565 / 607
第十二章 放浪編
第35話 女性兵士
しおりを挟む最前線で哨戒していたウエスタニア国の兵士ミラは、奇妙なものを目にした。
それは背が低い乗り物で、東、つまり敵国イスタニアの方から近づいてくる。
遠見の道具で確かめると、ハンドルを握る青年の姿があった。彼はイスタニア軍の深緑色の軍服ではなく、くすんだカーキ色の上下を身に着けており、頭に茶色い布を巻いていた。
とにかく、『劣性』である男だから、敵であることは間違いない。
彼女は、彼が通るだろう道の横にある、廃墟の壁に急いで身を潜めた。
青年の乗り物が近づいてくる。
彼女はそれが地面から少し浮いているのを見て、驚きの声を上げそうになった。
どういうこと?
この青年は、神の使いなの?
あ然としてなにもできない内に、乗り物は彼女が隠れている場所のすぐ前で停まった。
「こんにちは」
青年が話しかけてくるなどとは思っても見なかった彼女は、ぱっと立ちあがった。
そして、『弓銃』と言われる兵器を構えた。
「動くなっ!」
彼女の言葉を聞いていなかったのか、青年は背中を向けながら乗り物を降りた。
「ええと、ウエスタニアの方ですよね?」
振りかえってこちらを見た青年の穏やかな声は、かえってミラの警戒心を高めてしまった。
躊躇なく、引き金を引く。
しかし、なぜか弾丸は発射されなかった。
「ああ、それ、使えなくしときましたよ」
「ど、どうやって?!」
「とにかく、ウエスタニア軍の偉い人に合わせてもらえませんか?」
「なんだと!
男などという『劣性』が、我らの聖域に入れるものか!」
ミラは腰からナイフを抜くと、それを逆手に持ち、青年に襲いかかった。
彼女自身が会心だと思える一撃が、青年の首筋を捉える。
スカッ
「えっ?!」
手元を見ると、ナイフが消えている。
青年の方へ視線を向けると、彼がそれを手にしていた。
「これは、とんでもなく適当な造りのナイフですね」
彼はそう言いながら、ナイフの柄と刃を両手で持つと、くいと曲げた。
くの字になったナイフをぽいと背後に投げる。
「ナイフってのは、こういうのを言うんですよ」
彼の手には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。
その刃は金色に光っており、優美なフォルムと相まって、まるで機能美がそのまま姿を現したかのようだった。
ミラは、差しだされたナイフの柄を無意識に握ってしまう。
確かに、これに比べると、彼女がさきほどまで使っていたナイフは、刃物と言うにもおこがましい代物だった。
ぼうっと見とれていたナイフは、幻のように手の中から消えた。
「な、なんだ!?」
青年はそれには答えず、先ほどのお願いを繰りかえした。
「ウエスタニア軍の偉い人に、会わせてもらえませんか?」
ミラは、ぼうっとした頭でよく考えることもできず、頷いてしまった。
「ありがとう。
俺の後ろに乗ってください」
青年が、先ほどの乗り物にまたがる。
彼が座席の後ろをぽんぽんと叩いたので、ミラはそこにまたがった。
「あっ、そうだ。
俺の名前はシロー。
あなたの名前は?」
「ミ、ミラだ」
初めて男性と声を交わしたミラは、なぜか顔に血が昇るのを感じた。
「じゃ、ミラ。
飛ばすから、しっかり掴まってて。
偉い人がいるところまで、案内を頼むよ」
「……ひいっ!」
突然、動きだした乗りものに、ミラは思わず悲鳴を上げてしまう。
もの凄いスピードで走る乗り物の前方に、瓦礫(がれき)の山が見える。
彼女は思わず目を閉じ、青年にぎゅっとしがみついた。
耳元で風が鳴る。
目を開けると、瓦礫がはるか下にあった。
『(≧▽≦) ひゃーっほうっ!』
気のせいか、頭の中で誰かの声がする。
再び地面の上を走りだした乗り物の上で、ミラはさらに強く青年の腰に手を回すのだった。
◇
シローがミラを乗せた、バイク型点ちゃん4号は、その漆黒の車体を、大きな門の前で停めた。
それは、イスタニアにもあった、巨大な城壁だった。
点ちゃんの分析では、かつてイスタニア、ウエスタニアの人々が死に絶えた、『ゲームオーバー』後に、『平和大陸』の人々によりこの城壁が設置されたそうだ。
ミラは腰のポーチから、タバコの箱サイズの黒い装置を出すと、それに向かい話しかけている。
どうやら、何か揉めているようだ。
「シローとやら、どうやら許可は下りそうにないぞ」
「ああ、そうですか。
それでは……」
先日上空からばら撒いておいた点の一つを目標に、俺は瞬間移動を発動した。
現れたところは、街の裏通りで、周囲はイスタニアで見たのとそっくりの家並みが続いている。
突然、周囲の景色が変わり、目を丸くして驚いていたミラが、次第に自分を取りもどす。
「ど、どうしてこんな場所に?」
彼女は自分がどこにいるか、気づいたようだ。
「門が開けてもらえないようだから、勝手に入ったよ」
「な、なんだと!
