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07.異文化交流
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マティアスさんは最初申し訳なさそうにしていたが、ヴァイスハイトがガツガツ料理を食べ始めたあたりで何かが吹っ切れたらしい。
そこから、マティアスさんのお皿が空になるのは早かった。
品があるし、口いっぱいに頬張ったような食べ方をしているわけではないのに、何故かスピードがめちゃくちゃ速い。
どうやらかなりお腹が空いていたらしく、遠慮するマティアスさんを言い含め、食べられるだけ食べてくださいと言った結果、マティアスさんはポトフ3杯、クロックムッシュ5つ、ボウル一杯分のサラダを完食した。
ちなみに、ヴァイスハイトはポトフ1杯とクロックムッシュ1つのみだった。昨日は段ボール一個分の桃をペロリと食べていたけど、小型化した今は胃も小さくなっているらしい。ぽっこりしたお腹を翼で撫でて、とても満足そうだ。
「……とても美味しかったです。すみません、本当に遠慮もせずたくさん食べてしまいました……」
「クキャー!」
「良い食べっぷりでしたよ」
くすくすと笑いながら、食後の紅茶を差し出す。マティアスさんは、料理にがっついてしまった恥ずかしさと、お腹がいっぱいになったことによる満足感を混ぜ合わせたような複雑な表情をしている。
ヴァイスハイトには水とリンゴジュースと紅茶のどれがいいか選んでもらったのだが、彼が選択したのはリンゴジュースだった。桃といい林檎といい、どうやら彼はフルーツがお好みらしい。
器用に両手でグラスを持ち、ストローでチューチュー飲んでいる姿は、あの大きなドラゴン姿を忘れてしまうくらい愛らしい。
「……ところで、今更ではありますが、ここは一体何処なんでしょう……? 貴女は精霊ではなく人間なんですよね? ≪精霊の落とし穴≫に人間が住んでいるなんて聞いたことありませんでしたが……」
ソーサーにカップを戻したマティアスさんは、ぐるりと家の中を見回した。
「ここは私の家です。えっと、いつの間にか家の裏口があの雪原地帯に繋がってしまっていて……。あの雪原地帯のことをマティアスさんのところでは≪精霊の落とし穴≫というんですか?」
「えぇ、“上”に≪地上≫の地層が見えたので、あの雪原地帯は≪精霊の落とし穴≫で間違いないでしょう。まさか≪精霊の落とし穴≫が実在するとは思ってもみませんでしたが」
ん、ん、ん、ちょっとタンマ。
上とか地上の地層とか、よくわからない。
私はマティアスさんに一から説明してもらうことにした。
≪ユミール≫
それがマティアスさんの住む世界の名称で、≪ユミール≫は上中下の三層に分かれた世界で成り立っているらしい。
最も天上に近い場所は≪天空の島≫と呼ばれ、そこには神族が住んでいるとされている。
第二階層は人間や獣人、魔物などあらゆる種族人種が住んでいて≪地上≫と呼ばれている。マティアスさんはここ出身の人間なんだそう。
そして最下層が≪精霊の落とし穴≫と呼ばれる場所。マティアスさん曰く、あの雪原地帯はこの≪精霊の落とし穴≫だそうだ。
ちなみに、≪天空の島≫は≪地上≫から視認できるけど、≪精霊の落とし穴≫は今までその存在がはっきりと確認できたことはなく、あくまで伝承の一種。つまり御伽噺のような扱いの物だったらしい。
恐らくマティアスさんが住む世界で≪精霊の落とし穴≫に辿り着いた人間は、マティアスさんが初めてではないかとのこと。
でも、実際には誰も≪精霊の落とし穴≫に行ったことがないのであれば、ここが≪精霊の落とし穴≫だと判断できる材料もないのでは?
