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第二章

救出2 ラインハルト視点

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「…………るいす……?」
 自分から出た声は、今までになく情けなくて、何故か足元に落ちてきた水滴に、自身が泣いている事に気づく。
 目の前に見える、月夜でも眩しい赤色と、優しい緑。
「_……オイオイ、こいつはどういう事だよ。」
 そう呆然と呟く誘拐犯の男。
 それを気にしている余裕は無かった。
 俺が固まっている間に、その赤は俺を守るように男の前に立ちはだかる。 
 喋ろうとすれば、口が震え、声も震えた。
 _____「…るいす、なのか…?」
 信じられないほど情けない声に、
 _____「ガウ。」
 しっかりと、返事は来た。
 
「…とんだ奥の手隠してやがったなァ坊主。いい度胸じゃねぇか。」
 はっ、そうだ。まだ誘拐犯の男が…!
 見れば、男の周りを待機させていた部隊が囲んでいた。人質が男から離れたので出てきたのだろう。
 しかし囲まれているのに薄っすらと笑みを浮かべる男は、ナイフをどこかに投げ捨てた。
 男は、ニッ、とどこか楽しげに笑った。
 _____「殺し合いといこうじゃねぇか。」
 次の瞬間、部隊の殆どの者が吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされて居ない者も、いつの間にか辺りを炎で囲まれており逃げられない。
 勿論、俺とルイスも例外ではなかった。
 ……あの男、魔法も使えたのか。
 並々悪くなる戦況に、頭をフル回転させて解決策を探す俺に、男は余裕そうに歩いて近づく。
「…………汚名を着せるのには、ここに居る全員を殺せば事足りるだろ?なァ?」
 ……ああ、全くその通り。
 こうやって話しているうちにも、攻撃される可能性がある。むしろ今攻撃されていない事が不思議なくらいだ。 
「……ガゥグルゥゥ…………!!]
 俺より少し前で、ルイスがいつでも走り出せる体勢で唸る。
 ……炎を退ける方法はある。問題は、男をどうやって倒すかだ。
 剣は恐らく、接近した瞬間に間合いを詰められてナイフで首をかき切られて終わりだろう。
 炎も一度当たれば終わりだろう。今、俺達を囲んでいる炎を動かさない辺り余り操作は得意では無いのかもしれないが。
 ……どちらにせよ、まずは炎を退けなければ。
「…ルイス、俺が炎を退ける。一旦後ろに下がってくれ。」
 どこか緊張し、震える手を押し止めるために握りしめながらルイスにそう言う。
「……ガぅ。」
 どこか不満そうにしながらも、ルイスは後ろに下がってくれた。
「『鮮血の英雄』サマの魔法がおがめるとはなァ。」
 俺達の会話が聞こえているであろう男が愉快そうに話す。
「アー……、なんだったか、味方まで巻き込む程の炎で見事魔物を焼き払った、だったか?とんだ英雄サマだこって。」
 ぴくり、と体が反応して後退りそうになる。
「その反応からして、事実らしいな。大多数を救うために1を見捨てる英雄とは、実に傑作だな。ハハッ……!」
「…っ、……っっ……!!」
 魔法を使おうとする手がみっともなく震える。男の魔法で炎に囲まれ、暑い筈なのに冷や汗が止まらない。
 _____今でも覚えている、あの地獄を。
 肉や血の燃えた匂いと、悲鳴。
 魔物も人も、森の木々さえきっと悲鳴を上げていた。
 あの時もそうだった。手どころか、体全てがみっともなく震えて、自身で出した炎で寒くない筈なのに冷や汗がだらだらと止まらなかった。
 自身の出した炎なのに、止め方がわからなくなって、不慣れな水を何故か出して止めようとした。
 なんとか炎を収めた時には、大量に発生していた魔物は塵になっていた。
 そして、部下の何人かは火傷をおっていたが、なんとか全員無事だった。
 けれど、多くの者が炎をトラウマにしたと聞いた。
 同時に、俺の事も。
 恐怖に彩られた目を、青ざめる顔を、凍りついた様に固まる体を、よく覚えている。
 それから、俺は魔法を使っていない。
 ……いや、使えていない、のほうが正しい。
 使おうとする度、体が、心が、動かなくなるのだ。それはどこか恐怖や緊張に似た症状で、治し方がわからない。
 眼の前で、倒さなければならない男が嗤っている。
 倒さなければ、やらなければ、守れるのは、俺だけなのにっ………!!
 
