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第一章 冒険者世界アリスト編
第1話 ポータルズ
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日本は、中国地方にある田舎町。
ここは、山々に囲まれ、のどかな自然にあふれている。小さな町の中央を、さらさらと清流が流れている。
都会から訪れる者は、自然あふれる素敵な町とほめる。けれども、地元に住んでいる人々、特に若者にとって、ここは避けられない閉塞感(へいそくかん)が漂う場所である。
坊野史郎(ぼうのしろう)も、そんな若者の一人だが、彼はその閉塞感を好ましく思う少数派だった。これには、彼が持つ生来の気質も関係しているのだろう。
地元の公立高校に通う彼は、クラスメートから「ボー」と呼ばれている。そう名づけた友人によると、いつもぼーっとしているからだそうだが、史郎自身は、そう呼ばれるのが嫌いではない。
今日も授業が終わって、窓から外を眺めていた。これは彼の日課で、近所の酪農家が、この時間に花子を散歩させるのを見ているのだ。
花子は白黒の牛で、史郎は、彼女が生まれるときにも立ちあった。まあ、友達のようなものである。
菜の花が咲く川沿いの土手道を、花子がゆっくり歩くのを見ていると、それだけで幸せになれる。彼は、そういう少年なのだ。
部活動が盛んなこの地域では、放課後の教室に残っている者は、ほとんどいない。日直とか、掃除当番になった生徒だけである。
この日は、史郎の他に三人が教室にいた。
「おう。ボー、今日の花子ちゃんはどうだい? いい胸してるよね~、彼女」
声を掛けてきたのは友人の加藤雄一(かとうゆういち)だ。細身の長身で、黒縁眼鏡。文科系男子である。史郎の幼馴染で、「ボー」というあだ名をつけたのは彼である。
「きちんと当番やってよね」
加藤の後ろから声をかけたのは、学級委員長の畑山麗子(はたやまれいこ)。165cmはあるすらりとした体形で、肩下で整えられた髪が青紫色に光る。鄙にもまれな、という表現がぴったりの和風美人である。
「えーっ、もうあれだけやればいいだろう」
あー、加藤が、またやっちゃったよ。畑山女史に逆らっちゃだめだよね。
「なに言ってんの! あんた机にちょっと触っただけじゃない。
黒板も拭いてないし、箒がけもまだだよ、それから……」
「あー、あー」
耳を押さえて加藤がうなっているが、いいかげん畑山さんの性格知ろうよ。去年から、同じクラスなんだからさ。
「史郎くん、もう帰ろう」
ささやくような声で、シャツの袖をつかんでくるのは、幼馴染の渡辺舞子(わたなべまいこ)だ。身長が150センチ無いことと、耳の下でそろえたショートカットで男の子と間違えられるのが悩みの少女である。
クラスで史郎のことを名前で呼ぶのは、舞子だけである。
「そうだな。もう帰ろう、かっ!?」
突然、きしむような音を立てて黒板の中央が黒ずむ。その影が中心を巡って、風車のように回りだした。
「な、なんだありゃっ」
俺の視線を追った加藤も、振りかえって異変に気づく。音が小さくなると、黒板に直径1mほどの穴ができた。
驚くことに、その奥に木立のようなものが見える。
しばらく呆然としていた四人だったが、加藤が黒板へ向けて歩きだした。
「おい、ちょっと待て」
声を掛けるが、幼い頃からの付きあいで、こんな場合の加藤は、納得するまで止まらないと分かっていた。
舞子は、立ちあがりかけた俺の腕にすがりついている。一番の常識人である畑山さんは、まだ、呆然としたままだ。
黒い穴をのぞきこんでいた加藤が、こちらに手招きする。
「これ、すげえぞ。向こうは森みたいだぜ」
ほっとくと何をするかわからないので、とりあえず加藤のところまで行く。彼の肩越しにのぞきこむと、うっすらかかる靄を通して木立が見える。森の朝がこんな風景だが、今は午後4時過ぎ。
何なのだ、これは。
「ちょっと入ってみるぞ」
やっぱり、そうなったか。穴に入ろうとする加藤の腕をつかんで引っぱる。
「おい、やめとけ。なんか、やばい気がする」
「ボーは、心配性だからな。安心しろ。ちょっとだけ入って、すぐ出るから」
こうなると、止めても無駄である。せめて何らかの抑止力にはなるだろうと、加藤の後ろについて穴をくぐる。
ひんやりした空気。湿った落ち葉のにおいがする。靄の向こうは、どこまでも森が広がっていた。
後ろを見ると、地面から50cmくらいの高さに、さっき通りぬけた穴が開いている。
俺は驚きのあまり、心が痺れていたのだろう。左手の重みで、やっと舞子までこちら側に来ていると気づく。
「おい、出るぞ」
加藤はともかく、舞子だけは教室に戻さなくては。
ところが、まるで俺の声に反応するかように、穴の縁を形作っていた黒い煙状のものが、再び回転を始める。
「おい、加藤! やばいぞ! 穴が閉まりそうだ。 急げ!」
30mほど向こうで、木を見上げていた加藤が、振りかえる。すでに穴は、80cmくらいまで縮んでおり、こうしている間にもさらに小さくなっていく。
穴にたどり着くと、向こう側に不安そうな畑山さんの顔が見えた。彼女の方に舞子を押しだす。危険に気づいた畑山も、舞子の手を引っぱってくれる。
よし、後は、加藤だけだ。
振りかえると、まっ青な顔をした加藤が走ってくる。やつのあんなに必死な顔を見たのは、小学校の遠足でお漏らししそうになった時以来だ。
穴は、すでに50cmくらいになっている。
これ、縮まるのが早くなってない?
張りだした木の枝をつかみ、とりあえず下半身を穴に入れる。
加藤が来るのを待って教室側へ引っぱりこもう。
穴は、すでに人が頭から入れるぎりぎりの大きさだ。
急げ、加藤!
転がるようにやってきた、加藤の腕をつかむ。ぐいっと引っぱると、穴から加藤の顔がのぞく。さらに、ぐいっ。加藤の全身が、教室側に出る。
やった!
後ろを見ると、畑山と舞子が驚いたような顔をしている。
えっ?
振りかえると、加藤の片足が上履きのところで穴に引っかかっている。彼は逆立ちのように、黒板前の床に手をついた格好だ。
なんで今、逆立ち?
やばい。
「加藤っ! 靴脱げ、靴っ。」
叫ぶが、穴はドンドン閉じていく。このままでは加藤の足が切断されるのでは? そんな考えが頭をよぎった瞬間、いきなり景色が変わっていた。
あれ?
灰色の空が、見える。横を見ると舞子と畑山さん、加藤が同じように落ち葉の上に横たわっている。
森の中で。
「えっ!?」
--------------------------------------------------------------
クラス担任教師の林が、教室まで施錠に来ると、そこには誰もいなかった。
史郎の机には、カバンが口をあけたまま放置されている。
「仕方ないな~、あいつは」
彼は、後でまた来るか、と教室を後にした。
ここは、山々に囲まれ、のどかな自然にあふれている。小さな町の中央を、さらさらと清流が流れている。
都会から訪れる者は、自然あふれる素敵な町とほめる。けれども、地元に住んでいる人々、特に若者にとって、ここは避けられない閉塞感(へいそくかん)が漂う場所である。
坊野史郎(ぼうのしろう)も、そんな若者の一人だが、彼はその閉塞感を好ましく思う少数派だった。これには、彼が持つ生来の気質も関係しているのだろう。
地元の公立高校に通う彼は、クラスメートから「ボー」と呼ばれている。そう名づけた友人によると、いつもぼーっとしているからだそうだが、史郎自身は、そう呼ばれるのが嫌いではない。
今日も授業が終わって、窓から外を眺めていた。これは彼の日課で、近所の酪農家が、この時間に花子を散歩させるのを見ているのだ。
花子は白黒の牛で、史郎は、彼女が生まれるときにも立ちあった。まあ、友達のようなものである。
菜の花が咲く川沿いの土手道を、花子がゆっくり歩くのを見ていると、それだけで幸せになれる。彼は、そういう少年なのだ。
部活動が盛んなこの地域では、放課後の教室に残っている者は、ほとんどいない。日直とか、掃除当番になった生徒だけである。
この日は、史郎の他に三人が教室にいた。
「おう。ボー、今日の花子ちゃんはどうだい? いい胸してるよね~、彼女」
声を掛けてきたのは友人の加藤雄一(かとうゆういち)だ。細身の長身で、黒縁眼鏡。文科系男子である。史郎の幼馴染で、「ボー」というあだ名をつけたのは彼である。
「きちんと当番やってよね」
加藤の後ろから声をかけたのは、学級委員長の畑山麗子(はたやまれいこ)。165cmはあるすらりとした体形で、肩下で整えられた髪が青紫色に光る。鄙にもまれな、という表現がぴったりの和風美人である。
「えーっ、もうあれだけやればいいだろう」
あー、加藤が、またやっちゃったよ。畑山女史に逆らっちゃだめだよね。
「なに言ってんの! あんた机にちょっと触っただけじゃない。
黒板も拭いてないし、箒がけもまだだよ、それから……」
「あー、あー」
耳を押さえて加藤がうなっているが、いいかげん畑山さんの性格知ろうよ。去年から、同じクラスなんだからさ。
「史郎くん、もう帰ろう」
ささやくような声で、シャツの袖をつかんでくるのは、幼馴染の渡辺舞子(わたなべまいこ)だ。身長が150センチ無いことと、耳の下でそろえたショートカットで男の子と間違えられるのが悩みの少女である。
クラスで史郎のことを名前で呼ぶのは、舞子だけである。
「そうだな。もう帰ろう、かっ!?」
