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空知音

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第十章 奴隷世界スレッジ編

第34話 人族の王国(1)

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 スレッジ世界には、ドワーフが住むメルゲン大陸の他に、もう一つ、人族が住むヒュッパス大陸がある。
 メルゲン大陸にあるドワーフ族の王都でクーデターが起きたころ、ヒュッパス大陸にある帝都でも政変が起きていた。

 第二皇子ガーベルが、謀反を起こし、国王として立ったのだ。
 その際、メルゲンから大量に持ちこまれたドワーフの武器が使われた。
 その高性能な武器の性能のおかげで最初の劣勢を覆し、皇子は王座を簒奪したのだ。

「フフフ、今頃は、向こうも上手くやっているだろうよ」

 長身で甘いマスクの新しい国王は、何度か密会したドワーフの皇女ソラルの事を思いだしていた。
 一目見てお互いに同類だと気づいた彼らは、まずは個人的な約束、そして組織同士の密約と、その関係を深めてきた。
 自分とソラル、共通の目的への第一歩は上手くいった。
 次は、国内の反乱分子を排除することだ。
 
「反抗するものには、容赦するな」

 玉座から臣下に命令する彼の顔には、ソラルと変わらぬ穏やかさがあった。

 ◇

「おい、ボー、さすがに、あの状況で花火はないんじゃないか?」 

 加藤が、『選定の儀』で俺がした事に呆れている。
 俺たちは、透明化を施した『土の家』で作戦会議を開いていた。

「ああ、言ってなかったが、あれ、パフォーマンスだけじゃないから」

「えっ?
 何か目的があったのか?」

「俺の点魔法は、対象に点が付いているとき最大の効果を発揮するんだ。
 あの時、打ちあげた剣には、無数の点が着けてあったのさ」

「おいおい、点が闘技場に散らばったからって、兵士全員につくってこたあないだろう」

「あの時散らばった点には、特別な設定がしてあるんだ。
 点がついた人が誰かに会えば、その人にも点がつくようになってる」

 俺は、点の情報が表示されたパレットを、加藤に見せてやった。
 
「この赤いのが?」

「ああ、点がついてる人を表している」

 見ている間にも、点が増えていくのが分かる。

「よく、こんなこと思いつくな」

「まあ、俺と点ちゃん、二人で考えてるからな」

『(*'▽') エヘヘ』

「じゃが、ここに逃れたのはいいが、これからどうするつもりじゃ、シロー」

 夜遅い時間だが、さっきまで寝ていたからか、シリルは元気に見える。
 まあ、内心は姉ソラルのことが気に掛かっているんだろうが。

「そうですね。
 まずは、相手の出方を見ませんと。
 それに、こちらの準備も、まだできておりませんし」

 こちらの準備とは、この世界に連れてこられた竜人全てに点がつくことだ。
 この大陸にいる竜人全てに点がついても、もう一つの大陸が残っている。
 シリルたちの話だと、この世界に連れてこられた竜人は、人間が住む大陸でも、竜闘士や奴隷となっているそうだからね。

「準備ができるまで、まずチビを故郷に連れていこうと思う」

「おい、お前、『チビ』とは誰じゃ?」

 ふてくされた顔で席に着いていたデメルが口をはさむ。

「ああ、隣の家にいる巨人のことだよ」

「なんじゃと!
 巨人なんぞのために、わらわを後回しにするとは、どういうことじゃっ!」

「巨人なんぞ?」

 俺が、低く強い声を出す。

「俺の友人に、そんな口を利くな。
 次やったら、玉座の間に送りかえすからな」

 俺の声に、デメルがかぶせる。

「なんじゃとっ!
 人族風情が、わらわに――」

 デメルが言葉を失う。
 テーブルに着いているみんなの顔が青くなる。
   
「……綺麗じゃな」

 シリルだけは、こちらを見てうっとりした顔をしている。 
 俺は、めったにしない真面目な顔を、両手でつるりと撫でて消した。

「デメルちゃんだっけ?
 あんた、ボーにあの顔させるなよ。
 次は、命がないかもしれないぞ」

 加藤が、物知り顔で声をかける。

「……」

 デメルは、表情が固まっている。
 なんでだろう。

「シローさん、あなたは一体?」

 シリルの侍女である、白竜族の女性ローリィが口を開く。

「ああ、こいつなら竜王様の友人だよ」

 加藤が答える。

「りゅ、竜王様というのは?」

 ローリィが、初めて聞いた名に戸惑っている。

「ああ、この世界にいるあんたは知らないだろうが、こいつのパーティが天竜国にあるダンジョンを攻略してな。
 その奥に、真竜の卵がたくさんあったんだ。
 その卵を守っている、真竜の王が竜王様だ。
 こいつは、竜王様の友人だ」

 言いながら加藤がぶるっと震えたのは、竜王様との会見を思いだしたからだろう。
 彼の言葉を聞いた竜人たちの顎が、がくんと下がる。
 そこまで口を開けなくてもいいだろう。
 
