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第十章 奴隷世界スレッジ編
第61話 戦いの終わり2
しおりを挟む同盟軍の抵抗は、ソラル、ガーベルの周囲が最も激しかった。
特に白銀の鎧を身に着けた、大柄な男は五人の兵士を相手に、全く臆したところが無かった。
すでに四、五人の兵士が、その足元に転がっている。それぞれが、鎧のどこかを大きく凹ませていた。
「帝国親衛隊隊長ブルデューだ。
我こそと思う者は、ワシと立ちあえ」
白銀の大男はそう言うと、両手にはめた白銀色のガントレットを胸の前で強く打ちつけた。
カーン
その澄んだ音を聞いた連合軍の兵士たちが、数歩後ろに下がった。
彼らの間から前に進みでたのは、黄金色の鎧を着た細身の体だった。
がっしりした大男の前に立つと、なおさらその線の細さが際立つ。
「また、ヒョロヒョロしたのが出てきたな。
それにお前、まだ子供だろう」
大男は呆れたような声を出した。
鎧の少年が、その兜を取る。
「あー、蒸れるわ、これ」
少年は黒髪だった。
「お主、もしや黒髪の勇者か?」
白銀の騎士が、期待を込めた声でそう尋ねる。
「ああ、そうだよ。
加藤ってんだ。
あんたが名乗ったんだ。
こちらも、それに合わせるぜ」
「アダマンタイトの鎧を着た真の勇者か!
敵にとって不足はない。
勝負だ」
巨体がそのガントレットを振りかぶり、加藤に襲いかかる。
巨大な鉄の拳が、むきだしになった加藤の頭部を吹きばしたかのように見えた。
「「「ひいっ!」」」
周囲で見ていた兵士たちが悲鳴を上げる。
しかし、加藤の首は元のままだった。
彼が首をすくめパンチを避けたのだ。
「なかなかのパンチだな。
次は俺の番だ」
加藤がそう言った瞬間、彼の鎧が黄金の光を発したかのように見えた。
その光が線となり、銀色の鎧に正面からぶつかった。
ゴガーンッ
そんな音が辺りに響いた。
音が消えた空間に立っているのは加藤だけだ。
かなり離れた草むらに大男の鎧が横たわっていた。
それがギシギシ音を立てながら、ゆっくり起きあがる。
「ちっ、世界群は広いな。
こんな衝撃を受けたのは初めてだぜ」
ふらつく銀色の鎧に、再び黄金色の光がぶつかる。
ゴガーンンッ
一撃目より強いその衝撃に、騎士は少年がまだ全力を出していないと気づいた。
すでに言葉を出す余裕もなかったが、彼の高いプライドは、己が地面に横たわっていることを許さなかった。
ふらつきながら、なんとか立ちあがる。
白銀の騎士は、不敵にもニヤリと笑った。
三度目の衝撃。
形をいびつに変えた銀色の鎧が、草をなぎ倒し転がっていく。
騎士はピクリとも動かない。
「立てっ!」
加藤の大声が草原に響く。
その声に反応するかのように、ボロボロの鎧がピクリと動いた。
ゆらりとその鎧が立ちあがる。
加藤は、ゆっくりその鎧に近づいていく。
「勇者殿!」
連合軍の兵士が、加藤を停めようとする。
草原に起立したボロボロの鎧に近づくと、加藤は凹んだミスリル鎧の胸にコツンと右拳で触れた。
軽く頭を下げ、その場を後にする。
恐る恐る近づいた兵士たちが見たのは、気絶したまま毅然と立つ、近衛騎士の姿だった。
◇
その男は、モサと言った。
彼は帝国近衛兵の中で、『疾風』と呼ばれている。
人を人とも思わない態度で、出世の道からは外れているが、腕に覚えがある者たちからは帝国一の剣士だと信じられていた。
彼は巨人の老人が話すのを聞いてから、この戦いへ積極的に参加する意欲を失っていた。彼独特の感覚で、巨人が言うことが真実だと嗅ぎとった彼は、自軍に戦力として参加する気はなかった。
世界の崩壊が怖いのではない。
そうなったとき、剣の道を途中であきらめなければならないことが、我慢ならなかったのだ。
良くも悪くも、彼は剣一筋だった。
補給物資にもたれ、くつろいでいる彼のところへ、連合軍の兵士数名が近寄った。
「同行してもらおう」
放っておけば立ちさる男を、一人の兵士が呼びとめてしまう。
彼は虎の尾を踏んでしまった。
モサが左手で腰の剣に触れる。
「捕縛しろっ!」
先ほどの兵士が、縄を持つ部下にそう声を掛けた。
モサの姿がゆらりと揺れ、兵士たちの間を通りぬけた。
それを遠巻きに見ていた兵士が、訝しく思った。なぜ、彼らは男を捕まえないのか。
その疑問に対する答えは、すぐに分かった。
捕縛しようとしていた数名が、血しぶきを上げ倒れたのだ。
それを見ていた連合軍の兵士に動揺が走る。
すでにこれは勝ち戦だ。わざわざ命を懸け、一人の剣士に関わろうとする者は誰もいなかった。
ただ一人、銀髪の男を除いては。
「あんた、さぞ名のある剣士だろう」
近づいてくる男に向け、モサが静かな声で話しかける。
「残念ながら、私はただの冒険者ですな」
「まあ、肩書はどうでもいいか。
俺ゃ、モサってもんだ。
一手、手合わせ願えるかな」
「そうですな。
お断りしても、あなたは見逃してくれぬでしょう。
お受けしましょう」
二人は十分な距離をとり、お互いに礼をした。
それぞれが鞘から剣を抜く。
モサは白く光る聖剣を、リーヴァスは青く光る魔剣を構えた。
戦場の喧騒が、二人の周囲だけ消えていく。
草原を吹く風が、『疾風』のモサ、『雷神』リーヴァスの髪を揺らした。
どこからか転がってきた枯草の塊が、二人の間を横切ろうとした瞬間、高い音が戦場に響いた。
ギギギーン
見守る兵士が、思わず耳を手で覆った。
モサとリーヴァスは、お互いがその位置を入れかわっていた。
二人がゆっくり相手の方を向く。
「楽しめたよ」
「それはよかったですな」
お互いの声が相手に届くと、一人の男が膝から崩れおちた。
見ていた兵士たちから歓声があがったが、立っている男がそちらを眺めただけで、それが収まった。
倒れた男は目を大きく開け、浅く早い呼吸をしていた。
銀髪の男がその上にかがみこむ。
「すまぬ。
手加減できなんだ」
それを聞き、横たわった男、モサがニヤリと笑った。
「あの世でもう一度、手合わせ願おう」
「承った」
リーヴァスが、動かなくなったモサの目を左手でそっと閉じる。
彼の右手からは、血が滴っていた。
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