そんなことをして、許されると思っているのか!」
彼女がそんなことを言っている間にも、周囲で悲鳴が上がりだした。
「きゃーっ!
男がいるっ!」
「なんだとっ!
ホントかっ!」
「汚らわしいっ!」
いや、さすがに「汚らわしい」は無いでしょ。
マップを頼りに、点ちゃん4号を動かし、裏通り沿いに街の中心へ向かう。
すれ違う女性たちは、近づいてくる黒いバイクを見るとギョッとして道の脇に避ける。
裏路地を抜け、大通りに出る。
左前方に大きな建物が見えてくる。
それは、イスタリアで見た軍の本部そっくりだった。
すでに、その建物の前に赤い軍服が集まりだしている。
おれはそこへ向け、バイクのスピードを上げた。
「ひぃーっ!」
背ろからミラの悲鳴が聞こえるが、ここは我慢してもらおう。
「点ちゃん、頼むよ!」
バイクから、大音量でハードロックが流れだす。
点ちゃんが興味半分で仕入れた、地球の曲だ。
ノリのいい名曲を流しながら、バイクが軍本部の建物に近づく、入り口にはバリケードが築かれつつあり、弓型の兵器をもった赤い軍服が、ずらりとその前に並ぶ。
「えー、責任者の方、責任者の方、お話があります。
すぐに出てきてください」
ハードロックの音に負けないように、魔道具で上げた音量で軍本部へ声を掛ける。
並んだ赤い兵士をかき分け、スラリとした長身の女性が姿を現した。
髪を短く刈りこんでいる兵士たちの横に立つと、肩までブロンドの髪を伸ばしたその女性はとても目立った。
左目に赤い眼帯を着けており、左頬に大きな傷があった。
「お前、命が惜しければ、すぐにミラを解放しろ!」
その女性は、よく通る低い声でそう言った。
「モラー少佐っ!」
その言葉と共に、ミラはさっとバイクから降り、腕を胸に当て敬礼した。
「ミラさん、どうぞ行ってください」
ミラは俺の方をいぶかし気に見たが、小走りに眼帯の女性へと掛けよる。
二人は小声で何か話しあっていたが、それが終わると眼帯の女性が声を掛けてきた。
「ミラを解放したのは褒めてやろう。
だが、『劣性』ごときがこの聖なる地を汚して、タダですむとは思ってないだろうな!」
ハードロックの音量を下げ、話しかけてみる。
「こんにちはー。
俺、シローって言います。
異世界から来た冒険者なんですよ」
のんびりした俺の言葉を聞いた兵士たちが、ぽかーんとした顔をしている。
「お前、頭がおかしいのか?
私の話を聞いてたのか。
ミラ、お前には悪いが、こいつはここで始末する。
総員、構え!」
横一列に並んだ兵士たちが、ボウガン型の兵器で俺を狙う。
点ちゃん、この人たち、俺の話を聞いてくれないよ!
『(; ・`д・´) 当たり前だーっ!』
点ちゃんのお叱りの言葉に続き、眼帯の女性が叫んだ。
「撃てーっ!」
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる