ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

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第一章 冒険者世界アリスト編

第53話 勇者の旅立

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俺と畑山のことが、もう大丈夫だと思ったのだろう。


加藤が、旅に出ると言ってきた。

俺たち三人は、王城の加藤の部屋に集まった。

「ボー。 いつか俺が旅に出るって言ったら、二週間だけ待ってくれって言ってたよな。
ありゃ、もういいのか?」

「・・ああ、もういい。 
あれは、舞子にも関係があったから、あいつがいないと、どうしようもないんだ」

「まあ、どういうことか、そのうちに話してくれるんだろう?」

「ああ、必ず」

畑山女史は、珍しく黙っている。

「加藤、どの世界に行くか、決まってるのか?」

「ああ。 その世界に行くポータルが、マスケドニアにある」

「じゃ、ダートン経由で行くのか」

「・・いや、今回は、船で行こうと思ってる」

アリスト城の北に広がる湖は、遠くマスケドニアへと続いている。

「船の手配は、私がしとくわ」

畑山が、俯きながら言う。

「え? いいよ。 自分で、出来る」

「そのくらい、させなさいよっ!」

「ど、どうして怒ってるの?」

「馬鹿には、分からないわよっ」

「ご、ごめんなさい」

加藤は、理由も無く謝っている。
まあ、いつもの二人だな。

「陛下と、ショーカ、ヒトツさんによろしくな」

「おう、言っとくぜ」

「俺の出発の方が、後になりそうだな」

「あんた達・・」

女王陛下が、その威厳を以て命ずる。

「あんた達、絶対に帰って来るのよ」

「おう」 「ああ」

それだけ言うと、彼女は、部屋を出て行った。

「畑山さん、いつもと、ちょっと違わなかったか」

加藤にも、そのくらいは分かったらしい。

「うん。 少し気になるな」

「まあ、だけど、いよいよ旅に出ると思うと、ワクワクするぜ」

「お前が、そんなこと言うなんてな」

こちらに来てから、お互いに随分変わったってことかな。

「加藤・・」

「なんだ?」

「あー、いや。 いいや」

「おいおい、気になるだろ。 はっきり言えよ」

「じゃ、言うぞ」

「おお」

俺は、大きく息を吸ってから、こう言った。

「死ぬな。 生きて、帰ってくれ」

「ああ、目標を果たして、必ず帰ってくる。
お前も・・って、お前は、点ちゃんがいるから大丈夫か」

「ああ、俺も必ず帰ってくる」

少年二人は、心の内に、ほぼ同じ目的を持っていた。

しかし、お互いに、それを話すことは出来なかった。

余りにも、可能性が低い、目標だからである。

「じゃ、次は、お前の出航の日だな」

「見送りなんて、いいのによ」

「そうはいくか。 心置きなく、見送られろ」

「分かった、分かった」

「じゃあな」


史郎は、後ろも見ずに、城を後にした。

-------------------------------------------------------------

勇者が旅立つ日、港には多くの船が浮かんでいた。


岸壁には、既に立錐の余地もなく民衆が立ち並んでおり、空いているのは湖水の上だけである。

商才がある者が、勇者見送りの船を仕立てると、乗船券は飛ぶように売れた。

多くの船が、少し沖の方に浮かんでいるのは、これが理由である。

銅鑼が鳴り、辺りの喧騒が鎮まる。
水鳥の声だけがする。

勇者は、アリスト国の紋が入った貴賓者専用の船に乗り込むところだった。

畑山も、女王陛下として、そこにいた。

「我らの勇者を、ここに見送る。 再び帰る日を夢見て」

よく通る、威厳がある声で、そう宣言する。

「必ず帰る、その日まで」

勇者が、それに応じる。

管楽器が鳴ると、民衆が一斉に歓声を上げる。

「勇者様ー!」

「「「勇者! 勇者! 勇者!」」」

「行ってらっしゃーい」

「お気を付けてー」

女王は、勇者と握手すると、後ろに下がっていった。
どうやら、少し高くなった場所で、見送るらしい。

勇者が船上から、群衆に手を振る。

黒髪が風になびき、白銀の鎧が、キラキラと透き通るようである。

絵になる場面だなあ。

史郎は、我が友ながら、そう思う。

アリストに来てからの体験が、内面から加藤を輝かせているにちがいない。

例え、それが限りない悲しみであるとしても。


船がほとんど見えなくなった時、史郎が振り返ると、高台の上に立つ女王陛下の周囲が、何かで煌いているような気がした。

------------------------------------------------------------

港から家に帰ろうとしていると、いつか王城で会った、侍従長が、史郎に近づいてきた。

「お久しぶりです」

「ええ、お元気でしたか」

お互いが、挨拶を交わした後、侍従長は、女王陛下から話があるので、城まで来てくれないか、と伝えてきた。

念話で済ませればいいのに、と思ったが、何か理由があるのかもしれない。

俺は、城へ向かった。

港から城は近く、歩いて10分足らずである。

王の間ではなく、貴賓客用の応接室へ通された。

お茶を飲んで待っていると、間もなく女王が現れた。

彼女は、目の周りが、少し赤くなっているようである。

付き添いやメイド全員を部屋から追い出すと、ほっとした顔をして、長椅子にドスンと座った。

