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第23話 隠蔽①
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「とりあえず、健太のスマホと……腕時計も回収した方がいいか……」
頭ではわかっていたが、体が動かない。脳の方で拒否反応が出ているようだ。智也は頭が痛くなってきたが――。
「おい。リビングの死体を片付けろ」
ここで妙案が出た。純に始末を任せればいいと。智也の顔は自然と綻ぶ。
「それは無理だ。私には死体処理能力はない」
純はキッパリと言い放った。智也の顔はみるみる青ざめる。
「この後に及んで、命令拒否かよ」
声色に焦りが混ざる。
「命令拒否ではない。できないものはできないと言っている」
「それを命令拒否って言うんだよ」
智也は苛立ちを隠そうともせずに言った。純は無表情のままである。
「どうすりゃいいんだ……」
万事休す。このまま放ったらかしにするしかないのか。智也は顔を伏せ、懊悩する――。
「そうだ。いいこと思いついた」
俯きになっている顔を上げた。表情はどこか狂気めいている。
「純、お前、なんでも食うんだったよな」
「なんでも食うといった覚えはないが」
「これは命令だ」
純の言い分を無視して、智也は話を進める。
「リビングに散らばってる健太の死体を食え。布切れとかスマホとか腕時計みたいな、身につけてるようなものは食わなくていいから」
「わかった」
純はベッドから降りると、寝室を出ようとする。
「おい。服を着た状態に戻ってくれ」
全裸のままうろつこうとする純を、智也は引き止めた。それを受け、純は元のパーカーとジーンズ姿に戻る。
「それと、もうひとつ」
ドアノブに手をかけようとする純を、再度引き止める。
「食い終わったら、俺に報告しろ。あと、一欠片も残すな。全部食うんだ。わかったな?」
純は「わかった」と返すと、今度こそ寝室を出た。
「……本当に、食うのかな……」
「殺す」という命令ならば、人間とて抵抗はないはずだ。もっとも、戦争中やお達しといった、やむにやまれぬ事情があるという前提があっての事だが。
だが「食え」というのは話が違う。そもそも、そのような命令を下すものはまずいないし、ありえない。
食人という行為は、近代社会においてはタブー中のタブーとされているからである。
それでも純は命令を受け入れた。これに関しては、異議申し立てをしていなかったからである。
ただし、純はどんな命令でも拒むことをしなかった。現に、こんな事態になっているのも、命令を拒否しなかったからである。
「なんで奴はやたら従順なんだ……」
純に対する智也の態度は、とても丁寧とは言えない。おまけに、暴力をふるっている。それなのに、純は智也の言うことなすこと、全て受け入れた……。
思考を巡らしているうちに、背中に冷たいものが走るのを感じた。
「なんにせよ、早く健太を片付けてもらわないと……」
今の内になんとか手を打ちたいのだが、何も浮かばない。ひとまず様子を見るしかない。純があらかたカタをつけてくれるなら、それでいい。
なにせ、リビングに立ち入れない状況だ。少しでもマシになってくれれば、それでよかった。
「……本当に、やってくれてるんだろうか。実際やってるとしたら、それはそれで……」
智也はリビングの状況が気になった。純は命令を実行しているのか。たとえ実行してくれたとしても、その瞬間は目にしたくないのだが。
「……行ってみるか」
智也は意を決して、寝室を出ることにした。
恐る恐る、リビング前へと歩を進める。こうして、ドアの前に立った。ドア越しからでは、中の様子を確認することはできない。
ひとまず、ドアに耳を当てることにする。そばだてているうちに、何かが砕けるような音がした。
その音を聞いた智也は、全身がおぞけ立つ。次第に脚が震え出す。立っていられなくなり、その場に座り込む。這いつくばった状態で、智也は寝室に戻った。
寝室に戻ったはいいが、何もする気が起こらない。ドアを閉めると、ただ、床に座り込んでいた。すっかりと、腰が抜けてしまったのである。
しばらく、ドアに寄りかかった状態で座っていた智也だったが、不意にドアが開く。寄りかかっていたため、後ろに倒れ込んでしまった。
「なんでそんな体勢になっている」
倒れ込んだため、純のことを見上げる体勢になっている智也。そんな智也を、純はいつもの無表情で見ている。
「今度から、寝室のドアを開けるときはノックするように」
智也は仰け反った状態で、純に話しかけた。
「わかった」
返事を返したあと、純はこう続ける。
「リビングの死体は、全て食べ終わった」
智也は仰け反ったまま、純の口元を見やる。口の周りは汚れていた。
「お、お前……本当に……」
智也は言葉を失った。まさか本当にやってのけたとは。全身の血が凍りつくのを感じる。
だが、震えおののいている場合ではない。まだやるべきことがある。智也は勇気を奮い起こす。ひっくり返っている状態から立ち上がると、リビングへ向かった。
ドアの前に立ち、ノブに手をかける。いつもは何の気なしに行っていることだが、今は緊張感が計り知れない。しばし、ドアノブを捻るのに躊躇していた。
「えぇい!」
己に活を入れると、ドアノブを捻った。まずは、少し開け、隙間から様子を伺う。隙間からは死体は確認できなかった。
「よしっ」
智也は勢いよく、ドアを開けた。リビングには智也の成れの果てがあったはずだが、今は布切れがあちこちに散らばっているだけだった。
とは言うものの、床には血やら体液やらがこびりついている。
「うえっ」
智也はえずく。先程洗いざらいぶちまけたからか、さほど吐き気は催さなかった。それでも、気分が悪いのだが。
隅の方で、ぶちまけたものが視界に入ってくる。
「……最悪だ」
体液に吐瀉物。事件現場といっても、ここまでの大惨事はそうお目にかかれないだろう。智也は目眩がしてくる。
しかし、まごついている場合ではない。智也は深呼吸をする。息を整えた後、リビングの探索を始めた。
「まずは、腕時計だ……その前に」
一旦、リビングを離れる。まずは、キッチンに行く。
流し台の戸を開け、そこからビニール袋を出す。
袋を手にすると、キッチンからリビングを横切る。その際、惨状を見ないように務めた。適当なところにビニール袋を置いた後、再度離れる。
次に向かったのは洗面所だ。洗面台の下のに着いている戸を開け、中からゴム手袋を出した。
「掃除用だから厚手だけど……スマホと時計回収だったらこれでいいだろ」
ゴム手袋を手にしたあと、リビングに戻った。ドアノブを回そうとするも、手が震えてくる。智也は一呼吸置いたあと、勢いをつけて、ドアを開けた。
ゴム手袋をはめ、腕時計を回収する。
ベルトは切れていたが、針は動いていた。
動く針を見ているうちに、心が針で刺されたような感覚を覚える。
智也は舌打ちをしたあと、ビニール袋に時計を入れた。
「あとは……」
探し物を再開する。周囲を注意深く見ているうちに、革のケースが目に入った。色はブラウンだが、血の汚れがある。形は長方形。ポケットに収まりそうなサイズだ。早速、それを拾い上げる。
ケースは二つ折りになっており、片側はカードケース、もう片方は全面黒光りしている。
「あった!」
思わず声を上げてしまった。お目当てのスマホが手に入ったからである。
早速電源を入れてみる。充電は四十パーセント。指紋認証であるため、ロック解除は出来なかった。
「四十パーもありゃ大丈夫か。どうせ使わないし」
スマホを回収すると、腕時計と同じビニール袋に入れた。
「時間は、八時五十分だったかな。まだ九時になってねぇのか……」
智也は、時間の流れが遅すぎるように感じた。健太と飲んでいる時間を確認していなかったのもある。それ以上に、色々なことがありすぎたからだ。
「この時間なら、行けるか」
智也は、外出の支度を整える。とりあえず、腕時計とスマホが入ったビニール袋をエコバッグに入れた。
「純、どこにいる」
ひとまず、廊下に顔を出す。純は寝室の前に立っている。
「……床の掃除をしてくれないか」
廊下に立っている純に、頼み込んでみた。
「掃除とはなんだ」
ここに来て、ピントがズレた質問が飛んできた。智也は大息を吐く。
「言い方を変えよう。今から用意する布で、床に着いた血だの体液だのを吹いてくれないか。汚れたら、バケツに入ってる水で洗うんだ。それくらいならできるだろ」
智也は純の顔を見た。口の周りは、汚れたままだった。
「それから、口元もふけっ」
純は「わかった」返すと、口元を手で拭った。そうしたのちに、リビングに入る。入れ違うように、智也は洗面所に向かった。
