~ファンタジー異世界旅館探訪~

奈良沢 和海

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~ファンタジー異世界旅館探訪~

【第2章】第61話「ノーヴラペルソーノ・ユーキ」

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 ルーシェは、危機的状況から脱した気の緩みが、油断を招いた結果になった事を後悔するしかなかった。

 魔力感知が捉えた、アルヴァーの内在魔力は明らかに別人のものだったからだ。

 さらに、先程、ユーキと呼ばれた凄腕の剣士が、此方が身構えたた瞬間、僅かに一歩踏み出したのが気になった。
 そして感覚的に理解する。自分は既に、この剣士の間合いに居ると……。

『大声で助けを呼ぶ? ――いや駄目。マティ達を魔法で援護しないと勝ち目がない』

 しかし、アルヴァーの見た目だが、全く違う内在魔力を持つ、目の前の人物は一体? ……それ所か、目の前の三人とも同じ魔力を――……。

「えっ!? 三人とも同じ内在魔力?」

 アルヴァーは笑顔から一転、眉間に皺を寄せると深い溜息を吐いた。

「ようやく気付いたか。私が渡した水袋の中の魔力も感じられる筈だが?」

「あっ、ええっ!?」

 ルーシェは、未だ戦闘姿勢のまま、左手に持つ水袋の魔力を感知する。
 アルヴァーの指摘通り、水袋の中身からも魔力を感じる。
 そして、それは目の前の三人から感じる魔力と同一のものだった。

「どういう事でしょう? 水袋の中身と同じ魔力を皆さんから感じます」

「その答えは、中の魔水を飲めば自ずと理解出来るだろう」

「この中身を?」

 ルーシェは手に持った水袋の中身を飲むか躊躇った。
 ただ、一度は疑ったものの、目の前の人物がアルヴァー以外である筈もないと感じ、水袋の飲み口に口を付けた。
 思ったより水は冷たく、それが喉を通り食道を伝って下りていくのを感じられ、火照った体に染み渡っていく。それと同時に、ルーシェは、激しい喉の渇きを覚えている事を自覚した。
 夢中で、コクコクと喉を鳴らし飲んでいると、急に視界が晴れたような不思議な感覚が襲い、懐かしいアルヴァーの内在魔力を感じる事が出来た。

「ア、アルヴァー先生? ……なんですよね?」

「――ルシエン、今回は少々特殊な事例とはいえ、君には以前、魔力感知の基礎を教えた筈なのだが。……確かに君は妖精種フェリーノとは違い種族的に魔力感知は不得手ではあるが、知識で補完出来るし何より才能は在る筈だ。――勉強不足だな」

「……すいません。では先生に間違いないのですね。この現象は一体――……」

 そうアルヴァーに質問しようとした所で、優希の内在魔力の異常さを感じ、強い視線を思わず向けてしまった。

「やはり魔力感知が出来る君には、事前に知っておいて貰った方が良いか……」

 アルヴァーは、広瀬村の存在は出来るだけ隠しつつ、優希の事を話せる範囲で語った。

「巫女……ですか? 此方のユーキさんが?」

「ああ。何故かは不明だが、この魔力の根源的存在によれば、そういう事らしい。君も感じた通りだが、魔力を取り込む、――この場合、影響下に入るといった方が適切か……、そうなると魔力感知にも影響が出る。とはいっても、この変化に気付けるのは魔力に適正がある者に限られる」

「――その事を秘密にすれは良いのですか? ひょっとして、ここ最近の魔獣デモナビーストの活性化に関係が!?」

「……ルシエン、君に秘密にして欲しいのは、この森に流れている川が高濃度の魔水になっているという現状だ。それが魔獣デモナビーストの生態系を混乱させているのは間違いないだろうが、あくまで一時的なものだ……」

 そこまで言った所で、アルヴァーは隠されし守護者カシータ・ガルディストの三人が向かった先に視線を向けた。

「他のメンバーが移動を始めたようだ。続きは合流してからとしよう。合流後と、今までの会話の差異は君の胸の内に秘めて欲しい」

「分かりました、先生。それで、あの、ご紹介は――……」

 アルヴァーと込み入った話をしているため、遠慮して口を噤んでいた優希に視線を向けたが、ルーシェが素直に了承した事に満足したアルヴァーは、合理的判断で後回しにする事にして、移動を促した。

「自己紹介は合流後だな。彼方を待たせ過ぎるのは不自然だ」

 ルーシェは、体が痛むのを恐れて、ゆっくりと立ち上がったが、先程までが嘘のように痛みはなかった。……それ所か、これまでの疲労さえ回復しているように感じる――。
 忙しなく体を動かし不具合がないか確認していると、その動きから問題ないと判断したのか、優希は微笑み、アルヴァーはルーシェから水袋を回収した。

「さて、どう誤魔化すか――……」

 ルーシェは、優希へお礼など、会話の機会を逸した事を気にはしたが、今は仕方がないと諦め静かに後に続いた。


「少し遅れたようだな」

 合流地点とされた荷物の側に隠されし守護者カシータ・ガルディストの三人は既に到着していた。

「それは良い、……いや良くはないが、本当にこんな所で休憩するのか?」

 三人は臨戦態勢で、優希達、三人が到着した時も危うく先制攻撃を加える寸前だった。
 それは、ひとえにこの場所が、滝の音、それ以外の音や気配といったものを掻き消す場所だったからだ。
 その音量のため、今も、二人は大声にならないよう耳元まで顔を寄せていた。

