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空知音

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第六章 竜人世界ドラゴニア編

第38話 竜闘3 ポルの闘い

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 二人目の対戦者が獣人の少年に決まって、ビギはほくそ笑んでいた。

 今回の竜闘で彼が唯一心配していたのは、ラズローの声掛けで、各竜族の腕利きが対抗馬として出場することだった。

 一戦目は、難無く勝つことができた。二戦目も勝てば、竜闘を制したも同然である。

 恐らく戦いに慣れていないだろう相手に対して、こちらには絶対の手駒があった。

 敵のリーダーは、恐らく初老の男だろうが、自分達の選手が竜舞台に上がってから、こちらの選手が出ていっても異議申したてすらしないような間抜けである。

 勝利を確信したビギは、大将として自分が出場するのも悪くないと考えはじめていた。

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 四竜社側の次鋒は、壮年の黒竜族だった。

 竜人にしては小さい方だが、鋼のような身体をしていた。細面の顔には、落ちついた表情が浮かんでいた。
 男の名前は、ザブル。現役黒竜族の中で、最も腕が立つと評価されている。竜舞台においても、歴代3位の戦績を誇っている。

 舞台上のポルを見て、ザブルはニヤリと笑った。
 獣人の少年。その身のこなし方を見ただけで、彼の戦闘技術は推測できた。油断しなければ、どう見ても負けるはずがない相手である。

 ザブルは、いかに観衆受けする勝ち方をするか、それを考えていた。

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 ポルは、相手を見ただけで、普通なら自分が勝てない相手だと悟った。

 エルファリアで手に入れたミスリル製の長剣は、握った手から滑り落ちそうだ。手が汗でヌルヌルしている。

 早くなる呼吸を、必死で落ちつかせる。

 「両者、開始線について」

 審判が、両者を促す。

 ポルはすぐに開始線に着いたが、百戦錬磨らしい対戦相手は、3歩ほど手前で立ちどまった。

 「獣人族の少年、ケガをしない前に降参しても良いのだぞ」

 気持ちを落ちつかせようと必死なポルは、それに答える余裕もない。

 「ワシは、一度に五人の敵を倒した事もある」

 相手はダメ押しのつもりでそう言ったのだろう。しかし、その瞬間、ポルは一気に冷静になった。

 五人?

 彼は、かつて自分が目の前で見た、リーダーの戦いを思いだしていた。
 グレイルで砂漠を埋めつくすほどの猿人軍を、あっという間に滅ぼした時の事。
 エルファリアで無数の魔獣、2万の兵士を退け、魔術で作られた巨大な火球を消しさったときの事。

 ポルは、敵が怖いという感覚が、いつの間にか無くなっているのに気づいた。

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 「ザブル選手、開始線に着いて」

 さっきまで、遠くで聞こえていた審判の声が、今はハッキリ聞こえた。ポルは、戦いに向けて、自分の全身が自然に準備を整えるのを感じた。

 「迷い人、次鋒は狸人族ポルナレフ。
 竜人代表次鋒は、黒竜族ザブル。
 始め!」

 ザブルは、黒っぽい長剣を両手で脇に構える。

 ポルは白銀の長剣を中段に構える。

 先手はザブルが取った。小さなフェイントを右に振ると剣がするすると伸び、ポルの首筋を掠めた。
 実際に剣が伸びた訳では無い。剣を扱う技術だ。リーヴァスの稲妻みたいな剣で鍛えてもらっていたからこそ、ポルはそれを避けられた。

 ポルは、一旦距離を取ろうとした。
 その隙を逃さず、ザブルが距離を詰める。

 再び伸びる剣。

 ポルは、かろうじてかわすが、今回は、左の上腕部を少し切り裂かれた。

 正方形をしている竜舞台のコーナー部分に追いつめられる。

 ザブルは、油断しなかった。次の攻撃で勝負はつく。
 しかし、最後の瞬間まで何があるか分からない。
 この用心深さこそが、彼の戦闘能力を支える柱だった。

 ポルはコーナーギリギリのまで下がっていた。左にも右にも動くことができない。
 ザブルの伸びる剣技を考えると、まさに絶体絶命だった。

 「ポル、負けるなーっ!」

 ミミの声が竜舞台に響いた瞬間、絶対の自信を乗せたザブルの剣が、ポルに襲いかかった。

 剣先が、最も避けにくい腹部を貫いた。

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 その瞬間、ザブルは違和感を感じていた。

 手応えが無いのだ。数限りない戦闘をこなしてきた彼が違和感を感じるのは当然だった。
 首筋に冷たいものが当たる。見なくとも分かる、それは対戦相手の剣だった。ここからイチかバチかで対応する技が無いではない。しかし、ザブルには、それに命を懸ける覚悟が無かった。

 手の剣を放す。

 「ま、参った」

 剣が地面に落ちるチャリンと言う音が、試合終了の合図だった。

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 ザブルの勝利を確信していた観衆は静寂に包まれた。

 しかし、女性達が座る席から、歓声が上がると、それにつられるように拍手喝采が起こった。

 「少年、凄いぞ!」

 「早すぎてみえなかったぞー!」

 「最強のザブルを倒すなんて、半端ねえぞ、あいつ」

 観客の喧騒をよそに、竜舞台では、別の動きが出ていた。
 竜人サイドから物言いがついたのだ。
 青竜族の審判が退場する。彼だけではなく、線審を務めていた四人の竜人達も同様である。

 別室で協議を行うためだ。

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 その部屋には、主審を任されている青竜族の男を始め、四人の線審とビギが集まった。

 「ビギ様、物言いがあるとのことですが?」

 主審が声を掛ける。

 「今の試合、獣人は一度場外に出ているな」

 ビギが威圧するような声を出す。

 「いえ、出ていません」

 主審の声など聞こえていないかのようにビギが続ける。

 「線審、どうだ。
 出ていただろう?」

 線審の内二人はビギの息が掛かった者達である。

 「出ていました」
 「間違いありません」

 すぐに打ちあわせた通りに答える。

 「一番近くに居ましたが、出ていませんでした」

 赤竜族の線審が、それを否定する。

 「私からも、出ているようには見えませんでした」

 白竜族の線審もきっぱりした口調で言う。

 ビギは、ゆっくりこう言った。

 「2対2か。
 では、判断は主審にゆだねられるな」

 立ちあがると、ビギは反対側に座る主審の所まで歩いていった。
 かがみこんで、主審の耳元で囁く。

 「お前の息子は、今、牢に入っていたな」

 青竜族の主審が息をのむ。

 「俺の力で、無罪放免にしてやろう」

 そう言うと、ビギは自分の席に戻った。

 「……では、判定は、迷い人側の場外反則負けということにする」

 主審は苦悩に満ちた声を絞りだした。

 「主審! 
 明らかに場外ではありませんよ!」

 赤竜族の線審が、気色ばむ。

 「場外だ」

 椅子に沈みこむように座る主審が繰りかえす。

 ビギは、それを見てほくそ笑んでいた。
 主審の息子を冤罪で牢に入れたのは、彼である。そして、そのことがあるからこそ、この青竜族の男に主審を任せたのだ。
 勝負は、どんな手を使っても勝てばよいのだ。

 すでに2勝。あと1つ勝てば、勝負は決する。


 計画通り進む竜闘に、ビギは満足していた。
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