【R18】君に触れる、全てのものから

すぐる

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第1部

喧嘩〜犬も食わねば1〜

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蒼敬学園サッカー部の朝練は大会前以外は基礎トレーニングと簡単なボールコントロールのみのメニューとなり、佐伯監督は不在という事が暗黙の了解だった。
練習時間は試合の前後半を合わせた80分と決まっており、身体の中に体内時計を刻む為に定時に朝練は終了となる。

練習内容は様々ではあるが、藤本キャプテンの作るある基礎メニュー、体幹メニューがベースとなる。
だが、週明けの月曜日の午後練には走力テストがある為、フィールドプレイヤーの大抵の選手は走り込みを中心に行っていた。

基礎体力が異次元と評されている沢海、宮原を含めた数名は10km走を35分で切っている事を確認すると残り時間を攻撃組はバレットを配置したシュート練習、守備組はロングパス練習を行う。
ある程度の人数が集まってくると完全別メニューのキーパー練習に合流し、攻守に別れ、ポジショニングとボールタッチ数の制限をしたシュート練習を行っていた。

そして、この日の朝練は最悪だった。

宮原はハートレイトモニターを胸部に装着すると図体と態度だけは大きい松下の影に隠れるようにピッチに入り、沢海との接触をあからさまに避けていた。

宮原と沢海はハートレイトモニターの数値が上がり難い事はお互いに周知しており、大きな怪我がない限りは安定した記録をマークしている。
走力を上げても、走力を下げても平均以上の時間で合わせてくる無限の余裕があるのか、最近では10km走後の数値の確認はなくなっていた。

だが、今日は練習開始早々の10km走では宮原はトップチームの後方、周回遅れギリギリのタイムで完走し、沢海と並走しないように距離を置いていた。
かといえば、10km走を30分切る無謀な目標を設定しているのか、その条件をクリアする為に宮原1人だけが独走している。

沢海は作為的な態度の宮原に内心、辟易しつつも取り繕った笑顔で歩み寄る。

「宮原!
10km走のタイムどのくらい…」
「藤本先輩!!
先週の10km走とのタイム差ってどんなですか?
数値のキープ、出来てます?」

沢海の声と重なるように宮原の声が張り出し、沢海をするりと交わすと藤本の元へ小走りで駆けていく。

引き攣った笑顔を浮かべたまま沢海は大きく溜息を吐き出し、眉間に深い皺を寄せ、宮原を目で追う。

何時も自分に向けられていた屈託のない笑顔を藤本に見せ、藤本の持つノートパソコンの画面の中を一緒にチェックしている。
1本目の10km走の手抜きを直ぐに藤本に看破され、宮原が少しだけ不貞腐れる。
だが、2本目の10km走の数値データが自動送信されると宮原は得意気な顔で藤本を覗き込む。
すると藤本は素直に納得がいかないような表情を浮かべた後、普段はあまり見せない破顔を見せ、宮原の頭を撫でている。
すると宮原は首を傾げ、面映そうに目を伏せる。

今までも宮原と藤本とのやり取りを何度も見ている筈なのに沢海の胸中は全く穏やかではなかった。

沢海は表面上、皮肉っぽく一笑すると澱みが生じている気持ちを切り替え、トップチームでディフェンスラインを組む守備陣との練習に合流する。

朝練も終盤に入る頃、トレーニング後のストレッチを行おうと沢海はトップチームから離脱し、真っ直ぐに宮原の元へ向かう。

以前、沢海の自宅マンションで宮原が自分で左膝のテーピングを行った際に身体の柔軟性のあまりの無さに位置の外れた箇所を固定し、沢海を呆れさせた事がある。
現在では宮原も自分で正しいテーピングを行ってはいるが、集中力が散漫していると途端に粗雑な処置になる。

沢海の提案で練習後のストレッチを2人で行う事を勝手に約束し、10km走の後は必ずお互いの身体を入念に解すようにしていた。
当然、サッカーが関係すると沢海は宮原に対しても冷厳な態度で接し、容赦無いストレッチにピッチ上で宮原の絶叫が響き渡る事は茶飯事だった。

