胡桃と雪乃

槻代 要

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 雪乃の座席に見知らぬ女生徒がちょこんと座っている状況に、胡桃は渋い顔をする。
「元・文芸部の美鳥叶恵みどりかなえ先輩です」
「それが何よ」
「美鳥先輩は、部員が自分だけになって、文芸部の存続を諦めたそうです。それからちょっと捨て鉢になっているんですよ」
「そういう言い方はちょっと……」と彼女は顔を顰める。
 そんな話の流れを一切気にもせず「ふわあ~……。すっごい美人さんだよ~……」と梢が陶酔して抱きつこうとするので「こら、失礼でしょ」と、冴子がその腕を掴んで引き止めた。
「んで、その美鳥先輩が何でここに居るのよ」と胡桃は訝しむ。
「またまた、分かってるくせに」と雪乃は当たり前のように言うが……。
「アンタ……。それだけはやらないと思ってたのに。ダメでしょ、人をかどわかして来るとか……」と冷たい視線を向ける。
「まさか。違いますって。ちゃんと合意の上ですよ。ね、先輩?」そう言って被害者(仮)本人に弁明を求める雪乃だが――
「実は無理矢理連れて来られたんです。言うこと聞かないと酷いことするって」叶恵は「わっ」と両手で顔を抑える。
「えっ、うそっ、そんなっ?」と動揺する雪乃に……。
「やっぱり。遂にやらかしたわね」
「あらあ~……」
「無理矢理……ゴクリ……」
 と、それぞれが感想を漏らす。全く信用が無い。
「えっ、いやいや、違いますって」と雪乃が尚も慌てていると、叶恵は「まあ、冗談ですけどね」と悪戯っぽく微笑する。
「まあ、そうでしょうね」
「それで、どうしてここに?」
「遊びに来たの~?」
 何事もなかったように話を進める胡桃達に、「わざとですかっ、わざとですねっ、そうなんですねっ」とぷりぷりする雪乃を胡桃は「あはは、悪かったって」と宥める。
「でも、ここに連れて来たってことは、先輩をアレに誘うってこと?」
「そうですよっ。分かってるんじゃないですかっ」と、その答えは想定内ではあるのだが、しかし、そうなるとむしろ違和感が出てくる。
「先輩は良いんですか、付き合ってもらっちゃって。本当は文芸部が良いのでは?」ということだ。
 保健室に居た白河藍香のときのように雪乃は、脈のない者を無理に誘ったりはしない。幾ら〝元〟とは言え文芸部の、しかも上級生に態々わざわざ、或いは偶々たまたま目を着けたりするだろうか。
 しかし「私は星上さんのように、自分で部を興すような行動力はありませんから」と叶恵が言うと「実は、美鳥先輩はある人から紹介されたんですよ」と雪乃が種明かしをする。
 それを聞いてようやく状況を理解した胡桃は「ああ」と頷くと、同意を求めんと他の二人に目を向ける。
 梢は――「あるひとー?」と分かっていない顔。流石は寛容である。
 冴子は――「なるほどね」と頷き返して寄越す。流石は明敏である。
「じゃあ、始めからそう説明しなさいよ」と文句を言う胡桃に「そっちが聞かなかったんじゃないですか」と文句を返す雪乃。
「だって、アンタのことだから、誘拐したのかと思うじゃない」
「思わないでくださいよっ」
 と、二人でイチャイチャ痴話喧嘩を繰り広げていると――
「あるひとってー?」と、梢が未だ不思議そうに首を傾げている。
「それは秘密です」
「何でだよ」
 雪乃の言葉を聞き咎める胡桃だが、返って来たのは――「だって秘密基地ですから」という得意気な顔である。
「いや、全然上手いこと言えてないからな」と拍子抜けするが……。
「そっかー。そうだよねー。うんうん……」と、梢は何故かしきりに頷いて納得している。
「梢はそれで良いのね」と苦笑する冴子に、「あたし達に秘密にしてどーすんのよ」と呆れる胡桃。とはいえ、実際、分かっていないのは梢だけであろう。
「それじゃ、この面子で申請するってことで良いのね」
「その通りです」
 確認するまでもないのだが、面識の無い、しかも上級生を引き入れるとなると人見知りでなくとも多少は緊張するというものだろう。
 と、思ったのだが――「わーい、叶恵先輩、よろしくね」と、梢は早くも抱きついている。相変わらず距離の詰め方が超白兵戦タイプである。
「あら~、梢ちゃん可愛いですね。こちらこそよろしくお願いしますね」と、叶恵も満更ではないようだ。
 かくして、申請書に五人の署名が並ぶ。
 初めて話を聞いたときは何の冗談かと思ったが、まさか、こんなに滞りなく事が運ぶとは。改めて雪乃の得体の知れなさを認識する胡桃であった。

