どうやら我が家は異世界と繋がったらしい

持原 奏真

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11.隊長の帰還 -Side.M-

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時は少し遡り、マティアスサイドのお話です

ーーーーーーーーーーーーーー

 トキの家を後にしたマティアスは、ヴァイスハイトの背に乗って一面真っ白な銀世界を駆け抜ける。

「ヴァイス、あちらだ」
「グギャゥ」

 建造や植物が存在しない、真っ白な世界。この地を五日間歩き続けた時、マティアスは極力一直線上に、ただひたすらにまっすぐ進むことを心掛けていた。目印になるようなものはなく、方向感覚を狂わせるこの場所では、信じられるのは己の感覚のみ。

 己の記憶を頼りに、マティアスとヴァイスハイトは帰り道があると思われる“落下地点付近”を目指していた。
  


 マティアスは、突如≪地上≫に現れた大穴から落下し、この≪精霊の落とし穴≫に辿り着いた。着地のタイミングで突風を巻き起こすことにより落下死は免れたが、それに安堵している暇はなかった。

 落下時間から推測して恐らくかなり深い所まで落ちた訳だが、マティアスを迎えたのは土に塗れた地中ではなく、身を切るような冷たい風が吹き荒れる銀世界。夏を控えたミズガルズ王国とは正反対な冬の季節をまざまざと感じさせる広大かつ見知らぬ土地だった。

 粉雪が降り視界が悪い中、マティアスは目を凝らして頭上を見上げる。そこに映っていたのは、≪地上≫からは決して見られぬ光景。

 空も太陽もなく、頭上一面を覆う“何か”。

 あれは自分がいた《地上》だと気付いた瞬間、全てのピースがカチリと嵌り、マティアスは一つの結論を出す。

 ここはあの伝承でしか語られない≪精霊の落とし穴≫なのだと。



 移動手段は己の足のみ。当然こんな雪原地帯に来る予定などなかったのだから、装備も通常仕様で寒さ対策等全く出来ていない。それでもマティアスは心を折らず、無心に雪原地帯を進み続けた。

 そうして歩き続けて五日が経った頃。ついに寒さと空腹により今まさに力尽きようとしていた所に現れたのが彼女――アキナシ トキだった。

 ここが≪精霊の落とし穴≫だと検討付けていたマティアスは、当然のように彼女を精霊だと認識した。人と同じくらいの大きさから、恐らく精霊の長だろうと当たりをつけ、精霊の長に最期を看取ってもらえるなんて贅沢なものだと考えて思わず笑ってしまったくらいだ。

 トキ本人には言わなかったが、マティアスがトキを精霊だと誤解したのは、≪精霊の落とし穴≫という特殊な場所で出会ったから、ということ以外にも理由がある。

 一つ目は、トキの髪色。
 髪の色は魔力保有量が反映されており、色が黒ければ黒い程多くの魔力を保有することが出来ると言われている。暗めとは言え金髪であるマティアスは、その見た目通り魔力保有量が多くはない。
 それに引き換え、トキは星のない闇夜を溶かしたような黒い髪の毛をしていた。一片の曇りもない黒髪の人間など、マティアスは見たことがなかった。

 二つ目は、運ばれた先の家の様子。
 目が覚めて真っ先に見えた天井に取り付けられた不思議な形の飾り。辺りを見回せば、用途さえ分からない魔道具のようなものが溢れていた。“電化製品”というものが存在しない世界の住人であるマティアスにとって、見たことのない不思議な道具を複数所持するトキはまさに未知の生物だった。

 髪の色、所持している不思議な道具の数々。その二つだけでもマティアスがトキを精霊だと誤解するには十分だったが、更にこれを裏付ける出来事があった。

 理由の三つ目。それは、トキに対するヴァイスハイトの反応だ。
 幼少期からの付き合いであるヴァイスハイトは、マティアス以外の人間に懐いたことがない。触られることは嫌いだし、背にマティアス以外の人間を乗せるなどもっての外。今までに例外は存在せず、相手がドラゴンの扱いに長けたドラグナー相手だろうと、ヴァイスハイトは決して心を開かなかった。