そうお思いのそこのあなた。安心してください、とても分かりやすい判別方法がありました。
マティアスさんに促され、裏口から出て雪の上に立ち、頭上を見上げてみると、遥か彼方に壁のようなものが浮かんでいるのが確認できた。
あれは≪地上≫の地層らしい。
上に土地が浮かんでいるのが見えるのだから、単純に考えればここは地下であることは分かる。
ちなみに上は≪地上≫の地層に覆われているため、空も太陽も見えない。
じゃああの雪は一体どこから降っているのかと思えば、≪地上≫の地層から降ってきていた。
雲じゃない、地層が雪を生み出しているのだ。
現代科学では考えられない異常気象を目の当たりにし、私は自分の常識で考えることを放棄した。そういうものなんだと受け入れるしかない。
もしかして≪地上≫でも空や太陽が見えないのかと思って聞いてみたが、≪地上≫からはちゃんと見えるらしい。
≪天空の島≫はとても小さく、≪地上≫の頭上をふわふわ浮遊しているため、妨げになっていないんだとか。
この≪天空の島≫、何故浮遊しているのかというと、《地上》に向かって魔力の欠片を降らす役割を持っているらしい。
魔力の欠片があることで、人間は魔法が使うことが出来る。
魔法。
そう、やはりというかなんというか、マティアスさん達の世界には魔法があるらしい。
マティアスさんからそれを聞いた瞬間、私の目が輝いた。
正直ヴァイスハイトの存在も心躍るものがあったが、あの時は状況が状況だったので素直に喜べなかった。でも今はもう一息ついた所だ。子供心をくすぐる単語に年甲斐もなくはしゃいでも誰も怒るまい。……怒らないよね?
「魔法ってマティアスさんも使えるんですか……⁉」
「はい。と言っても私は魔力保有量が多くないので……。このような簡単なものくらいしかできませんが」
マティアスさんが掌を上に向け、私には聞き取れない言葉で何事かを呟いたかと思うと、その直後、マティアスさんの掌に炎が灯った。
思わずその炎を見つめてしまう。
多分今の私は近年まれに見る程目が輝いていると思う。童心に帰るとはこのことか。
「わぁ、す、ごい! ほんとに魔法だ……‼」
「これくらいなら子供でも出来るんですが……。魔法を見せてそれほど喜ばれたのは初めてです」
子供でも出来るってことは、マティアスさん達の世界で魔法とは本当に身近なものなんだろう。いいなぁ、魔法を使ってみたいって一度は誰でも夢見るよなぁ。
「しかし私にしてみれば、この家の方が不思議です。見たことの無いものが多いですが……あれは魔道具の一種ですか?」
あ、そうだ、魔道具についても詳しく聞きたい!
私の童心ががんがん主張し続けているが、さっきからマティアスさんにはこちらの質問に答えてもらってばかりだ。
恐らくマティアスさん側にも聞きたいことが山ほどあるだろうし、ここはちょっと落ち着こう。ゴホン。
実は家電製品に興味深々だったらしいマティアスさんは、この家に魔道具というものはないと説明した所、電気や水道、キッチンのコンロを見て感嘆し、私に一体どういう仕組みで動いているのか質問責めだった。
ちなみにマティアスさんの反応が一番良かったのがテレビだ。「箱の中に人が入っている……⁉」なんて実際に言う人がいるとは思わなかった。
マティアスさんの肩にいたヴァイスハイトは「これは一体どうなっているんだ⁉」と言わんばかりにテレビの周辺をぐるぐる回っている。小さな子供みたいな反応でとてもかわいい。
そんな風に微笑ましいヴァイスハイトの姿を見て、私はふと朝感じたヴァイスハイトの異変をマティアスさんに伝えた。
「そういえば、昨日まで片方の翼が半分以上無くなっていたのに、今日は朝の時点で少し翼が伸びていたんです。今は、朝より更に翼が伸びているような……」
「あぁ、私が倒れたせいで、ヴァイスの体にも影響が出ていたんです。私とヴァイスは契約を結んでいるので」
「契約?」
「ドラゴンが持つ力は絶大ですが、彼らは彼らが認めた人間にしか力を貸してくれません。私たちドラグナーは単身でドラゴンに戦いを挑み、実力をドラゴンに認めてもらうことで契約を結び、ドラゴンに力を貸してもらうんです。そして、契約を結ぶと互いの感情や体調がリンクするようになります」