バケツと雑巾は洗面所にあるのだ。バケツに水を張り、雑巾をバケツの縁にかけると、リビングに持っていく。純にバケツと雑巾を渡すと、智也は玄関に向かい、家を出た。
頭ではわかっていたが、体が動かない。脳の方で拒否反応が出ているようだ。智也は頭が痛くなってきたが――。
「おい。リビングの死体を片付けろ」
ここで妙案が出た。純に始末を任せればいいと。智也の顔は自然と綻ぶ。
「それは無理だ。私には死体処理能力はない」
純はキッパリと言い放った。智也の顔はみるみる青ざめる。
「この後に及んで、命令拒否かよ」
声色に焦りが混ざる。
「命令拒否ではない。できないものはできないと言っている」
「それを命令拒否って言うんだよ」
智也は苛立ちを隠そうともせずに言った。純は無表情のままである。
「どうすりゃいいんだ……」
万事休す。このまま放ったらかしにするしかないのか。智也は顔を伏せ、懊悩する――。
「そうだ。いいこと思いついた」
俯きになっている顔を上げた。表情はどこか狂気めいている。
「純、お前、なんでも食うんだったよな」
「なんでも食うといった覚えはないが」
「これは命令だ」
純の言い分を無視して、智也は話を進める。
「リビングに散らばってる健太の死体を食え。布切れとかスマホとか腕時計みたいな、身につけてるようなものは食わなくていいから」
「わかった」
純はベッドから降りると、寝室を出ようとする。
「おい。服を着た状態に戻ってくれ」
全裸のままうろつこうとする純を、智也は引き止めた。それを受け、純は元のパーカーとジーンズ姿に戻る。
「それと、もうひとつ」
ドアノブに手をかけようとする純を、再度引き止める。
「食い終わったら、俺に報告しろ。あと、一欠片も残すな。全部食うんだ。わかったな?」
純は「わかった」と返すと、今度こそ寝室を出た。
「……本当に、食うのかな……」
「殺す」という命令ならば、人間とて抵抗はないはずだ。もっとも、戦争中やお達しといった、やむにやまれぬ事情があるという前提があっての事だが。
だが「食え」というのは話が違う。そもそも、そのような命令を下すものはまずいないし、ありえない。
食人という行為は、近代社会においてはタブー中のタブーとされているからである。
それでも純は命令を受け入れた。これに関しては、異議申し立てをしていなかったからである。
ただし、純はどんな命令でも拒むことをしなかった。現に、こんな事態になっているのも、命令を拒否しなかったからである。
「なんで奴はやたら従順なんだ……」
純に対する智也の態度は、とても丁寧とは言えない。おまけに、暴力をふるっている。それなのに、純は智也の言うことなすこと、全て受け入れた……。
思考を巡らしているうちに、背中に冷たいものが走るのを感じた。
「なんにせよ、早く健太を片付けてもらわないと……」
今の内になんとか手を打ちたいのだが、何も浮かばない。ひとまず様子を見るしかない。純があらかたカタをつけてくれるなら、それでいい。
なにせ、リビングに立ち入れない状況だ。少しでもマシになってくれれば、それでよかった。
「……本当に、やってくれてるんだろうか。実際やってるとしたら、それはそれで……」
智也はリビングの状況が気になった。純は命令を実行しているのか。たとえ実行してくれたとしても、その瞬間は目にしたくないのだが。
「……行ってみるか」
智也は意を決して、寝室を出ることにした。
恐る恐る、リビング前へと歩を進める。こうして、ドアの前に立った。ドア越しからでは、中の様子を確認することはできない。
ひとまず、ドアに耳を当てることにする。そばだてているうちに、何かが砕けるような音がした。
その音を聞いた智也は、全身がおぞけ立つ。次第に脚が震え出す。立っていられなくなり、その場に座り込む。這いつくばった状態で、智也は寝室に戻った。
寝室に戻ったはいいが、何もする気が起こらない。ドアを閉めると、ただ、床に座り込んでいた。すっかりと、腰が抜けてしまったのである。
しばらく、ドアに寄りかかった状態で座っていた智也だったが、不意にドアが開く。寄りかかっていたため、後ろに倒れ込んでしまった。
「なんでそんな体勢になっている」
倒れ込んだため、純のことを見上げる体勢になっている智也。そんな智也を、純はいつもの無表情で見ている。
「今度から、寝室のドアを開けるときはノックするように」
智也は仰け反った状態で、純に話しかけた。
「わかった」
