神様なんていない

浅倉あける

文字の大きさ
16 / 38
第二章 松井田蓮

06 伐性之斧

しおりを挟む

 運命ってものがあるなら、信じるを通り越して心酔してしまいそうだ。
 そのくらい、この状況にオレの心臓はばくばくと暴れていた。

 だって、もう一度会いたいなって思ってた。
 こっそりみんなの目を盗んで神社に行って、もう一度彼女に会えますようになんて神頼みだってしてた。
 それでも、名前も知らない、住んでる場所も知らない、そもそも同じ学生なんだろうかと疑問だらけの相手だったから、ちょっと諦めにも似た気持ちが底で浅く広く、そしてひんやりと波打っていた。
 今その浅瀬は、一瞬で温泉のようになってしまったけれど。

 相変わらずの外の寒さは厳しい。手袋をしていないオレの手なんか、さっきまで指先がかじかむようだった。
 だというのにオレは今、自分の手の熱で、持っているチョコレートたちが全部溶けてしまうんじゃないかって心配を始めている。
 そこでようやく、オレの奪われた心が元の場所に戻ってきて、じわじわと心臓から踊りだしたくなるような気持ちが広がった。

 どうしよう。会えて、すげぇ嬉しい。

「……あの。大丈夫ですか?」
「へっ!? あっ、何が!?」
「……突然、こっちを見たまま動かなくなったら……」

 オレ自身は正直自分の中の感情と向き合うので忙しいけれど、第三者から見ればオレはただのフリーズしたロボットみたいなものだ。内側の忙しさもせわしなさも相手からすればわからない。
 こちらを見つめたまま動かなくなったオレを心配したのか、彼女が恐る恐るといった風に話しかけてきて、オレは声がひっくり返ってしまった

「……私の顔に、なにかついてます?」
「いや、ついてない! ついてないからその心配は大丈夫!」

 しまった。じっと見過ぎた。
 オレはぶんぶんと首を横に振ると、当初の目的だったチョコレートを改めて大袋ごと差し出した。「食べる?」と今度こそちゃんと最後まで言い切れば、彼女の瞳が迷子のように左右に揺れた後「いいの?」と尋ね返してくる。
 間髪入れずに頷けば、「ありがとう」と小さな声のお礼と共に、恐る恐る白い指先がチョコレートを一個だけつまんでいった。
 もう一個くらい持っていけばいいのに、と思ってその場で言えば「大丈夫」と今度は首を振られる側になる。
 謙虚だ。遠慮なく三つも持っていった岡埜谷おかのやは見習ってほしい。

 個包装が丁寧に剥がされた一粒が、彼女の口の中にころんと消えていく。それを見ていたらオレもチョコレートを食べたくなって、大袋を鞄に仕舞うついでに自分の口にも一粒放り込んだ。冬場のチョコレートはやっぱり格別で、さっきまで酷使していた脳に甘さが染みわたる。

「はぁー、やっぱり勉強したあとには甘いもんだよなー」
「へ? あ、うん。そう、ですね……?」

 特に何も考えず放った言葉だった。けれど、相手がどうやら会話だと受け取ってくれたらしい。困惑しているところに付け込むのは申し訳ないなと思いつつ、このタイミングを逃すつもりはなかった。
 せっかく出会えたのだ、話だってしてみたい。

「オレ、今月からここに通い始めたんだけど、塾が始まってから甘いものが食べたい衝動がすごくてさ。なあ、君もここの塾生だろ? ここに通って長いの?」
「ええと。一応、ここの塾が開業してすぐに入ったから、長いといえば長い、のかな」

 そういえばまだ新しい塾だったっけか。自分の質問の足りなさを嘆きつつ、口に出してしまったものは仕方ないと開き直る。

「すげえ、古株だ。塾の先輩だ。え、いま何年?」
「……高二。来年から高三、です」
「まじか、タメじゃん! オレも来年から高三! オレはすぐそこの朝凪あさなぎ高校に通ってるけど、君は?」
「……宵波よいなみ女子学園……」
「……お嬢様学校だ……」

 同級生だと発覚して浮足立ったのもつかの間、耳にした学校の名前に思わずオレは慄いた。宵波よいなみ女子学園は隣町にある女子高で、地元ではものすごく有名な中高一貫の女子高だ。お金持ちしか入れないとか、送り迎えはみんな高級車だとか、偏差値がオレの通う朝凪あさなぎ高校の倍もあるとか、そんな話ばかり耳にする。
 上品だなと思っていた彼女の制服が、なんだかドレスのように見えてきた。隣に立つオレは、果たしてドレスコードの条件をちゃんと満たしているんだろうか、なんてことまで考える。
 うん、ドレスコードがあってもなくても、宵波女子の隣に並ぶにはうちの学ランには荷が重い気がする。
 時代はブレザーなのかもしれない。

「……そうでもないよ。ただの女子高」

 勝手にぐるぐるしだしたオレに、彼女はゆるりと首を振った。
 雪がちらちらと舞い始める。オレも彼女も迎えはまだ来なくて、寒空の下、ふわふわと白い息を代わりばんこに空に送っている。