「し、真竜さまのご、ご友人……」

 白竜族の闘士ローリスが、途中で言葉を切ると、口をぱくぱくさせている。
 おいおい、池の鯉みたいだな。
 
『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様は、どうしてこうですかねえ』 

 ほら、君たちのせいで、点ちゃんに呆れられたじゃないか。
 
 ヨロヨロと床へ座った竜人四人が、平伏しようとする。
 ああ、また、あれしなきゃダメかな。

「竜王の名において命ずる。
 俺の前で、平伏、お漏らし、逃走を禁ずる」

「そ、そんなあっ!」
「殺生な!」
「堪忍してください!」

 弱音を吐く竜闘士を尻目に、さっとテーブルに着いたのはローリィだ。
 頼りになるよ、この人は。

「兄さん、カトーさんの前で、恥ずかしいマネはやめてください」

 しっかりしているんじゃなくて、恋心だったか。
 だけど、今、尋ねるのはそこではない。

「ローリィさん、兄さんって?」

「ああ、そこで平伏しているのは、私の兄です」

 ローリィがローリスを指さす。

「えっ!?
 そうなの?」

 これには、加藤も驚いている。

「私の家族は、黒竜族ビギに追放処分を受けました。
 父と母も、この世界のどこかにいるはずです」

「大変だったね。
 でも、もう大丈夫だよ。
 ビギの奴らは、権力の座から降りたよ」

「えっ!?
 ど、どうして?」

「ああ、俺とこいつでやっつけたから」

 加藤が、俺の方を指さす。

「ど、どうやって?」

 これは、床から顔を上げたローリスの言葉だ。

「それを話すと長くなるから、また今度にしてくれ」
 
 まだ少し元気がないシリルが、床で平伏している三人を指さす。

「シロー、なぜこやつらは、あんなことをしておるのじゃ?」

「ああ、シリル様、それも話すと長くなりますから、またいつか」

「そうか」

「それより、これから少しすることがあるんですが、シリル様もご一緒しませんか?」

「そうじゃのう……」

「ローリィ、君も来てくれるか?」

「それは、シリル様がいらっしゃるのでしたら、私もついて行きますが」

「加藤、ここをよろしく頼むよ。
 何かあれば、念話してくれ」
 
「ああ、任せとけ」

「加藤様、お気をつけください」

 ローリィは、さっそく加藤の所に行き話しかけている。

「ああ、君も気をつけてね」

 加藤の言葉に、ローリィは耳まで赤くしている。
 勇者のリア充ぶりって凄いよね。

『(*'▽') 勇者ぱねー!』

 点ちゃんも同意と。

「じゃ、シリル様、ローリィ、こちらへ」

 俺は席を立つと、『土の家』から外へ出た。
 草原はすでに暗くなっており、肌寒い風にそよぐ草の音が聞こえてくる。
 夜目が利かない二人のため、『枯れクズ』を出す。

「なんじゃ、その明かりは?
 綺麗じゃのう」

 俺は、『枯れクズ』をシリルに手渡すと、点ちゃん一号を出した。

「「ひっ!」」

 突然、近くに巨大なものが現れたから、シリルとローリィが悲鳴を上げる。

「ご安心を。
 これは、俺が作った乗り物です」

 タラップを降ろし、シリルが1号に乗りこみやすいようにしてやる。
 
「な、なんじゃこれは?」

 くつろぎ空間を目にしたシリルが驚いている。

「シローさん、これは一体?」

 ローリスも目を丸くしている。

「俺の家であり、乗り物っていう感じかな。
 これでちょっと遠くまで飛びますよ」

「飛ぶ?」

「ええ、これは空を飛ぶ乗り物です」

「そ、空をか!?」

「とにかく、出発しますよ」

 点ちゃん1号は、音もなく上昇を始めた。
 
「シローさん、これで動いているのですか?」

 この機体は、ほとんど揺れないからね。

「ええ、かなりの早さで空を飛んでいますよ」

 機体の壁は透明にしているが、外が暗いため何も見えない。

「上を見てください」

「おおっ!」
「まあ!」

 そこには、満天の星があった。

「こちらに来てください」

 二人が近寄ってきたので、足元を指さす。

「おや、下にも星が見えるの」

「シリル様、あれは街の灯りですよ。
 動いているでしょう?」

「おおっ、本当じゃ!」

 しばらく飛ぶと、地平線が明るくなる。

「さあ、今度はこちらをご覧ください」

 そこには、夜明けのパノラマが、視界いっぱいに広がっていた。

「おおっ!
 綺麗じゃのう!」

 やがて地平線から、この世界の太陽が顔を出した。
 空と地の境界が、黄金色に輝く。

「なんと美しいのじゃ……」

 シリルのつぶらな目からは、涙がこぼれ落ちている。
 しかし、姉の件からその表情にあった暗い翳は消えさっていた。
 彼女はローリィの手を握り、じっと朝日を眺めていた。
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