 それが一体なんだ。あの懐きようは。

 トキに話しかけられた際にヴァイスハイトから伝わってきた喜びの感情。契約の関係でヴァイスハイトの感情を感じ取れるマティアスは、すぐにヴァイスハイトが彼女に対してとても好感を持っていることに気付いた。
 マティアスと再会した時、ヴァイスハイトは興奮のあまり扉を蹴破りそうになったが、トキから静止の言葉を掛けられた途端ピタリと動きを止めたのも、普通であれば考えられないことだ。まさか、他人の命令を聞くなんて。

 危険察知能力が高く、ドラグナーにさえ懐くことがないヴァイスハイトがあれほど心を許しているのだ。やはり人間ではないのだと、マティアスが確信するには十分な理由だった。……まぁすぐに本人から訂正されたわけだが。


 トキは≪ユミール≫の人間ではなく、“チキュウ”という世界に住む人間なのだと言った。トキが人間だということにも驚いたというのに、どうやら自分は次元さえも超えてしまったのだと二重に驚き。しかしまぁ、元々伝承でしか語られない≪精霊の落とし穴≫に落ちたと気付いていたのだ。マティアスにとって、≪精霊の落とし穴≫も異世界もさほど違いはなかったため、取り乱すことはなかった。

「……しかし、“チキュウ”に住む“ニホンジン”とは皆あのように親切なものなのだろうか……」

 マティアスはトキに手渡されたランチバッグに視線を落とす。

 ミズガルズ王国は現在魔物の急増により、村や土地が荒らされ、食糧難に陥っている。マティアス達竜騎士団は国の治安を守るドラグナーであり、体が資本の仕事だ。
 そのため、ある程度食料も融通を利かせてもらっているが、それでも以前のように遠慮なく肉を貪るようなことは出来なくなっていた。

 魔物の大半は肉食なので、狙いの対象は人、もしくは家畜や動物となる。急増した魔物から人を守ることに精一杯で、家畜や動物を守れる余力などなく、自然と魔物たちは防御の低い家畜を狙い始めた。その結果、多くの家畜が魔物の腹に消えてしまい、王都を含めた国全体で肉が不足し始めている。
 魔物たちが暴れまわることによって田畑も荒れたのだが、野菜は地中で成長するタイプのものがなんとか残っており、それらをかき集めて日々を凌いでいると言った所だ。

 食料不足により餓死する市民も増えている。王都から離れれば離れるだけ食糧難は深刻化しており、とある辺境では、村の中で食料を奪い合う暴動がおき、結果一つの村が壊滅した。

 急増した魔物の脅威、そして食料の不足。
 ミズガルズ王国は今、未曽有の危機にあった。

 マティアスが国を離れて数日。その間に一体どれだけの魔物が増えているかと考えると、一刻も早く帰らねばならなかった。


 温かく味も量も申し分ない食事。
 穏やかな空気が流れる家。
 大抵の人間は恐れおののく強面な相棒にさえ優しく微笑み、見知らぬ自分に手厚い看護と食料を分け与えてくれた心優しい彼女。


 ――どれほどあの空間が居心地よくとも、どれだけ離れがたいと思っても、マティアスは国へ帰らなければならなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「お、おい! あれ、ヴァイスじゃないか⁉」
「ま、まさか! 隊長ー‼」

 無事落下地点に辿り着くと、頭上に暗闇の穴がぽっかりと空いている箇所を見つけた。あれは自分が落ちてきた穴だと検討を付けたマティアスは、一切躊躇することなくヴァイスハイトと共に暗闇へと身を投じた。

 結果、マティアスの推測通り、あの穴こそ≪地上≫と≪精霊の落とし穴≫を繋ぐ穴だったらしく、マティアスの眼下には見慣れた光景が広がっていた。

 穴の出現場所は、王都から少し離れた場所にある≪深淵の森≫と呼ばれる場所だった。穴の周辺にいた数人の騎士が、穴から飛び出してきたヴァイスハイトを見て歓声を上げる。背に乗っていたマティアスは、ヴァイスハイトに指示を出し、ゆっくりと地面へ下降した。

