胡桃と雪乃

槻代 要

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 柔らかな陽射しが降り注ぐ早春の朝。
 学生寮から学校へと続く遊歩道へと繰り出した折原胡桃おりはらくるみは、天まで届けとばかりに盛大な背伸びをした。
「んーっ、気持ち良いわねー」
 長い黒髪と真新しい制服の裾をさらって吹き抜ける風は微かに冷たく、しかし、心地良い。胸いっぱいに息を吸い込むと清々しさが体に染み渡っていくようだった。
 しかし――
「そんなに背伸びすると下着が見えますよ」
 背中に投げ掛けられた心無いひとことに一瞬で興醒めしてしまう。
「見えないわよっ」
 そうは言いつつもスカートの前後を手で押さえながら、胡桃は振り向いて言い返した。
 その先には幼馴染の星上雪乃ほしがみゆきのが、無邪気な微笑みを浮かべて立っている。ふんわりした琥珀色の髪を陽光に揺らし、佇まいこそ、お淑やかなお嬢様然としてはいるのだが……。
「そうですか~? ほら、こうすれば見えそうじゃないですか。えいっ、えいっ」と、背伸びどころか飛び跳ねて、スカートをはためかせて見せる。その姿はまさしくお転婆そのものである。
「やめなさいって、見えるでしょっ」と、その振る舞いを咎める胡桃だが、「ほら、やっぱり見えるんじゃないですか」と返ってきた減らず口に、「あたしはそんなにはしゃいでないわよっ」と益々口を尖らせた。
「あはは、そんなに怒らないで下さいよ」と、笑っている雪乃からは何ら謝罪の意は感じられないが、胡桃もまた然り。「まったく、もう」と呆れつつも、何も本気で憤慨しているわけではない。こんなものは、ほんの挨拶代わりである。
 とはいえ――
 楽しそうな雪乃の横顔を眺めながら胡桃は、そのやり取りに懐かしさを覚えていた。幼馴染の二人ではあるが、実は再会したのはつい先日のことだった。

 出会いは小学校に入る前だった。父親の転勤でこの町に移り住んできた胡桃。隣に住んでいた、ちょうど同い年の雪乃と仲良くなるのに然程時間は掛からなかった。
 それからは、どこに行くのも一緒、何をするのも一緒と、親友としての日々を重ねていった。
 そんな二人にも遂に、離ればなれになる時が訪れる。胡桃の父に再び転勤が決まったのである。転居先は遠方で、少なくとも小中学生が気軽に往来出来るような距離ではなかった。
 とはいえ、今どき通信手段が乏しい訳ではないから、遠くに行くことがお別れとは限らない。
 二人とも、メールなどで時々やり取りをしては、再会する日を計画したりしていたのである。

 そして――

「ねえ、胡桃さん」
 おもむろに雪乃が切り出す。
「何よ」
「私、秘密基地が欲しいです」
「はあ?」
 唐突な提案に思わず間の抜けた声が出てしまう。
「秘密基地? なんじゃそりゃ」
「秘密基地は秘密基地ですよ。ほら、子供の頃に良く作ったじゃないですか」
 そう言われて胡桃は、「あー……、そういや作ったわね、そんなの……」と、思い出したように呟く。
 確かに、幼い頃は庭の垣根やら藪やら雑木林などに潜り込んでは、色々な遊びに興じたものである。おおよそ女子らしからぬ遊びではあるが、今となっては良い思い出だ。
 しかし、「そうじゃなくて」と胡桃はかぶりを振った。求めているのは秘密基地についての説明などではない。
「何なのよ、急にそんなこと言い出して」
 先ほどまでの会話のどこに、そんな話になる要素があったというのか。
 雪乃は「う~ん」と首を傾げると、「天気が良いから、ですかね」と、これまた酷く抽象的なことを言う。
「天気が良いと秘密基地を作るのか、アンタは」と呆れつつ胡桃は続ける。「大体、私たちもう高校生なのよ。本気でそんなこと言ってるわけ?」
 それは当然の疑問であろう。流石にいい年をして藪に潜り込むというのは、少々どころではなく抵抗がある。
 しかし、雪乃は「何でですか?」と、不思議そうな顔をする。「何かするのに年齢は関係ありませんよ。いえ、むしろ年齢が上がるほど洗練されたものを目指すべきだと思います」と力説する。
「いや、わけわからんし。何なのよ、洗練された秘密基地って……」
 聞けば聞くほど謎が深まっていくようだ。
「ですから、高校生らしいやり方でやってみようと思いまして」
「どんなやり方よ」
 すると雪乃は「それは……」と、スカートのポケットから四つ折りになった紙を取り出して、「これです」と渡して寄越す。
「何よこれ……」と、訳も分からず受け取った胡桃だが、それを開いた途端、見る見る渋面になっていく。
「アンタまさか」と、突き返したその紙には〝クラブ活動申請書〟と記されている。
「これに〝秘密基地部〟とか書いて出すつもりじゃないでしょうね」
「流石は胡桃さん。ご明察です」と讃辞を述べる雪乃だが、胡桃はぶんぶんと首を振る。
「出来るわけないじゃない、そんなの」
 それを聞いた雪乃は「確かに、一回返されてますからね」と、何故か得意気な顔で言う。
「一回出したんだ。そうなんだ」
「なので、そこは対策を考えます」
「いやいや……」
 胡桃は言葉を失う。別に、首尾良く事を進めてくれと言っているわけではない。むしろ考え直せと言っているのである。
「よりにもよって何で部活なのよ。自分にでも作れば良いじゃない、そんなの」
 それが真っ当な考え方であろう。しかし、雪乃は首を振る。
「それじゃホントの秘密になっちゃうじゃないですか」
「だって、秘密基地なんでしょう」
「その通りです。存在感を世に知らしめてこその秘密基地というものですよ」
「もう、何言ってんのかさっぱり」と、お手上げ状態の胡桃。しかし――
「第一、それじゃあ簡単過ぎて面白くないじゃないですか」と、そこまで聞いてようやく「あー、そういうこと……」と合点がいく。
 得られる結果よりもプロセスを楽む。秘密基地に限らずどんな物事にも、そういった側面があるのは確かだろう。
 つまり、彼女は面白いことがしたいだけなのである。
「どうでしょうか」と、顔をのぞき込んでくる雪乃に、胡桃は「う~ん……」と、一瞬思案に暮れそうになるが――「まあ、やってみたらいいんじゃない……」と、諦めたように苦笑した。
 考えてもみれば、他にすることがあるでも無し。退屈しのぎには丁度良いのかも知れない。
 それを賛同の意と受け取ったのか、喜色満面の雪乃。
「それでは早速作戦会議ですね。早く学校に行きましょう」
「そんなに急がなくても」と、なだめる胡桃だが、雪乃はいても立ってもいられないようである。
「何言ってるんですか。思い立ったが吉日、善は急げ、急がば回れ、ですよ」
「最後のやつ逆じゃない?」
「いいから早く早く」
「はいはい」

 晴れ渡る空の下を駆けていく二人。

 さて、これから一体、何が始まるのやら。
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