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第二章 獣人世界グレイル編
第2話 聖女捜索開始
しおりを挟むギルドマスターの名前は、アンデだった。
アンデの口利きで、ギルド施設内の部屋が、利用できるようになった。
この町では、宿屋へ泊るだけでも、人間にはいろいろ難しいことがあるらしい。
次の日は、少しでも早くこの世界の文化に慣れるために、町を歩くことにした。
まず、ギルドで場所を尋ね、道具屋へと向かう。
道具屋は半地下になった風変わりな建物で、入り口には土鈴がついていた。
それを鳴らして、少し低くなった店内へ降りていくと、奥から痩せた中年女性の獣人が現れた。
耳が無い、俺の頭をちらっと見たが、そのまま声を掛けて来た。
「いらっしゃい。 何をお求めですか?」
「水の魔石はありますか」
「ええ、もちろん。 原石も魔道具も、扱ってますよ」
「その二つは、どう違うんですか?」
「魔術師なら、原石からそのまま水を採ることができます。
そうでないなら、魔道具の中に入れて使うことになります」
「では、両方見せてもらえますか」
本当なら、目的の魔道具の方だけ買えばいいんだけど、これは情報収集も兼ねているからね。
魔石は透き通った青色の石で、大きさは平均して1cmくらいだろうか。
水の魔道具は長さが10cmくらいの円筒形の筒で、後ろから魔石が入れられるようになっている。
前の方にリングがついており、これを回すと水が出る。
「原石が銀貨1枚、魔道具が銀貨10枚ですか。
どうして、これほど値段が違うのですか」
「水の魔石自体は、この世界で取れますが、魔道具の方は、他の世界からの輸入品なんです。
だから、どうしても値段が高くなります」
「分かりました。 では、この水の魔道具を、魔石付きで2つ下さい」
「ありがとうございます」
ちなみに、ポータルズのいくつかの世界の間では、度量衡の統一が行われている。
世界間の交易に、とても役立っているらしい。
200年くらい前に活躍した、英雄の偉業だそうだ。
「昨日この世界に来たばかりなんですが、他に必要なものはありませんか」
「そうですね。 どこに行くかで変わってきますね。
北の湖沼地帯へ行くなら、防水性が高い靴、ポンチョなどですね。
南の砂漠地帯へ行くなら、麻痺用のポーションです。
山岳地帯なら、防寒性が高いブーツ、コートがお奨めです」
これらは、向こうの世界で、すでに用意してあった。
「地図もありますか?」
「ええ、ありますよ。
『時の島』、ああ、この大陸の名前なんですが、その地図ならこれですね」
女性は、壁の本棚から薄い冊子を取り出した。
しっかりした革表紙が付いている。
彼女は、それを両手で持って、アコーデオンのように広げた。
蛇腹折りになったそれは、一枚の横長い紙になった。
そこには、横に長い大陸の地図が描かれていた。
「この町は、この辺りです」
女性は、大陸の左上の方を指した。
犬人族、という文字が見える。
ここの住民は、犬人だったんだね。
まあ、耳を見て予想はしてたけど。
「他にも、大陸があるんですか?」
「ええ、『唄の島』と『鱗の島』が、あります」
「その地図も、ありますか」
「他の大陸とは、ほとんど行き来が無いので、地図はありません」
「そうですか・・。 あと、この町の地図はありますか」
「もちろん。 こちらです」
今度は、ただ紙を四つ折りにしただけの地図を出してくれた。
「大陸の地図が銀貨1枚。
この町の地図が銅貨20枚となります」
「では、とりあえず、さっきの道具とこの地図二枚を下さい」
「ありがとうございます。
合わせて、銀貨23枚となります。
この町の地図は差し上げますよ。」
「え、そうですか。 ありがとうございます。」
計算も早いし、きっとこの女性は、高い教育を受けてきたのだろう。
「そういえば、町で、聖女が現れたっていう噂を聞いたんですが、本当ですか?」
最後に、世間話をする軽い口調で、一番知りたいことを聞く。
「聖女様ですか?
