どうやら我が家は異世界と繋がったらしい

持原 奏真

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08.お別れ

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 五日間もあの大雪の中にいたって……。

 マティアスさんはへにゃりと眉を垂らして苦笑しているが、全く笑える要素がない。

「よ、よく無事でしたね……⁉」
「貴女のお陰ですよ。あのままだと私は雪の中で死ぬ所でした。……本当にありがとうございました。貴女は命の恩人です」

 マティアスさんはきゅっと顔を引き締め、頭を下げた。

「いえいえ……。あ、そういえばマティアスさんの所に連れて行ってくれたのは精霊さんなんですよ。手乗りサイズの小さな精霊さんで、私をマティアスさんの所に連れて行った後はどこかへ行ってしまったんですが……」
「……精霊が?」
「え? はい、あの子は自分を精霊だって言ってましたけど……」
「精霊が人を助けた……?」

 マティアスさんは何故か険しい表情で考え込んでしまった。
 何故だ。そんなに変なことを言っただろうか。

「精霊自体は≪地上≫にもいますが、彼女たちは総じて奔放かつ悪戯好きな性格なんです。無償で人に手を貸すなんて殆どあり得ませんし、ましてや≪精霊の落とし穴≫にいる精霊が相手となるとますますあり得ない話です」

 マティアスさんは語る。

 御伽噺であるが、マティアスさんの世界で≪精霊の落とし穴≫は、“人間に裏切られた精霊”が作った世界だとされているらしく、そこにいる精霊は皆大の人間嫌いなんだとか。そんな精霊が作った世界だからか、≪精霊の落とし穴≫は人が住めない土地だとされている。

 人間には住むことすらできない土地、そこに住むのは大の人間嫌いである精霊。まともな感性ならそこに行きたいとは思わない。

 事実、子供を叱る常套句として「悪いことをすると≪精霊の落とし穴≫に落とされる」と言われることもある程恐れられているらしい。

 “精霊”って聞くと明るいファンタジー感があったのに、マティアスさんの話を聞いた後だと≪精霊の落とし穴≫=地獄、精霊=鬼、みたいなイメージになってしまった。

 ちなみに、マティアスさんは最初に私のことをその奔放かつ悪戯好きだと称される精霊と間違えた訳だけど、それは私が人間サイズであることから精霊の長的な存在だと考えており、長だったら死にかけの人間に温情をかけるくらいのことはするかな、と思ったかららしい。
 誤解が解けて何よりだ。

「あ、でも私が会った精霊さんは、悪意や敵意はなかったですよ? むしろ喜んで歓迎されていた感じでした」
「……≪精霊の落とし穴≫は実在するが、そこに住む精霊の生態については事実ではなかったということでしょうか? ……何にせよ、貴女が会った精霊が貴女に害を成す存在でなくてよかったです」
「んー……、あ、もしかして私の家の裏口が≪精霊の落とし穴≫に繋がってしまったのは、精霊さんの悪戯……だったりするのかなぁ」

 マティアスさんから聞いた感じだと、精霊が起こす悪戯の内容は本当にピンキリで、基本的に子供の可愛い悪戯レベルのものだが、時折人智を超えた現象を引き起こすこともあるんだとか。

 だとすればこの摩訶不思議な現象も、精霊さんの仕業だったりする?

 いやでも、私が会った精霊さんはそんなに悪いことをするような子に見えなかったし……

 うぬぬと頭を悩ませていると、マティアスさんが一つ呟く。

「空間を異次元と繋ぐ、という魔法は存在しませんので、人間の仕業ではないでしょう。扉を繋いだのが精霊だとは限りませんが、何かしら精霊の力が関与していると考えていいと思います」
「そうなると、家の扉を元に戻すには精霊さんの力を借りるのいいでしょうか……?」
「そう、ですね……。力を貸してくれれば、ですが」
「せめてマティアスさんの所へ連れて行ってくれた精霊さんにまた会えればいいんですが……」

 あの雪の積もった広大な土地で、私の掌サイズの精霊さんを見つけるって、どんな高難易度クエストだ。正直、あの子を見つける前に私が遭難してしまいそうだ。

「……今すぐ裏口問題を解消するのは無理ってことかぁ……」

 しかし、マティアスさんは、五日間さまよったが特に危険な生き物には遭遇しなかったと言っていた。

 私としては、あの雪原地帯に化け物みたいなものが存在していて、いつかあの裏口を蹴破って家の中に押し入ってくるのでは、と懸念していたが、どうやらその心配はなさそうだ。

 強いて問題点を上げるなら、裏口から山の方へ行くことが出来なくなってしまったことだけど、表玄関や縁側から庭に出て迂回すれば山の方へ行くことは可能だ。不便というほどのこともない。

 それなら今すぐ裏口の問題を解消しなくても、特に問題はない……のかな?

