241 / 607
第六章 竜人世界ドラゴニア編
第42話 自業自得
しおりを挟む竜舞台に立つ史郎の横に、白竜族の若者ジェラードが並んだ。
「皆の者、よく聞いて欲しい。
たった今、我らの神聖なる竜闘が汚されるという忌まわしい出来事があった」
大きな体躯から発せられるジェラードの声は、とてもよく通った。
「しかし、彼は、いやしくも今まで竜人の世界に尽くしてきた四竜社の頭である。
本来ならこの時点で迷い人側の勝ちは決まっているのだが、せめて彼にも戦うチャンスをあげて欲しい」
彼は、ビギの方を指さしてそう言うと、観客席に向けて深く頭を下げた。
「分かりましたぜー、白竜の若様! 試合を続けて下さい」
「お任せします、若様!」
「大将戦見たいですー!」
観客は、ジェラードの思惑通り動いたようだ。
--------------------------------------------------------------------------
「全く、やってくれるぜ」
彼が俺の横を通るとき、囁きかける。
「だけど、この方が、君の計画は楽に進むだろう?」
ジェラードは、微笑みながら小声でそう言った。
「よく言うぜ」
彼の登場と発言は、打ちあわせていたものではない。俺が映した映像を見て、こちらの意図を察したのだろう。思った通りの切れ者である。
彼が、舞台のやや端よりに立っているのは、審判を買ってでるつもりなのだろう。
まあ、さっきの映像を見た後で、青竜族の主審に試合を任せようという馬鹿はいまい。
--------------------------------------------------------
竜舞台の下では、ビギが怒りに震えていた。
彼は映像が流れた後も、何かと理屈をつけて観客を丸めこもうと考えていたのだ。
それを白竜族の若造がパーにしてしまった。彼の名誉が回復されることは、二度とないだろう。
しかし、せめて、奴と人族の少年には、目にもの見せてやる。
彼は、万一のために、付きそいの者に持たせていた剣をひったくり、自分の帯剣を地面に投げすてた。
彼は、剣の柄に手を触れるとニヤリと笑うのだった。
--------------------------------------------------------
「迷い人二勝、竜人側一勝 第五試合大将戦」
白竜族の若者、ジェラードが宣言する。
ポルの試合は、協議扱いということだろう。
「迷い人、シロー。竜人、黒竜族ビギ。大将戦、始め!」
ビギの持つ剣は、竜刀では珍しい片手直剣だった。
俺の剣は、ゴブリンキング討伐の際、ルルが選んでくれたもので、もう何か月も手にしていないものだ。
開始線に立つビギは、俺が剣を構えるのを見て、ニヤニヤ笑いを崩さなかった。
「坊主、やってくれたな。覚悟はできているんだろうな」
俺は、黙って剣を体の前に出した。
「お前。剣術は素人だな。身の程知らずが」
ビギが、挑発するように言う。
この少年は、竜気(オーラ)さえほとんど見えない腕前だ。
「剣術どころか、戦闘経験もろくにあるまい」
ビギの挑発にも史郎の茫洋とした表情は、全く変わらなかった。
さて、タイミングをどうとるかな。
史郎は、計画をどう実行するか、想いを巡らすのだった。
--------------------------------------------------------
ビギの初撃は、史郎の右手を狙ったものだった。
彼は、確信をもって少年の右手親指を切りおとそうとした。しかし、なぜか剣の軌跡が途中で逸(そ)れてしまった。
対戦相手が、明らかに素人なのにである。
第二撃。
ビギの剣は、少年の剣に触れた。
ギィンッ
竜刀が、剣を弾くと、それは、竜舞台の端まで飛んでいった。少年は、これで丸腰である。
ビギの剣には、毒が塗ってある。かつて、ラズローの父親を倒したときに使った剣と毒である。身体を掠めただけで、毒は回る。
ビギは、自分の勝利を確信した。
剣を振りかぶり、相手の頭上から落す。
少年にそれを避けられるはずはなかった。
--------------------------------------------------------
上段から剣を振りおろしたビギは、違和感に戸惑っていた。
右手が軽いのである。いくら調子がいいと言っても、これでは軽すぎる。
右手を見ると、剣が消えている。
いったい、これは!?
前方に目をやると、少年がビギの剣を拾うところだった。
な、なぜ俺の剣があそこに?
少年が、ぎこちない動作で切りかかってくる。それは、余裕で躱(かわ)せるだけのスピードだった。
しかし、なぜか足元がふらつき、毒の剣がビギの左手をかすめてしまった。
奇しくもそれは、彼がラズローの父を傷つけたのと同じ部位だった。
ビギは、一度距離と取るために、さっと後ろに下がった。用心深い彼は、解毒剤を服用している。かすめた剣は、全く気にならなかった。
少年の剣捌(けんさば)きなら、彼が体術を使えば簡単に竜刀を奪いかえせるからだ。
ビギは、少年に向け足を踏みだそうとした。
その瞬間、全身に激痛が走った。今までに感じたことがない痛みである。これは尋常ではない。ビギは、立つこともできなくなった。
「第五試合、勝者迷い人シロー。
協議中の一試合を除き、3-1で迷い人チームの勝ちとする」
審判の声が、遠くから聞こえてくる。なぜか、少年の声が頭の中に聞こえてきた。
『お前、毒を使ったな。ラズローの父親マルローにもだ。
今、お前が感じている痛みは、体内の血液が解毒剤に攻撃されて生じている。
毒を使ったことを公表するなら、その痛みを消してやろう。
了承するなら、右手を挙げろ』
ビギが、激痛の中、右手をゆっくり上げる。
俺は、彼の口に丸い小石を入れ、飲みくださせた。ビギの血液と融合させていた毒を小石に移す。
痛みは、それほどかからずに収まったようだ。
ぜえぜえと、荒い息をつくビギを立たせる。
「審判、彼が何か言いたいことがあるようだ」
俺は、ジェラードに声を掛けた。
彼が、ビギに尋ねる。
「ビギ様、何でしょう?」
ビギが憔悴(しょうすい)した顔で、うめくように言った。
「ワ、ワシは、今まで竜闘で毒を使用してきた」
これには、さすがのジェラードも、驚いたようだ。
「どうして、そんな告白を?」
ビギは、それには答えず、これ以上ない恨めしそうな目で俺を睨むだけだった。
俺が竜舞台を降りる時、観客席のマルローと目が合った。彼は涙を流しながら、俺だけにわかるほど、頭を下げた。俺も頷きかえす。
史郎は、仲間たちが歓声を上げている方へ向かい、竜舞台を降りた。
-----------------------------------------------------------------------
大混乱の竜闘後、ビギは、四竜社の執務室にいた。
影が五人、彼の前に立っている。まだ、自分は四竜社の頭である。権力を使って、法をねじ曲げてでも権益を維持してやる。
だが、その前に、まずあの二人に思い知らせることだ。
「すでに、白竜の若造には、刺客を送った。お前らは、迷い人の女と子供を……」
そこまで彼が話したとき、竜舞台で味わった激痛が再び始まった。痛みの余り、自分が床に倒れたことすら感じなかった。
「お頭! しっかりして下さい!」
「治療班を呼べっ!」
ここに及んで、ビギの苦痛を止めてくれる者は、誰一人いなかった。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる