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第十章 奴隷世界スレッジ編
第15話 奴隷と闘士6
しおりを挟む神託武闘の日が来た。
俺と加藤は、昼前に武闘場の選手控え部屋に来ていた。
今日は、薬師のロギスも控室にいる。
世話係のネリルによると、神託武闘は、正午開始と決まっているそうだ。
俺たち以外に、あと一人、いかにも歴戦の猛者という風格の闘士が一人いた。
「おまえら、そんなヒョロヒョロした体で、武闘を戦えるのか?」
前回、俺たちが戦ったのを見ていないのだろう。男の言葉には、はっきりと侮(あなど)りが込められていた。
「ああ、俺たちは大丈夫ですよ。
それより、あなたの方こそ、そんなにガチガチに緊張していて大丈夫ですか?」
男の体は、戦う前からうっすらと汗を浮かべていた。
「うるせえぞ、小僧。
なんならここで、思い知らせてやろうか?」
ヤツが俺に近づいてきて凄む。
薬師ロギスが、慌てて割って入った。
「二人とも!
神託武闘が終われば、好きにしてください。
それまでは、大人しくしてください。
頼みますよ」
ベテラン闘士は、自分の命をあずけるかもしれないロギスの言うことに嫌々ながら従った。
ドアが開き、ネリルが入ってくる。
「では、三人とも、行きますよ」
俺、加藤、もう一人の闘士は、ネリルの後を追い、武闘場に向かった。
◇
俺と加藤、そしてもう一人の闘士は、先日、勝者が座った椅子に着いた。
どうやら、通常の武闘とは、かなり形式が違うらしい。ただ、観客席を埋めつくした人々の興奮は前回にも増して凄かった。まるで会場全体が、一匹の生き物になったような波動が感じられた。
背中に大きな紋様が染めぬいてある白いローブを着た審判が、手に旗を持ち、二本ある開始線のまん中に立った。
「では、ダレンシアとツガーリ、二つの町を代表する闘士が、神託武闘を行います」
審判が大声で宣言する。
貴族用の観客席から二人の人物が立ちあがり、周囲に手を振る。片方はグラゴー伯爵だった。
「なお、見届け役は、第五皇女シリル様です」
明らかに白竜族と分かる若い竜人女性に抱えられた、とても小柄な少女が手を振る。
それだけで、会場からは割れるほどの歓声が上がった。
「シリル様ー!」
「姫様ー」
「真珠姫ー!」
どうやら、彼女は国民に人気があるらしい。
グラゴーたち街の代表二人と、皇女を抱いた竜人が椅子に腰を降ろすと、会場は水をうったように静かになった。
しかし、それはこれから始まる戦いを待ちうける、血に飢えた静寂だった。
「ダレンシア闘士ツンバ、そして、ツガーリ闘士ダナ、前に」
審判の呼び声があがると、先ほど控室で、俺につっかかってきた人族の男が長剣を持ち、開始線に出ていく。
相手側はかなり大柄な人族で、手には柄が長い斧を持っていた。
貴族席に一礼した審判が、開始線の間に叩きつけるように旗を振りおろす。
「始めっ」
審判が、さっと身を引くと、こちら側の闘士がいきなり切りかかった。
相手の大柄な闘士は、思わぬほどの機敏な動きで余裕をもってかわす。
初手を外され、頭に血がのぼった闘士が、長剣を再び振りかぶり、振りおろそうとした。
しかし、彼の動作は、少し大きすぎた。
その動きに合わせ、相手が斧を横なぎにする。
長剣と斧が、二人の間で火花を散らした。
勝負は、その一瞬でついた。
より大きな質量を持つ斧が、長剣を叩きおり、そのまま闘士の胸に激突する。
血しぶきが舞い、胸に深く斧を喰いこませた闘士が、無言で後ろに倒れた。
おそらく即死だろう。
「勝者、ダナ!
ツガーリの一勝です」
貴族席を見ると、グラゴーが顔を歪め、髪をかきむしっている。相手側の貴族は満面に笑みを浮かべていた。
皇女は、竜人女性の膝で、つまらなそうにあくびしていた。
あんなに小さな少女が、すでに人の死と血を見慣れているこの世界は、加藤が言うとおり、「ぶっ壊した」ほうがいいだろう。
数人のドワーフが出てくると、砂をまいた後、ホウキのようなものでそれを掃いている。そうやって、飛びちった血を綺麗にするのだろう。
彼らが引っこむと、すぐに審判が出てくる。
「ダレンシア闘士カトー、そして、ツガーリ闘士ミルコ、前に」
俺と拳を合わせた加藤が、会場に出ていく。彼は今回も大剣を選んだようだ。
彼の対戦相手は細身の若い人族で、手にワンドを持っているところを見ると魔術師だろう。
「今のうちに降参した方がいいぞ。
お前、近接戦闘タイプだろう。
俺は、『近接殺し』と呼ばれている。
相手が悪かったな」
加藤は、相手の挑発に乗らなかった。
いつも通りの表情で、審判と目を合わせると、一つ頷いた。
「初めッ」
飛びのいた審判の足が、まだ地面に着かないうちに、ミルコの呪文詠唱が完成した。凄腕の魔術師だ。
「ファイアショット」
赤い火球が、加藤を直撃する。
ミルコは思わずニヤリと笑った。
その笑いが凍りつく。
彼が火球を当てたと思ったのは、加藤の残像で、彼はすでに魔術師の後ろからその首筋に大剣をピタリと当てていた。
「……ま、参った」
一瞬ためらいった後、ミルコはワンドを地面に落とし、地面に膝を着いた。
「勝者、カトー!」
加藤の鮮やかな勝利に、会場からは鼓膜が破れるほどの歓声が上がった。
貴族席に目をやると、皇女も笑顔で拍手しているし、なぜか彼女を膝に乗せている竜人の女性が、まっ赤な顔で拍手している。
まったく、どこでもモテるやつだぜ、加藤は。
「ダレンシア闘士シロー、そして、ツガーリ闘士ゴライアス、開始線へ」
開始線に着いた俺の前に立ったのは、身長三メートルはあろうかという巨人だった。
見上げる敵の大きさに、俺はアリスト城にいる巨大な魔獣、ウサ子を連想していた。
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