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第二章:一年生二学期 ご無沙汰、我が家
第25話 言葉にならない霧を掴めずに
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【前回】ディアルとシャルまでやってきた
第25話 言葉にならない霧を掴めずに
――ただ少しでも楽な方へと身を逸らす。
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
「………………………………クッション頂戴。」
「はい、ど~ぞ。そろそろダウン?」
「……うるさい。」
「出来上がり始めてんなぁ。」
ジーラがくれたクッションを抱き込んで。そこに顔を埋めるようにしてテーブルへ俯せになった所で静かになる事はない。背中と頭には明らかに此方を寝かしつける気なのだろうが、優しく酒の所為でそれなりに体温の高い大きな手と細く長い手の感触がそこにある。
何なら時々、人の肩を仕留めに来るのだから本当に質が悪い。……何を言っても無駄である事は自覚しているが。
そんな状態のまま、ちょっとした好奇心から片手だけを動かして空のはずのグラスを掴もうとするも、そこには既に何もない。大方、安全の為と取り上げられてしまったのだろう。
しかしてその代わりにある、誰かの手。まるで今からダンスにでも誘いそうな俺の指を覆い隠すような握り方で俺の手を受け留め、優しくただただ親指で撫でている。
……。
「じゃあティア、私達はそろそろ帰るね。お休み、ティア。」
「明日は休みだからな、しっかり休めよ。お休み。」
もしかしたらこの為だったのかもしれない、あの手は。
今が何時なのかは知らないが、それでも彼らが帰ると言う事はそれなりの時間にはなっているという事だろう。優しく、馴染ませるように人の頭を撫でたあのおしどり夫婦の気配が去っていくのに俺はその手を掴む事も、そっちへ近付く事も出来ない。
それが何度か気に入らず、更にクッションへ顔を埋めればまた違う手が降ってきて俺の頭を撫でる。髪を1本1本撫でるようなこの撫で方はきっとギルガの手に違いない。
でも、顔を上げる気にはならない。……何故か、今は泣きたい気分で顔を上げる事が出来ない。
「う~ん……今回は寂しがり屋さん?」
「……そうらしい。」
「俺らのお姫様はほんっと可愛いなぁ。」
「さ、寂しがり……?」
「どういう事ですか、ルールゥ先生。」
「ティアってその時の気分やテンションで酔い方が変わるタイプなんだけど、元々ティアは本当の事は口に出ないからね~……。」
「本当の事……?」
「……そうかぁ? 先生は結構色々話す方だと思うぞ。」
「正論で殴るし刺すけど、本当に言いたい自分の本音は言えないタイプなんだよ、ティアは。普段のあれも本音ではあるんだけど、本当に言いたい事はまた別にあるんだよ。」
……黙って聞いていれば。
今尚心の何処かにぽっかりと穴が空いているのにふつふつと流れ込んできた、霧のように輪郭のない怒り。それを発散したくて先程取られていた手を動かせば今回は許してくれるようで、何ならティッシュ箱もくれるのでそれを今出せる全力で声のした方へとぶん投げる。
しかし、返ってきたのは明らかに硬い床か壁に当たった音。飛距離的には十分足りていた為、大方叩き落とされたか。難なくキャッチされたかの何方かだろう。
それが気に入らなくてだらり、と力なく垂らしていた手を再度起こせばまた誰かがティッシュ箱を装填してくれるのでそれをぶん投げる。
「ティア~? 行儀悪いよ。後それ、当たったら結構痛いんだからね? 意外と。」
「……。」
「気に入らんみたいじゃな。」
「満足出来ないみたいよぉ?」
「も~……。ティ~ア。そんなに怯えなくても僕達はティアの言葉を疑わないし、ティアの事を嫌わないんだから幾らでも好きなだけ好きな事を言ってきても良いんだよ?僕達にティアが本当に言いたい事を聞かせてよ。」
痛い。痛い、痛い、痛い。
普段、あんなにも言葉がすらすらと出てくる癖して、こうやって誰かに心の壁を撫でられるとそれだけで激痛が走る。でも、結局それがちゃんと形を成した事は今までに一度もない。
それも分かっているからわざわざ今から努力しようなんて気は起きない。また惰性のように、何も言わないままクッションに身を預けてはうじうじとし、時々顔を上げた際には誰もが何も言わずにかなり弱い酒と重たくない食べ物を勧めてくるだけだ。
どうせ口にした所で何も変わんねぇよ。……そもそも、言葉にすらなってくれないんだから。
俺だって言葉にしたい。でも、輪郭が見えたと思ったら次の瞬間には半透明になり、やがて透明となって消え失せてしまう。そんな相手にどう対処すれば良いのか分からない。
考え始めるとどんどん頭の中をぐるぐるとして吐き気すら覚えてくる。それぐらい、俺は本心ではこれを言葉にしたくないのだろう。
言葉にしたら何かが壊れてしまうような気がして。
「……寝る。」
だから、もう全部忘れてしまえ。
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
