胡桃と雪乃

槻代 要

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「やっと見つけた……。あれが……」
 保健室から出てくる女生徒達の姿に黒森可憐は、ここで会ったが百年目とばかりに呟いた。
 たった一人の生徒の存在を確認するのにここまで苦労するとは。
「星上雪乃……」その名を知ったあの日のことを彼女は思い返していた。始まりは、四月の上旬にさかのぼる。

 朝、学校に着いて早々、玄関奥の掲示板に人だかりが出来ているのが目に入る。
「そういえば」いそいと上履きに履き替えて見に行くと、案の定、新学期の始めに行われた実力テストの結果が貼り出されていた。
 教科は国語・数学・英語で、各学年、各教科ごとに、上位二十位までの生徒名とクラスが発表されている。
 その掲示板を見上げて可憐は驚愕した。
 文字通り、見上げるという格好になっている彼女は、小柄で童顔のために、周囲からは子供扱いされがちだが、成績はすこぶる優秀で、それなりの自負も持っている。
 その彼女をしてその発表は、にわかには信じ難いものがあった。
 自分の名前よりも上、と言うより一番上、つまり一位を、それも三教科全てにおいて独占している者がいるのである。
 可憐自身、そこまでプライドが高いというわけではないが、こんな者が実在するとなると話は別で、興味や嫉妬心を抱かざるを得なかった。
「星上雪乃……」と、その名を口にすると居ても立っても居られなくなり――
 いつしか彼女の足は、その者が居るであろう、一年D組の教室へと向かって歩き出しているのであった。

 早速の対面は叶わなかった。
 一年D組に辿り着いて、教室の中を覗き込もうとするや否や、それを阻むかのように予鈴が鳴り響く。歯痒く思いながらも引き返すしかなかった。
 次の機会は先客によって奪われる。
 何やら数名の上級生が、一年D組の生徒達と揉めているらしい。近寄り難くて遠巻きに見ていると、時々、怒声のようなものさえ聞こえてくる。
「こわ。何あれ」
 わざわざ渦中に飛び込む気にもなれず、そそくさと退散したのだった。
 三度目はとある昼休みのことである。遂に一年D組の生徒に声を掛けることに成功し、星上雪乃の名を尋ねると、既にどこかに行ってしまったということである。
 何とか見つけ出そうと昼食も摂らずに彷徨うが、そもそも面識のない相手をどうやって探すのだろう。「何やってるんだろ、わたし」と我に返って自嘲した。
 そうしてふと見れば、中庭に四人の女生徒達が居るのが目に留まるが、直ぐにこちらと反対側の廊下に去って行く。遠目でよく見えなかったが、まさかあれが……、ということはないだろう。
 そこで、腹の虫と予鈴が同時に鳴った。
 休日となり、星上雪乃の捜索は一旦お預けとなる。
 しかし、これほどまでに会えないとなると、本当に実在するのかどうかも疑わしく思えてくる。成績が良すぎるのも異常だし、正体はAIか何かなのではないだろうか。
 ともあれ、気分転換に買い物にでも行こうかと、寮の部屋を出た。
 階段を降りて行くと、ジャージ姿の一団が玄関を出て行くのが見える。皆でスポーツでもしに行くのだろうか。
「いーなー……」と、羨望が口を衝いて出る。先日、中庭に居た生徒達もそうだが、あのようにつるむ友達が居たら、さぞや学校も楽しいことだろう。
 そこでふと思い出す。「あ、部活……」
 中学時代、手芸部に所属していた可憐は、高校でもその門を叩く気でいた。
 手芸が趣味という人は、世の中的にも余り多くはない。そういう趣味において同好の士を見つけるには、つまり、そういう集まりに参加するのが一番なのである。
 翌日。部活動の申請をするために職員室に足を運ぶが、担任の敦賀真琴が不在だったので、他の先生から申請書を貰うに留まった。
 職員室の出入口で、入れ違いになるように数人の女生徒とすれ違う。見覚えがある気がしたが、一日中、何人もの生徒達とすれ違うのだから、多分、既視感というものだろう。
 そして何度目の訪問だろうか。遂にその日は訪れる。
 自分のクラスでもないのに、すっかりお馴染みになった一年D組の入り口。
 その付近に居た女生徒達に尋ねると「星上さんなら、保健室に行くようなことを言っていたわよ」と、偶々たまたまそれを知っている者がいた。
「病人でも出たんですか」と聞くと、「ん~、みんな元気そうだったけど……」ということである。
 それならば何故、保健室になど行くのだろうか。大人しく教室に居れば良いものを、毎回毎回、かくれんぼか鬼ごっこでもしているかのようである。
「ちなみに、星上さんってどんな外見ですか」と、今回はそれを確認するのも怠らない。
「ありがとうございます」と、ちゃんとお辞儀をしつつも、早々にその場を後にする。今度こそ、その顔を拝まなければ。
 そして――保健室が見えるところまで来ると、丁度そのドアが開き、四人の女生徒が次々に出て来るところだった。
「やっと見つけた……。あれが……。あれが星上雪乃……」と呟く可憐だが……。
 だからと言って何なのだろうか。
 自分より成績が良いのに嫉妬したのは確かだが、別に憎しみを抱いたわけでも無ければ、ライバル宣言しようという気も無い。
 ならば、これ程までに躍起になって彼女を追い掛けてきた、その動機は何なのか――。
 それは、どんな生徒なのか気になったから、と、ただ単にそれだけなのである。
 しかし――
 一目姿を見るのに、どうしてここまで手間が掛かるのか。「何でいつも居ないのよ」と、文句の一つも言ってやりたくなる。まあ、逆恨みなのだが。
 彼女らがぞろぞろと向こうの廊下に去って行くのを追い掛けようと再び足を進めた、その時――ガララ……と、保健室のドアが開く。
「あれ、可憐ちゃん?」と、現れたのは、クラスメイトの白河藍香だった。彼女とは気が合って、教室でも比較的仲良くしている。
「藍香ちゃん? どうしたの? ケガしたの?」と、彼女の太股の絆創膏を目ざとく見つけて驚く可憐。「まさか、さっきの連中と何かあったの?」と早合点する。
「えっ、あっ、違うよっ」と慌てる藍香。
 聞けば彼女は保健委員なのだという。であるにも関わらず、自分の方がケガをして逆に手当をてして貰ったのだと苦笑した。
「そうだったのね。良かった~……」と、可憐は胸をなで下ろす。
 そこでようやく、「可憐ちゃんはどうしてここに?」と話が元に戻る。
 そういえば、と、廊下を振り返るが、彼女らが待っているわけがなく、「あ、あ~……」と項垂れる。が……、それで良かったのかも知れない。
「どうしたの、可憐ちゃん」と藍香に聞かれ、「実は……」かくかくしかじか、と、これまでの経緯をかいつまんで説明する。
「えっ、ごめん。それって私が邪魔しちゃったんだよね」と詫びられるが、「ううん、良いの」と首を振った。「よくよく考えたらさ、私が絡んだところで、あっちにしてみればアンタ誰って感じよね。私ったらバカみたい」そう言って微笑む。
 思えば探偵か何かようで少し楽しかった。悪く言えばストーカーみたいだが。
「ちょっと寄ってお茶でも飲んで行ってよ」
「保健室でそんなの良いの?」
 藍香の言葉に呆れる可憐だが、いざなわれるがまま嬉しそうに保健室に入っていくのだった。

「何してんのよ、早く行くわよ」
「あ、はいはい、行きます行きます」
 と、その様子を廊下の角から覗いている者(雪乃)が居たとも知らずに。
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