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第十章 奴隷世界スレッジ編
第56話 決戦2
しおりを挟む「あ、あれはっ!!」
同盟軍の前線にいるドワーフに衝撃が走る。
「し、神獣様……」
そう、彼らが目にしているのは、伝承の中で伝えられてきた神獣そのものだった。
神獣は次々と現れ、横一列に並んだ。
「ダ、ダメだ……向こうに神獣がいるってことは、正義は向こうにある」
「神獣様に歯向かうことはできない……」
「もう、お終いだ」
ドワーフ軍の兵士半数以上が武器を捨て、逃げはじめた。
残ったドワーフ軍、帝国軍から逃亡する兵士に向け、矢や火の玉が降りそそぐ。
しかし、その大部分は見えない壁にぶつかり、逃亡兵に届かなかった。
◇
「もう戦闘が始まってるみたい」
子竜の背中に乗ったミミがそう叫ぶ。
前方に魔術が放つ閃光が見えていた
「でも、なんだか変だよ。
山岳地帯ではなくて、軍の後方を攻撃しているように見える」
ポルは獣人ならではの視力を活かし、冷静に状況を見ていた。
その時、急にガクンと子竜の高度が下がる。
子竜の背中に座るコルナは、その異常にいち早く気づき、治癒魔術を施している。
しかし、子竜の苦しそうな様子は変わらなかった。
「とにかくすぐ下に降りて!」
コルナの声に答えるように、二体の子竜が急降下する。
地面に降りた子竜は、ぬいぐるみに変身した。
コルナが二人の子竜を抱く。
「二人とも、しっかりして。
どうしよう、あと少しなのに」
「マンマ……」
「マーマ……」
熊とウサギのぬいぐるみが弱々しい声を出す。
子竜がそうなった原因も分からないから、コルナの焦りは増すばかりだ。
治癒魔術を掛けているのに、次第に動かなくなるぬいぐるみに、コルナの顔に絶望が浮かぶ。
その時、上空から何かが降りてきた。
◇
コルナたちの側に降りてきたのは、五体のワイバーンだった。やはり二体のぬいぐるみを抱いたコリーダが、その背から降りてくる。
彼女が抱いたぬいぐるみも苦しそうだ。
「コルナ、これはきっとドラゴナイトの影響よ」
コリーダが確信をもってそう告げる。
「では、これの出番ですな」
いつの間にかコリーダの横に立ったリーヴァスが、黒いケースを掲げる。
「コルナ、準備はいい?」
「ええ、コリーダ。
あなたこそ、大丈夫?」
「こちらは任せて。
すぐに始めて」
コルナは、猫賢者から教わった長い呪文の詠唱に入った。
途中で間違えると最初からやり直しだ。
弱りゆく愛しい子竜を目の端に捉えたコルナは、しかし、全神経を魔術の詠唱に向けていく。
それこそが、子竜を助けられる唯一の方法だからだ。
リーヴァス、ミミ、ポルは、弱りつつある子竜の姿を目の当たりにしているから、気が気ではない。
彼らにとり、永遠とも思える時間が過ぎた後、コルナが右手を挙げた。
コリーダが黒いケースを開け、中のものを取りだす。それは三十センチほどの湾曲した漆黒の角笛だった。
彼女がそれを口に当てると、コルナが右手を笛にかざし詠唱の最終節を唱えた。
コルナの手から出た青い光が笛を覆う。
コリーダが鳴らす笛の音が辺りに響く。それは大きな音ではないが、草原を越え、巨人の里やシローたち、そして、同盟軍の所まで届いた。
彼らには見えないが、音と共に広がった青い光が辺りを覆っていた。
「な、なんだ、この音は?」
ガーベルがどこからか聞こえる音に苛立つ。
しかし、その音は、多くの兵士の心を戦いから安寧へと導くものだった。
さらに多くの兵士が武器を捨て、逃走を始めた。
◇
「コルナさん、コリーダさん、子竜が意識を取りもどしました!」
ポルがそう報告しても、コルナとコリーダは演奏と魔術に集中しており、それに気づいていないようだった。
「ポル、邪魔をしてはいけないよ」
リーヴァスがポルの肩に手を置く。
「リーヴァス様、これは一体?」
「コリーダが吹いているのは、『黒竜の角笛』というアーティファクトだよ。
ある条件でそれが吹かれたとき、ドラゴナイトがその効果を失う」
「ある条件ですか?」
「うむ、さきほどコルナが唱えていた魔術がそうだ」
「そうでしたか。
二人はどうしてあのままなのでしょう」
「この術は、発動したら最後まで行う必要がある。
途中でやめれば、ドラゴナイトがまたその効果を及ぼすことになる」
集中からすでに蒼白になっているコルナとコリーダを愛しげに見つめ、リーヴァスはつぶやいた。
「大した娘たちだ」
まるで彼の言葉が合図であるかのように、コリーダの演奏が終わる。
二人は、共に草原に倒れかける。
風のようにやってきたリーヴァスが、気を失った二人を両腕に抱きかかえる。
元気が無かったワイバーンたちも、今は嬉し気な鳴き声を上げている。
ポルが敷いた布の上に横たえられたコルナとコリーダに、ぬいぐるみが二匹ずつ抱きつく。
「やっとお迎えが来たようね」
青い空を近づいてくる二匹の真竜を見あげ、ミミがそう言った。
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