突然、きしむような音を立てて黒板の中央が黒ずむ。その影が中心を巡って、風車のように回りだした。
「な、なんだありゃっ」
俺の視線を追った加藤も、振りかえって異変に気づく。音が小さくなると、黒板に直径1mほどの穴ができた。
驚くことに、その奥に木立のようなものが見える。
しばらく呆然としていた四人だったが、加藤が黒板へ向けて歩きだした。
「おい、ちょっと待て」
声を掛けるが、幼い頃からの付きあいで、こんな場合の加藤は、納得するまで止まらないと分かっていた。
舞子は、立ちあがりかけた俺の腕にすがりついている。一番の常識人である畑山さんは、まだ、呆然としたままだ。
黒い穴をのぞきこんでいた加藤が、こちらに手招きする。
「これ、すげえぞ。向こうは森みたいだぜ」
ほっとくと何をするかわからないので、とりあえず加藤のところまで行く。彼の肩越しにのぞきこむと、うっすらかかる靄を通して木立が見える。森の朝がこんな風景だが、今は午後4時過ぎ。
何なのだ、これは。
「ちょっと入ってみるぞ」
やっぱり、そうなったか。穴に入ろうとする加藤の腕をつかんで引っぱる。
「おい、やめとけ。なんか、やばい気がする」
「ボーは、心配性だからな。安心しろ。ちょっとだけ入って、すぐ出るから」
こうなると、止めても無駄である。せめて何らかの抑止力にはなるだろうと、加藤の後ろについて穴をくぐる。
ひんやりした空気。湿った落ち葉のにおいがする。靄の向こうは、どこまでも森が広がっていた。
後ろを見ると、地面から50cmくらいの高さに、さっき通りぬけた穴が開いている。
俺は驚きのあまり、心が痺れていたのだろう。左手の重みで、やっと舞子までこちら側に来ていると気づく。
「おい、出るぞ」
加藤はともかく、舞子だけは教室に戻さなくては。
ところが、まるで俺の声に反応するかように、穴の縁を形作っていた黒い煙状のものが、再び回転を始める。
「おい、加藤! やばいぞ! 穴が閉まりそうだ。 急げ!」
30mほど向こうで、木を見上げていた加藤が、振りかえる。すでに穴は、80cmくらいまで縮んでおり、こうしている間にもさらに小さくなっていく。
穴にたどり着くと、向こう側に不安そうな畑山さんの顔が見えた。彼女の方に舞子を押しだす。危険に気づいた畑山も、舞子の手を引っぱってくれる。
よし、後は、加藤だけだ。
振りかえると、まっ青な顔をした加藤が走ってくる。やつのあんなに必死な顔を見たのは、小学校の遠足でお漏らししそうになった時以来だ。
穴は、すでに50cmくらいになっている。
これ、縮まるのが早くなってない?
張りだした木の枝をつかみ、とりあえず下半身を穴に入れる。
加藤が来るのを待って教室側へ引っぱりこもう。
穴は、すでに人が頭から入れるぎりぎりの大きさだ。
急げ、加藤!
転がるようにやってきた、加藤の腕をつかむ。ぐいっと引っぱると、穴から加藤の顔がのぞく。さらに、ぐいっ。加藤の全身が、教室側に出る。
やった!
後ろを見ると、畑山と舞子が驚いたような顔をしている。
えっ?
振りかえると、加藤の片足が上履きのところで穴に引っかかっている。彼は逆立ちのように、黒板前の床に手をついた格好だ。
なんで今、逆立ち?
やばい。
「加藤っ! 靴脱げ、靴っ。」
叫ぶが、穴はドンドン閉じていく。このままでは加藤の足が切断されるのでは? そんな考えが頭をよぎった瞬間、いきなり景色が変わっていた。
あれ?
灰色の空が、見える。横を見ると舞子と畑山さん、加藤が同じように落ち葉の上に横たわっている。
森の中で。
「えっ!?」
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クラス担任教師の林が、教室まで施錠に来ると、そこには誰もいなかった。
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