「宮原!
ストレッチ…」
「松下!!
一緒にストレッチやろ!」

宮原の視界の中に入っているであろう沢海を完全に無視し、足を止めるとくるりと踵を返す。
流石に沢海は顰めっ面で宮原を睨み付け、大きな舌打ちをしてしまう。

宮原は全て気付いた上で態と沢海から離れると後背を小さく丸め、コソコソと足早に立ち去ろうとする。
その先に下卑た笑いを浮かべる松下と視線が合い、沢海に見せ付けるように宮原の肩を抱き、ピッチの片隅に移動していく。

「おいっ!
松下っ!」

沢海は松下の薄汚れた手を引っ剥がそうと大股で歩き出す。

宮原は背後の険悪な気配を察し、過敏に反応すると一瞬だけ後ろを振り向き、口許を引き攣らせた。
沢海の憤懣な表情を読み取ると松下のユニフォームの胸元に縋るように掴み、それは明確な拒絶として具現されてしまう。

逸る宮原の視線が無関係な松下までも引き入れてしまい、松下自身も確かな理由も分からずに宮原の強張る肩をもう一度抱く。

震える眸を歪ませながら細い体躯が忌避し、あからさまに疎まれる行為を目の当たりにした沢海は伸ばした手を力無く下ろした。

「宮原、行こうぜ」

流石の松下も沢海をチラチラと横目で見ると俯いたままの宮原の腕を引き、歩き出した。

そして、全く気乗りのしない朝練が漸く終了となり、沢海は重怠い気持ちを切り替え、懲りもなく再び宮原の元へと向かう。

客観的に見ても自分は執拗な行為をしているのだと十分に理解していても、自分自身を抑え切れない衝動に駆られる。
切なく引き裂かれていく感情が宮原を求めて彷徨ってしまう。

今度こそは、と沢海は宮原の背後から気配もなく近付き、極力優しい声音を心掛けながら宮原の名前を呼ぶ。

「宮原…
あの、さ…」
「ーー!!!
大塚先輩!!
残り時間までフリーキックの練習相手、お願い出来ますか?」

真後ろから声を掛けられる予測をしていなかった宮原は反射的にその場所から遁走する理由を探し、少し距離の離れている大塚に無意識に助けを求めてしまう。
見事なまでの動揺の表れを大声で表現してしまい、名前を呼ばれた大塚本人は瞬時にその意味を察し、冷静に判断する。

「ーーーあぁ、別にいいけど…
宮原の直ぐ後にいる奴を先にどうにかした方が良くないか?」

大塚は宮原の背後を何度も指差し、振り返るように目で合図する。

宮原は叶わない逃避を考えるのを止め、自らの意思で困窮した状況を作り上げた事によって直面する現状に項垂れる。
乾き切った口内の唾を飲み込むと不安気に眉を顰め、沢海へと向き直るが目線を見上げる事が出来ず、押し黙ったまま口を噤んでしまう。

「ーーーーー」

何も話さず、何も聞かず、只管に沈黙を貫く2人に宮原は長い睫毛を何度も瞬かせ、無音の時間を待つ。
沢海に現状を委ねる事は卑怯だと分かっている。
それでも耳鳴りがする程の音のない空気に触れる事は怖かった。

宮原は堪え切れずに先に顔を上げると沢海の威圧を感じる程の鋭利な視線で見詰められていた事が分かり、怖気付いてしまう。
宮原だけに与えられていた筈の沢海の柔らかい表情は一切消え失せ、激昂する感情に満ち溢れる苛立つ形相を見せ付けながら宮原の元へ近付いてくる。

「………沢海、先輩…」
「宮原!
お前!好い加減にしろよ!」

一声だけで背筋が伸びてしまう怒声に宮原はビクリと身体を震わせる。
畏縮する身体を動かす事も出来ず、沢海を上目遣いに見詰めると低く唸る恫喝に負けてしまわないように緊く歯を食い縛る。