返事を返したあと、純はこう続ける。
「リビングの死体は、全て食べ終わった」
智也は仰け反ったまま、純の口元を見やる。口の周りは汚れていた。
「お、お前……本当に……」
智也は言葉を失った。まさか本当にやってのけたとは。全身の血が凍りつくのを感じる。
だが、震えおののいている場合ではない。まだやるべきことがある。智也は勇気を奮い起こす。ひっくり返っている状態から立ち上がると、リビングへ向かった。
ドアの前に立ち、ノブに手をかける。いつもは何の気なしに行っていることだが、今は緊張感が計り知れない。しばし、ドアノブを捻るのに躊躇していた。
「えぇい!」
己に活を入れると、ドアノブを捻った。まずは、少し開け、隙間から様子を伺う。隙間からは死体は確認できなかった。
「よしっ」
智也は勢いよく、ドアを開けた。リビングには智也の成れの果てがあったはずだが、今は布切れがあちこちに散らばっているだけだった。
とは言うものの、床には血やら体液やらがこびりついている。
「うえっ」
智也はえずく。先程洗いざらいぶちまけたからか、さほど吐き気は催さなかった。それでも、気分が悪いのだが。
隅の方で、ぶちまけたものが視界に入ってくる。
「……最悪だ」
体液に吐瀉物。事件現場といっても、ここまでの大惨事はそうお目にかかれないだろう。智也は目眩がしてくる。
しかし、まごついている場合ではない。智也は深呼吸をする。息を整えた後、リビングの探索を始めた。
「まずは、腕時計だ……その前に」
一旦、リビングを離れる。まずは、キッチンに行く。
流し台の戸を開け、そこからビニール袋を出す。
袋を手にすると、キッチンからリビングを横切る。その際、惨状を見ないように務めた。適当なところにビニール袋を置いた後、再度離れる。
次に向かったのは洗面所だ。洗面台の下のに着いている戸を開け、中からゴム手袋を出した。
「掃除用だから厚手だけど……スマホと時計回収だったらこれでいいだろ」
ゴム手袋を手にしたあと、リビングに戻った。ドアノブを回そうとするも、手が震えてくる。智也は一呼吸置いたあと、勢いをつけて、ドアを開けた。
ゴム手袋をはめ、腕時計を回収する。
ベルトは切れていたが、針は動いていた。
動く針を見ているうちに、心が針で刺されたような感覚を覚える。
智也は舌打ちをしたあと、ビニール袋に時計を入れた。
「あとは……」
探し物を再開する。周囲を注意深く見ているうちに、革のケースが目に入った。色はブラウンだが、血の汚れがある。形は長方形。ポケットに収まりそうなサイズだ。早速、それを拾い上げる。
ケースは二つ折りになっており、片側はカードケース、もう片方は全面黒光りしている。
「あった!」
思わず声を上げてしまった。お目当てのスマホが手に入ったからである。
早速電源を入れてみる。充電は四十パーセント。指紋認証であるため、ロック解除は出来なかった。
「四十パーもありゃ大丈夫か。どうせ使わないし」
スマホを回収すると、腕時計と同じビニール袋に入れた。
「時間は、八時五十分だったかな。まだ九時になってねぇのか……」
智也は、時間の流れが遅すぎるように感じた。健太と飲んでいる時間を確認していなかったのもある。それ以上に、色々なことがありすぎたからだ。
「この時間なら、行けるか」
智也は、外出の支度を整える。とりあえず、腕時計とスマホが入ったビニール袋をエコバッグに入れた。
「純、どこにいる」
ひとまず、廊下に顔を出す。純は寝室の前に立っている。
「……床の掃除をしてくれないか」
廊下に立っている純に、頼み込んでみた。
「掃除とはなんだ」
ここに来て、ピントがズレた質問が飛んできた。智也は大息を吐く。
「言い方を変えよう。今から用意する布で、床に着いた血だの体液だのを吹いてくれないか。汚れたら、バケツに入ってる水で洗うんだ。それくらいならできるだろ」
智也は純の顔を見た。口の周りは、汚れたままだった。
「それから、口元もふけっ」
純は「わかった」返すと、口元を手で拭った。そうしたのちに、リビングに入る。入れ違うように、智也は洗面所に向かった。
バケツと雑巾は洗面所にあるのだ。バケツに水を張り、雑巾をバケツの縁にかけると、リビングに持っていく。純にバケツと雑巾を渡すと、智也は玄関に向かい、家を出た。
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