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空知音

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第六章 竜人世界ドラゴニア編

第42話 自業自得

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 竜舞台に立つ史郎の横に、白竜族の若者ジェラードが並んだ。

 「皆の者、よく聞いて欲しい。
 たった今、我らの神聖なる竜闘が汚されるという忌まわしい出来事があった」

 大きな体躯から発せられるジェラードの声は、とてもよく通った。

 「しかし、彼は、いやしくも今まで竜人の世界に尽くしてきた四竜社の頭である。
 本来ならこの時点で迷い人側の勝ちは決まっているのだが、せめて彼にも戦うチャンスをあげて欲しい」

 彼は、ビギの方を指さしてそう言うと、観客席に向けて深く頭を下げた。

 「分かりましたぜー、白竜の若様! 試合を続けて下さい」

 「お任せします、若様!」

 「大将戦見たいですー!」

 観客は、ジェラードの思惑通り動いたようだ。

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 「全く、やってくれるぜ」

 彼が俺の横を通るとき、囁きかける。

 「だけど、この方が、君の計画は楽に進むだろう?」

 ジェラードは、微笑みながら小声でそう言った。

 「よく言うぜ」

 彼の登場と発言は、打ちあわせていたものではない。俺が映した映像を見て、こちらの意図を察したのだろう。思った通りの切れ者である。
 彼が、舞台のやや端よりに立っているのは、審判を買ってでるつもりなのだろう。

 まあ、さっきの映像を見た後で、青竜族の主審に試合を任せようという馬鹿はいまい。

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 竜舞台の下では、ビギが怒りに震えていた。

 彼は映像が流れた後も、何かと理屈をつけて観客を丸めこもうと考えていたのだ。
 それを白竜族の若造がパーにしてしまった。彼の名誉が回復されることは、二度とないだろう。
 しかし、せめて、奴と人族の少年には、目にもの見せてやる。

 彼は、万一のために、付きそいの者に持たせていた剣をひったくり、自分の帯剣を地面に投げすてた。

 彼は、剣の柄に手を触れるとニヤリと笑うのだった。

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 「迷い人二勝、竜人側一勝 第五試合大将戦」

 白竜族の若者、ジェラードが宣言する。
 ポルの試合は、協議扱いということだろう。

 「迷い人、シロー。竜人、黒竜族ビギ。大将戦、始め!」

 ビギの持つ剣は、竜刀では珍しい片手直剣だった。
 俺の剣は、ゴブリンキング討伐の際、ルルが選んでくれたもので、もう何か月も手にしていないものだ。
 開始線に立つビギは、俺が剣を構えるのを見て、ニヤニヤ笑いを崩さなかった。

「坊主、やってくれたな。覚悟はできているんだろうな」

 俺は、黙って剣を体の前に出した。

 「お前。剣術は素人だな。身の程知らずが」

 ビギが、挑発するように言う。
 この少年は、竜気(オーラ)さえほとんど見えない腕前だ。

 「剣術どころか、戦闘経験もろくにあるまい」

 ビギの挑発にも史郎の茫洋とした表情は、全く変わらなかった。

 さて、タイミングをどうとるかな。

 史郎は、計画をどう実行するか、想いを巡らすのだった。

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 ビギの初撃は、史郎の右手を狙ったものだった。

 彼は、確信をもって少年の右手親指を切りおとそうとした。しかし、なぜか剣の軌跡が途中で逸(そ)れてしまった。
 対戦相手が、明らかに素人なのにである。

 第二撃。
 ビギの剣は、少年の剣に触れた。

 ギィンッ

 竜刀が、剣を弾くと、それは、竜舞台の端まで飛んでいった。少年は、これで丸腰である。

 ビギの剣には、毒が塗ってある。かつて、ラズローの父親を倒したときに使った剣と毒である。身体を掠めただけで、毒は回る。
 ビギは、自分の勝利を確信した。

 剣を振りかぶり、相手の頭上から落す。

 少年にそれを避けられるはずはなかった。

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 上段から剣を振りおろしたビギは、違和感に戸惑っていた。

 右手が軽いのである。いくら調子がいいと言っても、これでは軽すぎる。
 右手を見ると、剣が消えている。

 いったい、これは!?

 前方に目をやると、少年がビギの剣を拾うところだった。

 な、なぜ俺の剣があそこに?

 少年が、ぎこちない動作で切りかかってくる。それは、余裕で躱(かわ)せるだけのスピードだった。
 しかし、なぜか足元がふらつき、毒の剣がビギの左手をかすめてしまった。

 奇しくもそれは、彼がラズローの父を傷つけたのと同じ部位だった。

 ビギは、一度距離と取るために、さっと後ろに下がった。用心深い彼は、解毒剤を服用している。かすめた剣は、全く気にならなかった。
 少年の剣捌(けんさば)きなら、彼が体術を使えば簡単に竜刀を奪いかえせるからだ。

 ビギは、少年に向け足を踏みだそうとした。

 その瞬間、全身に激痛が走った。今までに感じたことがない痛みである。これは尋常ではない。ビギは、立つこともできなくなった。

 「第五試合、勝者迷い人シロー。
 協議中の一試合を除き、3-1で迷い人チームの勝ちとする」

 審判の声が、遠くから聞こえてくる。なぜか、少年の声が頭の中に聞こえてきた。

 『お前、毒を使ったな。ラズローの父親マルローにもだ。
 今、お前が感じている痛みは、体内の血液が解毒剤に攻撃されて生じている。
 毒を使ったことを公表するなら、その痛みを消してやろう。
 了承するなら、右手を挙げろ』

 ビギが、激痛の中、右手をゆっくり上げる。
 
 俺は、彼の口に丸い小石を入れ、飲みくださせた。ビギの血液と融合させていた毒を小石に移す。
 痛みは、それほどかからずに収まったようだ。

 ぜえぜえと、荒い息をつくビギを立たせる。

 「審判、彼が何か言いたいことがあるようだ」

 俺は、ジェラードに声を掛けた。
 彼が、ビギに尋ねる。

 「ビギ様、何でしょう?」

 ビギが憔悴(しょうすい)した顔で、うめくように言った。

 「ワ、ワシは、今まで竜闘で毒を使用してきた」

 これには、さすがのジェラードも、驚いたようだ。

 「どうして、そんな告白を?」

 ビギは、それには答えず、これ以上ない恨めしそうな目で俺を睨むだけだった。

 俺が竜舞台を降りる時、観客席のマルローと目が合った。彼は涙を流しながら、俺だけにわかるほど、頭を下げた。俺も頷きかえす。

 史郎は、仲間たちが歓声を上げている方へ向かい、竜舞台を降りた。

-----------------------------------------------------------------------

 大混乱の竜闘後、ビギは、四竜社の執務室にいた。

 影が五人、彼の前に立っている。まだ、自分は四竜社の頭である。権力を使って、法をねじ曲げてでも権益を維持してやる。
 だが、その前に、まずあの二人に思い知らせることだ。

 「すでに、白竜の若造には、刺客を送った。お前らは、迷い人の女と子供を……」

 そこまで彼が話したとき、竜舞台で味わった激痛が再び始まった。痛みの余り、自分が床に倒れたことすら感じなかった。

 「お頭! しっかりして下さい!」

 「治療班を呼べっ!」


 ここに及んで、ビギの苦痛を止めてくれる者は、誰一人いなかった。
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