契約結ぶと感情と体調が繋がるって、それなんてファンタジー。
しかし、マティアスさん達は存在自体が間違いなくファンタジーだし、ファンタジー世界のあれこれに現実的な話をするのはナンセンスだ。契約ってスゲー!とだけ分かってればいいだろう、うん。
つまり、ヴァイスハイトの翼が半分無くなっていたのは、契約者の相手であるマティアスさんが雪の中でぶっ倒れてしまったことが原因と。
ヴァイスハイトにとって翼はかなり重要な部分だろうし、大きさもかなりのものだ。ヴァイスハイトが受けていた影響を考えると、もしかして……
「……それだけマティアスさんが危険だったってことですか……?」
「あの雪の中を五日間は歩き続けていたものですから。正直瀕死でしたね」
マティアスさんはそう言って苦笑を浮かべた。
いつか……、え、い、五日⁉
そこから、マティアスさんのお皿が空になるのは早かった。
品があるし、口いっぱいに頬張ったような食べ方をしているわけではないのに、何故かスピードがめちゃくちゃ速い。
どうやらかなりお腹が空いていたらしく、遠慮するマティアスさんを言い含め、食べられるだけ食べてくださいと言った結果、マティアスさんはポトフ3杯、クロックムッシュ5つ、ボウル一杯分のサラダを完食した。
ちなみに、ヴァイスハイトはポトフ1杯とクロックムッシュ1つのみだった。昨日は段ボール一個分の桃をペロリと食べていたけど、小型化した今は胃も小さくなっているらしい。ぽっこりしたお腹を翼で撫でて、とても満足そうだ。
「……とても美味しかったです。すみません、本当に遠慮もせずたくさん食べてしまいました……」
「クキャー!」
「良い食べっぷりでしたよ」
くすくすと笑いながら、食後の紅茶を差し出す。マティアスさんは、料理にがっついてしまった恥ずかしさと、お腹がいっぱいになったことによる満足感を混ぜ合わせたような複雑な表情をしている。
ヴァイスハイトには水とリンゴジュースと紅茶のどれがいいか選んでもらったのだが、彼が選択したのはリンゴジュースだった。桃といい林檎といい、どうやら彼はフルーツがお好みらしい。
器用に両手でグラスを持ち、ストローでチューチュー飲んでいる姿は、あの大きなドラゴン姿を忘れてしまうくらい愛らしい。
「……ところで、今更ではありますが、ここは一体何処なんでしょう……? 貴女は精霊ではなく人間なんですよね? ≪精霊の落とし穴≫に人間が住んでいるなんて聞いたことありませんでしたが……」
ソーサーにカップを戻したマティアスさんは、ぐるりと家の中を見回した。
「ここは私の家です。えっと、いつの間にか家の裏口があの雪原地帯に繋がってしまっていて……。あの雪原地帯のことをマティアスさんのところでは≪精霊の落とし穴≫というんですか?」
「えぇ、“上”に≪地上≫の地層が見えたので、あの雪原地帯は≪精霊の落とし穴≫で間違いないでしょう。まさか≪精霊の落とし穴≫が実在するとは思ってもみませんでしたが」
ん、ん、ん、ちょっとタンマ。
上とか地上の地層とか、よくわからない。
私はマティアスさんに一から説明してもらうことにした。
≪ユミール≫
それがマティアスさんの住む世界の名称で、≪ユミール≫は上中下の三層に分かれた世界で成り立っているらしい。
最も天上に近い場所は≪天空の島≫と呼ばれ、そこには神族が住んでいるとされている。
第二階層は人間や獣人、魔物などあらゆる種族人種が住んでいて≪地上≫と呼ばれている。マティアスさんはここ出身の人間なんだそう。
そして最下層が≪精霊の落とし穴≫と呼ばれる場所。マティアスさん曰く、あの雪原地帯はこの≪精霊の落とし穴≫だそうだ。
ちなみに、≪天空の島≫は≪地上≫から視認できるけど、≪精霊の落とし穴≫は今までその存在がはっきりと確認できたことはなく、あくまで伝承の一種。つまり御伽噺のような扱いの物だったらしい。
恐らくマティアスさんが住む世界で≪精霊の落とし穴≫に辿り着いた人間は、マティアスさんが初めてではないかとのこと。
でも、実際には誰も≪精霊の落とし穴≫に行ったことがないのであれば、ここが≪精霊の落とし穴≫だと判断できる材料もないのでは?
