血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第4話 疑問①

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 ――翌日。
 結局、智也は一睡もできなかった。さりとて、今日は出勤日だ。休む訳にはいかない。ぼんやりとした頭を抱えつつも、どうにかして身支度を整える。

「もしかして、昨日のことは夢だったのでは……」

 一縷いちるの望みを抱きながら、智也はリビングの戸を開ける。純はソファの上に座っていた。

「やっぱり、夢じゃなかった!」

 一縷の望みはついえた。開いた戸に反応したのか、純は智也の方を向く。彼は、この現実を受け入れるしかなかった。

「……おはよう」

 とりあえず、智也は挨拶をしてみた。反応があるかどうかはわからないが、挨拶をしないというのも、それはそれで居心地が悪いからである。

「おはようってなんだ」
「『おはよう』ってのはここでの挨拶だ。『おはよう』っていわれたら『おはよう』って返すの」

「挨拶ってなんだ」
「そこから説明しないといけねぇのかよっ」

 智也は昨日のやり取りを思い返す。常識がなさそうだとは思っていたが、まさかここまでとは。智也は右手で目を覆った。

 もしかしたら、自分が及びもつかぬような複雑な生い立ちがあるのだろう。そこに思いを巡らすには、出勤前の朝という時間帯はあまりにも短すぎる。智也は朝食の準備を始めた。朝食と言ってもシリアルに牛乳をかけるだけだが。

 まず、リビングに併設されているキッチンに向かう。流しの前に立つと、引き出しを開け、シリアルボウルを二枚出した。

 脇にある棚からシリアルを、その隣にある冷蔵庫から牛乳を取り出す。
 ボウルの中にスプーンを入れると、それらをまとめて持っていった。

 リビングに戻ると、純は相変わらずソファに座っていた。智也には特に何もせず、ただ座っているだけのように映る。一方で、何か思案しているようにも見える。
 智也は注意深く見ていたが、純の心境がてんでわからなかった。

「ほれ」と智也は言いながら、持っていたものをテーブルに置く。二枚重ねのボウルから一枚取り、それを並べ直す。ボウルに入っている二本のスプーンのうち一本を取り出すと、それを純に渡すように置いた。

 智也はシリアルを開けると、ボウルの中に入れる。シリアルをボウルの七分目ほど入れたあと、浸るほど牛乳を注いだ。

「それはなんだ」
 純は物珍しそうに智也のボウルを見ていた。

「……これはシリアルっていうの。白い液体は牛乳ね。甘いから、純の口にも合うと思うけど」
 内心呆れていたが、とにかく、色々な事情があるのだろう。智也はそう思うことにした。

「俺の真似をすればいいよ」
 それを聞いた純は、早速シリアルの封を切る。
ボウルに智也が出したのと同じ分だけ開けると、そこに同量の牛乳を注いだ。

「いただきまーす」
 それぞれ準備が出来たと見るや、智也は食事の挨拶をし、スプーンでシリアルをすくった。

 シリアルはふやけきっていないのか、ガリガリと口の中で音がする。一方、純はというと、その様子を黙って見ていた。

「……牛乳入れたんだしさ、食べなよ」
 スプーンさえ持たない純に、智也は唖然とする。

「わかった」
 純はスプーンを持つと、シリアルをすくって食べた。

 一連の不可解な行動に、智也は呆然する。
 だが、いちいちツッコむ程時間に余裕もない。智也は完食に務めた。

 シリアルを食べ終え、食器を流しに持っていく。ササッと洗うと、水切りかごに置いた。

 リビングに戻ると、純が食器をテーブルの上に置いていた。ボウルの中は食べカスもなく、綺麗に空になっている。

「口に合ってたか。それはよかった。食器は流しの中に入れてくれ」
 智也は純をキッチンの流しの前まで連れていく。智也の説明通り、純は流しに食器を置いた。

「ボウルに水を張ってくれないか」
 智也は水を出しながら、説明を加える。純はそれに従った。

「行くあてがないから出かけようがないとはいえ、流石に一日中なにもしないって言うのも……」

 純は再度ソファに腰掛けた。そこが純の定位置になっているようだった。
 そんな純を見て、智也はどうしたものかと考えあぐねる。

「俺は今日、日中はいないんだけど……寝室に本棚があるんだけど、そこにある本を読んでいいぞ。それと……」

 智也はリモコンを手に取ると同時に、テレビを指さす。リモコンを純に見せながら、テレビの使い方を説明した。

「機器を見るに、画面に平面画像を映すタイプか。やはり文明レベルが低い」

「いちいち余計なことを言わなきゃ気が済まないのか。こういうときは『わかった』でいいんだよ」

「わかった」

 純の発言に苛立ちを覚えるのは否めない。それと同時に「こんなんじゃまともな社会生活は送れないだろう」という心配もよぎった。そんなことを考えているうちに、純のことが気の毒になってきた。

「そうだ! お昼の分はあったかな?」
 智也は思い出したようにキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。サイドポケットには、ペットボトルのお茶と卵が入っている。

 中央には惣菜のパックが入っていた。中身は唐揚げとポテトサラダだ。智也は一旦冷蔵庫を閉めたあと、流しの引き出しを開け、割り箸を一本惣菜の上に置いた。

「これならいいか。白飯は……あぁ、もう」

 出勤前の慌ただしい時間帯ということもあるのだろうか。智也の頭には「なんでここまでしなきゃいけないんだ」という思いがよぎる。その思いを脇に押しやり、智也は純に説明した。

「冷蔵庫に唐揚げとポテトサラダがある。食べる時は蓋の上に置いた割り箸を使うんだ。容器は流しに置いといて」

「食事は取ったばかりだが」

 智也の説明に、純はこう返した。智也の口から「は?」という声が漏れる。

「俺はお昼ご飯の話をしてるんだよ」
 怒るのはよくない。頭ではそう分かっているが、声色が荒っぽくなってしまう。

「お昼ご飯とはなんだ。昼になったら食えということか。ここの昼が分からないんだが」

 純の要領を得ない答えに智也の感情は昂るばかりだが、どうにかして押さえつける。
「食いたいときに食えばいいんだよっ。とにかく、俺は出かけるからな。夕方頃に帰ってくるからっ」

 純はまたしても「わかった」と返事をする。
 グダグダ言っても仕方がない。智也は気を取り直して出勤した。
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