「オレ、松井田まついだ松井田まついだれん。君は?」
「……雪村ゆきむら奈々香ななか

 教えてもらった名前を、オレは口の中で転がした。雪村ゆきむら奈々香ななか奈々香ななかちゃん。なんか、可愛い名前だなって思った。惚れた欲目はあるかもしれない。

 名前も知れた。学校も知れた。何なら、同級生だってわかって、これから同じ塾に通い続けるんだって思ったら、心躍った。何一つ知らなかった昨日までと比べたら、天と地の差だ。
 欲しかった羽根を得て浮かれあがったオレは、背に生えたそれに押されるように、もう一歩欲張った。

「……あのさ。オレのこと、覚えてる?」

 雪村奈々香が、きょとんとした顔でオレを見上げる。オレの顔をよく見るために細められた瞳に、玄関口の蛍光灯の光が映り込んで、きらりと光る。

「どこかで、会いましたっけ……?」

 訝しむような顔で俯いて、考え込んだ彼女に、オレはあわてて前のめりになって頷いた。

「会った! 大晦日の神社で、声をかけてくれた巫女さんって、奈々香ちゃんだったよな?」

 その言葉に、ぱっと彼女が顔をあげた。丸くなった瞳が、オレをまっすぐに映している。それが嬉しくて、オレは言葉を重ねる。

「『神様って、いると思う?』って、あのとき――」
「――忘れて」

 キィン、と。さきほどまで戸惑いと柔らかさを纏っていたはずの彼女の声が、冷たく、鋭く、鋼の音を響かせた。

 オレの声を遮ったその一言は、大声で発せられたわけじゃない。
 それでもオレの耳にはしっかりと届いたし、オレの言葉だけではなく、思考や動きまでをぴたりと止める強さを持っていた。
 喜びで火照っていた身体が、氷点下を思い出す。防寒具の温かさが戻ってきて、けれどそれを無意味にするような寒さがマフラーの隙間からオレの肌を冷やしていく。
 もう一度、彼女と目が合った。そこに、いつかみた雪の結晶のような光はない。蛍光灯の光すらそこから追い出されて、ただただのっぺりとした影だけが沈み込んでいる。
 それは拒絶だった。ぎらりとしたナイフを喉元に突きつけられるような、こちらに有無を言わさない強い拒絶だ。

「お願いだから、あの日の質問は、忘れて」

 衝撃を受けたオレが二の句を継げずにいれば、一台の軽自動車がオレたちの前に止まった。うちの両親はどっちも普通車に乗っているひとたちだから、おそらく彼女の迎えだろう。
 ふい、とオレから視線を逸らした彼女は、そのまま迎えの車に乗り込んだ。助手席に滑り込んだ彼女が窓越しにオレのことを見る、なんてことはなく、するりと車は発進する。
 本格的に雪がばら撒かれはじめた夜に、テールランプが消えていく。
 開いた口が塞がらす、冷たい空気が口内にも満ちていく。雪の一片もオレの口に入る。
 それでもなお、しばらく動かぬ氷像となっていたオレは、父ちゃんが迎えに来て始めて、自分自身が再起動する音を聞いた。
 呆然としたままシートベルトを装着したオレは、そこでようやく声を発することが出来たのだった。

「……え」

 もしかして。あれは、触れちゃいけない話だった?
 龍の逆さの鱗とか、親熊が見当たらない子熊とか、そういう類のものだった?

 彼女との会話を反芻する。うん、やっぱり、彼女の態度があからさまに変わったのは、オレが神社での話を持ち出してからだ。
 オレにとっての運命の再会は、彼女にとっては最悪の再会だった、ということになるのだろうか、これは。

「……うあー、マジか」

 だとしたら、かなりショックだ。
 本人に直接訪ねて確認していない以上、これだってオレの想像とか勝手な考えでしかないけれど、今回のは決して的外れな考えではないんだろうなと、彼女の態度と声色を思い出してへこむ。
 オレは背もたれに力なく身体を預けると、腕で目元を覆った。実際に涙が出るわけじゃないけれど、ちょっと泣きそうだ。

 会えて嬉しくて、話せたことで完全に浮かれ上がって、初手からもっとって欲張って。
 その結果がこれだ。相手のことなんて考えてなかった。

 そんなの、今日知り合ったばかりなんだから無理に近いだろって思う自分もいたけれど、でももっとどうにか出来たんじゃないかって自分もいて、平行線でじりじりと睨み合っている。

「んー? どうした、蓮」
「……なんでもない……」
「そうかい?」

 オレの言い分を丸呑みにした父親がラジオの曲に合わせて鼻歌を歌う。
 いつもなら一緒に口ずさんだりするそれも、内心ぐちゃぐちゃになっている今日のオレにはひどく耳障りで、「うるせー!」って刺々しい文句ごと当たり散らしてしまいたかった。けれど、結局それも選べないまま、オレはおとなしく家まで運ばれていく。

 それでも塞いだ瞼の裏に広がった暗闇で、彼女の姿は焦がれるほどに眩いままだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...