「……ガァう。」
「………っ、ルイス……。」
 ルイスが俺の横にぴったりと寄り添う様にくっつく。
 動かしていない方の腕にじゃれつく様にして頭を擦り付けてくるルイスの目には、恐怖の感情は見えない。
「…がぁう。」
 どこか甘やかす様な声色で鳴くルイスに、いつの間にか体の震えは治まっていた。
 今なら、出来そうだ。
 根拠の無い自身のままに、魔力を練って魔法を使う。
 周りの炎の所有権を眼の前の男から奪うように、魔力を流し込む。
 次の瞬間には、炎は俺達を避けるように端へと行った。
「チッ……。トラウマになってるってタレコミだったのに克服しやがったか。」
 ……この男、俺の事を調べていたのか。
 男の呟きが聞こえ、さっき話題を出した事が俺のトラウマを刺激するためだったと知る。
 先程よりクリアになった頭で考える。
 ……男の獲物は見た所ナイフ一つか。恐らく服の下に暗器も仕込んでいるだろうが、剣や弓などは持っていないと思っていい。
「………はさみ打ちで行く。左から頼むルイス。」
「ガぅ。」
 ルイスの返事が聞こえるが速いか、俺はすぐさま男の右側から襲撃する。
「グルぁ…!!」
 しかし、ルイスの方が速いため、蹴飛ばされた男が俺の方へと飛んできた。
 ……ルイスの攻撃は受け流したか…。
 ガキンッ
 吹き飛ばされてくる男の首目掛けて剣を振るが、ナイフ一本で流された。
 一度飛び退き離れれば、どこかから火球が飛んでくる。追い立てられる様にまた男の腹部目掛けて奇襲を仕掛けるが、当然また流される。
「ガぅラあ…!!」
 合わせる様にルイスも腹部に体当たりする。次の瞬間_____
 ドガァァン…!! 
 受け流したかに思えた男が吹き飛んだ。
 …え、えと、…………分かりづらかったが、ルイスが男の後頭部を思い切り蹴り倒した、のか?
 速すぎた動きに目で終えなくなりながらも、なんとなく察する。
「わふ。」
 満足そうに鳴きながら男の方へとよっていくルイスに、俺も男の方へと寄る。
 ……気絶しているのか。
 脆い建物に突っ込んでいったせいか、瓦礫に埋まっている男はピクリとも動かない。
 外傷は恐らく建物に突っ込んだ時についた擦り傷程度だが、首に剣を当てても起きないので多分気絶している。
「……拘束具を持って来てくれ!!」
「……し、承知しました!!」
 男が気絶した事で炎が無くなり、身動きの取れる様になった部隊の者達に拘束具を取ってきてもらう。

「拘束、完了致しました。」
 ほぼ簀巻き状態の男を横に、部隊に報告される。
「…ご苦労。地下牢に入れておいてくれ。」
「了解致しました。」
 何も聞かずに下がってくれる部隊の者達に感謝しながら、残党が居ないかの確認をする。
 廃墟街には人っ子一人居らず、男単独の犯行だったようだ。指示を出した者は別として。
 取り敢えず残党の居ない事に安心しながら、ルイスの所に戻った。
 見れば、ルイスは最初に男に吹き飛ばされた者達を馬車の荷台に乗せている所で、部隊の者に感謝されていた。
 …全員気絶してはいるが、大きな怪我は無いな。よかった。
 ほっと胸を撫で下ろしながらルイスに近づけば、気づいたのか此方を向いたルイス。
「……ありがとう、ルイス。助かった。」
「わふ。」
 頭を撫でながら礼を言えば、嬉しそうに尻尾を振られた。
 ……久しぶりに会えた様な感覚だな。会えなかったのは5日程だった筈なのに。
 ルイスはふわふわだな、と思いながらもふもふと撫でるが、ふと思い出す。
 ルイスは、呪いでこの姿になっていたのではなかったか、と。
「る、るるルイス…!も、もしかして人間に戻れなくなっていたりするのか!?た、体調が悪かったりはしないか?」
 その考えに行き着けば、次々と心配事が出てきてルイスを質問攻めにする。
「……ガぅ。」
 しかし、ルイスが前足で俺の口を塞いだため黙る。
 黙った俺を引っ張って、何かが散らばった所に連れて行かれる。
「……これはなんだ…?」
 白い布、か?ばらばらに布切れの様な物が散らばるそこには、革ベルトの破れた様なものもあった。
 ………この革ベルト、ルイスを拘束していた物に少し似ている気が……。何なら布の方もルイスの着ていた服に似ているよう、な……。
 ……もしかして。
「……服が弾けて無いから、人間に戻れないのか?」
「……ガぅ。」
 がくん、と項垂れるルイスに、仮説が当たっている事を悟る。
 ……確かに、戻った時に裸なのは駄目だな。
 ルイスの裸を思い出しかける思考を振り払いながら、俺達は帰路にたったのだった。

「……戻ったら、話したい事があるんだ。聞いてくれるか?」
「ガウ。」
 変わらず俺の横を歩いてくれるルイスに、じんわりと胸が温かくなった。
 
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