 ヴァイスの背から降りたマティアスを迎えたのは、手厚い歓迎だった。

「た、隊長ー! よ、よくぞご無事でー‼」
「ほんと、よ、よかったです……」
「お、俺急いで団長に報告してくる!」

 目に涙を浮かべて真っ先に抱き着いてきたのは、竜騎士団最年少のレオ。
 一歩下がった場所で心底安堵したように緩く微笑むのは、引っ込み思案なマルク。
 慌てて自分の相棒に飛び乗り報告へ走ったのは、頭の回転が速いツェーザル。

  彼らは全員マティアスが所属する竜騎士団の第一部隊に所属するドラグナーだ。

「た、隊長、大丈夫ですか……? 怪我、とか……」
「あぁ、問題ない。心配かけたな」
「隊長が穴に落ちてから、ヴァイス、翼がどんどんなくなって……、もうダメかと……」

 先ほどまで安堵の笑みを浮かべていたマルクは、話しているうちに段々と感情が高まったのか、いつも以上に詰まった口調でそう言うと、噛みしめるように俯いた。
 どうやら余程心配をかけていたらしい。マティアスは宥めるようにマルクの頭を二、三叩いた。

「ヴァイスの奴、翼が無くなりかけてたってのに、俺らの拘束を蹴破って行っちまって……。でも流石は隊長の相棒っス! まさかあんな状態で迎えに行ったなんて!」

 しがみついた状態のまま、レオはキラキラと輝く瞳でマティアスを見上げる。潤んだ瞳は、マティアスとヴァイスハイトの絆に感動したのか、はたまた先程の余韻が残っているのか。騎士の情けとして涙が浮かんでいることには触れず、マティアスはマルクと同じようにレオの頭をポンポンと叩いた。

「あぁ、ヴァイスのお陰で無事に戻ることが出来た。……色々と報告しなければならないことがある。俺は城へ戻るが、お前達はここで何を?」
「隊長が落ちた穴の調査っス。どうにかして迎えに行けないかって、魔術師団からも人手を借りて調査してたんスよ」

 漆黒のローブを羽織った老爺が一人、少し離れた所からこちらを見ていた。長い顎髭を器用に編み込んだ特徴的な姿は確かに魔術師団で見たことがある。確か魔術師団第三部隊の副隊長であるオイゲンだ。

「そうか……。申し訳ない、今は大変な時期だというのに。魔術師団へも後日正式に礼をさせてもらいます」
「なんのなんの、無事でなにより。……それにこの穴、魔術師として非常に興味が唆られる代物でのぅ。勿論マティアス殿の帰還が第一目的じゃったが、この穴は儂らの研究対象でもあるからの。気にせんでくれ」
「この穴については俺からも報告したいことがあります。是非魔術師であるオイゲン殿の意見も聞きたい。今から団長の元へ報告に向かうので、ご同行いただけますか?」
「儂もお主が何処にいたのか興味があるでの。勿論じゃ」
「ありがとうございます。お前達も一旦城へ戻るぞ。詳細はあちらで話そう」
「了解っス!」
「了解……です」

 ヴァイスハイトは他人を背中に乗せたがらないし、レオはドラゴンの操作が荒いことに定評がある。必然的にオイゲンはマルクのドラゴンに乗ることとなった。人見知りなマルクには厳しいかもしれないが、諦めてもらうしかない。

 四人はドラゴンの背に乗って空を駆け抜け、あっという間に城の敷地内にある竜騎士団本部の上空に辿り着いた。

 ドラゴンの着地地点付近には、知らせを受け出迎える竜騎士達の姿。空にいても伝わる怒号のような歓声に、マティアスは思わず苦笑した。


「すまない! 心配をかけた! 竜騎士団第一部隊隊長マティアス・ガウェイン、只今帰還した!」


 再び地響きを鳴らす程の歓声が上がる。

 心から帰還を喜ぶ仲間の姿を見て、いつのまにかマティアスの顔にも仄かな笑みが浮かんでいた。
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