「魔力感知が可能なら、逆に此方の気配を隠ぺい出来るこの場所は、休憩場所に最適だ。――とはいえ、会話には不向きか……」

 アルヴァーは、ルーシェの側まで移動すると耳元で何事か囁いた。

 その様子を、マティアスはムッとして見ていたが、此方の様子を優希が窺うように見ているのに気が付いた。
 二人の視線が合い、優希がそれに微笑みで返すと、マティアスは少し顔を赤らめ慌てて視線を逸らした。

 リリーは、そのやり取りを見て、からかいのネタが増えた事に微笑を浮かべた。

 ルーシェは、そのやり取りには気付かず、アルヴァーの言葉に頷くと場所を少し変え、杖を水平に掲げると魔法を発動させた。

妖精の囁きフェリーノフルスト

 魔法発動後、十分な間を置いて、ゆっくりと杖を下ろす。

「これで会話は問題ないでしょう」

 突如、ルーシェの声が耳元で聞こえ、予め効果を知っていたアルヴァー以外は驚きから声を上げた。それが、また耳元で聞こえて、再度、驚くという事を数回繰り返した。
 特にノーチェは、尻尾の毛を逆立てて、耳を激しく動かしていた。

「ルーシェ、――次からは、どんな魔法を使うか予め教えておいて欲しい……」

「すいません――……」

 やがて、全員が耳元で囁かれる事にも慣れ、各々が楽な姿勢を取った。

「さて、それじゃあ、先ずは、お互い自己紹介だな。とは言っても殆どは知り合いだから、気楽に行きたい所……だが――」

 マティアスは、アルヴァーから優希に視線を移動する事で、何やらアイコンタクトを図ったようだった。
 それにアルヴァーが頷く事で答えると、マティアス達は、幾分、肩の力を抜いた。

「では、改めて。我々はミラーレ傭兵組合メルセオクリーゾ所属の探索者エスプロリースト隠されし守護者カシータ・ガルディスト』俺はリーダーのマティアスだ。小さいのがリリー。大きいのがタイエン。そして、魔法使いソルティーストのルーシェ……ルシエンだ」

「私の紹介は省略する。ここにいる者は全員知っているからな」

 そう言ってアルヴァーは、ノーチェに視線を向けた。

「ピアンタ商会のカタルティロイ・ノーチェにゃ!」

入広瀬いりひろせ 優希ゆうきです」

 の簡単な自己紹介が済むと、マティアスは優希に対し、地に付かんばかりに頭を下げた。

「さっきは、ルーシェを助けてくれて、その、ありがとう。貴方が間に合わなかったら、――いや、貴方が、この場に居なければ、我々もどうなっていたか。改めて感謝を」

 頭を上げたマティアスは立ち上がると、騎士が上位の者のみに行う最上位礼を執った。
 その態度に皆、驚きの表情を隠せなったが、最上位礼を受けた本人は「そんなに畏まらないで下さい」と微笑んだ程度の反応だった。

 この態度が、その後、マティアス達の誤解を生む事になるのだが、当の本人に気付く余地はなかった。

 これは、意図したものかは不明だが、ルーシェの使った魔法の効果も影響している。
 どんな小さな囁きも全員の耳に届くとなれば、内緒話も筒抜けとなるため、魔法の効果が切れるまでは、内輪での相談事も出来ないのだ。
 今回、この事が誤解を加速させていく――。

 そして、ここで思い出したように優希が行動を起こし、それが……。

「そういえば、ルシエンさんの傷の手当てがまだでしたね。傷口を見せて下さい」

 ルーシェは、戸惑って断ろうとしたものの、既に準備を始めている優希を見て、大人しく右手を差し出した。

「うーん、傷口は少し深いですけど、もう血も止まってますね。でも念のため、消毒だけしておきましょう。最近のは皮膚の修復成分も入ってるらしいです。凄いですね」

 優希は小さな容器の蓋を開け「少し沁みるかもです」と言いながら、傷口に中の透明な液体を掛けていく。
 その容器は柔らかいが、布や皮といったものとは違う不思議な素材だった。
 全員が注目する中、液体を掛け終わると、次に真っ白な木綿コトーノらしきもので液体を吸い取った。

「それじゃあ、絆創膏を貼りますね。同じ物を数枚渡しますので、貼り方を見て濡れたりしたら交換して下さい」

 手際よく手当てする様子を無言で見つめていたルーシェだったが、手当てが終わると、慌てつつも、恐る恐る傷口に宛がっていたハンカチを差し出した。

「傷の手当てまでして頂き有難うございます。――それで、あの、高価なハンカチを汚してしまいました。すいません――……」

 最後は消え入るような言葉になってしまったが、そのハンカチの柄を見て他のメンバーも同情の色を見せた。
 色鮮やかな柄もそうだが、注目すべきは、その模様が刺繍で再現されたものではないという事実だった。
 だとすると、この複雑な柄は糸か布を直接染めて再現されたという事になる――……。
 ハンカチという小さな布辺だが、これ程に手の込んだものが、一体幾らになるか見当が付かなかった。
 ……金貨オーラかそれ以上で取引されてもおかしくないものだ。

 だが、続く優希の言葉に衝撃を受ける事になる。

「構いませんよ。それ程、高価でもありませんでしたし。気に入ったなら差し上げますよ? あっ、でも血の染みを落とすのは此方では難しいですかね?」

 ルーシェ達は唖然としたが、隠されし守護者カシータ・ガルディストのメンバーは相談は出来なくとも、それぞれが確信していった。


 優希は、何処か……。――何処かは不明だが、とても高貴な生まれの女性だと。

 ――ある意味、二重の勘違いなのだが。
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