「………」

僅かな緊張が途切れてしまうと一瞬で目が潤んでしまいそうになり、宮原は眉間を歪ませながら必死に堪えた。

すると沢海は宮原の腕を強引に引っ張り、無理矢理にピッチを出ようと引き摺る。
指先が腕に食い込む力強さに宮原は悲鳴のような声音を上げた。

「ーーー嫌だってば!
…ヤダッ!
離せよ!
沢海先輩っ!
…なんで…
なんで、意地悪ばっかり、するんだよっ!」
「意地悪してんのはお前の方だろ!
さっきから、態とらしいんだよ!
ふざけんなっ!」
「おい!
2人ともやめろ!」

この様子を終始、目の前で見せ付けられている大塚はうんざりと呆れ、面倒臭そうに注意する。

「…ったく…
朝っぱらから、ギャーギャー騒いでんなよ。
ーーーおい!沢海。
宮原の手、離してやれって」

大塚は大袈裟に溜息を吐くと沢海へ指示を出し、宮原を解放した事を目視する。

沢海は顔を背け、視線を外すと天然芝のピッチを蹴飛ばし、あからさまに苛立つ態度を取られた宮原は肩身を狭くしてしまう。
事態の悪化を宮原は肌で感じ、沢海の低く威嚇する声が汗ばむ背中を伝う。

「今日の居残り練習は止めだ。
2人ともさっさと着替えて、自分の教室に戻れ!
散れ!散れ!」

大塚はこれ以上の下らない喧嘩に立ち入らないように邪険に手で追い払う仕草をする。
ブツブツと独言を唱えながら大塚が立ち去ると取り残された2人は気疎い雰囲気に再び口籠ってしまった。

陰惨な雰囲気に気圧されながら宮原は視線を上げ、沢海と目を合わせると今度は沢海が目線を逸らし、重苦しく呟く。

「ーーーオレ、宮原に何か…した?」

沢海の声音の小ささに宮原は一度周囲を見渡し、近くに誰もいない事を確認すると言いにくそうに、ボソボソと話す。

「…だって、沢海先輩…
TPO考えずに『』じゃんか…
…オレ…
イヤだよ・・・そういうの…」
「は?
何がだよっ!
オレが何をするんだよっ!」
「……えっ……
あ、あの…」

沢海の突然の大声に宮原は頬を真っ赤に色付かせ、挙動不審に吃ってしまう。

宮原が沢海と距離を置いている原因を沢海は鈍感な程、理解しようとはせず、更に答えを追求する沢海に宮原は遠回しに理由を伝えるしか方法はない。

「…だって…
だって…
ーーーや、なんだもん…」
「だから、何がだよっ!
意味、分かんねーって!」
「ーーーだか、ら………」
「言えよっ!」

強く腕を引かれ、沢海の胸の中に抱き込まれると火照る両頬を包まれ、至近距離で顔を合わせてくる。
沢海の荒い息遣いが宮原の口唇に触れ、そのまま口付けをされてしまうような行為に身体が硬直する。
一気に跳ね上がる鼓動が耳を劈き、真上から覆い被さってくる影の濃さに息を呑み込んでしまう。

「…みんな、が…
見てる…よ…」

宮原は雑多な環境の中、全く関係のない周囲の笑い声でさえも、自分と沢海の事を言われているようで気になってしまう。

2人の周辺にはピッチ上でまだ朝練をしている選手が多数いる。
その中にはサーバーを入れたワンタッチパスゲームで円陣を組んでいる人、立て続けに朝練の10km走を行い、ピッチに倒れ込んでいる人、ストレッチをしながら楽しそうに談笑をしている人、そして時折、宮原と沢海の2人の行動を見ている人と様々に過ごしている。

宮原は周囲を気にするように視線を動かし、この状況に於いても目の前にいる沢海を見ようとはしない態度に益々苛立ちを募らせた。

「宮原っ!
こっち向けよ!」
「ーーー離せよっ!
分かんないんなら、もう、いいっ!」

宮原は沢海の腕を振り払うとそのまま校舎内へ走り去ってしまった。

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