ポータルズ －最弱魔法を育てようー

第一章 冒険者世界アリスト編

第５４話 ルル

史郎が獣人国へ向けて出発する二日前。


今日は、娘達に、そのことを話さなければならない。

庭で遊んでいる、ナルとメルを呼んだ。

二人が駆けてきて、俺にドーンとぶつかる。

「パーパ、ごはん？」

食いしん坊のメルは、いつもお腹を空かせている。

「ごはんは、もうすぐだよ」

「パチャパチャにいく？」

ナルは、川遊びがとても気に入っている。
パチャパチャとは、「川で遊ぶ」という、家族だけで使う言葉である。

「明日は、行けると思うよ」

「「わーい！」」

しばらく、跳ね回る子供たちを眺めていたが、意を決して話しかける。

「今日は、パーパから大事なお話があるよ」

「「なーに？」」

「うん、あのね・・・」

絶句していると、手がそっと包まれる。
いつの間にかルルが横に立って、両手で俺の左手を包んでいた。

勇気が、湧いてくる。

「パーパは、しばらく旅行に行ってくるよ」

「わーい！　お土産だー」

「お土産ー！」

二人にとって、俺の旅行は、お土産を意味するらしい。

しゃがんで、二人の顔をよく見る。

いつになく真剣な、俺の表情に、二人は何か感じたらしい。

「すぐ、帰ってくる？」

「今回は、少し長くなりそうなんだ」

「いやっ！　早く帰って来て」

「お土産ないの？」

ナルの方が、いろいろ分かってるらしい。

メルは、そこまで気が付いていないようだ。

「大丈夫、少し長くなるけど、パーパは、絶対ここに帰ってくるからね」

「本当？」

「うん、約束する。 ここが、パーパのお家だからね」

二人は、俺の顔を見た後、ルルの方を見た。

ルルが微笑んでいるので、安心したようだ。

「マンマとじーじと一緒に、待っててね」

「まくじーと、お馬は？」

「まくじーとお馬も、一緒に待ってる？」

まくじーは、マックのことで、お馬は、ゴリさん達のことだ。

「一緒に待っててくれるよ」

「じゃ、大丈夫」　「大丈夫ー」

二人は、多くの人に守られている。

両腕で、二人を抱きしめる。

「二人とも、マンマの言うことよく聞いて、いい子にしてるんだよ」

「「うん！」」

「お土産も、いっぱい買ってくるからね」

「「わーい！！」」

二人は、ルルと手を繋いで、家の中に入って行った。

俺は、自分の家族と家を見ながら、決意を新たにする。

絶対に、帰ってくる。 なるべく早く。


史郎の決意を確かめるように、家からは、ナルとメルの笑い声が聞こえた。

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その夜の事。


娘達が寝た後、彼女たちの事や家のことを、ルルと話しておく。

リーヴァスさんは、子供たちの部屋で、一緒に寝ている。
今、子供部屋は、ベッドを片付けてマットを敷いてある。
きっと、リーヴァスさんを真ん中に、川の字に寝ていることだろう。

お城のメイド関係の伝手で、家で働く女性を一人雇った。

ニーナさんという５０台の女性で、最近までお城のメイド長をしていたそうだ。

リーヴァスさんとは、顔なじみらしく、気兼ねがいらない。

人当たりがよく、丸っこいところは、カラス亭の女将さんを思わせる。

出発する前に、カラス亭にも挨拶に行かなくちゃね。


史郎は、カラス亭でルルと過ごした時間を、思い出していた。

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話が終わると、史郎はルルが好きな香草茶を入れた。


夜なので、ぐっすり眠れる効果があるものを選んだ。

静けさの中、並んで座ってお茶を飲む。

「旦那様・・」

「ん？　なんだい、ルル」

「あの・・お願いがあるのです」

「うん、何かな？」

「あの、その・・」

俯いていたルルが顔を上げ、俺の目をじっと見る。

「旦那様のお名前を、呼ばせてもらってもいいですか？」

「あ、そんなことか。　いいよ。
加藤達のように、『ボー』って呼ぶ？」

「いえ、あの・・下の名前で、お呼びしたいのですが・・」

「下の名前は、知ってたかな」

「シロー・・ですか？」

「そう、坊野史郎が、俺の名前だからね」

「ボーノ、シロー」

とてもゆっくり、すぐ壊れてしまう、ガラス細工を扱うかのように、ルルがその名前を口にした。

「ルルも、正式な名前があるんでしょ？」

「はい、あります」

「教えてくれるかな？」

「ルル＝マクリーンです」

「ルル＝マクリーン」

 味わうように、その名を口にしてみる。

「なんか、今になって自己紹介してるみたいで、気恥ずかしいね」

「はい、し、シロー様」

ルルは、初めて俺を名前で呼ぶと、真っ赤になって俯いてしまった。

「ルル。　シローって呼んでくれ。
そうしないと、俺も君のことを『ルル様』と呼ばなくちゃいけなくなる」

「は、はい。 シロー」

俯いたルルを、ぐっと抱き寄せる。

「ルル、子供達を、よろしく頼むよ。
二人ともマンマが大好きだから、心配いらないと思うけどね」

ルルは、俺の胸でフルフルと震えている。

「大丈夫。　俺は必ず帰って来るよ。 
君と、ナル、メル、リーヴァスさんは、俺の家族だからね」

そう言って背中を撫でてやると、ルルの震えが収まってくる。

それから俺は、彼女に旅の本当の目的を話した。

それを聞いて、ルルは少し驚いたが、納得したようだ。

なぜ、俺が家族を残してまで、ポータルを渡るのか。

その答えが、そこにあった。

「やっぱり、旦那様は旦那様ですね」

ルルは嬉しそうに、そう言って笑った。

「ルル、シローって、呼んでくれないと、『ルル様』って呼ぶよ」

「あっ。　シロー・・シロー」

「ルル」

見上げたルルの視線と、俺のそれが重なる。

心が温かさでいっぱいになったと思ったら、いつの間にか二人の唇が触れ合っていた。

それは、旅の間、俺が何度も思い出すことになる瞬間だった。



初めてのキスは、香草茶の香りと、あたたかさに溢れていた。