「あー、もう、なんて窮屈なのかしら」

まあ、それは、そうであろう。
格を守って行う王の毎日は、一つ一つの動作まで細かく規定されている。

「あんたが、居なくなったら、どうやって寛ろごうかしら」

確かに、俺がポータルを渡れば、四人のうち、この世界にいるのは畑山だけになる。

「ちょっと、立ってくれる」

「え? いいけど」

立ち上がると、畑山は、俺の背後に回った。

何をするのだろうと思ったら、肩甲骨のあたりの服を、ぐっと後ろに引っ張られた。
どすん、と背中に何かが当たる。

次の瞬間、畑山の号泣が、部屋を満たした。

俺は途方に暮れ、動かずにいた。

涙が枯れたのか、やがて泣き声が聞こえなくなった。
背中に畑山の頭が、ぐりぐり押し付けられている。

それも終わると、やっと離れてくれた。

目は真っ赤だが、表情は落ち着いているように見える。

「はーっ、すっきりした。 なんで、立ってるの? 座りなさいよ」

あなたに言われて立ったんですが、と言いたかったが、ここは、黙っておいた方がいいだろう。

俺が座ると、唐突に畑山が話し始めた。

「ブーコ」

「え!?」

「ブーコよ、覚えてない?」

「ええっと、そう言われましても・・」

「ヒマワリ幼稚園、年長組、ブーコよ」

「え?」

ヒマワリ幼稚園というのは、俺が加藤や舞子と一緒に通っていた幼稚園である。

記憶を探ると、手掛かりの糸のようなものに触れた。

「あっ! ブーコか! そういえば、そんな名前の子がいたな」

「やっと、思い出(だ)したわね。 
彼女の本名は、ブーコじゃなくて、麗子よ」

「えっ?!  畑山さんと、同じ名前だね」

「同じ名前じゃなくて、私がブーコなの」

「ええっ!?」

あの太った丸っこい女の子が、目の前の、すらっとした美しい少女と、どうしても重ならない。

「ブーコはね、小学校に上がるときに、引っ越したのよ」

幼稚園の子供全員が、同じ小学校に上がる田舎である。
しかし、確かに、小学校にブーコの姿は無かった。

「えええっ!   ホントにブーコちゃんが、畑山さん?」

「驚いたでしょ」

「なんで、今まで言わなかったの?」

畑山は、少し黙り込んだ。

「幼稚園の終わり頃だったわ。 
お遊戯の時間に、ブーコは、お漏らししちゃったの。
ただでさえ、太ってるってことで、からかわれてたから、それはもう恐ろしくてね。
動けなかったの。
そしたらね、あのバカ加藤が外に飛び出したと思ったら、水の入ったバケツ持ってきてね。
そこらじゅう、水浸しにしちゃったのよ。
それで、お漏らしの件は、誰にもばれなかったわけ」

ああ、そんなことがあった気がする。
あの時、加藤は親まで呼ばれて、ものすごく叱られてたな。

「あいつはね、あの時から、私にとって勇者になったの。
絵本の中で、お姫様を救う勇者が、現実にもいたんだって思ったわ。
でも、自分は、お姫様じゃなくて、ブーコでしょ。
それが、すごく悲しくてね」

畑山は、少しの間、目を閉じた。

「でね、勇者にふさわしい、お姫様になろうって考えたわけ。
勉強も、習い事も、必死になってやったわ。
いつの間にか、周囲はブーコとは呼ばなくなってた」

「高校受験のとき、親は反対したけど、私はあの学校を選んだの。
もう分かるでしょ。 勇者がいるからよ」

「あの~、ということは、畑山さんは、加藤のことが・・」

「好きに、決まってんじゃない。
好きでもないのに、なんでブーコが、こんな美少女になれるのよ」

あー、自分で美少女って、言っちゃいますか。
まあ、事実ですから、問題ありませんが。

「本人には、そのことを?」

「言えるわけないじゃない。 だって、お漏らしブーコよ」

いつも勝気な美少女は、目に涙をいっぱい溜めていた。

「好きだってだけでも、言えば・・」

「自分に、あの過去が無かったら、言えたかもしれない。
でも、どうしても言えなかった。
あいつが、もう帰ってこれないかもしれないのに・・」

少女の瞳から、涙が、つうと零れ落ちた。

「だけど、ここに誰かいないと、加藤もみんなも、帰ってくる場所が無いじゃない」

そんなことを、考えていたのか・・・

「だから、必ず帰って来いって言ったんだね」

帰る場所があるということ、その有難さが、今の俺にはよく分かる。

「心配しなくていいよ。
あいつが向かった世界は、見当がついてるから。
舞子を連れて帰るときに、ついでに、あいつも引っ張ってくるさ」

「それが、どれほど難しいことか、分かってる?」

その質問で、彼女がこのことについて、いろいろ考えて来たことが分かる。

「まあ、ぼちぼちやってみるよ」

「ぼちぼちって、大阪のおばちゃんか」

「はははは」

俺が笑うと、やっと彼女の顔にも微笑みが戻ってきた。

「まあ、ボーは、どこに行っても変わらない。 
だから、信用できるわ」

「ま、期待せずに任せてよ」

「期待せずに任せるって、よく分からないけど。
もし、そのチャンスがあったら、あいつを助けてあげて」

「分かったよ」

「・・・背中、貸してくれて、ありがとう」

「加藤の背中じゃなくて、ごめん」

「あんたの背中だから、恥も外聞もなく、泣けたんでしょ」

「ははは。  ま、そうだね」

「あんたも、気を付けて行って来るのよ」

「ああ」

彼女が、右手を出す。

俺達は、握手を交わした。



二人は、それぞれが、すべきことに向かって歩き出した。
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