もし、そんなことがあれば大騒ぎになるでしょうから。
きっと、ただの噂だと思いますよ」
「そうですか。 有難う」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」
------------------------------------------------------------
次に、武器屋に寄ってみる。
武器屋は、どっしりした構えの店で、明らかにお金が掛かっている。
この国では武器屋が儲かる、つまり、戦闘が絶えないということになる。
黒い金属を打った、分厚い木のドアを開けて中に入る。
奥にカウンターがあり、眼鏡をかけた小柄な獣人が短剣を布で拭いていた。
ジロリとこちらを見ると、不機嫌そうに声を掛けてきた。
「何か、用かい?」
営業努力しなくても儲かるからなのか、獣人でない者に偏見があるのか。
とにかく、愛想が悪い。
「武器は、見せてもらえるかな」
「勝手にしな」
オヤジはそう言うと、また剣を磨きにかかった。
部屋はかなり広く、20畳以上ありそうだ。
腰くらいの高さの棚が、壁沿いにぐるりと置いてある。
部屋の中央には、ガラス張りの棚がある。
おそらく、ここには高級な武具が置いてあるのだろう。
どんな武器があるか、見て回る。
面白いことに、爪や牙を手入する道具類専用の棚がある。
また、手に付けるカギ爪や手甲も、専用の棚に並んでいる。
さすが、獣人国の武器屋といったところである。
弓が無いから、そのことを聞いてみる。
「あのー、弓は売ってないんですか」
「そんなもん、売るか。 弓が欲しいんなら出てけ」
うーん、なぜ弓を売ってないかを尋ねたいのだが、そういう雰囲気じゃないね、こりゃ。
物は良さそうなので、普段使いによさそうな、短い鞘付きナイフをカウンターに持っていく。
こちらが選んだものをジロリとみると、眉をしかめ、首を横に振る。
「身分証明書は、持ってるのか?」
俺は、ギルド章を出した。
「金ランクか・・」
オヤジの表情が、少し変わる。
「あんた、どこの世界から来た?」
「パンゲアだけど」
「ああ、最近どこかの王様が、女王にとって代わったって国がある世界だな」
情報が早いな。 事件から、まだ2か月も立ってないのだが・・
「そうですよ」
「そうかい。 で、このナイフを買いたいんだな」
「ええ」
「じゃ、銀貨10枚だな」
ギルド章が効いたのか、出身地が効いたのか、それは分からないが、オヤジの態度が少し軟化した。
硬貨をカウンターに置くと、ナイフの横に小さな紙袋が出てくる。
「これは、このナイフの金属専用の砥石だ。
まちがっても、普通の砥石で研ぐなよ」
「ええ、わかりました。 これは、いくらですか?」
「それはやるよ。 ギルドは、お得意様だからな」
「ありがとうございます」
ここでも聖女の話を出したが、はかばかしい反応は無かった。
「聖女か・・そんなもんがこの世界にいたら、凄いことになるぞ」
どう凄いことになるのか知りたかったが、世間話の線を越える気がして黙っておいた。
-----------------------------------------------------------
武器屋から出た史郎は、食事をすることにした。
大通りを、ギルドとは反対方向へ歩いてみた。
ところどころ、食べ物屋だろう看板は出ているが、その看板の絵を見ると、明らかに生肉っぽいものだったり、店頭で嗅ぐニオイが生理的に合わなかったりして、なかなかよい店が見つからない。
そうこうするうちに、町の目抜き通りから外れてしまったのか、商店がぐっと減ってしまった。
来た方向へ帰ろうとしたとき、路地裏から声が聞こえてきた。
「や、やめて」
「へへへっ、タヌキやろうめ。 くらえっ」
「痛いっ!」
路地に入っていくと、小柄な少年が、壁際に倒れており、それを若い大柄の犬人族四人が、取り囲んでいる。
「タヌキは、おもちゃらしく、ボールになっとけ」
特に大柄な少年が、倒れた少年の頭部目掛け、蹴りを放とうとした。
倒れた少年が、きゅっと目を閉じる。
「うわっ、な、なんだ!」
いつまでたっても、衝撃が来ないので、小柄な少年が顔を上げると、信じられないことが起こっていた。
自分をイジメていた、リーダー格の少年が宙に浮いていたのだ。
空中で、四つん這いになるような格好をしている。
まるで、そこに透明な地面があるかのようである。
二階建ての屋根くらいの高さまで、上がって行く。
「た、助けてくれー」
少年が叫んでいるが、仲間たち三人も、どうすればよいかわからず、顔を見合わせている。
その時、突然、空中の少年が自由落下を始めた。
「ひーっ!」
ドン
幸い、足から落ちたようだが、骨折くらいはしているかもしれない。
落下の恐怖で、気を失っていた。
「おい、病院に運ばなくていいのか?」
俺が声を掛けると、三人は少年を抱え、ヨロヨロと去っていった。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます」
少年は、透き通った、つぶらな目をしていた。
顔には、毛がほとんど生えていない。
丸顔で、やはり頭の上に耳があるが、それは垂れ耳では無かった。
三角形に、ピンと立っている。
愛嬌がある顔つきをしていた。
史郎は、少年を立たせ、服の汚れを払ってやった。
身長は150cmくらいしかない。
「君は、犬人族ではないんだね」
「は、はい。 ボクは、狸人です」
「へえ、初めて聞いたよ。
地図には、載って無かったようだけど」
「ええ・・・」
少年が、暗い表情で俯く。
尻尾も、だらんと垂れていた。
「そうだ、俺は人族なんだけど、どこか食事できるところを知らないかい?」
「はい、いいお店がありますよ」
少年は、元気を取り戻したようである。
二人は、並んで大通りの方に歩き出した。
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