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空知音

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第十章 奴隷世界スレッジ編

第31話 選定の儀(中)

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 一度場外へ消えた、赤い髪の竜人と巨人が、武闘場の開始線をはさんで向かいあった。
 竜人の手に長剣があるから、武器を選んでいたのだろう。 

『チビ、聞こえるか?』 

『うん、頭の中で声がするよ』 

『教えたとおり戦えば、怖くないからな』

『ほ、本当に、これ終わったら、あの蜂蜜水もらえるの?』

『ああ、いっぱい飲ませてやる』

『わーい!』

 チビが気弱になっていないか、念話で確かめたが、大丈夫のようだ。

 白いローブを着た審判役が、両手で持つ大きな旗を振りあげる。
 皇国の紋章が描かれた白い布が翻り、武闘が始まった。

 赤竜族の男が、長剣を大きく振りかぶると、いきなり切りかかった。
 どちらかというと動きが遅いチビには、かわせそうにない攻撃だ。
 しかし、チビは慌てず巨大な斧を手から落とすと、竜人の剣を右手で受けとめた。
 
 ガキっ

 そんな音がして、剣が止まった。
 普通なら腕ごと切断されるだろうが、チビの腕は透明化した点ちゃんシールドで覆ってある。
 竜人の男は、信じられないという顔をした。

 チビの左手が、ひょいと竜人の胴体をつかむ。
 竜人の顔が、紫色になる。
 男は、握りしめているチビの手をポンポンと叩いた。
 審判役が、再び大きな旗を振る。

 俺が念話で指示すると、チビが右手を天に突きあげた。
 うおーっという観客の歓声が、大波になり、何度も会場を洗った。
 観客席のデメルが立ちあがり、地団太を踏み悔しがっているのが見えた。
 後ろを見ると、シリルが飛びあがって喜んでいる。

 竜人とチビが退場する。観客席に収まりきらないからだろう、チビは、場外線の外、観客席の下に敷かれた布の上に座った。
 
 ◇

 白ローブの審判が再び出てくると、次の戦いの始まりを告げる。

「第二試合、デメル様竜闘士シューデ」
 
 やはり、竜闘士のところで、すごい歓声が上がった。

「シリル様闘士カトー」

 客席から、再びがっかりするような声が上がったが、わずかだが黄色い声援も聞こえた。
 恐らくダレンシアの闘技場で、カトーの試合を見た女性たちだろう。
 その中には、当然シリルの侍女ローリィの声もあった。

「カトー様ー、がんばってー!」

 人族へ声援を送る彼女を、周囲が冷たい目で見ている。
 しかし、そういった人たちの表情が、驚きに変わる。
 
 一旦、場外へ下がった竜人と加藤が武器を持って帰ってきたからだ。
 加藤は、チビが使っていた巨大な斧を両手で掲げていた。
 おそらく、巨人族用に作られたであろう斧は、カトーの手に持たれると、非現実的な大きさだった。
 
 対戦相手の竜人が驚いている。おそらく青くなっていると思われるが、青っぽい肌の色をした青竜族だから、顔色の変化は、よく分からなかった。

 青竜族の男は、開始線に着く前、何かぶつぶつ唱えているようだった。体が青く光ったから、身体能力強化の魔術を、自分に掛けたのだろう。
 
 巨大な旗が振られた瞬間、竜人は凄まじい速度で、加藤に向け突っこんだ。
 彼の持つ剣が、加藤の体を二つに切りさく。
 背後から、ローリィの悲鳴が聞こえた。

 観客席の音がピタリと止んだ。 
 試合場には、竜人の背後からその首筋に大斧を沿えている、加藤の姿があった。
 竜人が切ったのは、加藤が動いた後の残像だったのだ。

 旗がひらめくと、会場中がどっと沸いた。
 加藤が手を振ると、女性からの黄色い歓声が飛ぶ。

 振りかえると、長身のローリィが、小さなシリルに抱きつき泣いていた。
 俺はため息をつくと、武闘場への通路を降りた。
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