胡桃と雪乃

槻代 要

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 とあるお昼休み。二人の姿は中庭にあった。
 入学早々、昼から外に居るというのは、何もクラスで孤立しているからというわけではない。その原因は、今、二人が手にしている弁当にあった。
「あ、あそこなんて良いんじゃないですか」
 雪乃が指さした先には白いベンチがしつらえてあった。駆け寄ってみると、ちゃんと手入れがされているようで、古びてはいるものの汚れてはいないようだ。
 季節柄か人影もなく、食事をするのにはおあつらえ向きだろう。弁当の入った手提げを真ん中に置き、それを挟んで腰掛けると、包みを広げる、が――
 何故か胡桃だけは今一度、辺りに人目がないかを確認する。
「気にし過ぎですよ。私は別に教室でも良かったのに」
「アンタのせいでしょうが。アタシは気にするのよっ」
 かくして、ベンチの上に鎮座しているのは……。
「じゃーん。冷やし中華弁当でーす」
 冷やし中華と中華弁当を合わせたようなネーミングだが、目の前にあるそれはどう見ても冷やし中華そのものである。
「じゃーん、じゃないって、まったく。何で弁当に冷やし中華なんて入れてくんのよ」
「やっぱり、まだ季節が早かったですか? 素麺も考えたんですけど……」
「いや、同じでしょ素麺でも……。てか、季節の問題じゃないって」
「確かに、弁当に麺類を入れるのは中々難しいと思われがちですね。絡まって食べにくかったりとか……。でも、麺に油をかけておくとか、食べるときに水にさらすとか、結構どうにかなるものですよ。ほら、こんな風に」と、雪乃は水筒に入った麺つゆらしき液体を、弁当箱入りの麺にじゃばじゃばと回しかけていく。
「そんなこと言ってるんでもないけどね……」と、尚もぼやいている胡桃を尻目に、雪乃はテキパキと盛り付けを進めていく。
 千切りにした胡瓜にハムに錦糸卵、若布にトマトに紅生姜と練り辛子まで……。
「でも、実は今の季節の方がお弁当には優しいんですよ。夏場は食べ物が傷まないか心配ですから」と言うその言葉通り、よくよく見れば、手提げの中には断熱シートが敷かれ、保冷剤まで入っている。
「なるほど……」
 そこまでして冷やし中華にする必要があるのか、という疑問は残るものの、その気配りについては感心を禁じ得ない。
「さあ、出来ましたよ。食べましょう」
「いただきまーす」と、二人声をあわせる。
 先ほどまでは文句を言っていたものの、食べ始めた途端に胡桃は驚愕する。
「うっま……!」
 教室で開けた時には何の冗談かと思ったが、ここまで出来が良い上に趣向が凝らされている物を悪ふざけなどで作れはずもない。感覚は少しズレていると思わなくもないが……。
 涼しい顔をしてちゅるちゅると麺を啜っている横顔に、「料理部でも作ったら良いのに……」と、つい口を突いて出た呟きに雪乃が反応する。
「それは良い考えですね。じゃあ、部室は調理実習室にしましょう。火や刃物もありますし」
 その物騒な物言いを聞いて胡桃は、しまったと思う。それは例の“秘密基地”についてである。
 活動とやらに付き合うとは言ったものの、彼女がおかしな方向に行かないように見張るのもまた、自分の役割だろう。下手をすれば藪に潜らされ兼ねないのだ。余計な入れ知恵をするなど論外である。
「それよりも部員集めが先決なんでしょ」と、胡桃は早速、軌道修正を試みる。実際、部として成立するためには五人以上の部員の届け出が必要ということでる。
 条件に満たない場合でも同好会としての活動は認められるが、部費も部室も充てられなければ顧問も付かないため、活動の幅が制限されるということらしい。雪乃に限ってそんな妥協を良しとするはずがない。と、そう思っていたのだが……。
「私は別に、胡桃さんと二人だけでも構わないんですけどね」
「え、そうなの?」
 予想外の言葉にきょとんとしている胡桃に雪乃は、「秘密基地部なんて入ってくれる人、そうそう居るわけありませんし。胡桃さんぐらいじゃないですか」と笑う。
「アンタね……」
 むしろ自分の方が気を揉んでいたのかと、憮然とする胡桃だった。

 そうして食事も終わり、片付けも済んだ頃――
「あーっ、見つけた」と声がして、二人の女生徒が駆け寄ってくる。
 セーフである。すんでのところで見られずに済んだ。
 声の主は高峰梢たかみねこずえという生徒であった。
「こんな所に居たのね」
 そう言うもう一人は片霧冴子かたぎりさえこという。
 二人とも、この春から胡桃達と同じ組になったクラスメイトである。とはいえ、まだひとことふたこと交わしただけの間柄なのだが。
「あ、何か用事だった?」と、率直に聞く胡桃。
「学食に誘おうと思ったんだよー」梢の返事も単純でである。
 しかし、「学食ですか」と、これに反応したのは雪乃だった。「私も行ってみたいと思ってたんですよ。何かお勧めとかあったら教えて下さい」と食いついている。
「良いよー。明日一緒に行こうよー」
「是非是非」
 意気投合している二人に、同じような波長を感じる胡桃。作る側と食べる側で立場は違うものの、食べ物に対するこだわりで通じ合う物があるのだろうか。
「ところで、さっきから何か良い匂いがするんだけど……」と、出し抜けに切り出した梢に胡桃はぎくりとする。
 口臭がしていたのだろうかと咄嗟に顔を背けて確認する。それならば歯磨きとマウススプレーでどうにかなるが、手提げから匂っているのなら教室に持って戻れないではないか。
 しかし、「そうかしら。私は何も感じないけど」鼻をすんすんさせながら冴子が言う。
「えーっ、絶対するって」
「あなたは鼻が良すぎるのよ」
 二人の会話に気まずくなった胡桃は、「あー、中華風のおかずだったからかな……」と誤魔化そうとするが……。
「冷やし中華だったんですよ」と、雪乃がぶち壊しにする。
 このやろーっ、てめーっと、心の中で悪態を吐きつつじろりと睨むと、「な、何ですか」とたじろぐ雪乃だが、「えーっ、すごーい。見てみたかったなー」と目を輝かせる梢に、「また作ってきますよ。梢さんの分も作りますか?」と、胡桃のことなどすぐにそっちのけである。
 その様子を見て、冴子が苦笑いを向けてきたので、胡桃は照れ笑いを返す。同じような二人組だが、どうやら関係性も似ているようだ。雪乃と梢はすっかり気が合っているようだし、胡桃と冴子も、役柄的に親近感を抱いたのかも知れない。
「そういえば、この間のことも話したくて」と、冴子が切り出す。
「ん、何だっけ?」と首を傾げる胡桃。
「ほら、上級生がやって来て」
「あー……」
 そこまで言われて胡桃はようやく思い出す。
 それは、数日前に教室で起こったある出来事についてである。
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