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「おぉ……! マティアスさん、お似合いですよ!」
「このように立派な服、本当に頂いてよろしいんですか?」
「気にしないでください。外は寒いんですから、しっかり防寒しなくちゃですよ!」

 マティアスさんは現在、鎧の下に着ていたシンプルなインナーとズボン姿から一転し、私が昔使ったスキーウェアに身を包んでいる。
 学生時代に着ていた物だが、いつか使うかなーと思ってずっととっておいたものだ。結局箪笥の肥やしになっていたものだが、再び日の目を見ることが出来て何よりだ。

 体つきがたくましいマティアスさんが着られるか心配だったが、元々サイズが大きめだったこともあって何とか着ることに成功した。少々袖や裾が短く見えるのはご愛敬である。

 ニット帽、マフラー、手袋もすべてセットで身にまとったマティアスさんは、スタイルと顔の良さから、そのまま広告用のポスターに起用できそうな程着こなしている。袖や裾が短いくせにだ。

 あれから完全復活したマティアスさんは、ヴァイスハイトの翼も完治したということで、早々に≪地上≫へと戻ると言った。

 マティアスさんのお仲間たちも心配しているだろうし、と私も納得したところで、そういえばマティアスさんとヴァイスハイトはあの雪原地帯を飛ばなければならないということに気付いて、慌てて箪笥から引っ張り出した防寒着の数々を渡したのだ。

 マティアスさんの装備品は、衝撃や斬撃には強いだろうけど、寒さは全くしのげそうにない。あの恰好のままヴァイスハイトに乗って飛べば、≪地上≫に戻る前に凍えてしまうに違いない。

「あと良かったらこれも持って行ってください。どれくらい飛び続けることになるかわからないので、念のためです」

 私はマティアスさんにランチバッグを手渡した。中身は朝の残りのクロックムッシュと魔法瓶。
 魔法瓶の中には急いで作ったココアが入っている。
 ココアは体温の上昇を促進させるとともに、体温の低下を抑制する働きがあると言われているので、雪の中を進むマティアスさんの体を温めてくれることを期待している。

「それと、ヴァイスハイトにはこれね」

 もう一つ用意したのは紙袋で、その中には残り僅かとなった桃をいくつか入れておいた。

 ひょっこりと紙袋の中を覗き込んだヴァイスハイトは、「クキャァー!」と喜びの声を上げ、私の頬をペロリと舐めた。ヴァイスハイトの舌はひんやりとしている、これ豆知識ね。

「そんな……、防寒着だけでもありがたいというのに……」
「遠慮しないでください。気を付けて帰ってくださいね」

 私からすればマティアスさんは異世界出身のお客さんだ。

 マティアスさんのお陰で裏口が異世界に通じていることも分かったし、魔法を見せてもらうという人生で初めての経験もさせてもらった。

 更に言えば、マティアスさんがいたお陰で、ヴァイスハイトというドラゴンという存在も見ることが出来たのだ。

 きっとマティアスさんにはもう会うことはないだろう。

 これは、特別な経験をさせてもらったことに対するお礼なのだ。

 紙袋の中にランチボックスを入れ、いまだに遠慮を見せるマティアスさんに押し付ける。
 気持ち的には、田舎へ帰ってきた息子に野菜や米を持たせる母親のそれである。

「……ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

 漸く紙袋を受け取ってくれたマティアスさんは、最初に私へお礼を言った時のように、握った拳を左胸に当てて僅かに頭を下げた。

 そして顔を上げたマティアスさんの双眸には、形容しがたい感情が乗っていた。

 尊敬する恩師を見るような、幼子を優しく見守る父親のような。それでいて、隠しきれない別れを惜しむ少しの寂しさ。

 色んな感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた、不思議な色だ。

「お元気で」

 私はただ、笑顔で彼らを見送った。

 雪の降る空に消えていくマティアスさんとヴァイスハイトの姿を、私はずっと見つめていた。
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