そうお思いのそこのあなた。安心してください、とても分かりやすい判別方法がありました。
マティアスさんに促され、裏口から出て雪の上に立ち、頭上を見上げてみると、遥か彼方に壁のようなものが浮かんでいるのが確認できた。
あれは≪地上≫の地層らしい。
上に土地が浮かんでいるのが見えるのだから、単純に考えればここは地下であることは分かる。
ちなみに上は≪地上≫の地層に覆われているため、空も太陽も見えない。
じゃああの雪は一体どこから降っているのかと思えば、≪地上≫の地層から降ってきていた。
雲じゃない、地層が雪を生み出しているのだ。
現代科学では考えられない異常気象を目の当たりにし、私は自分の常識で考えることを放棄した。そういうものなんだと受け入れるしかない。
もしかして≪地上≫でも空や太陽が見えないのかと思って聞いてみたが、≪地上≫からはちゃんと見えるらしい。
≪天空の島≫はとても小さく、≪地上≫の頭上をふわふわ浮遊しているため、妨げになっていないんだとか。
この≪天空の島≫、何故浮遊しているのかというと、《地上》に向かって魔力の欠片を降らす役割を持っているらしい。
魔力の欠片があることで、人間は魔法が使うことが出来る。
魔法。
そう、やはりというかなんというか、マティアスさん達の世界には魔法があるらしい。
マティアスさんからそれを聞いた瞬間、私の目が輝いた。
正直ヴァイスハイトの存在も心躍るものがあったが、あの時は状況が状況だったので素直に喜べなかった。でも今はもう一息ついた所だ。子供心をくすぐる単語に年甲斐もなくはしゃいでも誰も怒るまい。……怒らないよね?
「魔法ってマティアスさんも使えるんですか……⁉」
「はい。と言っても私は魔力保有量が多くないので……。このような簡単なものくらいしかできませんが」
マティアスさんが掌を上に向け、私には聞き取れない言葉で何事かを呟いたかと思うと、その直後、マティアスさんの掌に炎が灯った。
思わずその炎を見つめてしまう。
多分今の私は近年まれに見る程目が輝いていると思う。童心に帰るとはこのことか。
「わぁ、す、ごい! ほんとに魔法だ……‼」
「これくらいなら子供でも出来るんですが……。魔法を見せてそれほど喜ばれたのは初めてです」
子供でも出来るってことは、マティアスさん達の世界で魔法とは本当に身近なものなんだろう。いいなぁ、魔法を使ってみたいって一度は誰でも夢見るよなぁ。
「しかし私にしてみれば、この家の方が不思議です。見たことの無いものが多いですが……あれは魔道具の一種ですか?」
あ、そうだ、魔道具についても詳しく聞きたい!
私の童心ががんがん主張し続けているが、さっきからマティアスさんにはこちらの質問に答えてもらってばかりだ。
恐らくマティアスさん側にも聞きたいことが山ほどあるだろうし、ここはちょっと落ち着こう。ゴホン。
実は家電製品に興味深々だったらしいマティアスさんは、この家に魔道具というものはないと説明した所、電気や水道、キッチンのコンロを見て感嘆し、私に一体どういう仕組みで動いているのか質問責めだった。
ちなみにマティアスさんの反応が一番良かったのがテレビだ。「箱の中に人が入っている……⁉」なんて実際に言う人がいるとは思わなかった。
マティアスさんの肩にいたヴァイスハイトは「これは一体どうなっているんだ⁉」と言わんばかりにテレビの周辺をぐるぐる回っている。小さな子供みたいな反応でとてもかわいい。
そんな風に微笑ましいヴァイスハイトの姿を見て、私はふと朝感じたヴァイスハイトの異変をマティアスさんに伝えた。
「そういえば、昨日まで片方の翼が半分以上無くなっていたのに、今日は朝の時点で少し翼が伸びていたんです。今は、朝より更に翼が伸びているような……」
「あぁ、私が倒れたせいで、ヴァイスの体にも影響が出ていたんです。私とヴァイスは契約を結んでいるので」
「契約?」
「ドラゴンが持つ力は絶大ですが、彼らは彼らが認めた人間にしか力を貸してくれません。私たちドラグナーは単身でドラゴンに戦いを挑み、実力をドラゴンに認めてもらうことで契約を結び、ドラゴンに力を貸してもらうんです。そして、契約を結ぶと互いの感情や体調がリンクするようになります」
契約結ぶと感情と体調が繋がるって、それなんてファンタジー。
しかし、マティアスさん達は存在自体が間違いなくファンタジーだし、ファンタジー世界のあれこれに現実的な話をするのはナンセンスだ。契約ってスゲー!とだけ分かってればいいだろう、うん。
つまり、ヴァイスハイトの翼が半分無くなっていたのは、契約者の相手であるマティアスさんが雪の中でぶっ倒れてしまったことが原因と。
ヴァイスハイトにとって翼はかなり重要な部分だろうし、大きさもかなりのものだ。ヴァイスハイトが受けていた影響を考えると、もしかして……
「……それだけマティアスさんが危険だったってことですか……?」
「あの雪の中を五日間は歩き続けていたものですから。正直瀕死でしたね」
マティアスさんはそう言って苦笑を浮かべた。
いつか……、え、い、五日⁉
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