。
ストーリーは選択肢以外スキップしてたから詳細はわからないし、もしかしたら周りに何か言われて彼女自身も自分の言動について気にする場面もあったかもしれないけど、少なくとも選択肢には『私なんて……』的なネガティブ発言は無かった気がする。
何故か彼女のやることなす事全てが前向き。バッドエンドのルートにいく選択肢でさえ無駄に自信と行動力があって、自分のやる事に絶対の正義があると信じて疑わないものだった覚えがある。
そんなヒロインちゃんのことも、ヒロインちゃんにあっさり攻略されちゃうキャラ達にも、当時の私は微塵も好感が持てなかった。
単に喪女の僻みがそうさせるのかなとも思ってたけど、実際にこの世界で社会の仕組みっていうものを色々知っちゃうと、面の皮が厚くて図々しいとすら思える彼女と、それを良しとする世間知らずの男達がいかに常識外れな行動をしていたのかが良くわかり、私の感覚は間違っていなかったんだな、としみじみ感じさせられた。
前世のゲームを思い出し、複雑な気持ちになっていると。
「……では行こうか」
王太子殿下から遠慮がちに手が差し出される。
その姿に。
そういえば、殿下ルートのラストの殿下の卒業パーティーで、堂々と殿下の瞳の色のドレスを着て殿下にエスコートされて嬉しそうにしてるヒロインと、蕩けそうな笑顔でヒロインを見つめる王太子殿下のスチルにちょっとイラッとしたんだよなぁ。
なーんて、またしても余計な事を思い出し、一瞬眉根が寄りかけた。
いかん、いかん。
慌てて脳内からスチルを消し去り、ぎこちない笑顔を張り付け。
「──はい。よろしくお願い致します」
なるべく触れる部分が少なくて済むように、浮かせ気味にして手を乗せた。
私の手が僅かに触れただけで、殿下が一瞬身体を硬くしたのが伝わってきたけれど気にしない。
殿下に嫌がられている事は百も承知だからね。今更よ。
私だって本当はこんな真似はしたくない。
ひっそりと平和に暮らすっていうのが目標なのに、表舞台に立つ羽目になるだけじゃなく、思いっきり悪目立ちまでする予定なんだから。
今日の私は見た目は儚く、中身は図太く。私もヒロインちゃんを見習って(?)嫌われ役に徹するので、殿下にも目的を達成するためだと割り切って我慢してもらうしかない。
会場となっている大広間から微かに聞こえてくる出席者達の声をBGMに、殿下と私は無言で会場に続く長い回廊を進んでいく。
すっかり日が落ちた中庭に月の淡い光が降り注ぎ、昼間は鮮やかな色彩を放っている花々も、今は紗がかかったような落ち着いた色合いに変わっている。
前世の私は、昼間の賑やかさより夜の静けさのほうが好きだった。
ぼんやりと月や星を眺めていると無心になれて、気持ちがリフレッシュ出来るから。
メリンダとしての以前の暮らしでは、夜という時間はとにかく疲れ切った身体を唯一休ませる事が出来るという時間でしかなかった。
もちろんこうして月を眺める余裕なんてあるわけもなく、月や星の輝きなんて灯り代わりになるもの、くらいの認識だったのだ。
あの当時はそれが当たり前で、そんな生活が一生続くんだと思ってた。
それが今じゃこんな高級なドレスを着て、王宮の中を王太子殿下と一緒に歩いてるんだから、人生ってどうなるかホントに予想がつかないよね。
もっと早い段階で前世の記憶が戻っていたとしても、こんな展開は予想もしていなかったと思う。
『綺麗なドレスを着て、お城の舞踏会で王子様と踊る』
字面だけならおとぎ話みたいだな、なんて考えながら思わずクスリと笑うと、隣の王太子殿下がそれに気付いて歩みを緩めた。
「どうかしたのか?」
思いっきり怪訝そうな顔。
そりゃそうだよね。
これから向かうのはある意味戦場だというのに、こんなとこで思い出し笑いをしている私はさぞ緊張感のない人間に思えるだろうから。
「申し訳ございません。月を眺めておりましたら、昔の事を色々と思い出してしまいまして」
「……そうか。差し支えなければどんなことを思い出したのか聞いてもいいか?」
まさかそんな風に言われるとは露ほどにも思っていなかった私は、一瞬答えに詰まってしまった。
「──前世の世界もこの世界も月は同じ形だな、とか、このような場所で月を見ることになるなんて夢にも思わなかったな、などといった些細なことですわ」
「それにしては随分と柔らかい表情をしていた」
え? そうだった?
ちょっとメルヘンなこと考えてただけなんだけど。
説明するのは恥ずかしいので、これ以上ツッコんで聞いてこないで欲しい。
そんな思いを込めながら、口元に笑みを浮かべて空を見上げる。
「──月が綺麗ですね」
別に深い意味があったわけでも何でもない。
単に話を続けたくないからなんとか話題の転換を図ろうと思ったものの、咄嗟に気の利いたことも言えず、見たままを口にすることしか出来なかっただけなんだけど。
でも言った後で、前世では愛の告白として知られていた台詞だったって事を思い出し、ちょっとマズったなと後悔する。
まあ、ここは別世界だし関係ないか。
なんて思っていたら。
「…………ッ、………そうだな」
たっぷりの間を置いて、王太子殿下が同意の言葉を返してくれた。
愛の告白だと思われて警戒されずに済んだことにホッと胸を撫で下ろしつつも、そういえばその返しの言葉を知らないなぁ、なんて呑気な事を思いながら、私はもう一度月を見上げた。
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