――次回「第26話 こんな物で時間を買えるなら」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
もし作品を気に入っていただけましたら、ブックマークやスタンプで応援いただけると嬉しいです。
感想なども励みになります。
今後とも『夜に煌めく炉は蒼銀で』をよろしくお願いいたします。
第25話 言葉にならない霧を掴めずに
――ただ少しでも楽な方へと身を逸らす。
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「………………………………クッション頂戴。」
「はい、ど~ぞ。そろそろダウン?」
「……うるさい。」
「出来上がり始めてんなぁ。」
ジーラがくれたクッションを抱き込んで。そこに顔を埋めるようにしてテーブルへ俯せになった所で静かになる事はない。背中と頭には明らかに此方を寝かしつける気なのだろうが、優しく酒の所為でそれなりに体温の高い大きな手と細く長い手の感触がそこにある。
何なら時々、人の肩を仕留めに来るのだから本当に質が悪い。……何を言っても無駄である事は自覚しているが。
そんな状態のまま、ちょっとした好奇心から片手だけを動かして空のはずのグラスを掴もうとするも、そこには既に何もない。大方、安全の為と取り上げられてしまったのだろう。
しかしてその代わりにある、誰かの手。まるで今からダンスにでも誘いそうな俺の指を覆い隠すような握り方で俺の手を受け留め、優しくただただ親指で撫でている。
……。
「じゃあティア、私達はそろそろ帰るね。お休み、ティア。」
「明日は休みだからな、しっかり休めよ。お休み。」
もしかしたらこの為だったのかもしれない、あの手は。
今が何時なのかは知らないが、それでも彼らが帰ると言う事はそれなりの時間にはなっているという事だろう。優しく、馴染ませるように人の頭を撫でたあのおしどり夫婦の気配が去っていくのに俺はその手を掴む事も、そっちへ近付く事も出来ない。
それが何度か気に入らず、更にクッションへ顔を埋めればまた違う手が降ってきて俺の頭を撫でる。髪を1本1本撫でるようなこの撫で方はきっとギルガの手に違いない。
でも、顔を上げる気にはならない。……何故か、今は泣きたい気分で顔を上げる事が出来ない。
「う~ん……今回は寂しがり屋さん?」
「……そうらしい。」
「俺らのお姫様はほんっと可愛いなぁ。」
「さ、寂しがり……?」
「どういう事ですか、ルールゥ先生。」
「ティアってその時の気分やテンションで酔い方が変わるタイプなんだけど、元々ティアは本当の事は口に出ないからね~……。」
「本当の事……?」
「……そうかぁ? 先生は結構色々話す方だと思うぞ。」
「正論で殴るし刺すけど、本当に言いたい自分の本音は言えないタイプなんだよ、ティアは。普段のあれも本音ではあるんだけど、本当に言いたい事はまた別にあるんだよ。」
……黙って聞いていれば。
今尚心の何処かにぽっかりと穴が空いているのにふつふつと流れ込んできた、霧のように輪郭のない怒り。それを発散したくて先程取られていた手を動かせば今回は許してくれるようで、何ならティッシュ箱もくれるのでそれを今出せる全力で声のした方へとぶん投げる。
しかし、返ってきたのは明らかに硬い床か壁に当たった音。飛距離的には十分足りていた為、大方叩き落とされたか。難なくキャッチされたかの何方かだろう。
それが気に入らなくてだらり、と力なく垂らしていた手を再度起こせばまた誰かがティッシュ箱を装填してくれるのでそれをぶん投げる。
「ティア~? 行儀悪いよ。後それ、当たったら結構痛いんだからね? 意外と。」
「……。」
「気に入らんみたいじゃな。」
「満足出来ないみたいよぉ?」
「も~……。ティ~ア。そんなに怯えなくても僕達はティアの言葉を疑わないし、ティアの事を嫌わないんだから幾らでも好きなだけ好きな事を言ってきても良いんだよ?僕達にティアが本当に言いたい事を聞かせてよ。」
痛い。痛い、痛い、痛い。
普段、あんなにも言葉がすらすらと出てくる癖して、こうやって誰かに心の壁を撫でられるとそれだけで激痛が走る。でも、結局それがちゃんと形を成した事は今までに一度もない。
それも分かっているからわざわざ今から努力しようなんて気は起きない。また惰性のように、何も言わないままクッションに身を預けてはうじうじとし、時々顔を上げた際には誰もが何も言わずにかなり弱い酒と重たくない食べ物を勧めてくるだけだ。
どうせ口にした所で何も変わんねぇよ。……そもそも、言葉にすらなってくれないんだから。
俺だって言葉にしたい。でも、輪郭が見えたと思ったら次の瞬間には半透明になり、やがて透明となって消え失せてしまう。そんな相手にどう対処すれば良いのか分からない。
考え始めるとどんどん頭の中をぐるぐるとして吐き気すら覚えてくる。それぐらい、俺は本心ではこれを言葉にしたくないのだろう。
言葉にしたら何かが壊れてしまうような気がして。
「……寝る。」
だから、もう全部忘れてしまえ。
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