 職員室には胡桃と雪乃の二人だけで訪れた。もちろん、申請書を提出するためである。
 ちなみに、ここに至っても梢は〝ある人〟の正体が誰なのか気付かないようだった。
「うん。遂に五人集めたな」
 書面を確認した柚里が感心したように頷く。
「先生のお陰でもありますけどね」と雪乃が言うのは当然、美鳥叶恵の事であろう。
「でも先生、どうして美鳥先輩を?」と、胡桃は単刀直入に尋ねる。
「ああ、それは星上と美鳥の利害関係が一致したからさ」
「美鳥先輩が秘密基地部に入りたかったってことですか?」
「それはあたらずといえども遠からずというところだな。美鳥は文芸部の活動を望んではいるが、それは完全な文芸部でなくても良い。しかし、陸上部やバレー部でそれは適わない、ということだ」
「秘密基地部はその受け皿に丁度良かったということですね」
「うむ。ついでに言えば、今後もそういう生徒がいた場合、協力してもらいたいと思っている」
 柚里のその言葉に、胡桃が雪乃のほうに目を向けると「そういうことです」と当然のように頷く。「その代わりと言っては何ですが、先生方には推薦人として、この部の設立を支持していただけることになっています」
 なるほど、と胡桃は納得する。どちらが持ち掛けたのかは知らないが、既に協定済みという訳だ。抜け目がない。
 ところで、今、雪乃は〝先生方〟と言わなかっただろうか。まさか、柚里以外にも誰か巻き込んでいるのだろうか。
 その疑問を他所に雪乃が言う。「これで秘密基地部が設立されるということですね」
 しかし、柚里の答えはそう単純ではなかった。「いや、実は、まだちょっとした関門があってな」
「え? そうなんですか?」と、これには雪乃も虚を突かれたようだった。
「うむ。それ故に私達の推薦というわけだ。秘密基地部なんて、そうそう通るわけがないからな」と、これは正論である。
「推薦って、学校にですよね? 職員会議で承認を得ないとってことですか?」
「折原は大人びたことを言うんだな」と柚里は微笑むが「だが、ちょっと違うんだ」と話を改める。
「ウチの学校は割と生徒の自主性を重んじる方だとは思うが」というのは柚里の言う通りだろう。雪乃がこの学校を選んだのもそれが理由ではないだろうか。
「そのせいで生徒が権限を持ち過ぎているという側面もある。まあ、私は良いと思っているがな」
「と言いますと?」と、今度は雪乃が質問を繋ぐ。
「生徒の活動に生徒が目を光らせている。はっきり言うと、生徒会や風紀委員会の威光がとても強いんだ」
「つまり、生徒会のお眼鏡に適わなければ活動は難しくなると言うことですね」
「その通りだ。話が早くて助かるな。申請を出した後、近いうちに生徒会から呼び出しが掛かるだろう」
 二人の会話に、何やらまた面倒な匂いがしてきたなと思う胡桃だが……。
「良いじゃないですか! これは熱い展開になってきましたよ……!」と案の定、雪乃は喜び勇んでいる。
「ということで、その対策について提案がある」と身を乗り出してくる柚里。この人はこの人で大概ノリが良いようだ。
「では、作戦会議ですね!」
「出た」お決まりの台詞に、呆れるを通り越して諦める胡桃。
 秘密基地部発足イベントもいよいよ佳境に入る……のか?
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