179 / 607
第四章 聖樹世界エルファリア編
第44話 ブレイク
しおりを挟む史郎は、サーシャの映像が入ったシートを、王都の上空から大量にばらまいた。
シートは、すぐに捨てられないように、計算機の機能も付けてある。この国の住民が、計算を比較的苦手とすることから閃いたアイデアだ。
宣伝効果が楽しみである。
今日、俺の家族は、六人揃って久しぶりに町に来ている。こまごました買い物や、久しぶりの外食をするためである。
食事の店は、パリスとロスのおすすめから選んだ。こういう事は冒険者が詳しいからね。ちなみに、ギルドへ依頼を出して、この二人も商会で働いてもらっている。
目的の店は、大通りのかなり高い所にあった。エルフの住居は、球状で、通路沿いの木に挟まるように造られている。位置が高い場所は、他の世界に例えると、裏通りに当たる。
「このプチプチ、おいしー!」
メルは、ここのスープが気に入ったようだ。
「なかなかの味ですな」
リーヴァスさんが評価するなら、ここの料理は本物だね。
「おや、珍しいね。あんた達、人族かい」
店のおばあさんが、声を掛けてくる。
「ええ、そうです。ここの料理は素晴らしくおいしいですね」
「ははは。そうだろう、そうだろう」
彼女は、美味しそうに食べるメルの頭を撫でてくれる。
「ところで、あんた達。『ポンポコリン』ってパーティ、知ってるかい?」
「……ええ、まあ」
「ダークエルフからこの町を守ってくれたそうじゃないか。
リーダーのシローってのは、ハンサムな大男らしいね」
ゴホッゴホッ
コルナが、料理を喉に詰まらせたようだ。
「私がもっと若ければね~」
ゴホッゴホッ
今度は、ルルが咳こんでいる。
「そうそう。 これ知ってるかい?」
彼女は、前掛けのポケットからシートを取りだす。タップすると、可愛い声でコケットの宣伝をしているサーシャが映った。
『ふわふわ~♪』
店のおばあさんは、映像を消すと大事そうに、またポケットにしまった。
「わたしゃ、死ぬまでに一度、この『コケット』とか言うのに寝てみたいねえ」
おばあさんは、うっとりした顔をした。
ゴホッゴホッ
リーヴァスさんも何か喉に引っかかったようだ。
「これを売ってる『ポンポコ商会』っていうのには、さっき言ってた、『ポンポコリン』ってパーティーが関わっているようだから、信用も置けるしね」
料金を払うとき、店の奥からお爺さんが出てきた。彼が料理を作っていたのだろう。俺に小声で話しかけてくる。
「実は、もう少しで、あいつの誕生日なんでさ。
その時、あの『ふわふわ~』ってやつを買って、驚かせようと思ってるんで」
「それは、きっと喜んでもらえますね」
史郎達は、お腹だけでなく、心まで満たされて、その店を後にした。
-------------------------------------------------------------------
チラシを投下してから一週間、史郎達の『ポンポコ商会』は、窮地に立たされていた。
余りにも大量の注文に、コケットの生産が追いつかないのだ。
在庫ゼロである。
俺は、最後の手段を取ることにした。点魔法で、大量の自立型ハンモックを作る。これは、一瞬でできるから、とりあえずの注文はさばける。代替品の販売は、一か月後から始めることにした。
問題は、俺がこの世界を離れると、その点魔法で作ったものが消えてしまうかもしれないということだ。
だから、正規品が出来るまでの繋ぎでしかない。順次、正規品と入れかえていかなくてはならない。
『ポンポコ商会』は、コケットの注文を、全て予約制に切りかえた。
納期不定でも構わないという人からだけ、注文を受けることにした。
-------------------------------------------------------------------------
史郎は、『南の島』を訪れていた。
俺達がこの世界を離れた後のことを考え、ナーデ議長に緑色の苔を調べている研究者を紹介してもらった。
ダークエルフにしては、太って背が低いモーダ博士は、今まで見向きもされなかった自分の研究のことについて聞かれ、戸惑っていた。
「この緑の苔は何と言うんです?」
「ああ、それは『緑苔』と呼ばれとるよ」
そのままだね。
「これの生育スピードは、どのくらいですか?」
「おや? そんなことまで知りたいのか?
そうだの。場所にもるが、『緑山』の辺りだと、1年間で成長するな」
一年か、なかなかいいぞ。
「この繁殖地はどこですか?」
「他の大陸のことは分からんが、『南の島』なら、寒冷地の北側300km~500kmの帯状の地域だの。
代表的な群生地は、『緑山』じゃが、他にもいくつかそういった場所が見つかっとる」
「博士。もしかすると、この『緑苔』が、ダークエルフの人々を救うかもしれないんです。
更に研究の方を進めてください。ナーデ議長には、研究費増額をお願いしておきます」
「なんと、この『緑苔』がな……」
モーダ博士は、カプセルの中で育てている苔を感慨深げに眺めていた。
----------------------------------------------------------------------
緑苔の生育スピードが分かったので、史郎は再び緑山を訪れ、大量にそれを採取した。
この量なら、注文分を補って余りが出る。
ついでにポータルを渡って、学園都市世界の群島のポータルも確認しておく。これまでの情報通り、ポータルは学園都市の北東海上に浮かぶ群島に通じていた。これは、双方向のポータルだから、貿易に利用できそうだ。
俺は、ナーデ議長とミランダさんに会って、コケットの販路拡大について話しておいた。
二人は、史郎の話を聞いて目を丸くしていたが、行きづまった『南の島』の起死回生の策になるかもしれないと分かると、もろ手を挙げて協力を約束してくれた。
----------------------------------------------------------------------
エルファリアでの仕事に目途がついたということで、史郎は家族を連れて、バカンスを楽しむことにした。
目的地は、学園都市世界の群島である。
話を聞いたミミとポルが、飛びあがって喜んだ。
二人は以前、島で遊んだ事があるからね。
コルナは、「必殺の水着」があるとかで、含み笑いしていた。
ルルに、彼女自身と娘達の水着を用意してもらう。エルファリアには海水浴の文化がないから、王室御用達の洋服店で、一点ものを仕立ててもらった。
リーヴァスさんは、騎士団がどうしても離してくれなくて、今回は王城に残る。大侵攻時のプーダ将軍との一騎打ちは、騎士達にとって物凄く刺激になったらしい。騎士達は、それまで以上に彼を崇めるようになっていた。
リーヴァスさんは、彼だけがバカンスに行けないのを、苦笑いしながら残念がっていた。
「ルル達を頼みますぞ」
「はい。次は、ぜひご一緒しましょう」
史郎は、久しぶりの休暇に心が浮きたつのだった。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる