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空知音

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第一章 冒険者世界アリスト編

第27話 王国の裏側

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史郎が城から去ってから、舞子は何をするにも力が湧かなかった。

いい意味でも悪い意味でも、彼女は史郎に依存していた。

幼馴染に過ぎない男の子が、自分にとって特別な存在となった日のことを思い出す。

小学五年の夏、学校からの帰り道、ちょっとした冒険のつもりで二人はいつもと違う道を帰っていた。

ギラギラと照り付ける強い日差しに、いつもと同じ道にすればよかった、と舞子が思ったときにそれは起きた。

人が捨てて耕されなくなった畑の草むらから、突然、野犬が躍り出た。

牙を剥き、よだれを垂らし、グルルとうなる野犬を見て、舞子は気を失いかけた。

気が付いたら地面に座り込んでいたが、野犬は一向に襲い掛かってこない。

顔を上げると史郎が、毅然と野犬の前に立っていた。

いつもは茫洋として特徴が無い顔つきが、信じられないほどシャープで整っているように見える。

犬のことも忘れて、舞子はぼーっと彼の横顔に見とれていた。

史郎が野犬に微笑みかけると、それは頭を下げ、ぺろりと舌でよだれをなめると、すごすごといった様子で草に帰っていった。

「舞子ちゃん、大丈夫?」

我にかえった舞子は、カーっと顔が熱くなって、一人で家まで帰ってしまった。

あの日からずっと、舞子は史郎の傍にいた。

だから、史郎が城から去るとき、目の前が真っ暗になった。
これから傍にいるだろうメイドには、殺意さえ覚えた。

いつもは気弱な少女が内側に持つ激しい感情が、行き場を失ったまま彼女を傷つけていた。

あまりの意気消沈ぶりに、しばしば畑山や、そして加藤までもが声を掛けてきた。
しかし、その声も、虚ろな体を通り抜け、舞子の中には残らなかった。

「聖女様、ここにおられましたか」

お付きの女官が声を掛けてきた。

舞子がこの窓辺に佇(たあず)むのは、街並みがよく見えるからだ。
史郎がそのどこかにいると考えただけで、ほんのわずかでも気持ちが安らぐのだ。

そんな舞子の気持ちになど頓着せず、女官は木窓を閉めた。

「今日は、教会に行く日です」

最初に聖女付きを言い渡されたとき、女官は狂喜した。
他の女官たちが悔しそうにしているのを見て、さらに喜びは増した。

ところが、何を話しかけてもほとんど反応しない聖女に、彼女は日ごとに苛立ちを募らせて来た。
本来、崇め敬うべき対象である聖女だが、今ではお付きになったことを恨むようにさえなっていた。


舞子がやっと立ち上がると、その手を取って、容赦なく目的の方向へ引っ張るのだった。

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王の執務室では、今まさに、この国が向かう先を左右する瞬間が迫っていた。


「まだ、時期尚早ではないでしょうか」

事が事だけに、レダーマンの表情も硬い。

「今こそ、マスケドニアの奴らに、目にもの見せてやる時です」

太った貴族が、気勢を上げる。

「もう少し、勇者の力が開花してからのほうが、良いのではないでしょうか」

これは、宮廷魔術師のハートンだ。

そのとき、入り口に控えていたコウモリ顔の男が口を開いた。

「ドラコーン公爵がおっしゃられるとおり、今こそ絶好の機会かと」

「お前は黙っとれ。 
ここで話す資格など無かろうが」

ハートンが遮るが、男にためらう気配はない。

「陛下のご英断を」

それまで黙ってやり取りを聞いていた王が口を開く。

「勇者で国が盛り上がっている今こそが好機よの」

レダーマンとハートンが、がっくり項垂れる。
平坦な口調に、王の心が初めから決まっていたと、気づかされたからだ。

この評定は、形だけのものだった。

「おおっ! やっとお心をお決めなさったか」

王を子供のころから見てきたドラコーン公爵にとって、彼がこのような決断をするのは、以前から織り込み済みであった。

「では、さっそく下々で会議をとり行い、準備を進めます」

下々とはいっても、子爵以上を指しているのだが。

「陛下、今一度お考え直しを!」

レダーマンは、無駄だと分かっていても、発言せずにはおられなかった。
戦争となれば、騎士たちの多くが命を失う。
彼の脳裏には、陽気に笑う部下たちの姿があった。

「先頭に立って戦うお前が、それでどうする。 
発言に気を付けろ」

王は、冷たくそう言い放つと、ドラコーン公爵の方を向く。

「会議のこと、よしなにな」

「ははっ。 承りました」


王が追い払うような手つきをすると、四人が部屋から出て行く。

------------------------------------------------------------------

一人になったアリスト王は、立ち上がると窓辺に近づく。


窓は、この国の錬金術の粋を集めて作られたガラスで出来ていた。
物理、魔術ともに高い耐性を持つ極上品である。

窓から湖沿いの街並みを眺め、感慨にふける。

「やっとここまで来たか」

初代国王が亡くなったとき、彼にはその後を継げる目など無かった。
王の弟、しかも血の繋がりさえない、書面上だけの王弟が彼の父だったからだ。

ただ、彼の父は勇者だった。 ブロンドの髪の。


元の世界で下層階級出身の父は、子供の頃この世界に転移して来た。
彼は、勇者として覚醒してからも、それにふさわしい振る舞いができなかった。

地位を傘に、貴族の妻や娘、果ては町娘にまでに手を出すような勇者を、周囲は腫物のように扱い、それがさらに彼の乱行に拍車をかけた。

この国では、スーパースターとして扱われる勇者のこの行いは、国民までもがっかりさせた。

初代国王も、建国の戦闘で功績があった彼を切り捨てることができず、形だけの弟として王城に囲い込んだ。

それでも勇者の放埓は止まなかった。

一方、現国王の母は、貧乏子爵家の出だった。
顔とスタイルだけは良かった彼女は、出会った日に勇者と結ばれ、すぐに懐妊した。

出産の後は、王城で贅を尽くした暮らしをし、王国の財政を傾けるほどであった。

そんな両親を持つ彼を、周囲がどう扱うか。

表面では尊敬を、内心では侮りを。
そんな人びとの反応に、聡い彼が気づかぬはずはなかった。

人間の裏表を見続けて育った青年に転機が訪れるのは、二代目国王を継いだ父が若くして死んだ時である。

父の死因は続けられた不摂生によるものだったが、その死の間際、驚くべき事実を明かされたのだ。

初代国王の子、皇太子を殺したと。

母が計画を立て、協力者の若い宮廷魔術士を使い毒殺したということだった。

この魔術士は、このことで出世を手にした。
コウモリ男である。

それを聞いた彼は、驚愕の事実にも自分の心が全く動かないことに気付いた。

彼を個人教授する歴史学者から、歴史上のエピソードを聞くのと同じ。
ただ事実としてとらえただけだった。

二代目国王が亡くなった後、彼は、狷介さと用心深さを発揮し、自分にとって邪魔になる政敵を、次から次へと葬っていった。

そして、ついに王座へと昇り詰めた。

その結果、周囲は彼を恐れるようになった。

けれども、真の王として認められているわけではない。
そのことは、彼自身が十分承知していた。

周囲には、おべっかとりやイエスマンが増え、先ほど執務室で、騎士長が行ったような諫言は、もう長らく耳にしたことはない。

本当に自分が王として認められるには、初代国王のような功績が必要である。

そして、他国を併合することこそが、それに見合う功績だと彼は考えていた。



湖の向こうにゆっくり沈でいく夕日が、彼の顔を赤く染め上げていた。
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